お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

私はいつだって応援している。だって親友だから。

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 誠心の監督は疲れたようなため息を深々と吐くと、ちらりと私に視線を向けてきた。私はそれに緊張して息を呑んでしまう。…これは多分条件反射だろうな。この監督は鬼厳しいからさ。生前かなりしごかれましたよ、えぇ。

「さて、英の…なんと言ったかな」
「…二階堂です。背は小さいけどスパイカーを担当してます」

 散々人のこと小さいと言っておきながら名前知らんかったんか。あんた今日の試合で何回人のことチビって言ったよ。
 根に持っていたのでチクリと嫌味を言ってみた。だけど監督は表情を変えずに私を見下ろすのみである。圧迫感が辛い。

「…その背丈じゃ、リベロが最適じゃないか?」

 無情な一言がグサッと胸に刺さる。
 うん、私も当初はそう思っていたんだ。リベロとして活躍してやろうってね。
 だけど、バレーをしていたら結局スパイカーをやりたくなった。私はずっとスパイカー希望だったし。笑の時に他のポジションをやったことあるけど、私が一番私らしくプレイできるのが攻撃のスパイカーだった。

「…私は…スパイカーをやりたいんです」
「…その体格でスパイカー志望なら、いくら実力があろうとも未来はないぞ。バレーで背丈の低い選手はどうしても不利だ。二階堂君よりも上手な長身の選手なんか山ほどいる。どんなに高く跳べても、背の高い人間のほうがさらに高い打点からボールを打てるんだ」

 痛いところ突くなぁ。そんな事知っているよ。痛いほど知っている。嫌でも痛感しているさ。日本人はただでさえ小柄な部類だ。この身体では世界に通用しないとわかっている。

「…いいんです。それでも」

 それでも私はスパイカーとしてバレーを続けたい。
 アタックした瞬間が一番、自分がここにいると、生きていると感じる瞬間なのだ。他のポジションでは味わえないこの感覚が一番愛おしい。

「私はバレーが好きなんです。バレーボールは私の世界の中心だから。…私はスパイカーでいたい」
「……松戸と同じことを言うんだな」

 その言葉にギクッとした。…監督にもそんな事言ったことあるっけ? 私は口元を抑えて監督を見上げたが、監督は何気なく呟いた言葉だったらしい。あーびっくりした。
 彼は依里に視線を向けて「小平何してる。早く手当してこい。それと帰りのバスがもうすぐ出るからな」と声を掛けていた。そして監督は私から興味を無くしたようにのっそのっそと立ち去っていった。

「…ありがとね」

 そこに残されたのが私達2人だけになると、依里がボソリとお礼を言ってきたので私はハッとした。

「手! こんな所でボーッとしてないで早く手当しないと!」

 こんな所で立っている間に手の状態が悪くなってしまうじゃないか!
 私が慌てて依里の怪我していない方の手を取ると、依里が手を握ってきた。私が彼女の顔を見上げると依里は涙目になっていた。

「私頑張るから。…あんたにも夢を見せてあげる。だから見守ってて」
「…依里」
「約束する」

 依里は私を軽くハグすると、背中をバシバシ叩いてきた。依里は深呼吸をすると振り切るようにして私から離れた。

「よしっ行こうか! あんたも帰りのバスに乗り遅れちゃうよ!」
「…依里の試合、観に行くね」

 依里が先を歩き始めたので、後ろから声を掛けてみたら、依里は呆れた顔をして振り返ってきた。

「ばぁか、先に春高大会でしょ。英も出場するじゃないの。…あんた、インターハイの2回戦に出られなかったじゃない…今度こそ2回戦突破を目指しなさいよ」
「…わかってるよ」

 前回のインターハイの途中脱落は悔しかった。地獄からの干渉とはいえ、私のせいでチームメイトの士気に影響を与えてしまって、せっかくの2回戦出場も敗退という結果に陥ってしまったのだ。今度は2回戦突破が目標である。

「お互いに頑張ろうね」
「うん!」

 私は依里と固い握手を交わすと、またの再会を約束した。
 たとえ進む道が違えど、遠く離れていても、私達の夢は同じだ。私は依里の応援をし続ける。依里が私を応援してくれたように。

 だって親友じゃない、私達。
 いつだって私は依里を応援している。



「遅かったね。小平さんに会えたの?」
「会えたよ。ちゃんと話せた」

 バスに乗り込むとぴかりんに声を掛けられた。
 私の返事に対して安心したような様子のぴかりん。…去年のクリスマス前にぴかりんと仲違いした時に「いくら友達でも話せないことがある」と告げて以来、ぴかりんは深く追及しようとはしてこなくなった。
 多分私と依里が知り合ったきっかけが【松戸笑】関連だと彼女は思いこんでいるだろう。間違ってはいないけど、嘘をついていることが心苦しくも感じる。本当はこんな壁なんて作りたくないんだけど…ぴかりんにその重荷を背負わせたくないもんなぁ。難しい問題だ。
 
「二階堂様、先程加納様が探しておりましたよ?」
「あーうん、連絡しておくよ」

 阿南さんにそう声を掛けられて私はハッとした。あとで慎悟に声をかけようと思っていたけども、依里を捜すのに時間食ってしまって慎悟と話す暇がなかったんだ。
 わざわざ応援に来てくれたのに悪い事したな。慎悟は自分の家の車で来たのか公共交通機関でやって来たのかな。
 スマホを鞄から引っ張り出して慎悟あてにメッセージを送り終えると、なんだか緊張が解けて眠くなってきてしまった。バスが高速道路に入ると、バスの程よい振動と座席の座り心地のせいで眠くなってきたのだ。
 ウトウトした私の耳に【ピコン】と受信音が聞こえたが、私はそのまま深い眠りについてしまったのであった。

 家に帰り着いてから確認した受信メッセージには慎悟からお祝いの言葉があって…たった数行の飾り気のない言葉だったが私はにやけてしまった。
 初対面でエリカちゃんな私がバレーを始めたことを貶されたことがあるから、慎悟に褒められるのがこんなにも嬉しく感じるのかな?
 なんだか心がふわふわしてウキウキしちゃうんだ。

 あいつはインターハイも観に来てくれるのかな。…また応援に来てくれたら良いな… 


■□■


 春高予選が終わった後に私を待っていたのは期末テストである。待たずに通り過ぎてくれてもいいのに、ズドーンと居座るテスト。勉強頑張ると決めたけどやっぱりツライ!
 今回も学年トップクラスの幹先生監修の元、昼休みも真面目に勉強していた私にとある人が尋ねてきた。
 勉強しすぎて頭がボーッとしているところでの尋ね人。一体何の用であろうか。

「二階堂さん、クリスマスパーティーのパートナーは決まってるの?」
「え? …いや、私踊らないので、パートナーは不要というか…」
「そっか…」

 あなた3年生なのにクリスマスパーティーとかはしゃいでていいんですか? エスカレーター式だけど試験はあるんでしょ?
 わざわざ2年の教室までやって来た3年の斎藤君にクリスマスパーティのことを聞かれた私は、正直にパートナーは必要としていないことを説明した。
 ダンス踊れないし、ああいうリア充なイベントは背中が痒くなりそうで柄じゃないと言うか…

 すると斎藤君は目に見えてがっかりした。ロリ巨乳に玉砕して以降、ロリ巨乳に言い寄ることもなく、独り身らしい彼は寂しそうな表情で言った。

「…俺、今年で卒業じゃん? …今までパートナー同伴で一度も参加したこと無くてさ」
「あー…」

 そういえば去年のパーティーでは壁の花になっている生徒がちらほらいたよね。パートナーいないのに参加するというのはある意味苦行だよね。
 中には私みたいな完全に食事目的な人間もいるだろうけど。だってダンスとかこっ恥ずかしいじゃない。西洋かって。

「えーと、」
「寒いので扉を閉めますよ」

 私がなにかポジティブになる言葉を掛けてあげようと思って必死に考えていたら、斎藤君が目の前から消えた。ピシャンと閉められた教室の引き戸に私はポカンとして、扉を閉めた犯人を見上げた。
 相手は冷たい目で私を見下ろしていたのだ。

「……」
「…あんたは無防備すぎる」
「…話をしていただけだよ?」
「哀れみを買ってパートナーになって貰おうって魂胆がミエミエなんだよ」

 そんな、バカな。
 
 私の考えていることが分かったのか、慎悟は鼻で笑っていた。バカを見る視線もオプションにして。そして私に「また駄菓子で釣られるんじゃないぞ」と言ってきた。 
 失礼な。私がまるでう○い棒で釣られるチョロさみたいに…だいたい慎悟は年上を敬うことを覚えたほうが良いと思う。

「私をもっと敬ってください」
「あんたが学年50位以内に入ったら考えないこともない」
「うぅ…っ」

 それは一生ないと言いたいのか。私だって頑張ってんだよ! 試験勉強と並行して中学校の基礎からやり直してるんだから!
 クッ…! と唇を噛み締めていると「悔しかったら頑張れ」と言い残して慎悟は席に戻っていった。
 私は奴の背中を見送りながら思ったことがある。

 慎悟は誰とパートナーになったんだろうって。丸山さんのお誘いを受けたのだろうか。…別に、誰を選ぼうと慎悟の自由だけどさ? …なんか…気になると言うか…
 1人でもやもやしながら席に戻ったが、休み時間が終わって5時間目の教科担当の先生が来た時に、斎藤君をあのまま廊下に放置していたことを思い出した。
 相談しに来たであろうに悪いことをしてしまった。…彼にパートナーが出来ることを陰ながら祈っている。

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