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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。
カレーって意外とバリエーションあるよね。私の得意料理なんだ!
しおりを挟む翌朝、部員全員早起きして早朝練習を行った。
その練習の間にマネージャー達が朝食を作ってくれているはずなのだが…食堂に向かうと案の定である。
富田さんはニコニコ笑顔で男子に配膳していて、食堂に野中さんの姿はない。女子の分は用意されておらず、男子だけが先に朝食をとっていた。
それには女子部員も訝しげな表情を浮かべている。野中さんが仕事を押し付けられていることをみんな気づいていないようだったけど、この状況には流石に異変を感じ始めているようだった。
その後男子に遅れて女子の分が配膳されたけど、野中さんはなんだか泣きそうな顔で「遅くなってしまってすみません…」と私達に謝ってきた。
女子部の部長が「…何かあったの?」と野中さんに尋ねていたが、野中さんは口を開こうとして閉じるとふるふると首を横に振っていた。
彼女の唇はギュッと噛み締められて白くなっていた。
私は嫌な予感が的中したなと顔をしかめた。
エリカちゃんの体に入っている私は今現在1年生。3年の富田さんに物申すにしても逆ギレされて有耶無耶になってしまうだろう。
…しかしこのままじゃ野中さんが潰れてしまう恐れがある。
ちなみにマネージャーの富田さんは8月の大会を最後に引退のはずだが、彼女は卒業までマネージャー業を続けるそうだ。…大学進学とか就職活動とかは大丈夫なのだろうか…
本来なら新しいマネージャーを入れて来年度以降の引き継ぎとかするべきなんだけど、新しい人が入部してもすぐに辞めちゃったんだって。
うちの部も来年あたりにはマネージャー志望の生徒が新しく入部した方が良いんだけど、いないならいないで女子部員で賄うこともできる。だからそう不安視していない。マネージャーいたほうが助かるんだけどね。
私は食事をする前にそっと席を立つと、女子部長に声を掛ける。
落ち込んだ様子の野中さんを心配そうに見送っていた部長の耳を借りてとある事を頼んでみた。
■□■
朝食後の午前練習後、汗だくのユニフォームから着替えて、空腹の腹を抱えたまま部活生たちが食堂にやってきた。
暑い・空腹・疲れたの三拍子の時はこれだと私は思う。皆のお腹と心を満たしてあげようではないか。
私は食堂に入ってきた女子部員に向けて元気よく声を掛ける。
「女子部員のみなさ~んお皿を持ってコッチに並んで下さーい」
「エリカ!? アンタどこにいたの?」
「女子部員分の洗濯とご飯作ってた。部長と顧問の工藤先生の許可はもらったよ」
私は自分の任務である球拾いを野中さんにバトンタッチして、自分が皆の昼食を作ると立候補したのだ。
野中さんは先輩マネにこき使われてずっと1人で仕事していただろうから、いい気分転換になったことだろう。
「えぇ!? なにこれ二階堂さんが作ったの? すげー!」
「男子はあっちです。各自で盛ってくださいね」
男子達がカレーの前に群がってきたので私は静止をかける。これは君たちの分じゃないのだよ。
私が指を差す先には大きな寸胴鍋に大量に作られたシンプルなカレーと大きな炊飯器に炊かれたご飯だ。皿とスプーン、そして福神漬やらっきょうが置かれている。その隣にバイキング形式のサラダとかデザートのゼリーもあるよ。
簡単に作れるメニューだが、なかなか失敗することがなくて、お腹にたまるメニューだから良いでしょ?
「えぇ!? なにこの差! なんで女子のほうが豪華なわけ!?」
「だってー富田さんいつになっても作りに来ないんですもーん。男子の分を作ってあげただけ感謝してほしいですよぉ~」
差別じゃない。区別ですよ。
私は臨時の女子マネをしているのだから。
お昼の準備を始めた時、ちょっと待ってたけども…いつになっても富田さんは現れなかった。
完璧に全部野中さんに振ってたなこりゃ
「は? トミちゃん作ってないの? 昼前にちょっと抜けてたよね?」
「え、いや、その…」
私の話を聞いた男子部員達が不思議そうに顔を見合わせている。不審そうにした男子部長にそう尋ねられ、富田さんは引きつった顔をしていた。弁解になっていない言い訳をしていたが、全然同情はできない。
悔い改めよ。
私は女子部員の分のカレーには力を入れた。カレーとご飯とサラダとデザートは男子と同じメニューだ。
しかし、男子との決定的な違いは本格的カレーが二種類あり、小さなナンがついているということである。バターチキンとキーマカレーにしてみたが、辛いのが苦手な人はバターチキンを選んで欲しい。甘めに作ったから。
女子人数分ナンを焼くのは大変だったけど、私がただ単に食べたかっただけなので作るのは苦ではなかった。材料があってよかった。
カレーとナンの生地を先に仕込んでおいて洗濯片付けて調理に移ったのでそんなに大変でもなかったし。男子のはほぼ放置で温め直すだけだったしね。
女子たちがきゃあきゃあとカレーに群がる。
美味しそうに食べてくれて良かった。頑張った甲斐があるよ。野中さんも落ち着いて食事ができてるようだから安心した。
自分カレーは得意なんだよ。自分の中にバターチキンカレーブームが来た時にいろんなカレーに挑戦して作るようになったことがあってさ。手の込んだ料理は作れないけど、カレーだけは得意。
「二階堂さぁーんちょっとちょうだいよ~」
「なに言ってるんですか! そっちのカレーにも闘魂こめて作ったんだからそっち食べてくださいよ!」
「あっちも美味しいけどさぁ…」
男子部員が皿を持ってカレーを恵んでくれと乞うてきたが、私はそれを一蹴して自分の分のカレーを消費したのである。
ナンうめぇ。
午後は片付けした後に練習に加わる事になっていたので私は野中さんと分担して洗い物をしていた。二人でやったほうがこんなに早いというのに、富田さんには申し訳ないという感情はないのかね。やっぱり来ないし。
「ちょっと、あんた」
「あ、やっと手伝いに来てくれたんですか富田さん?」
「違うわよ! …一体どういうつもりよ! 皆の前でなんであんなこと」
「本当のことじゃないですか~マネージャーの仕事の楽な部分だけして他は後輩に振るって…野中さんは女子バレーのマネージャーなんですよ? 男子の面倒まで見る必要はないんですけど」
「1年のくせに3年に逆らうつもり!?」
「私達は奴隷じゃないんですよ。先輩の言うことを聞くにも限度がありますから」
炊事場の出入り口前で地団駄を踏んで苛立ちを露わにする富田さんを胡乱げに眺めながら洗い終わった皿を片付ける。
女子部員全員分のドリンクボトルを野中さんと分担して持つと、彼女に声を掛けた。
「あ、男子部員のユニフォームとかタオル早く洗ったほうが良いですよ。暑いから悪臭放ってますし。洗濯場に放置してますんで宜しくお願いしますね?」
「!?」
「じゃ、私達練習に戻るんで!」
野中さんの腕を引っ張って私達は炊事場を離れた。
少々やり方がいじめっぽいかもだけど、こうでもしないと野中さんがどれだけ大変なのかわかんないでしょ。いやこれだけじゃ全然伝えきれないけど、マネージャー名乗ってるなら仕事もちゃんとしてほしいよ。
運動部は縦社会だから先輩の言うことは絶対な風潮はあるけどさ、先輩だからって何してもいいわけじゃないんだよ?
野中さんが指摘しても直さない。
私がさり気なく『仕事しろ』と警告しても改めない。
ならチクるしか無いじゃんね。
男子部員に囲まれるのが好きそうな人だから、男子の前で言われたら流石に態度を改めると思ったんだけど…
…まさかね、まさかあんなことするとは思ってなかったから。
この後私はちょっとしたピンチに陥ることになる。
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