61 / 64
61話
しおりを挟む*****
シンティオとサンおばさんが竜の国へ帰って、十日が過ぎた。
町は司祭様の不正や商業組合の自治権返還の話題で持ちきりになっていて、私と元恋人の賭けである黄金のリンゴについては殆ど触れられなかった。
話題の二つは取り調べ中で、領都から派遣された役人が頻繁に出入りしている。
教会地下に集められていた麦束は、アンソニー様の指示のもと早急に焼却処分された。また生産地の村からも麦束を回収し、処分したという。
市場に出回らないよう先手を打ってくれた上、村にも救済措置として税の減免措置がとられたというのだから良い領主様だと思う。
「私にも救済措置が欲しい……」
店のカウンターに突っ伏している私は独りごちる。
現在、私は生きた屍状態となっていた。
薬の調合はことごとく失敗するし、鍋は竈の火にかけっぱなし。危うく小火を出すところだった。
ミスを連発する私を見兼ねた服屋の友人に、暫く休めと道具を取り上げられたので、やむなくお店を休業することにした。
身体は休まっても頭は休めていない。友人たちやニコラ、補佐さんが頻繁に訪ねてきてくれて楽しい時間を過ごしていても、脳内ではシンティオに拒絶された記憶が再生される。そして、何度再生されてもシンティオの真意が分からない。
すまぬって何なの?
あれは告白を聞くのが嫌だったすまぬなのか。それとも告白するのを察して私の気持ちには応えられないという意味でのすまぬなのか。
婚約者がいるからどちらかというと後者の方が可能性として高い。
せめて最後まで言わせて欲しかった。その後に拒絶してくれた方がスッキリする。
「というか、拒絶しておいてこの仕打ちはないと思う」
頭を擡げ、カウンターに乗せている左手薬指を虚ろな瞳で見つめる。
うっかりなシンティオは私の薬指に月長石の指輪を嵌めたまま帰ってしまった。
指輪はぴったり嵌っていて抜きたくても抜けず、バターや石鹸で試してもダメだった。
何て嫌がらせだよ。これじゃあ売約済み女と思われるし、運良く良い人と巡り合えても相手から贈られる指輪が嵌められない。
……結婚したければ、指諸共落とせと?
いやいやいや。指輪とおさらばできたところで指もおさらばだと贈られた指輪が嵌められないじゃないか!
どんな嫌がらせだよ。つまり永遠に独り身でいろということか。
でもシンティオは私がたくさんの子供や孫に看取られてふかふかのベッドの上で安らかに死ぬことを知っているはずだ。
知っていてわざとやっているなら鬼畜の所業である。
「シンティオの馬鹿!! ああん、もう誰でもいいから貰ってくれええ!!」
「……生憎、僕は年下がタイプなのでお断りします」
頭を抱え、身を捩りながら叫んでいると不意にテノールの声がする。
いつの間にか微苦笑を浮かべるニコラが店の入口に立っていた。
自暴自棄になってつい心の声が漏れ出てしまった。
誰でもいいって言ったけど、本当は誰でもいいってわけじゃない。
生真面目に断られると、却って傷つくんですけど。
「ニ、ニコラ……」
目が合うなり、彼は大股でこちらに近寄ってくる。やがて、小脇に抱えていた紙袋に手を突っ込むと素早く私の口の中へ何かを押し込んだ。
これはまさか前やった口封じの報復か?
「少々痩せられたんじゃないですか? ほらほらちゃんとマフィンを召し上がってください。ただでさえ痩せてるんですから少しは栄養取らないと身体が持ちませんよ? ……二個目も突っ込みます?」
「も、もががぁっ!」
逃れようと試みるも後頭部を押さえられ、口の中にさらに奥へマフィンを捩じ込められる。
完全に報復の機会を与えてしまった。
抵抗するために仕方なくマフィンを噛み締める。
口の中に広がるマフィンは生地にラム酒がたっぷり染み込んでいて、練り込まれたレーズンが甘くて美味しかった。
私が美味しさに感動して無言で貪り始めると、ニコラは私の後頭部から手を離す。そして今度は私の背後に回り、歩くように背中を押し始める。
「僕は静かな昼食を取りたくてここに来ました。商館は人が多くて落ち着かないので。ところでルナさんずっと外に出てないんじゃないですか? 引きこもりは身体に毒ですよ。たまには新鮮な空気でも吸ってきてください」
言い切るが早いか、ニコラに店の外へと閉め出されてしまった。
店のオーナーは私だよ! というツッコミはマフィンの最後の一切れと共に飲み込んだ。
ニコラはニコラなりに心配してくれている。
「そうだね。たまには外の新鮮な空気も吸わなきゃね」
確か、月長石は澱み過ぎると良くなかったはず。私の暗い空気を浴び続けた月長石は心なしか鈍く光っているような気がする。
「本当なら私と切り離すことが一番この石には良いんだけど……」
月長石に向かって自嘲気味に呟く。
清浄な空気を求めて白霧山を登ることにした。
黄金色の畑に風が吹く度、まるでさざ波のように麦穂がうねっている。
私は白霧山麓の拓けた場所から、町から少し離れた黄金地帯を茫洋とした目で眺めた。
いくつか蟻のような黒い点が黄金の波の中にいる。
農夫が麦を刈りとる計画でも練っているのだろう。
季節は着々と移り変わっていっている。自分だけが取り残されたみたいだ。
溜息を漏らさずにはいられない。
「進まなきゃ……」
止めていた足を再び動かした。
山の中に入ると、一層秋めいた空気を感じた。木々の葉で日射しが遮られ、頬を撫でる風がカラッとしていて心地が良い。
それほど歩きにくくない緩やかな斜面を登っていると、辺りが白み始める。
またか、と思った時には目の前が白で覆われてしまった。
傍に立っていた大木すら見えず、身動きが取れない。
今日は何も考えず身一つで来てしまったため、野宿するためのテントもなければ食料もない。
途方に暮れていると、遠くの方で鳴き声が聞こえた。
それは鳥のようにも聞こえるし、獣の赤子のようにも聞こえる不思議な鳴き声だった。
自然と足が向いて声の方へと進んでいくと、真っ白な霧が徐々に薄れていく――
漸く濃霧の中から脱出すると、見慣れない光景を目にした。
頑丈ないくつもの鎖に縛られ、身動きの取れない幼い白き竜が助けを求めるように鳴いていた。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる