お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

あんたのそんな顔初めてみた。ちょっと、弱点ソレなの?

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「お父さん、新年明けましておめでとうございます」
「「明けましておめでとうございます」」

 順に挨拶をし始めたので、私はパパママに合わせる形で新年の挨拶をする。
 大丈夫かな、ヘマやらかしてないかなと冷や汗ばかりかいていたが、腹の底に響くような声で「エリカ」と呼ばれて私はギクッとした。
 事件の影響で一時期、男性の怒鳴り声に命の危機を感じるくらい恐怖を感じていた時期があったのだが、今ではほぼ回復した。元々バレーの強豪校にいた私は監督やコーチに怒鳴られることも多く、男性の怒声には耐性があったからかな。
 だが、お祖父さんの感情を感じさせない威厳のある声に私はビビってしまった。心臓がキュッと握られたように収縮した気がするぞ。なんだろうね。本能的にビビってんだろうか。

「は、はい」
「…あのような事が遭って……大変だっただろう」
「……はい」
「…もしも、お前に他に好いた男が出来た時は出来る限り力になろう。一気に悪い出来事が押し寄せてきて…今は辛いだろうが、お前を庇って死んだ子の分まで精一杯生きなさい」
「…はい、わかりました…頑張ります」

 それが私なんですけどね。
 おぉ、でも朗報である。エリカちゃん、他に好きな人ができたらお祖父さんが力になってくれるんだって! 良かったね!
 怖そうな人だけど、お祖父さんしっかりした人じゃん。よかったよかった。

 その後も挨拶が続き、お祖父さんは頷くことで返事をしていた。相手によっては私みたいに声を掛けていたりしたけど。
 


「あなたのせいでおじいちゃまに怒られてしまったじゃないの!」
「……はぁ?」
「あなたが死ねば美宇のお家に沢山遺産が貰えるはずだったのにどうして生きているのよ!」
「……」

 このガキ、いくら子供でも言っても良いことと悪いことがあるんだぞ。死ねって言いたいのか。

「…お祖父さんはまだご健在だから、そういう失礼なこと言うのよそうか?」
「ふん! あなた婚約者に捨てられたんでしょ! 生きてて恥ずかしくないの?」

 …あんまりこういう事言いたくないけどさ。どんな教育受けてんのこの子。本当に、エリカちゃんと同じ血が流れてんの? 信じられないんだけど。
 もしかして…親がそんな事言っていたのを口に出しているのかな。

 イラッとしたせいか口元が引き攣っていた。
 生きてて恥ずかしいって…それ、こっちに言っちゃうか。小学生には人死には理解できないってか?
 …相手が小学生だってのはわかっていたけど、我慢できなかった。

「あんたね…!」
「そういう言い方は良くないな。彼女は一生懸命生きているんだ。そんなこと言ってはいけない」

 怒りに任せて小学生に説教しようと口を開いたのだが、それを制止するように横から割り込みされた。その相手は正月だと言うのにぴっしりとしたスーツ姿の慎悟だ。クリスマスのおしゃれスーツとはちょっと違って黒のシンプルなスーツを着用していた。

「人が亡くなっているんだ。そういう無神経な言い方はしてはいけない。二階堂だけでなく君の品位も疑われるよ」

 慎悟は、ちびっ子を優しく諭すように言い聞かせていた。…ていうかそんな優しい話し方できるんだね。いつもバカにしている私にもその優しさを分けてくれないかな。

「…あ」

 慎悟の登場に驚いたのか、美宇嬢は目を丸くさせていた。さっきの勢いは何処行った。彼女は慎悟に穴が空くほどガン見していたが、子供特有のふっくらした頬がどんどん赤くなっていった。そしてもじもじしながら慎悟に近づくと、火傷しそうなくらい熱い瞳で彼を見上げていた。

「あの…お兄様はどちらのお兄様なの?」
「……加納家の者だが。加納慎悟だ」

 慎悟は若干引き気味に自己紹介する。
 少し腰が引けているように見えるのは気のせいかな。加納ガールズの時は慣れたものだったけど、小学生くらいの女の子は苦手なのだろうか。

「…慎悟お兄様には婚約者は?」
「い、いないけど」
「ほんと? 良かったぁ!」 

 両手をぽんと叩いて喜ぶ美宇嬢。さては慎悟のお嫁さんになることを目論んでいるのであろう。
 この一瞬で美宇嬢は慎悟にフォーリンラブしたらしい。小学生女子が高校生男子に恋をする。なんかそんな少女漫画ありそうだよね。
 だけど当の慎悟は引き気味だ。なので私がお祝いの言葉をかけてあげる。

「…良かったね。お嫁さん候補ができて」
「俺はロリコンじゃない…!」
「美宇は8歳です! あっという間に大人になります!」
 
 ロリコンじゃないとは言うけど、男の人って年下の女の子好きじゃないの。今は子供だけど、彼女が成人した頃には気持ちも変わっているかもしれないよ。

「ほら慎悟が26になったら彼女18だよ。ほら結婚できる」
「余計なこと言わないでくれ…!」
「ちょっとおばさん! 慎悟お兄様に馴れ馴れしくしないでよ!」

 おいおい、エリカちゃんは慎悟と同い年だぜ。私だって一個上なだけだし。

「…こっちがおばさんなら慎悟はおじさんなんだけどな?」
 
 そう呟いたんだけど、美宇嬢は慎悟を質問攻めにしており、私のことはもう興味がないらしい。
 慎悟に向かって手を合わせると、私はその場から離れていった。ちょっとさっきの発言のことを二階堂パパに報告しておこうと思って。
 子供だからって何言っても良いわけじゃないんだよ? 子供の不始末は保護責任のある親に責任とってもらわなきゃいけないからね。これは全てエリカちゃんのためである。

 パパが伯父さんと話しているところにお邪魔してひそひそ話で報告すると、パパはお怒り気味に美宇嬢の母親である妹さんに苦情を言いにいった。
 エリカちゃんの叔母さん、自分の子供はちゃんと自分で躾けてください。他所でも同じことしたら大事ですよ。

 一息ついた私を見たエリカちゃんの伯父さんが「…エリカ、お前変わったな」と感想を漏らしてきたので

「…事件をきっかけに人生観が変わったんです」

 私はそう無理やり結論づけた。そう言うしかないでしょ。
 その直後、美宇嬢から逃げてきたらしい慎悟から「助けてやったのに見捨てるとはどういうことだ」と苦情を言われた。

「10年くらい経てば意識変わるかもよ?」
「ロリコンじゃないって言っているだろうが!」
「日本の男ってみんなロリコンじゃん」
「なんだその決めつけは!? 全員が全員と思うな!」

 みんなちっちゃくて、幼気な可愛い女の子が好きじゃないのよ。ユキ兄ちゃんも小柄な女の子を彼女にしていたし。
 …もしも生きている内にユキ兄ちゃんに告白していても、私みたいな背の高い、男みたいな女は振られていたんだろうね。

 慎悟がカッカしていたので、近くのテーブルに置かれていたペットボトルのお茶をグラスに注いで差し出すと、彼はそれを一気飲みしていた。慎悟がここまで感情的になるのは珍しいかもしれない。

「しかし慎悟は婚約者がいなかったのか。意外だな」
「…急いで決めるものでもないだろ。エリカの場合は特殊だったんだ」
「5歳で婚約は早いよね。じゃあさ、加納ガールズの中にいいなって思う子はいるの?」
「加納ガールズって……別に」

 つれない返事が返ってきた。
 気に入ったと呟けば、自動的に婚約になる恐れがあるから下手なこと言えないのかな。だけど彼女たちは自分を選んで欲しい空気バンバン出しているよね。本当の所彼女たちのことどう思っているんだろうか。もしかしたらハーレム状態を楽しみたいから特定の人を作らないのかな。

 慎悟は近くに美宇嬢がいないか、辺りをしきりに警戒している。そんなに怖いのか。
 小さな女の子が苦手なのか、それとも恋愛対象に見られて戸惑っているのか。慎悟の意外な弱点を発見したぞ。
 それはそうと、言うのを忘れていた。

「あ、そうだ慎悟」
「なに」
「庇ってくれてありがとね」

 助けてくれたのだからお礼は言っておかなきゃ。じゃないと私、場所考えずにあの子に説教かまして子供を泣かせていたかもしれないもん。慎悟が割って入ってくれたおかげで免れたよ。
 慎悟はこっちを一瞥すると、無言で頷いて返事をしていた。
 「一生懸命生きている」か。
 ありがとね。嬉しかったよ。

「ていうか暇だから、なにか食べに行かない?」
「…あんた本当食べてばかりだよな」
「運動しているからいいんだよ! 遅くなったけどあけおめ!」
「…新年の挨拶くらいちゃんと全文言えよ」
「いいじゃん。慎悟と私の仲なんだからフランクに行こうよ~」

 バシバシと背中を叩いていると、慎悟がこっちを胡散臭そうに見てくる。が、諦めた様子でため息を吐くと挨拶を返してくれた。

「…明けましておめでとう」
「今年もよろしくね! ほら早く食べよう!」

 どうやら今年も憑依した状態のままみたいだからここは一つよろしく頼むよ。  
 私は慎悟の腕を引いて大広間を出ると、別室へと足を踏み入れた。大広間の隣のこれまた大きな部屋の中では大きな長テーブルにズラッとおせち料理が並んでいるが、挨拶客も二階堂家の人も新年の挨拶に忙しくて全く手を付けていない。…勿体無いから私達で食べよう。
 そんな呆れた顔してないで、折角のご馳走なんだから楽しもうよ!

 甘党男子は早速、伊達巻と黒豆、栗きんとんを食べていた。他のも食べようよ。
 見かねた私が取り箸で他のおせちを掴むと慎悟の取り皿に乗せてあげた。すると慎悟がこっちをなにか言いたげな目で見てきたので、更に料理を乗せてやった。

「もっとたくさん食べて大きくなりなさい」
「…余計なお世話だ。…子供扱いしないでくれ」
「良かれと思って取り分けたんだけどなぁ」

 私よりも年下なのは変わりないじゃないの。…難しい年頃なのかね。

「ここのおせち美味しいね」
「…そうだな」
「ところであんたひとりなの?」
「両親は急用が出来たので来てない。今日は俺が両親の名代で参加したんだ」

 そうなのか。慎悟の両親見てみたかったなぁ。慎悟の両親ってめっちゃ厳しそうだよね。どんな人達か気になるなぁ。

「慎悟のお父さんお母さんってどんな人?」
「…聞いても面白くないと思うけど」
「えー気になるなぁ。…私の両親はね、不動産関係の会社に勤めるメタボ気味なお父さんと、健康サプリにハマっている、パート勤めの元気なお母さん。しょうもない喧嘩をよくするけど、仲は良い方。あと2人共平均よりも背が高いかな」

 今頃家族はじいちゃんばあちゃんの家に帰省しているんだろうなぁ……あーなんか寂しくなってきた…
 私は家族のことが恋しくなってきて、宙を眺めながら家族を思い出していた。

「…昔からうちの両親は忙しかったから…多分、笑さんの家ほど親と関わることはなかったと思う……だけど、尊敬できる両親だとは思う。…たまに鬱陶しいけど」

 ボソリ、と小さな声で慎悟は自分の両親の話をしてくれた。…忙しかった…てことは慎悟はエリカちゃんと同じなのかな?

「…慎悟も小さい頃は、エリカちゃんと同じくお手伝いさんに面倒見てもらっていたの?」
「…まぁ、そうだな。ただ俺の場合は家庭教師の先生と一緒にいる時間も多かったから、そう寂しくはなかった」

 そうだったんだ……
 慎悟のお母さんも二階堂ママのように外でバリバリ働いているのだろうか。
 …ところで尊敬しているのに鬱陶しいってなんだ…? 反抗期かな。

「慎悟って一人っ子だよね」
「…悪いか?」

 そんな気がしていた。
 一人っ子って甘やかされているイメージがあるけど、親の期待を一身に背負うパターンが多いから、結構しっかりしている人が多いんだよね。親友の依里も一人っ子でしっかりしているし。
 セレブでも庶民でも家族のカタチは色々あるもんなんだね。

 私達は和やかにおせち料理を食べていたのだが、何処からか「慎悟お兄様何処ですのー!?」と美宇嬢の声が聞こえてきて、びびった慎悟が私の後ろに隠れていた。…そんなに小学生の女子が怖いのか。
 年相応な反応が見れて新年早々笑わせていただきました。
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