お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

私の前世はきっとカレーの国の人だったに違いない。※但し3食カレーは辛い。

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「笑さんは決まったか?」
「まだ。…どうしようかなぁ、キーマもいいし、ほうれん草とチーズのカレーも良い…」

 慎悟が選んだ店はインド人かネパール人かバングラデシュ人かわからないけど、カレーの国からやってきた外国人がガラスの向こうの調理場でナンの生地を振り回しているカレー屋さんだった。店はこぢんまりとしていて、個人経営っぽい。
 以前西園寺さんに連れて行ってもらったのは市内に2・3店舗出店しているチェーン店でキッチンは奥の方にあるお店だったので、作っている様子が見えないお店だった。なのでこうして調理しているところを見られるのは面白い。

 ほうれん草とチーズのカレーに決めた私は、最高5辛のところを4辛にして注文した。慎悟はバターチキンカレーを1辛で注文していた。
 ガラスの向こうのキッチンでナンを窯に入れているカレーの国の人を暫く観察していたが、私はふと疑問に思ったことがあった。
 
「慎悟ってさぁ、甘いものが好きだから辛いものは苦手だったりする?」

 私の偏見だけど、甘い物好きな人ってそんなイメージが有る。私の好みに合わせてカレーランチにしちゃったけど、大丈夫かな? その問いに対して慎悟は少し顔をしかめていた。

「…どうせ子供っぽいとか言うんだろ」
「そんなことないよ。そもそも辛さは味覚ではなくて痛覚なんだよ? そんな気にすることないよ」

 本人は気にしているらしい。
 大丈夫だって、大人になってもコーヒーやビールを飲めない人も存在するし、辛味に至っては痛覚だからね。ちなみに苦味が美味しく感じるのは舌の老化現象だと知った時私はショックを受けた。もう私の舌は老化したのか! って。

「そうだ、今度辛いものが出てきたら私が代わりに食べてあげるよ」
「…我慢したら食べられる」
「えーなんで意地張っちゃうのよ」
  
 からかってるわけじゃないのに。美味しさを感じないものを無理して食べることないじゃないの。
 
「おまたせ、しまシタ。カレーです」

 カレーの国の人が注文の品を運んできた。
 そうだねカレーだね、見たらわかるよ。ここカレー屋だもんね。ほうれん草とチーズのカレーとバターチキンカレーね。省略し過ぎですよ。
 ここで許せるのは、相手が外国の人だからだろうか。複数のカレーを取り扱っている専門店で日本人が「カレーです」って持ってきたら間違いなくクレームがやって来るだろうな。…カレーの国の人のカタコト接客は仕方ない。それは置いておこう。
 届いた本格的カレーに私は歓喜した。やっぱり私の前世はカレーの国の人だったのかもしれない。カレー大好き。だけど3食カレーは厳しいかも。

「私カレー大好きなんだ~」
「うん、知ってる」
「バターチキンカレーにハマって以来実家でね、よく本格的なカレーを作っていたからそれだけは自信あるんだ。1年の時のバレー部の合宿では評判も良かったんだよ」
「…部員が食事の準備をするのか? マネージャーは?」

 慎悟は不思議そうな顔をして首を傾げていた。そういえば1年の時はそんなに仲良くなかったから、彼はあの事件のこと知らないのだった。
 あの夏合宿で男子部のマネージャーだった富田さんは大学で元気にしているだろうか。また男子部のマネージャーしていたりするのかな…大学で再会したりして…

「あの頃は入部したての下っ端だったからマネージャーの手伝いをしてたの。その時にバターチキンカレーとキーマカレーとナンを作ったんだ」
「…それって、あの人も食べたのか?」
「あの人って?」
「…クリスマスパーティの時、あんたと一緒に居た人」

 クリスマス…あぁ二宮さんのことかな。

「男子部員にはシンプルなカレーを提供したよ。手の込んだカレーは女子部員だけ」
「そうなんだ…」

 あの合宿の時、お昼休みが終わるまで、男子達は本格的カレーを恵んでくれとやかましかったけど、絶対に与えなかった。だって男子のカレーはちゃんと作ってあるもん。何も提供していないわけじゃなかったのよ。
 別に意地悪とかじゃないよ。区別なんだよ! なんで気に入らないとでも言いたげな顔してんのよあんたは!

「だって男子部のマネージャーが作りに来ないんだもん。私は女子部マネのヘルプだったのに片手間で作ってあげたの、手を抜いても許される筈だよ!」
「…ふぅん…」

 手抜きだとでも言いたいのか。慎悟の反応に私はもやもやした。気を取り直してカレーをひとくち食べてみれば当然ながら辛い。しかし中に入っているチーズがそれをマイルドにしてくれる。

「あっ辛い、でもおいしい」

 鼻腔に広がる様々なスパイスの香りに私はうっとりした。学校食堂のおばちゃんやお家のお手伝いさんが作ってくれるカレーも美味しいけど、やっぱり日本式のカレーとは別物だなぁ。おいしい。
 本場の人の作るカレーは何かが違うんだ…目を閉じれば、カレーの国の情景が蘇ってきそうである。

「…あんたって本当に美味しそうに食べるよな」
「だって美味しいもん。美味しいものを不味そうに食べるなんて作ってくれた人にも失礼でしょ」

 なによ。セレブは食事の際も表情に出しちゃいけないというの? そんなつまらないマナーがあったとしても守ってあげないよ。

「…別に悪いとは言っていないさ。見ていて面白い」
「…面白い?」

 私は見世物なのか。ムッとした顔をしていると、口元にスプーンを近づけられた。バターチキンカレーの匂いに誘われた私は何も考えずにスプーンを咥えた。
 口に広がるまろやかでコクのある味。スパイスはしっかり効いているが1辛、バターチキンカレーなのでそこまで辛くはない。それでも美味しい。辛くなくてもカレーは美味しい。カレー最高。
 黙ってカレーを味わっていると、私を餌付けした慎悟がふふふ、と笑っていた。
 餌付けしといて何笑ってんだと思った私は視線でなんだと問いかけたのだが、慎悟は口元を手で抑えながら、お美しい笑顔を浮かべていらっしゃった。いつも浮かべる皮肉な笑みではない、レア物の素直な笑顔である。

「可愛いなと思って」

 …何故サラッといとも簡単に何故そんな事を言っちゃうのか。か、可愛いとか…何急に…

「……急に口説こうとするのやめようか」

 心臓に悪いから。今すっごい心臓が跳ねたから。また不整脈が起きちゃうよ。慎悟とカレーのスパイスのせいで顔が熱くなってきた。
 私は恥ずかしくて慎悟から目をそらすと、カレーに視線を向けた。カレーは美味しいよ。だけど落ち着かなくて、私は食事を終えるまでソワソワしっぱなしだった。


 ちゃんとお小遣いを貰ってきたので、きっちり割り勘するつもりだったのだけど、いざお会計の場になると慎悟が払うと言って聞かなかった。

「まだ学生だし、お互い親のお金じゃないの。割り勘でいいじゃん」
「それが親にバレたら、俺の面子が潰れるんだよ。良いから奢られておけ」

 そんなもんなのか? 割り勘してもそんな事口に出さなきゃばれないでしょ。そもそも今の時代男が出すという風潮廃れていってるしさ。
 だけどいつまでもレジ前で支払い合戦しているわけにも行かないので、ここは素直にごちそうになった。
 
「奢ってくれてありがとう。お返しに後でお茶を私に奢らせてよ」

 カレーに付き合わせちゃったから、あとで甘いもの食べに行こう、そこで奢らせてくれと提案した。
 慎悟は甘いものはいいけど、奢られるのはちょっと…と渋っていたが、次こそは何が何でも私が払うから。
 大丈夫だよ。そんなものであんたの面子は潰れないから。

「この辺りだと湖のある公園と映画館とショッピングモールがあるけど、笑さんはどこに行きたい?」
 
 ランチを終えた私達は店を出たのだが、慎悟はこのお店を調べた時に周辺の施設についてもリサーチしていたようだ。できる男だな。

「んー、私は別にどこでもいいけど、まだ1月で公園は寒いしやめとこうよ」
「…なら映画でも見るか」
「私寝るけど、それでもいい?」
「確定したような言い方だな」

 暗転すると眠くなっちゃうんだもん。仕方ないじゃない。そういう体質なの。
 私達は行き先を話し合いながら歩いていた。ていうか私は慎悟の歩いている方向にただついていっただけなんだけど。慎悟は映画が観たいとのことだったので、そのまま映画館に到着した。
 私は間違いなく寝るので、なんでもいい。慎悟が観たいやつでいいよと伝えたら、慎悟はサスペンスミステリー映画を選択していた。へぇ、こういうの好きなんだ。

「席は一番後ろでもいいか? 後ろに人がいると落ち着かないんだ」
「いいよ別に」

 後ろの人に席を蹴られたりするもんね。私は蹴られても起きないけど、気になる人はすごいストレスらしいし。
 映画料金を払う時、シュバッと学生料金1人分を窓口のお姉さんに差し出した。だってそうじゃないと全額慎悟が出そうするから。慎悟がこっち見てくるけど私は顔を背けて知らんぷりしておいた。
 チケットを購入した後に飲み物を買いに行った売店前でポップコーンはいるかと聞かれたが、お腹空いていないからいらないと断った。

「…食べたいなら私が奢るよ?」
「さっきカレー食べたから俺も要らない」

 じゃあ何故聞いた。私への気遣いか。私が食べると言ったらあんたも食べてくれたのか。
 飲み物だけ購入して、入場案内している劇場に足を踏み入れたんだけど、一番後ろの席ってカップルシートなのね。
 私はシートに腰掛けると、慎悟と自分の間はしっかり隙間を空けておいた。両隣のカップルはピッタリくっついて座っていらっしゃるけど、私達はそんなんじゃないからね。はしたない真似はいたしません。

 劇場のスクリーンは予告やCMが大音量で流れている。この大音量の中でも眠れる私ってすごいと思う。天井の照明がゆっくりと落ちていき、映画が始まると私は眠くなってきた。
 うつらうつらとしながらも、一応限界までは耐えたよ。
 でも眠気のほうが勝る。私は背もたれにもたれかかって力尽きたのであった。

 しかし、この枕硬いなぁ…
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