麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ

文字の大きさ
36 / 55
続編・私の王子様は今日も麗しい

人の親を悪く言う方に、育ちがどうのこうの言われたくありません。

しおりを挟む

 良いところの子息らしく洗練された見た目をしているが、悪い意味で貴族らしい威圧感と傲慢さが目立って印象はよくない。

 鮮やかな赤毛をきっちりセットした青い瞳のその人からは、葉巻の匂いがした。
 ──できればステフに近寄らないでほしい。彼は葉巻の匂いや煙が苦手なんだ。

「どこのどちら様でしょうか」

 失礼な態度を取る相手に愛想を振り撒く必要はない。不快の意を示すためにぎろりと睨みつけると相手は大袈裟に肩を竦めていた。

「僕のことを知らないだって? さすがに勉強不足なのでは?」

 そういった後に「まぁ成り上がり女だ。無知でも仕方ないか」とこちらのカンに障ることをいう。
 わかりやすい悪意、敵対心を向けてきたその人はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべると、ずいっと前のめりにこちらに顔を近づけてきた。

「所詮は顔だけの女だな」

 ……は?
 言われた言葉をすぐに理解できなかった私は目を丸くして固まった。

「殿下のお相手にはどう見てもうちの妹の方が相応しい。占いなんてふざけた選出方法で結婚相手を決めるとか王家の考えることは理解しがたいね」

 私が固まっているのをいいことに失礼に失礼を重ねて来る男性。ひとりで演説して悦っているようにも思える。
 ……自分の妹の方が相応しいと言われても、その妹さんがどこのどなたかわからないので返事に困る。

「しかもそれが隣国の平民の血が流れた、血を裏切りし者の娘。なにをしでかすかわからない身分の賎しい女と結婚することになった殿下がお可哀相だ」

 な、なんなの、この人……!
 私が平民の血を受け継いでいるのは否定しない。だけど賎しいと言われる筋合いはない。
 一方的にボロクソに貶された私は扇子を握り締めた。

「殿下は古臭いしきたりのせいで君と婚約することになったんだぞ。自分から辞退を申し出るのが常識だろう。これだから育ちの悪い女は……母が母なら娘も娘だな。自分本意で強欲な女だ」

 以前の私なら身分が低いからとただ黙り込んでいたけど、黙り込んで我慢するだけではダメだ。
 今の私はレオーネ・フェルベーク。公爵家の娘であり、王子殿下の婚約者なのだ。喧嘩を売られたら堂々とお返しするのが筋ってものである。
 ただし感情的になってはいけない。相手の思う壷になってしまうから。

「──なら何故、あなたの妹様は花嫁候補に割り込みなさらなかったのですか? 他の候補者御三方はなにかと理由をつけてでも殿下の花嫁になりたいと割り込んでいらっしゃいました。……あなたの妹様がそれをしなかったのはつまりそういうことでしょう? どちらにしても選ばれませんでしたわ」

 戦いもせずに、選ばれなかったことを悔しがるのは臆病者の言い訳じゃないだろうか。
 まぁ、実際には割り込み花嫁候補の令嬢達の内2人は権力のために乗り込んだだけで、純粋にステフを慕って、彼の花嫁になりたいと思っていたのは最後まで残って辞退して行ったあのご令嬢だけだったけどね……栗色の髪にオリーブ色の瞳をした彼女は元気にしているだろうか。

 選ばれた立場の私が偉そうに言うのは違うかもしれないけど、ほんの少しの可能性を賭けて候補に名乗りあげた令嬢達を知っているからこそ、なにも行動していない令嬢の兄から偉そうに否定されても不快なだけである。
 私がいなくても他の人が選ばれただけで、その場合もあなたの妹さんは動かなかっただろうから、結局同じではないだろうか。

「なっ……」
「ところでステファン殿下とはどのような間柄で? ご友人……ではありませんよね、友人であれば彼が葉巻を苦手なことご存知のはずですもの。こんな煙の匂いをさせて殿下に近づくなんて嫌がらせもいいところですわ」

 成長して肺が丈夫になって病弱さは鳴りを潜めているが、それでも敏感に反応してしまうものはあるのだ。葉巻を嗜みとして吸う男性がいるけど、絶対に身体に悪いに決まっている。
 彼と親しい友人ならばそのことを理解していてもおかしくない。それなのにこの人は葉巻の匂いをぷんぷんさせているのだもの。

 直球でステフの友達じゃないですよねぇ、と投げかけると、相手の反応が変わった。

「あぁそれと、お名前はなんとおっしゃるの?」

 扇子で口元を隠したまま、私は目をかっぴらいて相手を睨みつける。
 圧力をかけたら怯えて撤退するとでも思ったの? その段階はとっくの昔に過ぎ去った。今はもう退くわけにはいかない。私もステフもいろいろと覚悟の上でお互いの手を取ったのだ。
 私はもう平民のレオーネではない。私の背後にはフェルベーク公爵家と王家の信頼厚いブロムステッド男爵家がいる。引き裂こうと思うなら、返り討ちを覚悟してほしい。

「貴様…!」

 私の反撃に腹を立てた男性が怖い顔をして私を睨みつけてきた。
 だけどそんな顔、ステフの睨み顔に比べたら全然怖くない。美形の睨み顔は震え上がるほど怖いんだ。あの怯えた日々のおかげで耐性がついてしまったわ。

「モートン、なぜここにいる」

 扇子の影でふふんと意地悪に鼻で笑っていると、普段より低く警戒している彼の声が上から降ってきた。

「ステフ!」

 ステフは本を数冊抱えたクレイブさんを引き連れて戻ってきた。やっと戻ってきてくれたと私が喜色満面な反応をすると、彼は私と不審な男を見比べて眉間にしわを寄せていた。
 あっ、人前なのについ愛称で呼んでしまった。まずいと思って私は扇子でさっと顔を隠す。窘められちゃうかなと心配していたけど、ステフの怪訝な視線はモートンと呼ばれた怪しい男に向けられていた。

「彼女は私の婚約者だ。彼女に一体何の用だ」
「殿下の婚約者様にひと目お会いしたくて」

 モートン氏は、先程まで私に対して怒りの感情を向けていたのに、一瞬で表情を切り替えていた。ステフに向けて愛想よくにっこりと微笑んでいるが、どこか薄ら寒いものがある。

「……そうか」

 ステフはそれに対して淡々とした返事を返す。その時の彼の瞳があまりにも無感動で、ガラスの瞳を嵌め込まれた人形の表情に見えて私は違和感を覚えた。

「ところで殿下、来月うちの妹の誕生日パーティが開かれるのですが、是非」
「せっかくだけどお断りしておくよ。私が参加したら主役が気分を害すだろうからね。それに──君に病気を感染してしまうかもしれない」

 ……それはどういう意味だろう。私は困惑してステフとモートン氏を見比べてみたが、苦虫を噛み潰したような顔をしているモートンに対し、ステフは変わらず無表情だった。
 彼らの間には親しみなんてない。せ、政敵だったりするのだろうか……

 両者が見つめ合っていたのは数秒のことで、ステフはすぐに興味をなくして視線を逸らすと、座っている私の手を取って立ち上がらせた。

「ここは冷えるな。どうやら私のかわいい人は体を冷やしたようだ」

 そう言って私に微笑みかけてきた彼はいつもの甘い笑顔だった。
 先程の表情が抜け落ちた彼は目の錯覚だろうかと疑いたくなるくらいに違う。

「クレイブ、個室で話そう。積もる話もある」

 私が状況の変化についていけず固まっていると、ステフはクレイブさん達にも声をかけて移動を促していた。

「そこの君、レディたちに甘い物と温かい飲み物を用意してあげてくれ。さぁ行こう、レオーネ」
「はい、殿下」

 近くにいたサロンの使用人に声をかけると、ステフが私をエスコートしてくれた。
 私は動揺を表に出さぬよう、公的な呼び方で返事をしたのだが、ステフはむっと不満を表に出した。

「愛称では呼ばないの?」

 いじけた声音で言われて、私はぐっと唸る。
 私の失敗を笑うつもりか、それとも本気でそう思って言っているのか……

「人前ですよ。二人きりの時だけのお約束です」
「呼んで、お願いだよレオ」

 人の目があるからダメだとやんわりお断りしたのに、彼は私の耳に顔を近づけて囁いた。
 小さく囁かれた低い声に、ぞくっと胸が震えた。そ、そんなおねだりの方法は卑怯です。

 ちろりと目でステフの顔を伺うと、期待の眼差しを向けられた。
 私は暫し迷い、腹をくくる。
 知らないからね、公私混同していると指摘されても。

「ステフ」

 屈んでいる彼の耳元で小さく呼ぶと、ステフはくすぐったそうに笑った。彼の反応が可愛くて私も釣られて笑うと、口の横に奪うようにキスされた。

「本当は唇にしたいけど、口紅が取れちゃうからね」
「……もう、ステフったら」

 仕方のない人。そう呟くと、ステフは愛おしさを隠さずに私を見つめてきた。
 惚れた弱みだろうか。好きな人のかわいいおねだりなら聞いてあげたくなるってものだ。

 そのまま私は彼に腰を抱かれて、個室へ連れて行かれた。
 モートン氏を一瞥することなく。



「──あなたは私に対してあぁいう風に愛を表現してくれないわね」

 その声に私は我に返る。
 ついつい二人の世界を作っていちゃついていたけど、そういえばクレイブさんとポリーナさんがいたんだった。
 はっとして振り返ると、ジト目で婚約者を睨むポリーナさんが後ろにいた。その視線に晒されたクレイブさんは目を左右上下に動かして明らかにうろたえている。

「か、勘弁してくれよ。殿下と僕じゃ絵面が違うだろう」

 おどおどと弁解するクレイブさんには刺激が強いようで、自分には無理だと弁解していた。それに不満な顔をするポリーナさんは完全に臍を曲げてしまったようだ。

「私たちがいたら気まずいだろう。別の部屋を借りようか?」
「結構ですっ!」

 空気を読んだらしいステフがそう提案するも、クレイブさんが赤面して断固拒否。ポリーナさんがますます膨れっ面になっていたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

政略結婚の作法

夜宮
恋愛
悪女になる。 そして、全てをこの手に。 政略結婚のために身分違いの恋人のいる王太子の婚約者となった公爵令嬢は、妹の囁きを胸に悪女となることを決意した。 悪女と身分違いの恋人、悪女になるはずだった妹の物語。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

百合好き令嬢は王子殿下に愛される ~男に興味はないはずでした~

九條葉月
恋愛
百合好きな令嬢・リリー。彼女は今日も学園に咲く百合模様を観察していた。 彼女は本来『悪役令嬢』であり、第二王子の婚約者となって破滅する運命だったのだが……。幸運にも第二王子の婚約者にはならず、破滅ルートを回避することができていた。今のところは。 平穏な日々を過ごす中、ずっと見守っていた百合が成就し歓喜するリリー。そんな彼女に声を掛けてきたのは第二王子・エドワードであった。 初対面のはずなのになぜか積極的で、『友人』になろうと提案してくるエドワード。そんな彼の様子に何かが変わりだしたと直感するリリーだった。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!

大森 樹
恋愛
天使の生まれ変わりと言われるほど可愛い子爵令嬢のアイラは、ある日突然騎士のオスカーに求婚される。 なぜアイラに求婚してくれたのか尋ねると「それはもちろん、君の顔がいいからだ!」と言われてしまった。 顔で女を選ぶ男が一番嫌いなアイラは、こっ酷くオスカーを振るがそれでもオスカーは諦める様子はなく毎日アイラに熱烈なラブコールを送るのだった。 それに加えて、美形で紳士な公爵令息ファビアンもアイラが好きなようで!? しかし、アイラには結婚よりも叶えたい夢があった。 アイラはどちらと恋をする? もしくは恋は諦めて、夢を選ぶのか……最後までお楽しみください。

処理中です...