お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

臭いものには蓋? させないからな!

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『笑ちゃん、良かった。こんなところに居たんだね』

 息を切らせて私を見つけ出してくれたユキ兄ちゃんはホッとした表情を見せた。私は耐えきれずにユキ兄ちゃんの胸に飛び込んで大泣きしていた。
 その後私はキッチリ説教された。
 ユキ兄ちゃんが説教する時は決まってこう言うのだ。

『笑ちゃんは女の子なんだから』

 他の人に言われたら腹が立つかもしれないその言葉をユキ兄ちゃんに言われると妙にくすぐったく感じていた。

 私を女の子としてみてくれるユキ兄ちゃん。

 だけど今の私はユキ兄ちゃんの妹分ですら無い。今の私はただの他人だ。


■□■


「うっ、うぅううう……」

 森の中でひとり、グズグズと私は泣いていた。
 スマホは圏外だし、真っ暗闇だし、身動きとれないし。明日の朝までって言われたけどなんでこんな目に合わないといけないんだ。
 富田さんをいじめた? 何を言っているんだ。富田さんは野中さんをいじめていた側だろう。言ったもの勝ちとでも言うのか。

 夜とはいえ夏。このまま干からびて発見されるかもしれない。そんな一生の終え方、エリカちゃんに顔向けできない。
 …だけど涙は一向に止まってくれない。


「ぉーぃ…」

 泣きすぎて耳が変な感じだ。なんかどこからか声が聞こえるけども幻聴かな。

「二階堂さーん!」
「!……こ、ここにいまーす!」

 だけどその声がだんだん近づいてきたことで幻聴じゃないと気づいた私は声を張り上げ、ここにいることを主張した。
 するとパァッと視界が急に眩しくなり、反射的に目を閉じる。

「!? ここ!? ちょ、なんでこんなところに」

 この声は…確か二宮さん?
 眩しさに目が慣れてくると、ぎょっとした顔の二宮さんの姿を視覚で確認できた。彼は息を切らし、その肩は激しく上下していた。…私を探すのに奔走してくれてたようだ。
 ……一瞬、彼のその姿がユキ兄ちゃんとダブって見えてしまった。

「……ペアの人に突き落とされました…」
「はぁ!? ムラのやつ何してんだ!?」
 
 それは私も聞きたい。
 全くとんでもないことをしてくれたもんだ。
 二宮さんは懐中電灯を地面に置くとしゃがんで私の方に手を伸ばした。

「立てる!? 持ち上げるから手を出して!」

 彼に言われた通りに上に手を伸ばすとその手をしっかり握られ、ぐんっと勢いよく身体を持ち上げられた。
 私はその力強さに驚いて目を丸くする。二宮さん結構力持ちなのね。

 無事森林道に上陸(?)出来た私は腰を抜かしていた。…気が抜けたのかな。

「大丈夫? 怪我はない?」
「だ、大丈夫…ではないです」
「怖かったなぁ。もう泣かなくていいからね」

 二宮さんは自分の着ているTシャツの裾を持ち上げると、それで涙で濡れた頬を拭ってきた。
 ちょっ汗臭いよ! というツッコミは流石にしなかった。彼なりの優しさだからね。
 
「乗って。怪我してるかもしれないから」
「…すいません。ありがとうございます…」

 腰が抜けているので二宮さんの申し出にありがたく甘えた。彼におんぶされながら私は肝試しはどうなったのかを尋ねてみた。
 肝試し自体は終わったそうだが、点呼をとっている時に私が居ないことに気づいた女子バレーの面々が騒いで捜索することになったらしい。

「二階堂さんが居ないって騒ぎになってさ。山本や野中が探しに行くと森に特攻しようとしてたから俺が行くことにしたんだ。暗いし、女子に何かあったら困るからね」

 二宮さんの説明にそんな騒ぎになっているのかと驚いた。心配掛けてしまったな。

「…思ったんですけど、なんで私のことはさん付けなんですか? 私のほうが後輩なんだから呼び捨てでいいですよ?」

 私がずっと気になっていたことを聞いてみた。
 笑としては同い年だけど、今の私は二宮さんの後輩だ。バレー部でも下っ端であるから呼び捨てで構わないのに、彼は私をさん付けする。ぴかりんは名字呼び捨てなのになんか変な感じである。

「いやいや、お嬢様を呼び捨てなんて流石にできないよ」
「お嬢様って言っても私が偉いわけじゃないですし、私はバレー部の後輩ですもん。呼び捨てで構いませんよ」
「えー…」

 二宮さんも確かぴかりんと同じスポーツ特待生だったな。だから一般生の部類だ。しかし彼は中立派に属しているように思っていた。
 他の一般生のようにセレブ生への敵対心や苦手意識を向ける訳ではないから勝手に親近感を持っていたのだが、やっぱり距離を置かれていたのかと思うとさみしくなる。

「じゃあエリカちゃん?」
「……え?」
「名前、エリカちゃんて呼んで良い?」
「…はぁ、まぁいいですけど」

 急なエリカちゃん呼び。私は少々呆気に取られたが、まぁ別にいいか。

 
 
 肝試しスタート・ゴール地点に集まっているバレー部の皆の元に到着すると、そこには女子部員に囲まれ責め立てられるペアの2年男子がいた。

「ほんっと信じらんない! フツー女の子をこの真っ暗闇の森林に置いてく!?」
「サイッテー。マジでありえないんだけど」
「こいつビビリなんじゃない? 怖がってエリカ置いてけぼりにしたんでしょ」
「エリカになにかあったらどう落とし前つけんの?」

 女子部員達は般若の表情で男子部員一人を詰っていた。私だったら間違いなく泣くなありゃ。
 わぁ修羅場だ。とぼやく二宮さんの背中に乗って私も同じことを他人事のように考えていた。

「あっ! エリカ!」

 私が戻ってきたことに気づいたぴかりんが駆け寄ってきた。その声に反応した女子部員達も一斉に視線を向けてくる。

「どこにいたの? 大丈夫?」

 ぴかりんにそう尋ねられ、私はペアの人に視線を向けた。相手がビクリと肩を揺らしたのが見えたが、見逃しはしないよ。

「…あの人に、村上さんに突き落とされて身動き取れなくなってた」
「はぁっ!? 突き落とされた!?」
「富田さんをいじめるお前が悪い、明日の朝迎えに来るからって……森林道脇の獣道に突き落とされて身動きが取れなくなってました」

 私は正直に被害を報告した。
 ここで黙ってあげるほど私はお人好しではないし、私はエリカちゃんの身体を借りているのだ。エリカちゃんの身体になにかあったらこいつはどうするつもりなのか。二階堂パパママにもしっかり報告してやるからな!

 私がキッと村上を睨みつけていると、富田さんの件の事の次第を知っている女子部長が村上の胸ぐらを掴み上げた。
 おぉ。部長、行動が男らしい。

「村上、アンタ何言ってんの!? 富田は逆に女子マネの野中をいじめてたんだよ!?」
「でも富田さんはっ! なぁっ言ってたよね!? 二階堂エリカが自分の仕事横取りして、それを皆に仕事してないみたいに吹聴してるって! だから俺を頼って…!」

 村上が富田さんを振り返ったのだが、富田さんはその辺にいた男子バレー部員の腕に抱きついて「わ、私知らない!」と無関係を装っていた。
 こっわい女である。自分の手は汚さずに陥れるとか。やっぱり元凶は富田さんか。
 村上は知らないふりをして別の男に抱きつく富田さんを見て愕然としている。それもそうか。ドンマイとしか言いようがない。同情はできないけど。
 …しかし逃げ得は許せないな。

「……富田さんはその人と特別親しいみたいですよー。真っ昼間にキスしてましたもん」
「……は?」
「富田さん…私はね、仕事さえしてればあんたが男漁りしてようが何してようが…一向にかまわないんですよ」

 私は二宮さんにおんぶされたまま富田さんを見下ろし、睨みつけた。
 ふはは、人がゴミのようだ。…違う、真面目な話をしてるんだよ私は。

「前にも言ったとおり、野中さんは女子バレーのマネージャーです。男子の洗濯物や男子の食事の準備をする必要はないんです。それを丸投げしないでちゃんと分担しろと言っているだけじゃないですか。大変な仕事を後輩に押し付けて、手柄横取りする真似して…あんた野中さんを潰すつもりなんですか?」
「なっ、なによ」

 富田さんは血相を変えた。
 私がここでこんなこと言ってもこの人はきっと態度を改めない。それが自分の首を絞めているなんてきっとわからないのだろう。
 でもさ、真面目な人がバカを見る。そんなの見てて気分悪いじゃないの。

「遊びで、ただ単に男漁りしてるだけならマネージャーなんか辞めちまえ! 私達は真剣にバレーをしてるんだよ! 野中さんもバレーが好きだから、女子バレー部員を支えたいって思ってるから頑張ってるんだよ! ……あんたの男遊びに付き合う暇はないの! 私達の邪魔するなって言ってんの! いい加減に分かれ!」

 私がそう怒鳴ると、富田さんだけでなく周りの部員も目を丸くして私を注目していた。
 エリカちゃんのキャラが崩れてるかもしれないなとは思ったけどもう今更のことだろう。

「い、1年のくせに、失礼だと思わないの!?」
「上級生として敬われたいなら態度で示したらどうです? あんたに敬える部分なんて1ミリたりともありませんけど」

 富田さんの反論なんぞ鼻で笑ってくれるわ。
 運動系の部活って縦社会だから上の学年に逆らうなんてありえないんだけど、でも富田さんはマネージャーだし? やってることがやってることだから敢えて逆らってやる。

 ふん! と鼻を鳴らして富田さんを見下ろしていた私だが、彼女の元に男子バレー部長が近寄るのが見えてそちらに目を向けた。
 彼は神妙そうな顔をして富田さんを見つめていた。

「…トミちゃん……」
「! ヒロ君! 違うの、あの子私を気に入らないからって」
「……応援してくれていると思っていたのに、残念だよ」
「え……」

 男バレ部長はがっかりした顔で富田さんにそう言うと残念そうにため息をひとつ。そっと踵を返した。
 私は多分男子はこの事を信じないんじゃないかなと思っていたんだけど、私の言い分をあっさり信じた。なんぞ。昼ごはんの時はそんな反応しなかった癖に。

 ぽつんと残された富田さんに話しかける人はいなかった。
 みんなぞろぞろと宿舎に向かって歩き始める。それに続いて二宮さんも歩き始めた。おんぶされた私はそのまま連れて行かれていたのだが、独り言のような彼の言葉に思わず目を丸くした。

「みんなマネージャーに好意持ってたからね。仕方ないよ」
「……は? …でも誰も庇いませんでしたよ」
「誰のものにもなってなかったら、庇ってただろうね」
「……どういうことです?」
「エリカちゃん…男ってのはね、図体だけでかいガキなんだよ。アイドルが恋愛禁止の掟を破ったら叩かれるのと一緒」
「…………意味わかりません」

 好意持っているなら庇うんじゃないの? いや私は本当のことを言っているんだけどさ、この場合好きな子の言うことを信じるものなんじゃないの?
 うっすい好意やんなぁ…



 宿舎に戻ると「気づいてあげられなくてゴメンね!」と女子バレー部員達が野中さんに口々に謝罪をしていた。
 それに恐縮する野中さんだったけど、私が青春っぽく締めくくった。

「野中さんも加えての女子バレー部なんだから、困ったら仲間たちに頼ってくださいよ。私は下っ端だから大変な時は喜んでヘルプに来ますよ」
「二階堂さん…」
「ねぇ」

 野中さんはジーンとしたように目をうるませて皆を見渡していた。
 青春ドラマみたいな雰囲気に私も感動していたのだけど、その空気を読まずに割って入ってきた男子部員の声に私は思わずムッとした。

「二階堂さん。ごめんちょっといい?」

 男バレの部長が村上の肩を掴んで、申し訳なさそうに声を掛けてきた。村上は萎縮して大きな図体をすっかり丸めている。
 先程の敵対視はどこに。おどおどした目で私を見てくる村上。

「あ、あの…二階堂さん…その」
「あぁ、この事は両親に報告いたしますので」
「……え」
「自分のすることには責任を持たなきゃですよね?」 

 まさか、そんな謝罪で許すとでも思っているのであろうか。
 学校の悪いところってこういう所。内輪で解決させようとするんだよね。言ってしまえば“いじめ”だって傷害暴行、名誉毀損、殺人未遂で立件できるものもある。
 なのに学校という組織の中で隠蔽され、加害者が守られるという理不尽でクソのような慣習となっている。被害者の口を封じて、学校も教育委員会も自分の身の保身ばかり、面倒くさいことには手を付けない、臭いものには蓋。
 
 どんな理由があるにせよ、私は被害者であり、下手したら私は…エリカちゃんの身体は大怪我を負っていた。バレーどころじゃない、彼女の人生に影を落とす恐れもあったのだ。

「そ、そんな俺の家には金なんて!」
「私に泣き寝入りしろって言いたいんですか? 私は被害者なんですけど。……反省してないでしょあんた」

 自分の身の保身しか考えてないなこいつ。
 中身スカスカだわ。富田さんとお似合いなんじゃない?

 私はぴかりんや部長達にガードされながら女子部屋の方に連れて行かれた。
 お風呂のとき少々みたけど、怪我は擦り傷程度で済んだ。患部の写真をぴかりんに協力して貰って撮影すると、二階堂ママに早速連絡報告したのである。
  
 今日中に救出されてよかった。女子バレー生と二宮さんには感謝だ。

 痛くなったら、工藤先生にお願いして病院に連れて行ってもらうから声かけてねと野中さんに声を掛けられたけど、多分大丈夫。跡も残らないでしょう。

 …落とし前は二階堂パパママにお願いするから大丈夫。

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