お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

私を認めてくれる人がいるなら、私は生きていける。

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「また元に戻っちゃったんだね二階堂さん」

 朝っぱらから面倒くさい相手に話しかけられてしまった。違うクラスなのにちょいちょい会うよね。絶対、エリカちゃん発見センサー付いているでしょあんた。
 私の中では久々に会う感覚である上杉はまたあのエセ善人な笑顔を振りまいて、なにか勘付いていることを匂わせる発言をしてきた。

「……バレーが出来ないストレスで記憶障害になってたの私」

 こいつは今も昔も変わらず危険人物と認識している。なので本当のことは言わない。
 ていうか言った所で、エリカちゃんはもう戻れない場所に行ってしまったし、こいつに真実を言う必要もない。言う義理もない。

「…まぁそういうことにしておいてあげるよ。…ところでこの間、正門前で背の高い女の人に声かけられていたけど…二階堂さんの知り合い? あの制服、あの事件の被害者と同じ学校のだよね?」
「…背の高い…事件の被害者…?」

 意味深な言葉に私は顔をしかめた。
 それって、エリカちゃんの話だよね…
 事件の被害者って私のこと? …同じ制服…背の高い…女の人。

「…あ! しまった! 依里! 依里のこと忘れてた!」

 私は廊下のど真ん中で大声を出して驚いていた。沢山の生徒が行き交っている登校時間中のため注目を浴びたが、それを気にしている余裕が無かった。
 私が以前使っていたスマホは、あの世にいる間に解約されていた。そして再びここに戻ってきて再契約したものの、色々忙しくてド忘れしてた。

「気に障るけど教えてくれてありがと、上杉!」

 やばい! 絶対に依里心配してるわ!!
 私は上杉に捨て台詞のようなお礼を残すと背を向けた。急いで教室に入ると鞄からスマホを取り出してすぐさまメッセージを送ったのだった。




 慌てて連絡した日の夜、依里から電話がかかってきた。彼女の声はとても不機嫌であった。
 こっちに戻ってスマホ入手した後すぐに家族には連絡したけど…依里のことを忘れていたとか言ったら余計に怒られそうである。

『…心配したんですけど』
「ごめん、本当にごめん」

 私は先程まで依里から電話口で文句を言われていた。でも仕方ないじゃないの。私の知らないところから力が加えられて起きたことなんだから。
 私の訴えを理解してくれたようで依里の小言も軽く済んだ。だけど納得できない部分もあるらしく声はまだ不機嫌そうだ。

『…よくわかんないけどあんたが戻ってきたならいいわ。……でもその体の子…自分で命を捨てたってことなの?』
「…うーん…」

 そう言われたらそう、だよね……
 私のせいで居心地が悪くなったのも理由のひとつだったみたいけど…多分、宝生氏と瑞沢嬢が決め手だったのじゃないかなと私は予想している。
 ……私がエリカちゃんのために残していた連絡日記帳の白紙のページには、エリカちゃんの小さくて可愛い文字でその日一日一日の出来事が書き起こされていた。あの世にいる私に宛てた手紙のような内容で…エリカちゃんも久々の現世で、私が馴染んでしまった環境に対応するのに四苦八苦して苦悩していたようだ。
 それとやっぱり宝生氏に未練があったみたいで、その辺りのことが沢山書かれていたな…宝生氏に避けられている気がするとか…なんとか。瑞沢嬢に対する複雑な心境も語られていた。
 
 もしも私がエリカちゃんのようにお淑やかに偽装しておけばエリカちゃんはあんな行動に移さなかった?
 …でも、婚約破棄宣言がされた後だったから、どっちにせよ婚約破棄は撤回されなかったであろう。
 …私はどうしたら良かったんだろうか。

 私はエリカちゃんの人生を奪う気なんてさらさらなかった。エリカちゃんの命を犠牲にするような形で現世に戻るなんて…
 会いたかった人に再会できて嬉しいと思っている自分の浅ましさに気づいて、自己嫌悪してしまう。
 
「…私がエリカちゃんの振りをしていたらなにか変わっていたのかなって思うんだ…」
『…どうかな。話を聞いてて…あの子は繊細な性格してそうだし……あんただけのせいじゃないよ。最初にその子が行動に移したのがそもそもの始まりじゃないの』

 依里がフォローしてくれているのはわかるが、自分を責めずにはいられないのだ。 
 せめて私が大人しく学校生活を送っていたら、エリカちゃんが学校にいるのが息苦しいと思うことはなかったのではないかって。

『…そもそもあんたが他人の振りをするのは無理でしょ。ていうか私にも無理だわ。だって人の代わりを演じるなんて…稀代の女優俳優でもなければ無理よ、普通』
「……」

 確かに。当初から何も情報がない状態でエリカちゃんになったから、私は手探り状態だった。…たとえ事前情報があったにしても、別人に成りきるのは難しいかも。

『それに婚約者だった男が他の女に入れあげていたのがそもそもの原因じゃない。それが決め手だったんでしょ。恋ってのは人をおかしくさせるのよ』
「…彼氏イナイ歴=年齢の小平さん、何を上から目線で言っているんですか?」
『…それを言ったらあんたもでしょ』

 私達は電話越しに笑い合う。私は弱音をこうして聞いてくれる存在に救われていた。
 私は恵まれている。私はこれから二階堂エリカとして生きていかなければならないけど、私を松戸笑だと認めてくれる人がいてくれるのだ。
 これを恵まれていると言わずになんと言うんだ?

 私は大丈夫。
 大勢の人が事件や私を忘れても、大切な人達が私を覚えてくれているなら頑張れる。
 私はきっと、エリカちゃんの人生を奪ってしまったことを後悔し続けるであろう。…今でさえ、エリカちゃんの体で幸せに過ごしていることに強い罪悪感を覚えている。
 でも、生きなければならない。私が二階堂エリカとして生きていかなければならないのだ。

 松戸笑が生きられなかった明日を、二階堂エリカが悲観した明日を…

 電話口の依里に心配掛けさせないように、私は明るい声を出した。

「…じゃあ今度焼肉行こうね」
『目一杯食べてやるんだからね。楽しみにしてる』

 今年高校3年生の依里だがインターハイでの活躍もあり、スカウトを受けたそうだ。卒業後は実業団への入団が決まっているため、既に進路は決まっている。なので余裕を見せていた。
 今度焼肉を食べに行く約束をして電話を切ると、私は布団に潜り込んだ。

 くよくよした時は寝るに限る。考え込んでも何も得ることは出来ない。
 私はしっかり成長ホルモン放出しないと。23時から2時が最も大事…ぐぅ。

 私はおやすみ3秒で眠りについたのであった。


■□■


「二階堂さぁん、ヒメにもバレー教えて?」
「やだ」
「どうしてぇ? 意地悪しないでよぉ」
「……」

 意地悪じゃないよ。そんな事をしてやる義理がないの。

 エリカちゃんのことを考えると複雑な気持ちになるわ。…いくら生い立ちに不幸があったにしてもさ…それでも、この子がやったことはエリカちゃんをひどく傷つけたことになったんだから…
 許す許さないは被害者側が決めることだけど、私はエリカちゃん寄りなのでどうしてもね…。
 瑞沢嬢をじっと見つめて私は宣戦布告をした。

「…クラスマッチの試合では手ぇ抜かないから」
「えぇっ!? やだぁ、二階堂さんのボール痛いんだもん」
「それじゃ、私練習があるから」
 
 大分みんなバレーに慣れ親しんで、ルールもプレイも様になってきた。なので今日は男女混合でバレーの試合してみようと思うんだ。瑞沢嬢を撒くと、私は既にグラウンドにて練習しているクラスメイトに声を掛けた。


「そういえばクラスマッチの後中間テストがあるんだけど…忘れてないよな? 笑さん」
「……えっ?」
「クラスマッチの2週間後だ。…バレーに熱中するのはいいけど、ちゃんと勉強もしとけよ」

 クラスメイトたちに男女混合バレー試合しよう! と提案して、チーム分けしたのだが、対戦相手になった慎悟が私を動揺させる一言を投げかけてきた。
 …なんで今言うの…。私が勉強苦手だって分かっているくせに……それ言うのは後ででもよくない? まさか私を動揺させて試合に勝つ魂胆か…?
 ムカつくので、慎悟を標的にしてジャンプサーブを放ってやった。


 練習試合を終えた後、慎悟の腕は真っ赤に染まっていた。

「…うわ…腕が……」
「対男子のサーブはもっと痛いよ? 今のうち慣れておきなよ」

 こっちをジト目で睨みつけてくる慎悟に私は素知らぬ顔をして流してやった。これでも手抜きをしてあげたのよ。
 ふん、私にテストの話をしてくるからだ。今はテストの話なんか聞きたくない。そんな残酷な単語、私聞きたくない…!

「ちょっと二階堂さん!?」
「見てたわよ…あなたよくも慎悟様に向かってなんて事を…!」
「…野蛮…」
「出たな、加納ガールズ」

 試合中に横からかしましいブーイングが飛んできたから、試合後にいちゃもんつけて来るだろうなと思ったけど、早速現れた。
 相変わらず加納ガールズは慎悟のことが大好きね。あんたら慎悟の勇姿を見るのはいいけど自分のクラスの練習しなくてよかったの? 

「慎悟様…とっても痛そう」
「おかわいそうに」
「保健室に行きましょ?」
「大げさだなぁ。慎悟はさっきの試合ではちゃんと安全にプレイ出来てたし、怪我はないと思うよ」

 慎悟は元が日焼けをあまりしておらず肌が白い。それで余計に内出血が目立っているが、大したことはない。突き指とかそんな怪我してないでしょ。内出血だけなら保健室に行ってもアイスノン渡されるだけだよ。

「この痛々しい腕を見て、よくもそんな事を言えますわね!」

 クワッと鬼の形相になった巻き毛に睨まれ、私は怯んだ。
 …バレーではそれが普通だけど……そうか、慎悟は素人だもんな。私それを考えずに攻撃してたかも。…もっと上手になれるだろうって期待も込めて、負担を考えずにボールを放っていた。

「…慎悟なら出来ると思ったけど、キツかったかなぁ?」

 運動神経がいいし、男子だから多少の攻撃は耐えられると思ったんだけど…そうだよね、体育会でもない素人だもんね。少々やりすぎたかな。悪いことした。
 私はしょんぼりと意気消沈すると慎悟へ謝罪をした。

「ごめん、手抜きはしていたつもりだけど…今度はもっと加減するよ」
「…別にキツいとか一言も言ってないだろ」

 慎悟はいつものようにフン、と鼻を鳴らして、どこか呆れた表情で私を見てきた。…怒ってはいないようだ。

「…だけど集中攻撃はやめろよ。バレーは楽しくがモットーなんだろ」
「わかった。…ごめん」
 
 今一度謝罪した私を見下ろして、慎悟は一瞬なにか考えていたようだが、ふぅ、と軽くため息を吐いていた。
 すまん、今回は私が大人げなかった…いくらテストが嫌だからって八つ当たりのようなことをしてしまってごめんよ…

 慎悟が右腕を動かしたのが視界に映った。慎悟の手が私の方に近づいてきたかと思えば、わしゃわしゃっと頭を撫でてきた。ぎこちない動きのそれに私の思考は一旦停止した。
 私がぽかんとして固まっているのに気づいていないのか、撫でるのに満足したらしい慎悟は踵を返して校舎に向かって歩き出した。
 もう練習は終わったので、生徒達が校舎に戻っている姿がちらほら。慎悟も同様に帰宅準備をするのだろう。

 …なんで私は頭撫でられたの? …私、あんたよりも年上なの。子供扱い止めて?

 混乱する私のことに気づいていないのか、慎悟の後ろ姿は遠ざかっていく。
 呆然とそれを見送る私の背後には3人の般若が迫っていた。ジャリ…と砂を踏みしめる音に私はハッとした。

「…二階堂さん。あなたとはもう一度じっくりお話したほうがよろしいのかもしれないわ…」
「…ホント、どんな手を使っているのかしら…私にご教授していただけないこと?」
「…悪女」
「何いってんのあんたら…?」
 
 私はその日、日が暮れるまで加納ガールズとじっくりとオハナシをする羽目になったのである。

 …慎悟、これ仕返し?
 何で加納ガールズ(過激派)の前であんな事しちゃうの?
 …実はすごい根に持ってたりする?


 面倒くさいから翌日以降の合同練習では慎悟の方に一切ボールを送らなかった。


 
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