麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ

文字の大きさ
48 / 55
続編・私の王子様は今日も麗しい

お客様、突然踊りだされたら困ります。

しおりを挟む

 招待状は送った。マナーやルールの見直しもした。
 使用人の配分も打ち合わせも済ませた。お客様にお出しするお茶やお菓子の準備も終えた。
 席の位置も完璧だし、お帰りの際にお渡しするお土産だって用意済みだ。

 ──なのに、予定より人数が多い気がするのは気のせいだろうか。
 私はぞろぞろやってきたお客様たちを前に引きつった笑顔を浮かべていた。


 できることなら、お茶会の予行練習をしておいたほうがいいとミカエラ大叔母様から言われたので、王宮内の一室をお借りして、疑似お茶会を開くことにした。
 このお茶会に招待するのは、私がなにかヘマをしても苦笑いで窘めてくれるような人だけ。練習に付き合ってくれる優しい人だけが参加している。

 身内であれば、フェルベーク公爵家からはミカエラ大叔母様と大旦那様、義兄のオーギュスト様。そしてステフの義父になる予定のヴァイスミュラー公爵、ブロムステッド男爵家から伯父様と伯母様。
 友人はカトリーナ様とカーティス伯爵子息、ポリーナさんとクレイブさん。それとステフの特別親しいご友人たち数名。

 招待したのはそれだけだった。
 それなのに呼んでいない人たちがやってきたので内心焦っていた。
 私、間違って招待状送ったのかな…?

 ステフからお茶会のことを聞いて足を運んだ王太后様ならまだわかる。同じ敷地内の離宮にいらっしゃるから、ほんのピクニック気分で飛び入り参加したのだろう。
 しかし、すでに社交界を引退されたであろう貴族のご隠居夫婦が複数参加されて、本来友人たちに割り当てていた席を占拠されてしまったのには目を剥いた。
 自分の席にちゃっかり着席しているご老人たちを見た若者たちは苦笑いを浮かべている。

「ミカエラ様にお話を聞いてね、私達も参加してみたくなったんだよ」
「お手並み拝見させていただきますわね」

 なんか私の仕事ぶりを観察しに来たみたいな言い方をされ、ただでさえ緊張していたのに、絶対に失敗してはいけない空気を感じる。
 普段は領地で隠居しているって聞いたのに、わざわざ王都までやってきたの? おままごとみたいなお茶会に参加するため? お年寄りなのに行動力ありすぎない?

 飛び入り参加を事前に聞いていなかった私だけでなく、使用人たちも大慌てで新たに席を準備する。お菓子やお茶だって追加で持ってこなくてはならない。余分になければ、即席で新たに作ってもらわなくては。
 追加で作ってもらった分は最終確認で毒見役に味見をして貰う必要があるし、予定にはなかった作業が増えて私はテンパってしまった。
 
 そんな事など露知らずなご隠居たちは、「まだ始まらないの?」と呑気に声をかけてくる始末。
 何度もひとりで本番を想定して練習したのに、もうぐだぐだである。

「レオーネ様を見ていると本当にミカエラ様のお若い頃を思い出しますわ」
「ほんとに…そういえば昔こんな話題で盛り上がりましたね」

 ホストである私が仕切って盛り上げなきゃいけないのに、隠居世代の彼らは勝手に昔の話で盛り上がりはじめた。若者世代は話題に乗れずに聞き役に回る。この時点でお茶会は失敗だと私は悟った。

 練習が練習にならない…これは遠回しの嫌がらせなのだろうか…友好的な態度を示しながら、本心は私を受け入れていないから妨害をしようとしているの…?
 軽い人間不信になりかかった私は遠い目をしていた。

「あぁ、昔の話をしていると若い頃を思い出して足が疼いてきたわ」
「楽器を弾けるものはいないかね」

 ホスト無視の進行だけじゃ飽き足らず、音楽を奏でろと言い出した。
 そんな事言われても夜会じゃないんだから楽団なんか手配していないし、私はお母さんに習った手慰め程度のピアノしか弾けない。人様の前でお披露目できるほど上手というわけじゃない。普通に無理です。

 ここは反感を買うのを覚悟の上で注意しよう。流石に好き勝手に振る舞いすぎだと。
 私は意を決して一歩足を踏み出すと、私が口を開くそのタイミングで「僕、弾けますよ」と名乗り出てきた勇者がいた。
 ぎょっとして声の主を見るとそれはステフの友人の1人で、確か彼は辺境伯子息だ。

「君、楽器を保管しているところまで案内してくれないか?」
「えぇと…」

 彼は近くにいた使用人にそう声をかけて狼狽えさせていた。
 判断に困っている使用人の代わりに私が対応しようとしたが、後ろから肩をぽんと叩かれた。

「大丈夫だよ」

 ステフはなにか知った顔で私を止めた。私はそれが信じられなかった。
 全然大丈夫じゃないでしょう。ゲストにお茶会をめちゃくちゃにされているのだ。これを放置するのはホスト失格。それをなにもせず、ただ黙って見ていろって言うのか。ステフはそれでいいの?
 それとも、私の手には負えないからもう何もするなってことなの?

 私はぐっと拳を握って堪えた。
 何もできない焦燥感を抱えて、なんだか泣きたくなってきた。


 使用人を伴って戻ってきた辺境伯子息の手には年代物のアコーディオンがあった。
 貴族ってピアノとかヴァイオリンを教養として習っているって聞くけど、アコーディオンも弾けちゃうのか。ボタンがあちこちにあって難しそうなのに…
 彼はアコーディオンの音を軽く確認すると、手慣れた仕草でよく耳にするワルツ曲を奏で始めた。

 前もって他の使用人たちが席を移動させてダンスできるスペースを作っていてくれたため、即席ダンスフロアにぞろぞろ出てきたご隠居組は夫婦でペアになって踊りだした。
 それを前にした私は頭を抱えていた。こんなのお茶会じゃない。一から決めて最後まで段取りを組んだのに全て無駄になった。
 もう知らない。どうにでもなってしまえ。

「レオーネ」

 やけくそな気分で踊る彼らを眺めていると、ステフに呼びかけられ、手を引っ張られた。

「私達も踊ろうか」
「え…?」

 まさかステフもやけくそになってる?
 ホストがゲストに紛れてそんな事しちゃ駄目でしょう。
 躊躇った私は抵抗も兼ねて踏ん張るけども、ステフはお構いなしに引っ張るものだから無駄だった。

 ダンスフロアと化した場所へ連れ出されると、私はステフとワルツを踊った。
 私が開いたのはお茶会だ。ダンスタイムなんて設けていないのにだ。夜会でもないのになんで踊っているんだと私が難しい顔をしていると、それがおかしかったのかステフが喉の奥で笑っていた。

「よく頑張ったね、レオーネ」
「……お茶会ってこんなのじゃないですよね……」

 頑張ったけど、その頑張った成果を発揮できなきゃ意味がない。と言うと、ステフは笑った。私は面白いことなんか一つも言っていないのに笑うとかひどい。
 ステフがおもむろに身を屈める。彼の美麗な顔が近づいてくるのをぼんやりと眺めていると、ふわりと唇に柔らかい感触が落ちた。
 私は慌ててバッと離れると、すかさず彼を窘めた。

「殿下! 人前ですよ」
「ごめんね、レオーネが可愛くてつい」

 もう! と私が彼の腕をぱしりと叩くと、周りで小さく笑う声が聞こえた。

「ステファン殿下はレオーネ様が可愛くて仕方がないのですね」

 老婦人に笑われた私は恥ずかしくて、顔を伏せた。
 ステップを踏むのをやめたステフは両腕で私を抱き寄せると、頭頂部にキスを落としてきた。

「10年以上前から私は彼女に夢中なのですよ。彼女は私の初めての友人であり、初恋の女性でもある唯一なのです」

 ステフがそんな事を言うものだから、貴婦人たちは黄色い声を上げた。
 彼の愛情表現は今更だけど、改めて人前で言われると恥ずかしいな。困った顔でステフを見上げると、ステフは翡翠の瞳を細めて私のおでこに一つ口づけを落とした。

 その後、私達の出会い話を知らなかったという婦人から昔話をねだられ、私達の初恋を語る羽目になった。それにポリーナさんが「何度聞いても素敵なお話です」とうっとりした後、なにかハッとした様子でとある人物に向けて質問してきた。

「失礼ですが、ブロムステッド男爵閣下…お2人が初恋同士だと存じた上で、花嫁選出の儀にレオーネ様をお連れになられたのですか?」

 問いかけされた伯父様と伯母様はふたり目を合わせて、へらっと笑っていた。

「実は以前から何度かステファン殿下にレオーネの事を聞かれることがあって、返事を濁していたのですが……この際だからはっきりさせて置こうと思いまして」

 伯父様の話は完全に寝耳に水だった。
 そうだったの!? 初耳なんですけど!

「王族の運命の相手占いは絶対ですからね。その結果で可愛いレオーネが悲しむことになるのはわたくし達も望んでおりませんでしたので、あえて殿下には何もお知らせせずにあの場で引き合わせたのです」

 伯母様の発言に私は目を剥く。
 つまり、私達を再会させたところで、私が選ばれない可能性もあったから会わせることに消極的だったと言うわけだ。
 身分の差もあって現実的には叶わぬ恋だったと私もわかっている。彼らの心配も理解できるので、私も強くは言えない。

「ですけど、その不安も杞憂でした。殿下はレオーネを見た瞬間からずっと視線を外さないのですもの。花嫁占いでもレオーネの特徴が見事言い当てられ、2人の出会いはそもそもが運命なのだと確信しました。それでわたくし共も安心して姪をお送りすることができましたの」

 うふふと笑った伯母様。
 だけどあの時、私は置いてけぼりにされてとても不安で寂しかったんだよ…。知っていたならもうちょっと説明してほしかったな。私、初恋の相手のことすっかり忘れていたんだから。

「ちょっと待て、ブロムステッド男爵、夫人……万が一占いでレオーネが該当しなかったら、私に何も言わずに連れて帰るつもりだったのか?」

 今の話に疑問が湧いたステフが問いかけると、伯母様は扇子で口元を隠し、伯父様は何を企んでいるかわからない目をして笑っていた。

「私共としては姪の幸せが第一ですので」
「……忠実な男だと思っていたが…一筋縄じゃいかないな」

 一本取られたとばかりにステフは片手で頭を抑えていた。
 この場合、年の功もあるんだと思う。私には優しい伯父様伯母様だけど、貴族として、領主として、そして事業主として渡り歩いてきた彼らのほうが人生経験も多く、一枚上手なんだよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

政略結婚の作法

夜宮
恋愛
悪女になる。 そして、全てをこの手に。 政略結婚のために身分違いの恋人のいる王太子の婚約者となった公爵令嬢は、妹の囁きを胸に悪女となることを決意した。 悪女と身分違いの恋人、悪女になるはずだった妹の物語。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

百合好き令嬢は王子殿下に愛される ~男に興味はないはずでした~

九條葉月
恋愛
百合好きな令嬢・リリー。彼女は今日も学園に咲く百合模様を観察していた。 彼女は本来『悪役令嬢』であり、第二王子の婚約者となって破滅する運命だったのだが……。幸運にも第二王子の婚約者にはならず、破滅ルートを回避することができていた。今のところは。 平穏な日々を過ごす中、ずっと見守っていた百合が成就し歓喜するリリー。そんな彼女に声を掛けてきたのは第二王子・エドワードであった。 初対面のはずなのになぜか積極的で、『友人』になろうと提案してくるエドワード。そんな彼の様子に何かが変わりだしたと直感するリリーだった。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!

大森 樹
恋愛
天使の生まれ変わりと言われるほど可愛い子爵令嬢のアイラは、ある日突然騎士のオスカーに求婚される。 なぜアイラに求婚してくれたのか尋ねると「それはもちろん、君の顔がいいからだ!」と言われてしまった。 顔で女を選ぶ男が一番嫌いなアイラは、こっ酷くオスカーを振るがそれでもオスカーは諦める様子はなく毎日アイラに熱烈なラブコールを送るのだった。 それに加えて、美形で紳士な公爵令息ファビアンもアイラが好きなようで!? しかし、アイラには結婚よりも叶えたい夢があった。 アイラはどちらと恋をする? もしくは恋は諦めて、夢を選ぶのか……最後までお楽しみください。

処理中です...