お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

生きている限り人はやり直せる。その可能性はあるのだ。

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 涙ながらに語る夢子ちゃんの話を私は黙って聞いていた。

 ……同情する面もある。私はエリカちゃんや夢子ちゃんとは正反対の環境で育ってきたから、話をすべて聞いたとしても彼女たちの苦悩は理解できない部分もある。
 だけど……エリカちゃんの事が気に入らないからって……。夢子ちゃんだって、いじめをしている人と同じことをやっているんじゃないか?
 正直何も聞かなかったふりをして、このまま、隣に突っ立っている学年主任の先生に全て投げてしまいたい。だけどその前に夢子ちゃんには言っておきたいことがある。

 私は、松戸笑はこの問題の当事者じゃないから口を出すことではないのかもしれない。
 でも今言っておかないと今後言う機会がなくなると思う。そしたら私はずっともやもやすると思うし……えぇい、いっそのこと言ってしまえ。
 ぐしゅぐしゅと泣きじゃくる夢子ちゃんを前にして私は静かに深呼吸をした。

「…傷ついた心が戻らないように、あんたがみんなに与えた影響はそう簡単には消えないよ」

 私の言葉に夢子ちゃんは顔を上げた。鼻水垂れてるよ夢子ちゃん。…ハンカチくらい持ってるでしょ。拭きなさいよ。
 16歳JKとは思えない惨状に私は思わず顔を歪めてしまった。仕方がないのでポケットに入れていたハンカチを貸してあげる。あ、それ洗って返してね。

「非情なこと言うかもしれないけどさ、あんたが苦労したのは話を聞いたからわかるけど…赤の他人にはあんたの苦労なんて関係ないんだよ。だって知らないもの」

 確かに夢子ちゃんの生い立ちはとてもじゃないけど恵まれたものとはいえない。綺麗事だけじゃ生きていけないから、生きるために身体を売ったという事実がある。
 説教するのは簡単だ。体を売るなんて自分を傷つけることをしてはいけないなんて誰でも言える。
 だけど夢子ちゃんは周りの大人に恵まれていなかった。…誰も教えてくれなかったから、善悪が付かなかったのだろう。…だから私がその部分を偉そうに説教していい話じゃない。

 …だからなんとコメントをしたらいいのか……。
 だってえみのお母さんは「好きな人の為に自分の身体を大切にしなさい」ってちゃんと教えてくれた。
 だけど夢子ちゃんの親はそんなこと言ってくれる親じゃないようだ。この口振りじゃ母親が娘に教えるべき事をちゃんと教えてもらっていないのかもしれない。
 親子関係を構築できなかった夢子ちゃんは何処かで歪みが生まれて、人との付き合い方がわからなくなった。片方の父親も夢子ちゃんを道具としか見ていないような話しぶりだし…

 夢子ちゃんはこれまで一人ぼっちで頑張ってきたのだろう、大変だっただろうに偉いな。
 それは純粋にそう思えた。

 だけど、苦労しているからって人を、赤の他人を傷つけてもいい理由にはならないんだよ。

「あんたは生い立ちこそ大変だったと思うよ。大変な中、よく生き延びたと思う。…でもね、今のあんたのやって来た事は全く褒められないし、人に嫌われる事をしているの」
「……なんでよ。ヒメはただ、皆と仲良くしたくて」
「宝生氏との婚約は破棄されたからもうそれは自由にしたらいい。だけどね、あんたがずっとこのままでいるなら…上杉がいじめを指示するのをやめても…また新たな加害者が出てくるよ」

 私の言葉に夢子ちゃんは目を丸くさせた。
 まさかわかってなかったのか。そのうち収まるとでも思ったのか。
 …もしも婚約者がいない独り身の男の子単体と親しくしていたなら、ここまでひどい状況にはならなかったと思う。

 夢子ちゃんは女の子たちの顰蹙ひんしゅくを買うのを楽しんでいるものだと思っていたが……相手の立場になって考えられない子だったのね。
 私の言葉に傷ついたのか、夢子ちゃんはまた顔を歪めた。

「だって、ヒメは、パパが喜んでくれると思って…ヒメは愛されたいから…」
 
 この期に及んでまだそんな事を言っている。
 高校生にしては情緒が幼いなとはなんとなく感じていたけど……そんな生い立ちならそうならざるを得ないのかな。同じ状況でも人によって乗り越えられる人、乗り越えられない人が現れて当然だし。
 …今の話を聞いてて思ったのは、宝生氏以外にも今の夢子ちゃんことをちゃんと見ている人がいる気がする。
 さっき夢子ちゃんはお祖父さんお祖母さんがしたくもない習い事をさせようとすると愚痴っていた。でもそれは瑞沢家の為なのかもしれないが、夢子ちゃんの為でもあるんじゃないの? 恥をかくのは夢子ちゃんも同じなんだから。
 いくらセレブでもお金は有限。習い事だってタダじゃないし。形はちょっと違うけど、夢子ちゃんの両親よりも、お祖父さんお祖母さんのほうが夢子ちゃんの為を思っている気がする。

「……父親がどうの母親がどうのって言っているけど、あんたは誰のために生きてるの? …自分のためでしょう?」
「え…」
「あんた大人になってもずっとそのままなの? …そうやって自ら呪縛を掛けて自分で自分の首を絞め続けるの?」

 それはもったいないと思う。
 私には夢子ちゃんの苦しみは理解できない。私の苦しみが他人に理解されないように。…他人の苦しみなんて同じ体験してなきゃ理解できないよ。

 …でもさ、夢子ちゃんは生きてるじゃん。
 この世に生きている。瑞沢姫乃本人じゃないの。

 私とは、違うんだから。

「…生きているんだから、生きてさえいれば出来ることはなにかあるの。なんでも出来るとは言わないけど、人間には可能性があるんだよ!」

 私の根性論みたいな発言に夢子ちゃんは先程よりも目を大きく見開いて口をあんぐり開いていた。
 だって、勿体ないじゃん。夢子ちゃん黙っていれば可愛いし、今は家の財力があるんだからしがらみはあるにしても、もうオッサンに体を売る必要は無くなったのだ。
 自分磨きして、その他の肉食系女子同様、正々堂々とセレブ男子をゲットしたらいいじゃないの。相手から愛される可能性は十二分に有る。
 そんで結婚式にでも両親にドヤ顔でザマァしてやればいいじゃない。

「…死んだら、何も残らないんだよ…あんたはもう高校生なんだから、ちゃんと先のこと考えて…自分のために生きなさいよ。あんたの人生はあんただけのものなんだから…」

 リセットボタンがあるのなら、私はあの場所に行く前からやり直したい。
 そんな事を考えるたびに私はもう松戸笑には戻れないって打ちのめされる。
 …後悔しても、もう戻れないのだから。

 私の言葉は最後あたりになると語尾が弱まってしまった。話してる内についつい感情を籠め過ぎて、自分の現実を思い出してしまったのだ。
 鼻がツンとして目頭が熱くなってきてしまった。私は深呼吸をして涙が出そうな所を誤魔化す。踵を返して夢子ちゃんに背中を向けると、私は屋上に続く階段を降り始めた。

「…あんたが言うお祖父さんお祖母さんはさ、あんたの将来のために習い事を用意してくれてんだと思うよ。あんたが苦労しないよう、恥をかかないようにさ。それをわかってやんなよ。金だって有限なんだからさ」

 これでわからないなら夢子ちゃん…瑞沢姫乃はこのまま変われない。愛されたいと望むだけの寂しい人間になるしかない。

「に、二階堂さん」
「ハンカチ、洗ってから返してよ。じゃあね」

 瑞沢姫乃の呼び止める声に私は振り返らなかった。気丈に振舞うのだけで精一杯だったから。

 私が4階に降り立つと、丁度5時間目が終わったのか、移動教室をしている生徒達とすれ違った。
 今は人と、特に知り合いと会いたくなかった私は俯きながら生徒達とすれ違う。これから体育なのか、ジャージが1年の色である朱色。顔見知りがいるかもな。

「あれ? 二階堂さん?」 

 掛けられた声につい顔を上げると、そこには今一番会いたくはなかった奴がいた。

「……上杉…」
「……どうしたの? そんな険しい顔をして」

 諸悪の根源を目の前にして私は顔を険しくさせていた。ていうかコイツを前にして取り繕う気がなかった。

 私は感情に任せて腕を伸ばすと、上杉の胸ぐらを掴んだ。
 まさかエリカちゃんが、そんな事をするなんて思わなかったのであろう。上杉は鳩が豆鉄砲を食ったような間抜け顔をしていた。

 こいつ、自分の手を汚さずに陰でどれだけの事をやらかしたんだ。その人の良さそうな顔で…今まで何を……
 今となればここに初めて登校したとき、周りの人に避けられる態度を取られたのは、こいつが裏でエリカちゃんがイジメをしたと情報操作をしたから、周りのクラスメイトが関わりたがらなかったのじゃないか?
 元々1人だったエリカちゃんは周りのそんな態度に追い詰められていたんじゃないだろうか。宝生氏は別の女に夢中になってしまい、唯一の心の拠り所を失ってしまった彼女は、婚約破棄が引き金となってあの日学校を飛び出した。

「あんたねぇ…!」
「おいエリカ、お前何してるんだ!」

 一発くらい殴っても許されるだろう。私が上杉の頬目掛けて拳を振り上げようとすると、背後からその手を掴まれて阻止された。

「なっ!?」 
「悪いな上杉、こいつ情緒不安定みたいだから許してやってくれ」 
「加納慎悟! コラ離せ!」

 妨害してきた相手は1組と合同授業だったらしい加納慎悟だ。 
 こいつ、筋肉なさそうなペラペラした身体してるくせに意外と力強いな! スパイカーになれたんだからエリカちゃんの体にも力がついたはずなのに!

 加納慎悟はジタバタ暴れる私を引きずって、上杉から引き剥がすと何処かへと連れ去って行く。
 加納慎悟に拉致されてその場から離れるまでずっと、上杉の野郎は獲物を虎視眈々と狙うかのようなじっとりした様な瞳でエリカちゃんの姿をした私を見つめ続けていた。
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