お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

依里の夢は私の夢。同じ夢を見ているの。

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 私は依里の姿を探して、関係者以外立ち入り禁止区域に入った。もう全員撤収を始めてしまったので、人気がなくシンとしている。廊下には私の足音だけが響き渡っていた。
 目的地に向けて足を進めると、その先にある女子トイレの中をひょこっと覗き込んだ。
 
 そこでとある光景を目撃してしまった私は言葉を失ったのだ。

 ギリッ…
「いっ…」
「…ここであんたの手がバキバキになれば、春高大会には出られないんじゃない? …もしかしたら内定してた実業団の入団も話が流れちゃうかも…」

 なぜなら、トイレの床に引き倒された依里が、江頭さんに手を踏みつけられていたからだ。

「な、なにしてるの!?」

 すかさず私はトイレの中に飛び込んだ。江頭さんの腕を掴んで力任せに引き剥がすと、彼女はたたらを踏んで後ろによろけながら下がっていた。
 倒れている依里に手を貸して立たせた私は、江頭さんからこれ以上の危害を加えられないように壁となって2人の間に立った。
 …2人よりも身長が低いせいで、頭の部分が綺麗にはみ出て隠せていないことはこの際突っ込まないで欲しい。

「え…」

 依里が私の名前を呼ぼうとしていたが、それを遮るようにして私は江頭さんを怒鳴りつけた。

「なんてことをしてるの! 依里は新年明けてすぐに春高大会を控えてるんだよ!? 依里の身体は実業団入りする大事な身体なの! 怪我をさせたらあんたは責任取らないといけないの、それをわかってる!?」
「……」

 私は2人の会話を聞いていないから、何があってこうなったのかは知らない。だけど、わかることが1つある。江頭さんは依里の手を再起不能にさせようとしていたのだ。バレー選手にとって大事な手を踏みつけて、壊そうとしていたのだ。
 …私も生前、江頭さんから故意に怪我させられそうになったことがあるけど…更にやり方が大胆かつエスカレートしている。私がいなくなった後にスパイカーとしてレギュラー入りした依里にターゲット変更したってわけね。

 江頭さんは不気味なことに、私の訴えが聞こえていないかのように無表情のまま私を見下ろしていた。
 だけどその瞳には嫉妬の炎が渦巻いており、そこのところ今も昔も変わらないなと感じた。

「…なんであんたみたいなチビがスパイカーなわけ? …英に入っていたら私もレギュラーになれたのかな?」
「…はぁ?」

 なぜここで英学院の話になるのか。…受験して合格したら入学できただろうけど…江頭さんは大事な部分が欠落しているから、レギュラーになれたかはわからないよ。
 無表情だった江頭さんの顔が負の感情を表に押し出すように歪み始めると、私を憎々しく睨みつけてきた。
 彼女の怒りの矛先は私に移ったようである。

「…なによ、なんでよ…私だって頑張ってるのに、なんで選ばれないのよ…! 私の方がもっと上手に打てるのに!」

 彼女の泣きそうな声とその言葉に私は改めて彼女の本音を聞き出せた気がする。
 レギュラーになれない悔しさや焦り、妬み嫉みは私でも理解できる。スポーツ選手は活躍してなんぼだ。やっぱり表で活躍している選手に注目が集まるし、称賛も向けられやすい。
 ベンチで補欠待機している選手は活躍もできずに、ただ目の前で行われている試合を眺めるしか出来ないのだ。そしてレギュラーの生徒の使いっ走りとして下っ端扱いを受けて…それがとても辛いものだというのはわかっている。プロを目指していた立場なら尚更である。
 彼女は決して技術がないわけではない。背は高いし、バレーに適した体格にも恵まれ、彼女自身も中体連で華々しい活躍を見せてた。
 ではなぜ、彼女がレギュラーになることなく、高校生活を終えようとしているのか。

「…あんたのそういう所を誠心の監督は見抜いていたんだよ」

 私の言葉に江頭さんはピクリと眉を動かした。訝しむかのような視線を向けてきた彼女は、監督の考えに気づいていなかったのだろうか。
 …何のためにバレーをしていたのだろう。…始める切っ掛けは誰だって、興味があったから…好きだからじゃないのかな。
 だけど今の江頭さんは自分の欲求のために、人を蹴落とそうとしているようにしか見えない。

「…バレーはリベロを合わせた7人で共に戦うチームプレイなんだよ」
「…? 知ってるし、そんなの」

 江頭さんはこっちをバカにするような目をして、ハッと鼻で笑った。そりゃルールくらい知っているだろう。仮にもバレー部なんだもん。
 だけど彼女は根本的なことを見失っている。

「バレーはチームなの。…1人でやるんじゃないんだよ。ブロッカーと後衛が守って、セッターが支持塔となって…チームの皆が連携して拾ったボールをスパイカーが攻撃する…」
「…だからなんなのよ」

 彼女は、自分のことしか考えられなくなっているのだ。バレーがそもそもどんなスポーツなのかを忘れている。

「…1人で戦ってるんじゃないんだよ。チームで戦っているんだよ。…あんたは自分がスパイクすることしか考えていない。自分が活躍することしか考えていない! …そんな人間がチームメイトと連携が取れると思う? 1人だけじゃバレーは出来ないんだよ?」

 そんな状態でバレーして楽しい?
 バレーは皆と一致団結して勝ちを取りに行くのが楽しいんじゃないの。そうじゃないなら、自分のことしか考えられないなら個人種目をしたほうがいい。
 チームの中で誰か1人、見ている方向が違えば、ほころびが生まれて勝利を手にすることはできなくなる。
 誠心の監督だって強豪校で何十年もバレー指導してきたんだ。指導は厳しいし、頭でっかちな時代遅れのスパルタ監督だったけども、決して馬鹿ではない。むしろバレーに関してはプロである。
 自分本意な考えでチームからはみ出るような選手をメンバーにしたら、結果がどうなるか分かっていたのだろうきっと。

 だが江頭さんが気持ちを入れ替えていたら、監督だって最後の最後に試合へ出してくれた可能性があったはずだ。…残念なことに江頭さんは最後までそれに気づけなかったけども…

「な、なによ…偉そうに…あんたなんかどうせ金を積んでレギュラーになったんでしょ! 英みたいな金持ち学校なら金さえあれば何だって優遇されるに決まってる!」
「うるさいな! 私が英のレギュラーであることはあんたと何の関係もないでしょうが! 今の話にも全く関係ない!」

 江頭さんが話の腰を折ってきたので、私はカッとなって言い返した。

「依里はいずれオリンピック選手になるの! …私がなれなかった東洋の魔女の再来に…依里はなるの!」

 依里は私の意志を継いで私の分まで戦ってくれている。
 …ならば、私は親友の未来を応援するだけ。

「依里の夢は私の夢なの! あんたにその夢を妨害する権利はない!」

 これ以上依里に危害を加えようとするなら、私は静観なんてしてやらない。迎え撃つ覚悟である!

「…小平、江頭、出てこい」

 ファイティングポーズを取って鼻息荒く江頭さんを睨みつけていると、女子トイレの外から2人の名前を呼ぶ声が聞こえた。
 私はこの声を知っている。さっき散々「小さい小さい」と私をディスってきた声だからだ。
 2人はその声にギクリと反応した。先程までヒートアップしていた江頭さんはまるで借りてきた猫のようにおとなしくなっている。
 恐る恐るトイレを出るとそこには誠心高校の女子バレー部監督の姿があった。老年にさしかかかる監督はその年齢の割にピンシャンとしており、それが威圧感を増幅させている。彼は依里と江頭さんを見比べて険しい表情をしている。…その様子を後ろから眺めていた私はヒヤヒヤしていた。
 口出したいけど、今の私は部外者であり、生前の私は監督にスパルタ教育を受けていたので尻込みしちゃうんだ…もうその顔からして怖いんだもんなぁ。

「…小平、怪我は?」
「…手を踏まれたのであざになりかけてます…」
「そうか。ならすぐに冷やしてマネに手当してもらえ…江頭」
「…はい」
「そこの英の…選手が大体のことを言っていたから、これ以上言わずとも理解しているだろうが…」

 まぁーた小さい小さい言ってくるかなと思ったけど、流石にこの状況でディスってくることはなかった。
 身長なんて努力で伸びないんだから仕方ないでしょ! また小さいって言ったら怒るからね!

「…大学でもバレーをするにしても、今のお前じゃ…4年間ベンチ待機で終わるだけだぞ」
「…!」

 監督の言葉だからなのか、江頭さんは重く受け止めたようだ。手のひらで顔を覆うと嗚咽を漏らしながら、走ってその場から逃げ去ってしまった。
 あれで理解したのかな…また他罰的な考えに陥って負のループに至ったりとか…しないよね?
 そしてまた人目を盗んで、今度は別のメンバーに手を出したりとか……

 私は苦い表情でそれを見送っていたのである。
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