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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。
明けまして二階堂本家の集まりでございます。
しおりを挟む「えっちゃん、ちょっとの我慢だから辛抱してね」
「エリカは口数が少ない子だったから、話さなくても不審がられないから」
新年ということで、私は二階堂パパママと一緒にとある場所に来ていた。そこは二階堂家の本家と呼ばれる場所。都会の喧騒から離れ、田舎とまでは言わないが、緑の多い場所の一角にどーんと建てられた立派な日本家屋。ここで二階堂パパは育ったのね…大きなお家ですね。
年のはじめの今日、その本家に二階堂と縁がある人間たちが大集結するそうだ。
あー苦しい。成人式まで縁がないと思っていたのに、まさか正月だからと振袖着せられるとは。
初夢にエリカちゃんが出てこないかなとか考えながら寝たけど、彼女は夢枕には出てこなかった。
今年も憑依してるままなのか私は。本当にエリカちゃんはどこに行ったの?
二階堂家のお手伝いさんらしき人に先導されて案内されたのは、任侠映画の組長と組員がいそうな雰囲気の広い和室。今どきこんな広い和室ってのも珍しいよね、畳がある家自体が減っているし。
「政文、久しぶりだな」
「兄さん。元気そうで何よりです」
不自然に見えないように目だけで辺りを探っていると、二階堂パパに声をかける男の人がいた。二階堂パパよりも少し年上で、背はさほど高くないけど筋肉隆々なコワモテおじさんだった。
二階堂の人なら…この人もセレブなんだろうが…その辺のショッピングモールにいそうなおじさんだ。パパと似てないな。それぞれ両親に似ているのだろうか。
二階堂パパは4人兄弟の3番めで、姉、兄、パパ、妹の順番らしい。お兄さんとは仲が良いようだ。めっちゃ親しげにバシバシ肩を叩かれている。
エリカちゃんの伯父さんであるその人は、エリカちゃんの姿をした私の存在に気がつくと、眉を八の字にしていた。そんな顔をするとコワモテの顔が和らいだように見える。
「エリカも来たのか…もう大丈夫なのか?」
「…はい…ご心配をおかけいたしました。明けましておめでとうございます」
とりあえずお淑やかっぽく振る舞っておく。イメージは阿南さんとか副会長の寛永さんね。
「明けましておめでとう……あんな事件に巻き込まれた上に、宝生の息子に恥をかかされて…本当に災難だったな。でもお前はべっぴんさんだからもっといい男が居るさ。なんならうちの息子はどうだ? 顔は俺似で男前とは言い難いが、性格は悪くないと思うぞ?」
「……いえ、まだ心の整理がついておりませんので…」
エリカちゃんの知らない所で婚約者作るとか出来ません。
伯父さんも本気ではなかったらしい。ちょっと提案してみただけのようで、そうか。とあっさり引き下がった。
室内には当然ながら知らない人ばかりがいた。ママが小さな声で私に説明してくれる。
上座に一番近い位置にいるのが二階堂家当主であるエリカちゃんのお祖父さんの長子であるお姉さんとその旦那さん。そして息子さん夫妻。息子さんのお嫁さんが慎悟の従姉だったっけ。
その次にさっき話したパパのお兄さんである伯父さんと奥さん、大学生と社会人風の息子さんが3人。伯父さんは建設関係の会社を任されているらしい。道理で筋肉隆々なわけだ。息子さん達もムキムキだった。ラグビーやってそう。
次がパパママとエリカちゃん(私)
最後にパパの妹さんとその旦那さんと小学校低学年ほどの小さな女の子1人。
お姉さんと妹さんは育ちの良さそうなマダムって感じ。二階堂ママと同じくセレブ臭が漂う上品な女性たちだけど、一点だけ二階堂ママと違うのが、二階堂ママは外で働くのが好きな人なので、その辺りの雰囲気が違うかな。
妹さんの小学生の子は育ちの良さそうなふわふわしたお嬢様って感じの女の子だけど、ここに来てからずっとぶすくれている。
対面側にはまたまたズラッと人がいるが、あっちは分家とか縁戚の代表がいるとか。
はぁー…規模が大きい。
松戸の家も正月に祖父母のうちに集まったけど、うちはしがない中流家庭。ただみんなの近況報告がてら飲み食いする集まりなだけ。私はお年玉のために参加していただけだ。
こんなに厳粛な、大規模な集まりではなかった。
暇だし、着物が苦しいし、早く帰りたい。
私は澄まし顔をしながら、この時間が早く終わればいいのにと念じていた。
二階堂家は基本的に男子に経営を任せるそうだ。女性陣はお嫁に行くことが多いし、婿を貰わないといけない状況でもないからだ。なのでお姉さんと妹さんはお嫁に行っていて名字が違うのだが、本家筋というわけで招集されているそうな。
分家筋の優秀な男子に会社を任せたり、縁戚と共同経営したりナンタラ…まぁとにかく色々あるらしい。興味がなさすぎて全部は覚えきれなかった…
なので、対面側の席に慎悟の顔を見つけた時に納得した。
慎悟は縁戚として無関係ではいられないから、エリカちゃんの行動に口出ししてたんだろうって。だからエリカちゃんの性格をよく知っていたのかなって。
下手したら婚約者だった宝生氏よりも理解していたんじゃないかって今なら思う。
…思ったんだけど年の頃も近いし、エリカちゃんと慎悟の婚約話はなかったのだろうか? エリカちゃんの従兄が既に加納の人と結婚していたからパワーバランス的に避けられたとか?
ところで慎悟は1人で参加しているんだろうか? お父さんお母さんらしき姿が見えない。
「ママ、帰りたい」
「美宇…もう少し我慢なさい」
「やーだー!」
二階堂家当主は未だに現れない。
正座し続けるのがシンドイな。しかも何もすることがなくて、俯きがちに…少しウトウトしていると、隣から女の子の不満そうな声が上がった。
私はちらりとそっちに目を向けると、小さな女の子…エリカちゃんの従妹に当たる少女が帰りたいと騒いでいた。
奇遇だね、私も帰りたいよ。
まじまじ見ているつもりはなかったが、私の視線に気がついた美宇ちゃんと目が合うと、キッと睨まれてしまった。
ご機嫌斜めなのね。
そういう事あるよねとスルーしようとしていると、エリカちゃんの叔母さんが「ほら、美宇がうるさいからあそこのお姉ちゃんが怒るわよ?」と言い出した。
……いやいや。躾なら私のせいにするんじゃなくて、母親であるあなたがちゃんと叱ってください。私のせいにするのは本当に止めて。
ついつい顔をしかめてしまいそうになったが、関わりたくないので顔をそらす。
パパの妹さんと私は一回り以上年が離れているし、エリカちゃんの叔母さんだから指摘しにくいわ。
「なんで? あの人、可哀相な人なんでしょ? なんで美宇を怒るの?」
「こ、こらっ駄目でしょ、そんなこと言っては!」
「だってママが言ってたじゃない。可哀想な人、美宇が巻き込まれたんじゃなくてよかったって!」
「……」
なんていうかどう反応すればいいのかわからない。ここで怒るのは憚られるし……放っておこう。
面倒くさいから勝手に憐れんでおけ。私は親しい人間に憐れまれるのが耐えきれないが、どうでもいい人に憐れまれるのはどうとも思わないから。
「紗和…お前はもう少し子供の躾をちゃんとしなさい」
「! お父様!」
何処からか重々しく、威圧感のある声が聞こえてきたかと思えば、叔母さんがぎょっとした顔をしていた。
「…他所でもそんな事言っているんじゃないだろうな…」
私は俯いていた顔を上げて、その声の主に視線を向ける。その先には小柄なご老人がいた。だがその顔はコワモテ。
あっ、伯父さんとそっくり。というのが私の感想である。この人がエリカちゃんの父方のお祖父さんだと一目でわかった。
お祖父さんは叔母さんを叱責するような目を向けて「…一番下だからとアレが甘やかしたのが悪かったか…」となにやらぼやいている。
彼の登場に和室に集められた人達がざわざわとなにやら落ち着かない様子になってきた。これから一体何をするんだろうか。
上座と呼ばれるであろう席にお祖父さんがどっしり腰掛けると、来客たちがザッと一斉に注目した。一糸乱れぬその動きに私は固まっていた。
なんだこれ、私は何をすれば良いんだ。
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