お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

私は一体誰なのだろう。

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 英学院のバレー部夏合宿は2日目の夜に肝試し、3日目最終日の夜はバーベキューと花火をするそうだ。誠心でそんな提案を口に出したらビンタされていただろう。
  ぶっちゃけ合宿でこんなにのんびりご飯食べたりおしゃべりするなんてありえなかったし。
 
 昼練を終えてから野中さんと手分けして夕飯を作り、皆で囲んで夕飯を食べて(あの人やっぱり作りに来なかった。念のために見に行ってよかった)日が完全に暮れるまでの間は自由時間だ。
 野中さんに片付けは自分ひとりで出来るから部員と休んでてと言われたので、お役御免になった私はブラブラしながら女子部屋のある棟につながる廊下を歩いていた。

 そうそう、私今回のことはイラッとしたので昼練の時に女子部長に事の次第を報告したよ。こうなると私だけじゃどうしようもない問題だもの。事態を重く見た女子部長は男子部長と顧問に話してみると言ってくれたので、これで改善されたら良いな。

 ところで肝試しってなにするんだろう。神社までなにか取ってくるとかそんなやつかな。とぼんやり考えていると、廊下の窓の外から少し離れた位置に人影があるのに気づいた。
 そこにいたのは富田さんと見覚えのある男子。…確か2年の男バレ部員かな?
 2人は抱き合い、熱いキスをし合っていた。


 …なんだかいけないものを見てしまった気分になったと同時に、あの事件前に見たあの光景を思い出した。

(…ユキ兄ちゃん…今頃どうしてるのかな。…ユキ兄ちゃんの彼女、小柄で…可愛かったな。私と正反対の女の子だった…)


 私は昔から周りの女の子よりも背が高くて、顔立ちもどちらかといえば男顔だったので、男の子に見られるのは当然のこと、男子からも同じ男子として扱われていた。
 本当は可愛いものが好きだ。スカートも好きだし、小さい頃はリボンとかフリルの飾りのついた洋服が着てみたかった。
 だけど似合わないのだ。色々あったのは割愛するけど、男子共に「女装かよ」と爆笑されたものである。

 成長するにつれて周りの女の子が女性らしくなっていくのに対して、私は身長がぐんぐん伸びていった。
 長身の女性は綺麗だと思うよ? モデルさんとか女優さんとかロングスカート似合うし、長い脚にヒールの靴なんてもう最高だし。
 だけど私の場合余計男っぽくなっただけ。女の子から差し入れを貰う始末で…最終的に開き直っていたけどさ。
 まぁ身長が高いからこそバレーと出会ったんだけどね。身長は武器になるから。

 男勝りな私を唯一女の子扱いしてくれたのが母方の従兄、3個上の大学生であるユキ兄ちゃん。あの時まで恋をしているなんて気づかなかったけども、私は彼のことが好きだったんだ。

 破れた初恋を思い出して胸が少し痛んだけども、私は富田さん達から目を逸らし、女子部屋へと戻っていった。


 あの日エリカちゃんを庇ったのも、か弱そうな可愛い女の子だったから。思わず守ってあげたくなったんだよね。
 何故か今私がエリカちゃんになってしまっているけど…

 だけどね、エリカちゃんになったからこそ今現在私は夢だったフリルのスカートや可愛らしいワンピースに身を包めるようになったのだ。
 エリカちゃん美少女だからめっちゃ楽しい。可愛い洋服に可愛い髪型、可愛いアクセサリーで着飾ると更に美少女になるから目の保養になる。

 合宿のイベント用に腰にある大きなリボンがワンポイントのノースリーブのパステルブルー色ワンピースに着替えて、長い髪を三つ編みにして横に垂らしておく。

(あぁ私、女の子してる…!)

 美少女っていいなぁ。可愛い服でもっと可愛くなる。
 鏡を見てヘラヘラしているとぴかりんに「…なに自分の顔見て笑ってんの?」とドン引きされてしまった。

 違うの私はナルシストじゃないのよ。


■□■


「クジ引いていない人はもういない~?」

 富田さんが皆に声を掛けている。
 くじ引きで決まったペアで肝試しに参加するのだが、私は2年の男子と組むことになった。

 …この人、さっき富田さんとあっついチューしてた人じゃないっけ。富田さんと交代したほうが良いんじゃないかな? と思ったんだけど富田さんは二宮さんの腕にくっついてニコニコしていた。

 ……あれ? この人と付き合ってんじゃないの?

「二階堂さん、次俺らの番だから行こう」
「へ? あ、はい」

 いいの? 富田さんが他の男にくっついてますけど。


 合宿所の側にある森林道が肝試しルートらしい。遠くから悲鳴が聞こえてきたのでお化け役がどこかに潜んでいるようだ。
 日中は蝉の鳴き声でやかましい森だが、夜は少し静か。外灯もないので一組ずつロウソクを持って道を照らしながら歩いている。そこは懐中電灯じゃないのか。
 ロウソクなんて雰囲気が出て余計怖いんだけど。


 肝試しスタートしたのは良いが、私とペアの人は無言だった。私もおしゃべりするほど親しい相手ではないので彼の後ろを黙ってついていく。

 歩いていて思ったんだけど…なんだかどんどん森深くに入って行っている気がする。
 流石にまずいと思った私は、ズンズン先へ進むペアの人に恐る恐る声を掛けてみた。

「…あの、道が間違ってません?」
「…間違ってないよ」
「だけど皆の声もしないですし」

 先程までお化け役に脅かされる人の悲鳴が聞こえていたのにこの辺はしんと静まり返っていて不気味だ。
 彼はこの道で合っているとは言うものの、これは引き返したほうが良いと私は判断して「戻りましょう」と踵を返した。

 だけどガシッと腕を捕まれ、私は力任せに放り投げられた。

「え?」

 一瞬のことだったので意味がわからず宙を舞う身体は森林道から外れ、草木の生い茂る獣道のくぼんだ場所へと落下した。

 ──ドサッ!!

「うっ……!」

 背中と腰を強打した私は痛みにうめいていた。何が起きたのかがわからない。…なぜ、私は投げられた?

「……悪く思うなよ……明日の朝になったら迎えに来てやるよ」
「な、なにを…」
「お前が富田さんをいじめるのが悪いんだよ。恨むなら自分を恨めば?」

 森林道から此方を見下ろしてくる男子生徒の顔はロウソクの明かりで不気味に照らされている。無表情だから尚更怖い。
 2年男子はそう言い残すと足早に立ち去っていった。
 …いじめる? 私が富田さんを?
 いや違うでしょ! あの人はいじめていた側!

「ちょっ、まっ…」

 窪みには雑草が覆い茂っていたため、それがクッションとなったので私は怪我らしい怪我はしていなかった。
 しかし、着地した時の反動で息が詰まっていて声が出なかったため、私を落とした彼を見送る形になってしまった。


 人が誰もいなくなったそこは森の住民の気配だけがあった。虫とか動物とかね。ここには熊はいないだろうけど、イノシシとかはいるんじゃないかな。
 落下した獣道から森林道に戻ろうと這い登ってみたけども無理だ。登ろうとしても足場がないので滑り落ちそうになる。

 …あの人なんでこんな事するんだろう。富田さんがどうのと言ってたけど、いじめたってなに? ここに落とすってことは事前に下見したのかな?
 ふと後ろを振り返ってみたけども、真っ暗でここがどういう地形なのかが判断できない。もしかしたら急な坂になっているかもしれないから動かないほうが良さげである。
 
 傍にあった木を背もたれにして私は体育座りをした。辺りから虫の鳴き声が聞こえてくる。
 …こんな静かな夜は余計な事を考えるから苦手なんだけどな…

 森の中でこうして体育座りしていることに私は既視感を覚えた。
 あぁそうだ。小学生の時、森を探検していて一人はぐれたんだ。森中をさまよったけども出口がわからず、そうこうしている間に日が暮れて夜になってしまい完全に遭難したんだ。

 それで……ユキ兄ちゃんが助けに来てくれた。


 だけど私はもう笑じゃない。
 ユキ兄ちゃんは助けに来てくれない。来るわけがないのだ。
 例え私が笑だと言っても家族のように信じてくれるかもわからない。そもそも言ったところでどうするというのだ。

 …女の子扱いされない私はいつの間にか可愛げのない女になっていた。女子には「男だったら良かったのに」と言われ、男子には「お前女じゃねーわ」と言われて…私も皆の言われる通りの人間になっていた。

 だけど私だって泣く時は泣く。誰もいないところで一人ひっそりと。

 でも例外もあった。

 例えばバレーの部活が辛かった時。
 試合に負けて悔しかった時。
 監督や先輩に叱責された時。
 親に怒られた時や友達と喧嘩してしまった時。
 

 ユキ兄ちゃんの顔を見るといつも私は自然と涙をこぼし、自分の感情を吐露していた。
 ユキ兄ちゃんは静かに相槌を打ってくれて、私の話を否定したり馬鹿にすることもなく…
私が泣き止むまでそばに居てくれた。

 ユキ兄ちゃんの前だったら私は弱い女の子になれた。
 ……でももう、私には泣ける場所はないのだ。


「うっ…うぅう…」


 泣きたくなど無い。泣きたくないのに涙が溢れてきた。
 まるで置き去りにされたのを泣いているみたいで嫌だ。私が悲しいのはそれじゃない。

 私は笑であってエリカじゃない。
 だけど現実は私は死んだ人間。

 自分で自分がわからなくなるのだ。
 【二階堂エリカ】という名前で呼ばれて自然と返事をしている自分がいる。

 どんどん事件が風化していって、人々の記憶から私は消え去っていく。
 私はそれが怖い。

 私にはもう泣く場所がなくて、私を理解してくれる人はもういないのだ。
 だって私は二階堂エリカになってしまったのだから。

 二階堂パパとママは親切にしてくれるよ。だけどあくまで他人だ。本物のエリカちゃんをどこかで探している素振りを見せることがある。

 松戸の家族だってまだ戸惑っている。私の仏壇でお母さんが泣いているのを見たことだってある。
 みんな私を笑と理解しているけど、外見が違う私をまるで他人のような目で見てくることがある。

 仕方ない。仕方ないことだってわかっている。
 だけど、その度に私は自分の存在意義がわからなくなるんだ。

 エリカちゃん、【誰にも必要とされない】ってこんなことなんだよ。
 私にはエリカちゃんの孤独はわからない。

 だけど、きっとそんなもんじゃないよ。
 自分の存在がじわじわ消えていく、そんな経験はある?

 あなたの身体を貰ったって、私は私に戻れない。家族も友人も好きな人も誰も彼も私を笑だと認識できない。
 吐き出す場所なんてどこにもない。

 私はひとりぼっちなんだよ。

 

 押し込めていた鬱屈した感情が濁流のように流れ出してきた。


「うわぁぁぁーん!」


 ひとりぼっちの私は感情のままに、癇癪を起こした子供のごとく泣きじゃくっていた。

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