お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

果たせない約束、新しい誓い。

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 正月に二階堂の一族と対面して色々あったけど、慎悟のヘルプもあったので何とか乗り切ることが出来た。
 人に話しかけられた時には、軽く挨拶してお澄ましモードで乗り切った。わからないことを聞かれても、困ったように笑って首を傾げておけば、たいてい相手が引いてくれるということが判明した。流石エリカちゃんの美貌である。

 こういう時エリカちゃんならどうしたんだろうか。
 …エリカちゃんはあの時「誰にも必要とされない」と言っていたけど……それは周りに気にしてくれる人がいたのに、エリカちゃんが気づいていなかっただけじゃないのかなって思った。
 私が英学院に通い始めた最初の頃、瑞沢姫乃の件で阿南さんはわざわざ忠告してくれた。確かに腫れ物扱いはされていたけど、気にしている人は中にはいたんじゃないかなって思うんだ。
 慎悟にしても、二階堂の縁戚だから家のために仕方なくなんだろうけど、エリカちゃんに口出ししてきたのはなにも邪険にしているからじゃないと思うんだけどな。
 まぁあいつの言い方は辛口だけどさ…小言にしても回り回ってそれがエリカちゃんのためになるのだから。 

 私が今どうこう言っても、エリカちゃんには伝わらないけども…
 エリカちゃんは宝生氏だけでなく、もっと周りを見てみたら良いと思うんだ。


■□■


 新年明けて数日が経過した。
 
「頑張ってー!!」

 私は某所の体育館にてチームの応援をしていた。春の高校バレー大会、略して春高は昔は3月開催だったのが色々あって、1月開催になった。バレーボールの甲子園とも呼ばれる大会である。
 卒業してもバレーを続ける3年生にとっては引退前、高校最後の大会。レギュラーとして出場している3年生は気合が入っていた。
 私は補欠待機ではあるが、彼女たちになんとしてでも最後の試合を戦い抜いてほしかった。だって私だって最後の試合なら絶対に出たいと思うもの。
 ウチの都道府県からは予選を勝ち抜いた2校が出場。もう1校は強豪誠心高校である。誠心はこの大会で何度も優勝経験がある。ちなみに私が初出場した去年の大会では準優勝だった。あと一歩のところだったから今度こそ優勝を、と思っていたんだけどね…
 文化祭の後に依里と連絡して以来、たまにメールをしていたが、お互いゆるいやり取りしかしていなかった。誠心高校の事を話すと私が気にすると思ったのか、依里からも何も言ってこなかった。

 だから誠心高校の試合を観た時に、私はコートの中を二度見した。
 依里と私は小学校の時が同じジュニアチーム、中学のバレー部、そして誠心高校のバレー部へと一緒に進んでいった仲間でもあった。私が攻撃担当のスパイカーを目指し、依里はセッターを目指していた。
 セッターは素早く正確なトスを上げることが出来る、冷静に試合状況を判断して指示を飛ばすチームの司令塔。私達はコンビとしてインターハイを目指していたのだ。

 だけど、春高の予選試合に出ていた依里はスパイカーをしていた。そしていま現在、春高大会試合でもスパイカーをしている。 
 依里はオールマイティーにこなせる選手だ。きっとスパイカーとしてもうまくこなせるはずである。
 だが…彼女が希望していたのはずっとセッターポジだったから、私は驚いていた。依里は一体どうしたんだろうか。他にもスパイカーとして戦力になれそうな部員はいたはずなのに。

 生前の私をずっと敵対視していた元チームメイト・江頭えがしらさんもあの場にいた。だが今の私と同じくベンチ…補欠待機だ。…あの頃と同じようにレギュラーの選手へ嫉妬に満ちた視線を送っていた。
 スポーツの世界は出場できるかどうか、活躍できるかどうかが重要視される。当然のことながら活躍するレギュラーのほうがもてはやされるので、そうじゃない生徒はいろんな葛藤を抱えることになる。試合に出場できない彼女は焦りも募っていることであろう。
 誠心の他のレギュラーの中には、私が指導していた後輩も選抜されていた。まだ1年なのに…よく頑張ったんだなと、私は感動していた。
 そして、あの場にいられないことがとても悔しくて堪らなかった。

 客席で試合の行方を見守っていると、誠心の監督が選手たちに怒声を飛ばしているのが聞こえてきた。いくら誠心が強豪といえど、ここには予選を勝ち抜いた、よりすぐりの高校生チームが全国から出場しているのだ。誠心が押される展開だってある。
 私は観覧席にいたのだけど、誠心の監督の怒鳴り声がここまで聞こえてきて、条件反射で私までドキドキしてしまう。
 …バレーは好きなんだけど、誠心の吐きそうになるくらいの練習とかは…しんどかったなぁ…
 以前はこれが普通だと思っていた環境が、所変われば「あれっておかしかったのかな?」と思うようになった。
 誠心で受けた指導は身になった部分もあるけど……なんで私、あんなにボロクソに指導されていたんだろうな…未だに謎だ。

 最後までこの試合を見ていたかったが、自分が応援すべき英学院の試合時間が迫っていた為、途中までしか見ることが出来なかった。


■□■


「…弔い合戦のつもり?」
「……私がやりたいからやってるだけだよ?」

 お手洗いに続く廊下のその途中で、見慣れたユニフォームを着用した長身の少女二人が会話をしていた。
 2人とも誠心高校のユニフォームを着用しており、私から見て背中を向けている少女のユニフォームにはアルファベットで「小平」と書かれている。

(依里…? 試合終わったのかな)

 試合会場内なのだけど、関係者以外立ち入り禁止区域だからかそこまで人気がない。こっそり陰に隠れて覗いてみると、依里と話しているのはあの人…江頭さんだった。

「…あんたセッター志望だったじゃないの。あの子がいなくなったからやっと私がレギュラーになれると思ったのに」
「…よくもそんな事が言えるね。ライバルだったとは言え、チームメイトだったのに」

 依里の声色が少し変わった。
 江頭さんが私の事をよく思っていなかったのを依里は知っている。
 江頭さんと私が競うようにしてスパイカーの座を目指していたこと、私が彼女から意地悪と言うには過激な嫌がらせをされていたのを知っていた。
 だから私と同じく、依里は江頭さんにあまり良い印象を持っていない。そして相手も同様で。

「あの子はいらない正義感を働かせて勝手に死んだんじゃない。避けようと思えば避けられた事件なのに」
「自分が何を言っているかわかってんの!? 笑は悪いことをして殺されたんじゃない!」
「だって知らない子を庇って死んだじゃん? …夢のインターハイ前に死ぬとか…正に悲劇のヒロインだよね」

 江頭さんは鼻で笑ってそう吐き捨てた。
 …この間、エリカちゃんの従妹である美宇嬢にも「遺産が減るから死ねば良かったのに」と言われたばかりだが、笑としても揶揄されるとは。
 江頭さんには好かれてはいないのはわかっていたけど、そんな事言われるとちょっと悲しいな。

 確かに私のしたことは無謀で、馬鹿なことだったのかもしれない。自分の夢が叶う一歩手前で死ぬとかそれなんて悲劇のヒロイン? って言われても仕方がない。
 …でもね、私は死ぬつもりはなかったんだよ。本当はインターハイに出たかったよ。その為に頑張ってきたんだから。
 でももう後悔しても遅いし。

 私がひっそりと感傷に浸っていると、依里が動きを見せた。依里は腕を大きく振りかぶって、江頭さん目掛けて振り下ろそうとしていた。

「…依里!」
「! え、」
「駄目だよ。それしたらレギュラー外されるかもしれないから」

 私の訴えに依里はその行動を思いとどまった。良かった。危ない危ない。
 依里は私の姿を何処かに探すように、視線をさまよわせていたが、私がエリカちゃんの中に入っている事を思い出した様子で、悲しそうに表情を歪めていた。
 英のユニフォームを着たエリカちゃんの姿をした私がその場に近づくと、依里の腕を掴んで引っ張っていく。江頭さんから遠ざけたのだ。
 これ以上傍にいてもお互いに何の得もしないだろうから。



「え、笑…」
「大丈夫だから。ていうか私が死んでしまったのは事実だし、江頭さんの言っていることを否定はできないんだよ」

 江頭さんも死者を冒涜ぼうとくするような? あぁいう発言はあまりしないほうがいいとは思うけど。
 私に腕を引かれた状態の依里は震えていた。私にもその震えが伝わってくる。怒りが抑えきれないのだろうか。怒ってくれて嬉しいけど、依里の立場が悪くなる事を私は望んでいない。
 だって依里には夢を掴んでほしいのだ。

「…依里?」
「…ボールをトスしても、あんたじゃないの。私はあんたにボールを上げたかったの。なのにスパイカーの位置にあんたはいない…!」
「……依里」
「わかってるの。あんたはもう戻れないって。でも、小学校から一緒だったじゃないの! 私はあんたの夢の分まで抱えて戦いたいのよ…!」

 依里は泣いていた。切れ長気味のその瞳から次から次に涙が溢れ出す。
 それを見た私はギュッと心臓を掴まれたように胸が苦しくなった。
 依里の言いたいことは分かる。私だってそうだ。英でセッターをしている人も上手だけど、依里と比べてしまう時がある。
 クラスマッチの時でさえ、ぴかりんのトスと依里のトスを比べてしまう自分が何処かにいて、自分はなんて失礼な奴なんだろうかとぴかりんに申し訳なく思った。
 だから文化祭の招待試合の後に依里のトスを久々に受けてスパイクを放った時、私はようやく昔の感覚を取り戻した気がした。身体はエリカちゃんのものなのに不思議なものである。

「…依里、私だって依里と戦いたかった。だけど、松戸笑はもういない」
「…っ」

 私は優しく刺激しないように依里に声を掛けたが、依里の涙は止まることはなかった。むしろ更に泣きじゃくってしまった。

「依里、前に話したでしょ。…対戦相手として戦えたら良いねって」

 ただの夢物語で終わらせたくはない。
 子供の頃に2人で誓いあった「オリンピック選手になろう」という約束は果たせない。だけどせめて、バレーの舞台で依里ともう一度バレーがしたい。
 例え敵同士だったとしても。 
 
「…私、もっと頑張る。今年のインターハイ予選に出場できるよう……エリカちゃんのこの身長でも、スパイカーとして出場できるように…頑張るから」

 努力すれば叶うって今まで思っていた。
 だけどエリカちゃんの体になって、今までの自分は条件に恵まれていたことを知った。
 だけど…不利だからって諦めたくない。だって私の世界の中心はやっぱりバレーだから。ここで諦めたら、折角エリカちゃんがくれた時間を無駄にすることになる。
 私は夢のオリンピック選手にはなれない。……でもせめて、バレーの舞台で依里と戦いたい。

 あの時の、私の命が尽きる瞬間のような後悔をしないで、今度こそすっきり逝きたい。
 
 そうすれば私はきっと。


「…約束よ」
「…うん。絶対」

 依里の涙が感染したのか、私の視界が涙で滲んできた。

「…依里、自分がしたかった事をしなよ。私の分までとは言ったけど、依里が楽しめないと意味がないんだから、自分がしたいポジションで戦いなよ」
「……いいの。私はあんただからスパイカーの座を譲ってたんだから。…あんたにしかトスを上げたくないのよ」
「…え……」

 初耳だった。
 依里はもともとスパイカーをしたかったのに、私に気を遣っていたらしい。
 なんてことだ。言ってくれたらいいのに!

「…間抜けな顔しないの。…英の試合はどうなの?」
「ん? 初戦負けしたよ!」
「そっか」

 英は初戦負けした。夏のインターハイの時もだったけど、英のレベルはまだまだ全国の壁を超えられないのであろう。正直悔しいけど、私はプレイをしていないからまだメンタル面は大丈夫だ。
 …しかし3年の先輩方の凹み具合が心配なので、この後地元に帰ったら、二階堂グループの飲食店で打ち上げしましょうと提案してある。思う存分飲み食いして憂さ晴らししてほしい。

「これから打ち上げで二階堂パパのお店で焼肉なんだ~。今度依里もいこうよ。安くしてくれるから」
「…あんたなんだかんだでうまくやってるよね」
「そうでもないよ? 色々大変だったんだから。ほら、私ってお嬢様って柄じゃないでしょ?」

 私が手のひらを上に向けて、肩をすくめてみせると、依里は「そうね」と苦笑いしていた。

「依里は2回戦進出でしょ? テレビの前でになるけど、応援してるね」
「…うん、ありがと」
「あと、江頭さんの挑発には乗っちゃ駄目だよ。あの人意地悪いんだから」
「わかったよ」

 お互いのチームメイトの場所に向かうために途中で別れたけど……本当はちょっぴり心配だった。
 江頭さんの事も心配だけど……依里も私の影を何処かで追いかけている。私のせいで依里の未来に影が差してしまうんじゃないかと不安になった。
 

 でも私のそんな心配は全く無用だった。

 誠心高校出場の2回戦をテレビで観戦していたけど、依里は怒涛の勢いで相手コートにアタックを仕掛けていたから。依里は快調にどんどんポイントを稼いでいた。
 その勢いは、1回戦の比にならない。

 …私も負けていられないな。頑張らなきゃ。ちょっと自主練でもしようかな!
 身長を伸ばす方法は他にないだろうか? こんなに頑張っているのに全然伸びてないんだけど…

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