お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

名前を呼ばれてこんなに嬉しいのは久々かもしれない。

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「ちょっと! いい加減離してよ!」
「馬鹿かお前は! 暴力なんか振るったら後々面倒になるだろうが!」

 相手に怒鳴り返された私はカッとなって言い返してしまった。

「だってあいつはそれ以上の事をエリカちゃんにしてきたんだよ!?」

 加納慎悟に連れてこられたのは人気のない化学準備室。人目のないこの場所で、上杉に対する不信感とかイラつきが抑えきれずに私は叫んだ。
 加納慎悟が目を丸くして私を見ていたが、怒り狂っていた私は自分が何を口走ったかなんて全然気にしていなかった。

「あいつは、上杉は! 人を使って夢子…瑞沢姫乃をいじめていた。二階堂エリカがすべての黒幕と仕組んでね! …それは今に始まったことではないはず。少なくとも1学期から続いていたと思う」
「…お前は……」
「だから余計にエリカちゃんは孤立して、頼れる人もいなくて、婚約者にも誤解される形で婚約破棄をされた。……そして傷心のままあのバス停に降り立ったんだよ」

 目の前の加納慎悟には恨みはない。だけどコイツはエリカちゃんの縁戚なんだろう? エリカちゃんを貶すくらいエリカちゃんに関心があるなら、異変に気づけたんじゃないのか?
 八つ当たりかもしれないが、言わずにはいられない。

「おい、落ち着けよ」
「落ち着けるか! 上杉が関与せずにいたら、エリカちゃんがあそこまで追い詰められることはなかったんじゃないの? 宝生氏は仕組まれた悪い噂に踊らされて衝動的に、エリカちゃんに対してひどい仕打ちをしたんじゃないの? そうとしか思えない!」

 いくら鬱陶しくても、宝生氏とエリカちゃんは5歳からの婚約者同士。情が湧いていてもおかしくはない。
 瑞沢姫乃のいじめの首謀者がエリカちゃんだって噂がなければ、宝生氏も婚約破棄のやり方を考えた可能性だってあるだろう。
 そんなもしもの話を例に出してもどうしようもないことはわかってんだよ。でも考えずにはいられない! 

「ねぇ加納慎悟は気づかなかったの? エリカちゃんが追い詰められていること気づけなかった? ひとりでも親身になってくれる人がいたら、何か違っていたかもしれないのに。…そしたらエリカちゃんがあの場に現れることはなかった!」

 加納慎悟の腕を掴んで私は問い詰める。
 二人の仲が宜しくなかったのは知っている。だけど縁戚だからこそ、エリカちゃんの窮地は加納慎悟にとって無視できないことじゃないのか?

「…言った所であいつが俺の話に耳を貸す訳がないだろう。そもそも俺がなにか言った所で、噂はあっという間に広がって収集つかなくなっていた」
「…なによそれ」

 耳を貸す訳がない? それってどういう…

「あいつが交友関係を結ばなかったツケが回ってきたんだよ。人付き合いが苦手でも、そのうち社交をしないといけなくなる日が来るというのに、あいつはいつまで経っても二階堂家の一員である自覚を持たないで自分の殻に閉じこもっていた」

 加納慎悟は絞り出すような声でそう言った。 その整った綺麗な顔が苛立ちで歪んでいる。私は思わず怯みそうになってしまったが、反論しようと口を開いた。

「そ、それもあるかもしれないけどさ!」
「足の引っ張り合いの世界なんだよ。ならば強くなる必要がある。いつまでも親の庇護下にいれるわけじゃないんだから。なのにあいつは」
「そんなのわかってるよ! 足の引っ張り合いなんてセレブだけの話じゃないんだから! 逃げてばかりじゃ駄目なのは知ってるさ!」

 私だって誠心のバレー部で足の引っ張り合いに巻き込まれた。セレブ校とは事情が違うかもだけど、あっちはあっちで実力主義の世界だ。負けるまいと必死になっていたから苦労はわからんでもない。

「俺が何度あいつに苦言を言ったと思う? 言っても言っても聞きやしない。宝生宝生とひな鳥のように婚約者にベッタリするだけで、社交には一切関わらず、友人の一人も作らない」
「知らんわ! こっちだってね、勝手に助けて死んだんだからこんな事望んでないのに『私の身体あげます』と言われて、あの世から無理やりクーリングオフされたんだよ? 私にどうしろっていうんだよ! バレーにだけに集中したいのに次から次に周りのセレブが面倒事起こしてさぁ! この学校はかまってちゃんの集まりか!」
「……本当、自分勝手な女だよ…」

 加納慎悟は深い溜め息を吐いて肩を落とした。
 それから5秒遅れで私は我に返った。ハッとして口を塞いだが、もう時既に遅し。
 加納慎悟はこっちを見透かすような目でじっと見つめてきた。

「……やっぱりお前、エリカじゃないんだな。…ならお前は誰なんだ?」 
「……」

 ですよねー。バレたというか、自分でネタばらししちゃいましたもんね~。
 …私何してんだろう。

「…散々ボロ出てるし、エリカが絶対にしないことばかりしてるからな。薄々気づいていた」

 ハハハ…と乾いた笑いを漏らすしかない。
 エリカちゃんに似せようと思っていない私が言うのはなんだけど、こんな非現実的な不思議な現象のことを察知する人がいるなんてね。
 私は少し迷ったけど、相手が口の硬そうな加納慎悟だからと判断して、相手の問いにこう返した。

「今の話でなんとなく私の正体に気づいてるんじゃない?」
「…まぁな」

 なら一々正体をバラさなくてもいい気もするけど…はっきり言っておいたほうが良いのかな。
 私は此方をじっと見下ろしてくる加納慎悟を見返すと、改めて自己紹介をした。

「…私の名前は松戸笑。誠心高校2年バレー部だった松戸笑。…あの通り魔事件でエリカちゃんを庇って、めった刺しにされて死んだ女子高生だよ」
「……」
「言っておくけど、私が望んで憑依したんじゃないからね」

 未練は勿論あったけど、あの時の私はちゃんと成仏するつもりでいたんだ。
 日本式に考えたら、あの後地獄で閻魔えんま大王に会ってから死後の裁判を受けて、天界に行くか、輪廻の輪に入るか、地獄で責め苦を受けるかが決まるんだよね……でも私は親より先に死んだからさいの河原で石を積み続けないといけないのだろうか…そんでもってそれを崩しに来る鬼と戦わないといけないのか? 
 …実際に存在するのだろうか。閻魔大王とか鬼とか。閻魔様がいるんなら、望んで死んだんじゃないから情状酌量してくれないかな。

 ……間違ってエリカちゃんが死後の世界に行ったなんてありえないよね?
 だって肉体は生きてるんだから、そんなのありえないでしょ?

「…はじめは精神に異常をきたして二重人格になったのかと思ったんだけど…エリカの人格が一向に出てこないから様子を見ていたんだ」
「…まぁ、そうなってもおかしくはない物を見せてしまったよね」
 
 加納慎悟の推理に私は苦笑いしてしまった。
 その可能性もなくはないだろう。すぐ目の前で死ぬところを見せてしまったからね。PTSD(心的外傷後ストレス障害)は長いこと引きるものだし、精神に異常きたすのは当然のことである。
 殺された私だってまだ悪夢にうなされることがあるんだから。

「よくよく考えてみればあのエリカがバレーでレギュラーになるわけがないんだよな。英のバレー部だってそこそこ強豪だし。…違う人物が入ってるとわかってやっと納得した」
「加納慎悟さぁ、エリカちゃんに対して辛辣すぎない? いや私も彼女のことよく知らないけどさ」

 私が複雑な顔をして相手を見上げると、加納慎悟は小馬鹿にするように鼻で笑ってきた。
 あ、ちょっとイラッとしたぞ。

「あのねぇ、私は君より年上なの。その小馬鹿にしくさった態度は控えてくれないかな?」
「はぁ? …年上の癖に学年50位以内に入っていなかったのに?」
「やかましい。私はそんなに頭が良くないんだよ! …エリカちゃんと違ってね」

 生意気な小僧だなコイツは…
 誠心高校に入ってたらお前みたいな小僧、上級生から罰則食らってたぞ! セレブ校の生徒でいられたことに感謝しな!
 まったく失礼なやつだな! と私がぷりぷり怒っていると、加納慎悟は「とにかく」と話を切り替えた。

「お前はあいつに近づくな。…ヤバい奴だって気づいたろ。…俺も上杉のことはよく知らないが…お前の手に負えるやつじゃない」
「…それはなんとなく感じてる。…あいつさ、エリカちゃんに邪な思いを抱いているよ絶対」

 一介の女子高生だった私に何が出来るかといえば……何も出来ないのはわかっている。せいぜい上杉を避けることくらいしか出来ないんじゃないだろうか。
 だけど、あいつなにかしてきそうで怖いんだよね……絶対このまま放置してても……

「なら徹底的に避ける努力をしろよ」
「わかってるよ。エリカちゃんの純潔は私にかかってるんだからね! 綺麗なままエリカちゃんに身体を返すつもりだからそこは心配しないでよね」
「……お前は、もう少し女性としての貞淑さを身に着けたほうが良いと思うぞ」
「はぁ? 何よ急に。それと私は年上だからお前って呼び方やめて」
「……あんたこそいい加減に俺のことをフルネームで呼ぶのをやめろよ」
「はいはい慎悟様の仰せのままに」

 クレームを頂いたので私は両手の平を上に向けて、大袈裟に肩を竦めてみせる。アメリカ人のようなリアクションをして差し上げた。
 女性としての貞淑さって何をいってんだか。そんなもの身につけた所で私は死んでしまった人間。役に立ちはしないよ。そんなものよりも私にはバレーの方が大事だ!

「…小馬鹿にしてるのはどちらの方だ」

 慎悟様…年下だし呼び捨てでいいか。コイツもエリカちゃんのこと呼び捨てにしてるし。慎悟は私を見て渋い顔をしている。いいんだよ。私は年上だからね。

「大体私に女らしさを求めないでよね。私はバレー強豪校のスパイカーだよ? 慎悟よりも背の高い腕っぷしの強い女だったんだから。そもそも私、お嬢様って柄じゃないんだよね!」

 開き直ってそう言い切った私。
 そうだよ。私はエリカちゃんにはなれない。それならばエリカちゃんでいる間は自分がしたかったことをすれば良いんだ。そしてエリカちゃんに身体を返すその時には未練なく成仏できるように、後悔せずに生きるんだ。
 辛いこと、悲しいことから逃れられるわけじゃないけど、いつか乗り越えることが出来たら良い。
 そう自分に言い聞かせた私は気持ちを切り替えた。

【キーンコーンカーンコーン…】

「よぉし! 今日も部活頑張るぞ!」
「…その前に授業だろ。…6時間目開始のチャイムが鳴ってしまった…」
「良いんだよ。1時間2時間サボった所で死ぬわけじゃないんだし! いつ死ぬかわかんないんだからあんたも肩の力抜いて生きなさいって」

 ずっと思っていたけど慎悟は堅苦しいのよ。クソ真面目と言うか。そんなんじゃいつかパンクしちゃうんだから、たまには肩の力抜いたほうが良いと思うよ。
 
「笑さんはお気楽すぎると思う…」
「…え?」
「ん?」

 慎悟に私の名を呼ばれて私は頬が熱くなった。

 この学校で初めて「えみ」と呼ばれた。
 いや、そもそも最後に笑と呼ばれたのはいつだっけ? 何だかんだで実家に帰れてないから長いこと呼ばれていない気がする。この間実家に帰った時は依里と遭遇してしまったから慌てて逃げ帰ったし。

「…顔赤いけど…」
「…ごめん、もう一度私の名前呼んでくれないかな?」
「…? …笑さん?」

 私の顔を見て慎悟はぎょっとしていた。
 それもそうだろう。私の顔面はニヤけまくっていたから。頬が緩みまくるのを抑えられない。ニヤニヤと笑って喜んでいると、慎悟が不気味そうな顔をして私を見下ろしてくる。

 だけどそんな事どうでも良かった。
 名前ひとつなんだけど…自分の存在を認めてくれる人が一人増えて、すごく嬉しかったんだ。
 
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