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62話
しおりを挟む暴れたのか手足枷の周りは鱗が剥げかけている。
竜の鱗は鋼の様に頑丈のはずなのに、幼いと鱗は未発達で柔らかいのだろうか。
うっすらと血が滲んでいて痛々しい。
幼竜とはいっても人間が両手で抱えられるような大きさだし、もしかしたら生まれたての赤子なのかもしれない。
自分が酷い目に遭っているわけではないけれど、激しい憤りと痛苦を覚えた。
一刻も早く助けなくてはいけない。
私は鳴き止まない竜に近寄ると足枷に繋がる鎖に手を伸ばした。
鎖を掴んだ途端、面食らった。何度掴もうとしても鎖は私の手を通り抜けるのだ。
不安になりながらも今度は竜の鱗に手を伸ばす。やはり竜を通り抜けてしまった。
「どうして……!?」
無力さを感じて両の手をまじまじと見つめていると、月長石の囁き声が頭に響いた。
『これは私の記憶。シンティオを傍で見てきた記憶』
「記憶? じゃあ、この子は幼いシンティオなんだ」
改めて周囲をぐるりと見渡すと、いつの間にか霧が晴れて知らない空間にいた。
床も壁も天井も真っ白で、唯一ある嵌め殺しの丸い天窓からは太陽光が差し込んでいる。それは教会の天窓よりも遥かに高い場所に位置し、まるで太陽そのもののようだった。
幼竜は悲し気な声で鳴いていたが、やがて目を見開くと甘えを帯びた声で鳴き始めた。視線の先を辿れば、空間の入口に人の姿をした女がいる。
人間離れした美貌を持つ彼女はどこかの国の妃、或は姫のような気品と威厳があった。
誰だろう? と、首を傾げていると月長石が補足してくれる。
『彼女はシンティオの母親』
「えっ」
母親、という単語に違和感を覚えた。
だって、彼女がシンティオに向ける眼差しは愛おしい我が子に向ける眼差しではなかったから。
今にも殺そうとする狂気を孕んだ冷ややかな瞳と刻まれる眉間の皺から、彼女がシンティオを忌み嫌っていることがよく分かる。
彼女は足早にシンティオに近づくと忌々しそうに口元を歪めた。
「劣等種が妾を気安く呼ぶでない。嗚呼、何故……何故じゃ。何故、妾からおまえのような白い竜が生まれる? 妾は最強の竜を産んだ母じゃ。おまえの様な出来損ないなど知らぬ!」
完全にシンティオを拒絶していた。そして何度も非力なシンティオを罵った。
表情や態度、もしかしたら彼女から伝わる心の声からなのか、幼い竜は尻尾を床に横たわらせ、震えながら泣き始める。
涙を流すシンティオを見て私は唇を噛み締めた。
白いってだけで、何故彼が虐げられなければいけないのか。実態があったならこの母親に詰め寄りたいところだ。
するとシンティオの母親は口端を吊り上げ、いやに明るい声でこう言った。
「そうじゃ、一思いに息の根を止めてやろう。妾の欲にのまれるのじゃ」
そうじゃそれが良い、と独り言ちる。彼女は微笑みながらシンティオの首元を掴んで持ち上げた。
傍からだとシンティオを粗末に扱っているだけにしか見えないけれど、彼の身体が硬直して意識を失っていることから、思念を飛ばしたことは明白だった。
「ここまで手伝ってやったのだからさっさと死ね」
そう吐き捨てると、彼女はシンティオを床に叩きつけた。
このままでは身体が氷のように冷たくなって心臓が止まってしまう。
月長石の記憶だと分かっているのに、シンティオが死んでしまうんじゃないか、という考えが頭を過る。涙目になって一人狼狽していると、目端に母親とは別の人影が映った。
「これは一体何ごとか」
入口に立っているのは成熟しきっていない少年らしさがある青年だった。これまた人間離れした整った顔立ちで、彼の従者らしき数人もまた美人だった。
青年はシンティオを一瞥すると顔を顰めた。それから手を前に突き出し、人差し指で円を描くと、シンティオを拘束していた拘束具が陶器の様にいとも簡単に粉々に砕けてしまった。
青年の後ろに控えていた従者が透かさずシンティオに駆け寄り、抱き上げて軽く頬を叩く。
「王様、この子は欲にのまれています」
「すぐ薬を飲ませよ。容体が落ち着いたら城に運び傷の手当てを」
「御意」
従者は片手でシンティオを抱き上げたまま、もう片方の手で腰に下げていた小型鞄から薬の入った瓶を取り出した。そして、親指の腹で栓を抜くと、シンティオの口の中に薬を流し込む。
張り詰めた空気が漂う中、この場に相応しくない声が響いた。
「嗚呼、王よ。妾の可愛い唯一の息子。わざわざ足を運び会いに来てくれたのか?」
その表情は子を慈しむ母親そのもので愛情に満ち満ちていた。
ここで私は、はたと気づく。
うん? ちょっと待って。息子……?
ということは、竜王様はシンティオのお兄さん!?
私は月長石の記憶をいいことに、穴があくほど竜王様を見つめた。
うん。確かに雰囲気とか目元とかシンティオに似てるかもしれない。
竜王様は表情一つ変えず、まるでその存在に今の今まで気づかなかった様子でちらりと母親を見た。
「なんだ、いたのか。予は弟を連れ出しに来た」
「な、何を言うか。これは王の弟ではない、ただの出来損ないじゃ! こんなもの死んだ方がまし……ひっ」
竜王様は今まで平然とした態度を取っていたが、その身に秘めていた怒りを爆発させた。
私は最初、何が起こったのか分からなかった。
柳眉を逆立てた竜王様はいつの間に母親との間合いを詰めていた。
手には見たこともない鉱物でできた短剣が握られ、刃先は母親の喉元に触れるか触れないかの位置でぴたりと止まっていた。
「いくら母親とて弟を傷つけ、殺すことは許さない」
竜王様はピシリと言うとその先を続けた。
「白い竜の力は累を及ぼすものではない。黄金のリンゴを食べれば他の者と変わらず生きられることくらい知っておろう。まったく、母親が白竜破滅主義者とは洒落にもならない。弟の前に現れた精霊石は浄化の力を持つ月長石。白い竜の弱点を全て覆ってくれよう」
それでも母親は食い下がる。
「白い竜は厄災だと古くからの言い伝えがある。こやつのせいで夫は死んだのじゃ! ……生きたところで力はまともに使えぬ非力者。番も現れず、子孫すら残せぬ」
「父が死んだことと弟は何も関係ない。どんな理由があろうと其方の虐待と殺しは罪だ」
竜王様は手で合図を送ると後ろで控えていた従者が母親を羽交い絞めにして取り押さえる。
「弟――シンティオはサンドラに育てさせる」
「サンドラじゃと? あの流れものの老いぼれはまだ生きておったのか。人間の世界にやるなどそれこそ……」
母親は竜王様の意図に気がついたのか口を噤んだ。そして彼女は、美麗な顔が醜くなるほど歪めた後、鼻でせせら笑った。
「そうか。なら精々立派に育ててみよ。そして今殺さなかったことを後悔するが良いわ!!」
捨て台詞を残し、彼女は従者たちに拘束され、連行されていった。
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