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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。
あんたが見ているのはエリカちゃん? それとも笑?
しおりを挟む外に出ると当然だが、寒い。寒さを和らげるために二の腕を擦ったが、それだけで暖かくなるわけがない。
会場から少し歩いて離れると、私は緊張を解くためにため息を吐いた。ふわっと白い息が冷え切った空気中に霧散する。
「エリカちゃん! そんな薄着じゃ風邪引くよ。会場に戻ったほうがいいんじゃないの」
「仕方ないじゃないですか。居心地悪くなったんですから…」
追いかけてきた二宮さんに呼び止められたが、私は足を止めずに更に会場を離れる。
あの場所に居辛いから離れたんだもん。もうちょっと離れていたい。
「まぁ気持ちはわかるけどねぇ。…俺の上着でいいなら着る?」
「二宮さんが寒いじゃないですか」
「セーター着てるし、厚着してるから平気だよ」
肩にふわっと掛けられた男子制服のブレザージャケット。私はありがたくそれに腕を通したが何分でかい。松戸笑の身体でもこれは大きいかもしれない。二宮さんは元の175cmの私より14cmも背が高いんだもん。
「袖が余ってるから、巨神○みたいだね」
「…返します」
「冗談、冗談だって!」
ドレスアップした女子に向かって巨○兵とは何事だ!
私が不快感を示してぷりぷり怒っていると、スッと二宮さんが手の平を差し出してきた。
「…? なんですその手は」
「折角だから踊ろうよ。可愛くしているのに壁の花で終わるのはもったいないじゃん」
「別にあまり気にしてないんですけどね」
「いいから!」
いつまで経っても手を載せようとしない私の腕を引っ張ってきた二宮さん。腰を引き寄せられて、私は彼の胸に飛び込む形になった。
「ほら、俺の背中に手を回して」
「…背が高いのが本当に腹が立ちますね」
「もー、そんな事言う子はこうだ!」
脇の下に手を差し込まれたかと思えば、身体が宙に浮いた。スパイクを打つ時とは違う、別の力が働いて…つまり二宮さんに抱き上げられたわけだが。
「ほら今の気分はどう? 今のエリカちゃんは2m超えだよ!」
「……なんか今日は妙に私の癇に障ることばかりしてきますね二宮さんたら…」
ムカついたので二宮さんの首を両手で包んでちょっと力を入れた。本気じゃないよ、だから安心して。
「なんで首締めるの!?」
「イラッとしたんでつい」
「高い高いしてあげたでしょ!?」
「それで私が喜ぶと思ったのか、この野郎」
言っておくが私と二宮さんの中には同じバレー部の仲間意識しか存在しない。今までのやり取りだって色気のかけらもへったくれもないやり取りしかしてこなかったんだ。
だから私達のこのやり取りも友人・仲間同士の戯れのようなものだ。別に怪しいことをしているわけではない。
──ジャリッ…
その時、背後で私達以外の足音が聞こえた。私は二宮さんに屈辱の高い高いをされた体制のまま首を動かして、足音の持ち主の姿を目に映した。
「…慎悟?」
私達にとっては戯れでも、別の人の目から見たらそうは見えないらしい。慎悟は険しい表情でこちらを睨みつけていた。体育館から離れたここには外灯の明かりしかないが、その不機嫌な顔はしっかり見えた。
それを目にした私はギクリとして身体をこわばらせてしまった。
「あ、王子様が来ちゃったね」
二宮さんがまた訳のわからないことを言いながら、そっと私を地面に下ろした。慎悟の睨みなど何のその、私にヘラヘラ笑いながら「じゃあ俺は先に戻るね。あまり1人でうろつかない方が良いよ?」と言って立ち去っていった。
彼は慎悟の横を通り過ぎる時に小声でなにか喋っていたようだがなんの話をしているのかはわからなかった。二宮さんの言葉にそっけなく返事を返していた慎悟は、ちらりと私を見るとズカズカとこちらに近寄ってきた。
慎悟から滲み出てくる苛立ちが目に見えたので、私はそれにビビって後ずさった。慎悟はずいっと私に手を伸ばしてくると、なんと私が身につけているジャケットをガバリと剥いだのだ。
おい! 追い剥ぎか!
私がびっくりしすぎて声も出せずに慎悟を見上げていると、慎悟は踵を返してそのジャケットを二宮さんに突っ返していた。
二宮さんはおかしそうに笑っているが、こっちは笑い事じゃないんだが。脱いだら余計寒く感じるんですけど。
腕をさすってみるが、手が既に冷えているので寒さは変わらない。なんかもう頭だけでなく身体まで冷えてきたから体育館に戻ろうかな…
「…あんたはなにをしているんだ。こんな人気のない場所で、男と二人きりで」
冷たい視線で睨みつけながら、慎悟は刺々しい言い方で私に問いかけてきた。
やめて、その言い方響きがいかがわしい。私が悪いことをしているみたいじゃないの。
「…見ての通り、高い高いされていたけど? それがなにか?」
慎悟は私の反論にムッとした様子だった。渋い表情ではぁ…とため息を吐くと首を振った。
「…上杉に見つかったらどうなるかとか考えないのか。さっきの人が側にいたからなんともなかっただろうが……こんな会場から離れた場所であいつに捕まってしまえば、助けを求めたとしても音楽の流れている会場には声が届かない」
「あ……」
その事が頭から抜けていた。
あぶね。鬱陶しいと思っていたけど、二宮さんが着いてきてくれて逆に安全だったかも。そういやアイツ今日は声を掛けてこないよね。私を見つけられないとかかな。
「…イレギュラーなことがあったから頭になかった」
「あんたは本当お人好しだな。知ってるけど」
痛い所を突かれた私は呻いた。油断していたらトラブルと遭遇する。こんなに気疲れするパーティってなかなか無いよね…
「冷えるだろ。そろそろ会場に戻ろう」
「…そうだ、あんたパートナーほったらかしにしちゃダメじゃん!」
そうだよ! さっきまで丸山さんと楽しそうに踊っていたのに、パートナーをほったらかしにして私を捜索しに来て…それはいくらなんでもパートナーに対して失礼が過ぎるぞ?
「パートナー? …丸山さんの誘いのことなら断ったけど」
「…えっ?」
慎悟の返事に耳を疑った。
断った…? え、なんで?
「じゃあ…加納ガールズの誰かが」
「パートナーはいない。1人1曲踊れば満足してくれたよ」
「…なんてもったいない事をしてるのあんたって子は」
二宮さんと同じセリフを言っている意識はあった。だけど私と慎悟は状況が違う。
私は実質、ストーカー上杉からしか誘われていない。あのサイコパスとのダンスパーティ参加→私の第二の人生の終焉待ったなしなので、そのお誘いはお断りの一択しかない。
だけど慎悟は違うだろう。慎悟はいろんな女子に誘われていたくせに。選り取り見取りが……
「この…ハーレム野郎…!」
「…人聞きの悪い」
斎藤君が聞いたら悔しがるぞ、そんな贅沢な…! モテる野郎はこれだから!
驚愕と憤りを感じている私の手を取ると、慎悟はムッスリした顔で口を開いた。
「…どうせあんたは誘っても、パートナーにはなってくれなかっただろ」
私はその言葉にギクッとしてしまった。…そんな事言われたって…仕方ないじゃん。私にだって色々事情ってものがあるのよ。
「いや…だって…」
「だから責任とって一曲相手してくれよ」
「…へ?」
私の返事を聞くまでもなく、私の手を引いてスタスタ歩き始める慎悟。私は慌てて彼を止めようとする。
責任て何よ! 私にそんな責任はないと思います!
「いやいや! 私踊れないんだって!」
「リードしてやる。笑さんは運動神経がいいからすぐにステップを覚えるさ」
「ていうかダンスなんて私の性に合わないの! 背中が痒くなるんだって」
私が言い訳している間に会場に逆戻りしていた。逃げ腰の私のことなんか知らんぷりで慎悟は私をダンスフロアに誘導していく。周りで優雅に踊っている生徒たちに紛れてダンスフロアに入ってしまった。絶対に今の私はこの場で浮いているはずだ…!
勘弁、本当に勘弁して、私は絶対に失態を犯す。ダンスフロアで無様にずっこける可能性があるんだって!
動揺しまくっている私に慎悟は次々と指示をしてくる。ダンスの姿勢を取らされると急に恥ずかしくなって慎悟から離れようとしたんだけど、腰を引き寄せられてしまった。なんだこれ…密着し過ぎだと思います!
「ホント無理! これ恥ずかしいって、セクハラに該当するよ!」
「笑さん、曲が変わるから俺に合わせて」
「えっ、ちょっと」
慎悟の言う通り、曲が切り替わって先ほどとは違うダンス音楽が流れ始めた。社交ダンス経験のない私にはこの曲が何系の曲か、今踊らされているダンスの種類がなにかも全くわからない状態だ。ただ慎悟に合わせて、彼の足を踏まないように踊るしか出来なかった。
半ば強引に踊らされたが、確かに単純なステップだったから、すぐに覚えることは出来た。
「ほら踊れた」
「…あんた、強引すぎ…」
そこまでして踊りたいのか。女子と踊りまくって疲れているだろうに…あんたは踊るのが好きなのか…
私は呆れ半分で慎悟を見上げた。さっきまで足元ばかり見ていたから、近い距離に慎悟の顔があったことに驚き、急に恥ずかしくなってちょっとのけぞってしまった。
だけど慎悟がしっかり腰をホールドしてきていたので離れることは出来なかった。やっぱりこういうダンスは密着し過ぎだと思う…
「…綺麗だな。そのドレス似合ってるよ笑さん」
小さな声で慎悟が囁いた。
急な褒め言葉に私は何を今更と鼻で笑ってみせた。
「そりゃーエリカちゃんは可愛いし、当然のことでしょー」
「…あんたの姿でも似合っていたと思う。だけど背が高いから山本が着ているようなロングドレスのほうが映えるだろうな」
慎悟は全く恥ずかしがること無くペラペラと私のことを褒めてきた。だけど私はそれを嬉しいと感じる以前に、複雑な気分になった。だって私だよ? 男顔だった私にドレスなんて似合うわけがない。
「…死んだ人間に向かって何言ってんの」
「だが、あんたはここにいる」
「…男顔の私にはこんな綺麗なドレスなんか似合うわけ無いでしょ。あんたの中で私の事美化しすぎ」
私を女性扱いするのはユキ兄ちゃんと家族だけだったんだ。生前の私と会ったこともない慎悟は、私がどれだけ男っぽかったか知らないからそんな事を言うのだろう。
「…メディアでしかあんたの顔を知らないけど…あんたは美人だと思う。顔のパーツが綺麗に配置されていたから、きっと化粧映えする顔だ」
「何言って…」
「男顔で美人な女優はたくさんいるだろう。…きっとあんたは着飾ったら誰よりも綺麗になったはず」
「……」
だからなんでコイツは……
私は鼻がツンとした気がして唇を噛み締めた。
「…そういう事、言わないで」
悲しくなるじゃないの。私は戻れないのだ。そんな事言われたら悲しくなるんだよ。
…だけど、それだけじゃない。胸の奥がムズムズして落ち着かなくなるんだ。顔が熱い。恥ずかしくて慎悟の顔が見れなかった。慎悟に触れられている箇所が熱を持って熱くなっているのは気のせいだろうか?
曲が終わると、慎悟はアッサリ私を解放した。離される手が名残惜しくてギュッと握りしめると、慎悟がびっくりした顔をしていた。
私も今の自分の行動が恥ずかしくなったのでさっと手を離すと、何かを言われる前に早歩きで彼から離れたのだった。
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