お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

私だってダンス相手を選ぶ権利はある。嫌だったら踊らないよ。

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 離れた後は物足りなくて、でも側にいると苦しくて。自分はどこかおかしい。
 原因は、慎悟が変なことを言ってきたせいなのだろうか?
 

「二階堂さん」  
「…あんたとは踊らないから」
「加納君とは踊っていたのにひどいなぁ」

 壁の花を装い、冷めない頬の熱を収めていた私の元に奴は現れたのだが、奴の登場のお陰で頬の熱は一瞬で冷めた。壁に寄りかかってドリンクをチビチビ飲んでいた私は上杉を胡乱に見上げる。
 上杉は去年同様ドレススーツで正装している。…別に顔が悪いわけではない。それなりに整っているんだ。その気になれば普通に彼女とか作れそうなのに、なぜエリカちゃんにこだわるんだろう。…生きた人形が本気で欲しいのだろうか。サイコスリラー… 
 上杉はいつもの人の良さそうな笑みを浮かべていて、傍から見たら好青年に見えるかもしれないが……私には得体のしれない笑みにしか見えない。

「君、瑞沢さんのドレス直してあげたんだってね?」
「…まさかあんた」

 何処から情報を得ているのか知らないが、もしかしてコイツが…

「疑うなんてひどいな。君に怒られちゃうから、もう彼女には何もしていないよ」

 上杉は心外とばかりに首を横に振って否定していた。しかし否定されても信用はできない。出来るわけがないだろうがこの前科犯。
 でもとりあえず、私はコイツとここでおしゃべりをし続ける気はないので他所行こう。時間と気力の無駄遣いである。

「どこいくの」
「あんたのいないところ」
「本当ハッキリ物言うよね…」

 ハッキリ言っても付き纏うのをやめないあんたに言われてもね。

 私は甘い物コーナーへ足を向けると、ブルーベリーソースのかかったレアチーズケーキをお皿に載せた。こんなにご馳走があるのに、食べずにダンスやお喋りに夢中になっている人は損しているなぁ。ちょっとくらい手を付けたらいいのに。私はフォークを手にとって、ケーキを一口分すくった。
 うーん、美味。程よいレアチーズの酸味とブルーベリーの味が口の中に広がった。
 ふとダンスフロアを見やると、バラの生花が飾られたドレスを身にまとって踊る少女の姿を見つけた。彼女の姿を見た私はホッとした。
 …なんとか直してあげられてよかったな。私がドレスの修理を手掛けたこともあるせいか、あのダンスフロアで彼女が今一番輝いて見えた。 
 正直なことを言うと、彼女の行く末が心配だ。あの父親を持ち、複雑な立ち位置の彼女はどうなっていくのであろう。宝生氏だって家の会社は決して安泰ではない。二人の道は決して平坦なものではないだろう。
 そんなことを私が考えても仕方のないことだってのはわかっているんだけど…それが彼らの選んだ道なのだ。彼らが道を選んで行くしかないのだろう。

「そういえばドレス似合うね。君にぴったりだ」

 上杉がなにか言ってくるけど、無視だ無視。
 慎悟に言われた時は恥ずかしくも、くすぐったかったけど、上杉に言われても何も響いてこない。どんなに褒められてもどんどん私の心が凍りつくだけだ。…ある意味こいつはすごいな。私を夢の時間から現実へと引き戻していくぞ。

「二階堂さん!」
「あ。斎藤君」

 上杉を無視してケーキを食べていると、斎藤君に声をかけられた。そういえば彼はパートナーを見つけることは出来たのであろうか。

「こんなところにいたんだ。ドレスすごく似合ってるね!」
「ありがとう」
 
 斎藤君にドレス姿を褒められたので素直にお礼を言うと、横で上杉がなにか言っていたが無視である。
 斎藤君は上杉に一瞥もくれずに、頬を赤らめて私を一直線に見つめてきた。

「あ、あのさ…二階堂さん、俺と踊ってくれないかな…?」
「え? ……ロリ…あの、あの子じゃなくていいんですか?」

 危うくロリ巨乳って呼びそうになったけど、あの子の名前なんだったっけ。斎藤君はそれを気にした様子もなく、首を横に振って否定していた。

「祭田さんのことはもういいんだ。…高校最後のクリスマスパーティだから…その二階堂さんに…俺とダンスを踊って欲しいんだ」

 顔を赤くしてお願いしてくる斎藤君。なるほど…私が一番お願いしやすいんだね。確かにダンスのお誘いは勇気がいるもんね。
 …そうだな、高校最後の機会に恥をかかせるのは忍びないな。私で良ければ相手になろう。

「…いいですよ」
「え、ちょっと二階堂さん!?」

 上杉の抗議なんか聞こえません。テメーだけはダメなんだよ。いい加減に理解しろ。
 私は使用していた皿を返却場所に戻すと、斎藤君の手を引いてエスコートした。男女逆だとか言わないで。だって斎藤君が手慣れてなかったからこうしたほうが早かったの。
 ダンスフロアに立つと、オロオロした様子の斎藤くんにレクチャーする。さっき慎悟と踊ったときとは真逆である。ステップは覚えたし、多分私もリードできると思う。
 踊ろうと誘ってきた割に斎藤君は踊れないみたいだ。踊れないのに何故ダンスに誘ったのだと聞きたいが、そんな質問はパーティの場では無粋だ。不問としとこう。

「いっそステップなんて適当でいいですよ」
「う、うん…」

 斎藤君めっちゃ顔真っ赤だな。…でもそうか。庶民からしてみたらダンスフロアで気取ったダンスを踊るのはハードル高いもんね。流石に緊張しちゃうか。
 腰を抱く斎藤君の手は震えていて、握られた手は汗ばんでいる。大丈夫かな彼。足を踏まれるか踏まれないかの雑なステップを踏んで一曲が終わると、私はゆっくり斎藤君から離れようとした。 
 しかし後ろから肩を掴まれて引き寄せられた私の身体はバランスを崩した。後ろに倒れてしまうと思ったけど、誰かの身体に支えられて転倒はしなかった。

「…曲は終わったんで、もういいですかね?」
「…またお前かよ…」
「どうせ、哀れみでも買ったんでしょう? この人がお人好しなのを利用して…やり方が汚いんですよ」

 私を斎藤君から引き剥がしたのは先ほどぶりの慎悟であった。なんだか苛ついており、斎藤君に喧嘩を売っているようだが…

「ちょっと慎悟! 偉そうに言ってるけど、いろんな女の子と踊ったあんたにはそんな事言う資格はないよ」

 あんたにはモテない人間の苦悩がわからないだろう。私は彼の高校生活の思い出のためにダンス相手になったんだ。そんな興ざめするような事を言うでないよ!
 私が斎藤君を庇う発言をすると、慎悟は私を軽く睨んできた。
 
「…あんたがパートナーになってくれたら他の女とも踊らなかったさ」

 不満そうな顔をしやがってとは思ったけど、返ってきた言葉に私は一瞬思考停止して、すぐに復活した。体中の血液が顔に集まってきたのか…顔が燃えるように熱い。

「…はぁ!? 今そんな話はしていないでしょ!? そもそも誘っても来なかったくせに! 私が言っているのは」
「はいはい、エリカも加納君もこんな所で痴話喧嘩しないで落ち着きなって」

 慎悟の勝手な言い分にカッとした私は言い返してやろうと思ったんだけど、横から呆れた顔をしたぴかりんが止めてきた。

「ち、痴話喧嘩じゃないやい!」
「どっちでもいいよ。隅っこの方で話してきなさいよ。あんたら注目されてるからね?」

 ぴかりんの言葉にハッとして周りを見ると確かに私達は注目されていた。そこまで大きな声で話していたつもりはないけど、私の声はそんなに大きかったのか…
 先程までの勢いは何処へ行ったのか。私は口を噤んでおとなしくした。 
 人目から逃れるようにしてダンスフロアからデザートブースに逆戻りした私は、食べ足りないデザートをお皿に盛っていた。食べるしかすることがないのだもの……

「俺と踊るのは渋っていたくせに…」
「…だって、斎藤君は今まで誰とも踊ったことないみたいなこと言ってたから…可哀想じゃん」

 私の御目付のつもりなのか、後ろからついてきた慎悟が嫌味を言ってきた。
 …だってあんたと踊った時は全く踊ったことがなかったから絶対ヘマやらかすかと思ったんだもん…そしたらあんたも恥をかいてたんだよ? わかってる?

「…別に、あんたと踊るのが嫌だったわけじゃないよ。ただ…」

 なんか気恥ずかしかったから…
 だってあんな密着して踊るなんて…恥ずかしいじゃん。実際に踊って恥ずかしかったし。顔もあんなに近くて、なんか口説いてきたしさ、平然としていられるわけないでしょ!

「ただ?」
「…なんとなくだよ」
「なんだそれ」

 私の回答が気に入らなかったのか、慎悟がジト目でこっちを見てきた。私はそっぽ向いてチョコレートファウンテンの滝にイチゴを付けた。去年ケーキばかり食べていてこれに挑戦しなかったから今年リベンジしたかったんだ。
 
「…ほらほらそんな顔してないで慎悟も食べなよ!」
「ぐっ」

 チョコレートを纏わせたイチゴを慎悟の口に押し付けると、構えていなかった慎悟の唇周りがチョコレートまみれになった。

「口周りが子供みたいに汚れちゃってるよ」

 こんな慎悟始めて見たぞ。それが面白くて私が笑っていると、慎悟は口元を抑えてこっちを叱るような目で見てきた。
 ふーんだ。口元をチョコレートで汚してる慎悟なんか怖くないもーん。
 汚れてしまった口周りを紙ナプキンで拭って綺麗にしたかと思えば、慎悟は黙ってチョコレートの滝にカットされたバナナを沈めた。
 …そして

「お返しだ」
「んぐ」

 私に仕返ししてきた。 
 思ったけどこれ「はいあーん」じゃないの。私らは一体何をしているんだ。
 私はチョコレートが付いた唇を舐めていた。散々飲食したから口紅が落ちているだろうなと思ったけど、どうせもうすぐパーティは終盤だろう。化粧室に行く時間が勿体ないので、リップの塗り直しはいいか。

「…はしたないから、人前で唇を舐めるな」
「出た。はしたない」

 はしたないのか。ちょっとペロッとしただけじゃん。それに緊張したら乾燥した唇を舐めたりしない? …まぁ確かに行儀が良いとは言えないな。気をつけよう。
 その後私達は感想を言い合いながらデザートを食べていた。料理もだけど、デザートも美味しいんだよな。これ持って帰れたら二階堂パパママに差し入れできるのに。
 後で思ったけど、慎悟は食事をちゃんと済ませたのであろうか。話を聞く限り誘ってきた人と踊りっぱなしだったんじゃ…今日の夕飯これでいいの?

 
『クリスマスパーティにご参加の皆様、閉会のお時間になりました…校内で着替えて帰宅する生徒は…』

 閉会のアナウンスが流れて、クリスマスパーティは終りを迎えた。
 私はほぼ食べてばかりだった気がするけど、ちょっと踊ったりしたし、去年よりはちゃんと参加できたような気がしないでもない。ちなみに最後まで上杉とは踊らなかったよ。あいつまたどっかに消えたから、今どこにいるのわからない。
 
「パーティ終わると、この内装全部撤去しちゃうんだよねぇ。勿体無い」
「多分今夜中に撤去されると思うけど…片付けないと部活生が困るだろう?」

 主にバスケ部の人がね。ここバスケ部専用の体育館だし。隣のバレー部専用体育館は女性専用のヘアメイク会場として利用されていたけど、そこも今夜中に片付けられるのだろう。

「みーんな綺麗にドレスアップしているのに、パーティが終わったら現実に戻るみたい。まるで夢から覚めてしまうみたいだよね」

 まさにシンデレラの魔法が解けてしまうかのようである。糸くずまみれのシンデレラもどきの私も日常に戻るのだ。
 色とりどりのドレスに身を包んだ女の子たちが華のようで会場を華やかに彩っていた。それが一晩限りなのが勿体無いなぁなんて。

「私も現実に戻って、春高大会に向けて本気出して部活しないとなんだけどね」

 私はぐっと右手を握りしめると、踵を返した。明日は学校がお休みだが、私には部活がある。早く帰ってから休もう。
 慎悟も会場に未練があるわけでもないらしく、私の後を着いてきていた。丸山さんや加納ガールズに帰りの挨拶がてら声かけたりしなくていいのだろうか。
 
「…試合、観に行くから」
「あ、また応援に来てくれるんだ?」
「…当たり前だろ」

 春高大会の応援にも来てくれるという慎悟のその言葉に嬉しくなって私は後ろを振り返った。
 見上げた先では慎悟が柔らかく微笑んでいた。バカにした笑いでもない、年相応の笑顔でもない。また別の笑顔だ。
 私はそれを見て、また慎悟の新しい表情が知ることが出来て嬉しくなった。だから彼に思いっきり笑い返した。

 元々頑張るつもりだったけど、尚更格好悪い所は見せられないな。

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