お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

なんだか調子が狂うんだよ。カレーでも食べて元気出しなさい。

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 その男はイライラしていた。
 いつも側にいるはずの少女が隣におらず、彼はずっと1人でなにかにイラついていた。周りの人間はそれを察して、腫れ物に触るように対応しているようだった。
 元々、スキャンダルを起こした影響で半孤立状態ではあったが、益々エスカレートしているようにも思える。

 …あんなにラブラブだった彼らがまさかの破局かと下世話な噂が流れてきて、自動的に“元婚約者の二階堂エリカ”である私にまでゲスい視線が集まってきたが、私は素知らぬ顔をして無関係アピールをするしか出来なかった。
 ……だけど教室で1人、お通夜状態の瑞沢嬢を目にしたら気になって仕方がない。だって同じクラスなのだもの。

「…瑞沢さん、食事はしないの?」

 私の予想が正しければ、彼女は4時間目の授業が終わってからずっと席に座ったままだと思われる。普段は食堂で食べているようなのでお弁当持参の線は薄い。
 私の声に反応した彼女はノロノロと顔を上げたが、その表情は優れない。彼女の少し釣り上がり気味な猫のような大きい瞳は縋るように、席の横に立つ私を見つめてきた。

「…二階堂さん…お願いがあるの」
「…内容によるけど…聞くだけ聞いてあげるよ」

 お願いの内容による。と前置きをして、彼女の話を促してみた。瑞沢嬢は眉を八の字にさせて、その瞳をうるませていた。

「…倫也君の好みの味を教えてほしいの」
「無理だね」

 知らんよ。宝生氏の好みの味とか。私は宝生氏に食べ物を食べさせたことないもん。……エリカちゃんなら知っているだろうけど。家の本棚にエリカちゃんが自作したレシピノートが保管されていたもん。
 だけどそのノートは決して渡さないし、情報も絶対に流さない。それはエリカちゃんがきっと嫌がると思う。エリカちゃんが努力して得た物を使用するのは私が許せない。

「…私から元婚約者を奪ったこと忘れたのかな? そんなの自分でなんとかしなさい」
「…うっ、ううっ…だって、だってぇ…」

 私が瑞沢嬢のお願いを却下すると、彼女は幼児泣きをし始めた。泣かれても聞いてあげられない。そのくらいのことわかるでしょうが。
 クラスメイトの視線がこちらに集中するが、私は気づかないふりをしておく。

「頑張ってお弁当作っても、残されちゃうんだもん、一生懸命作ったのに…」

 そう言って瑞沢嬢は鼻水を垂らしながら泣いていたので、持っていたポケットティッシュで鼻を拭ってやった。一度あることは三度あったからね。もう私の服に鼻水は付けさせないぞ。
 宝生氏の野郎…人の作ったもんに対してなんて態度だ。好き嫌いがあったり、口に合わなくてもその態度はどうなの。どんだけ舌が肥えているんだ。

「じゃあ、私が代わりに宝生氏をキツく叱ってきてあげるよ」
「ううん、いいの…ヒメ、頑張ってみる」

 こういう素直で前向きなところは瑞沢嬢の美点である。私はこの足で宝生氏のクラスに殴り込みに行ってやる気満々だったけど、彼女がいいというのなら止めておこう。…命拾いしたな宝生氏。
 しかし料理ねぇ…。瑞沢嬢が宝生氏にどんな味が好きなのかリサーチできたらいいけど、最近2人はギクシャクしているようだし……。

「……よし、そしたら瑞沢嬢。私がとても美味しいカレーの作り方を教えてあげよう」
「…え?」
「私好みの本格カレーだけどね。明日レシピのコピーと現品を持ってきてあげる。カレー食べたらきっと元気になるよ。美味しいと思ったらそれを作ってあげたらいい」

 エリカちゃんのレシピは教えられないけど、わたしの自作レシピなら構わない。自信を持てるものがカレーしかないのがアレだが、教えるだけマシだと思ってくれ。

「…二階堂さんが、作ってくれるの? …ヒメのために…」
「最近作っていないからたまにはね。自分が食べるついでだから…あ! ちょっと!?」

 ブワッと涙と鼻水を溢れさせた瑞沢嬢がお腹に抱きついてきた。止める間もなく、制服に鼻水を付けられた私は教室の天井を仰いで「嘘だろー…」と唸ったのであった。




「あんたって本当にお人好しよね。なんだかんだで夢子の面倒を見てあげているんだもん」

 部活が終わった後、部室で着替えている最中にぴかりんからそう言われた私は苦笑いした。
 もしも私がエリカちゃん本人なら絶対に面倒見ることはなかったと思うよ。エリカちゃんと同じ立場になったとして、慎悟を奪われたりしたら絶対に瑞沢嬢を許せないと思うし。
 思うところはある。……だけどやっぱり私はその件では部外者で、瑞沢嬢のことを知ってしまったから、どうしても放って置けない。
 元の性格のせいで余計に無視できないんだ。無視するにもモヤモヤソワソワして逆にストレスになるというか…

「別に2人の間を取り持つわけじゃないよ? 自分が食べるついでに、瑞沢さんに余ったカレーをごちそうするだけ。ただそれだけのこと」

 瑞沢嬢はカレーを食べて、宝生氏にぶつかる元気が出たらいいんじゃないかな。
 二階堂パパママも「えっちゃんのカレーまた食べたいなー」って言っていたから、ついでにお弁当に包んであげてもいいと思うんだ。

「加納君にはあげないの?」
「んー辛いのを作るからなぁ…」

 辛いものが苦手な慎悟の分は今回お見送りだ。慎悟はカレーが超好きなわけじゃない。私が作ったものを一度食べたことがあるので、そんなに欲しがらないんじゃないかな。
 ぴかりんはふぅん、と気のない返事をすると、カバンを持ち上げた。

「あんたが面倒なことに巻き込まれないならいいけどさ。加納君が心配するから程々にしなよ」
「私が面倒事に近寄ってるんじゃなくて、向こうが近づいてくるんだよ!?」
「関わってしまえば同じことでしょ。じゃあまた明日ね」

 ぴかりんは私を放置してさっさと1人で先に帰ってしまった。帰りのバスの時間が迫っているため、ぴかりんは急いで帰らないといけないのだ。仕方ないのはわかるけど、置いてけぼりはちょっと寂しいじゃないか。
 だが私も今日はカレーを作る任務と、家庭教師からの宿題、学校の宿題とやることが沢山あるので早く帰らねば。


■□■


「二階堂さんは最近よく頑張ってますね」

 翌朝、教室前で担任の先生に遭遇した時、そんな事を言われた。褒められた私はにっこり笑った。

「幹さんと家庭教師の先生のおかげです」
「そうですか。勉強は出来て損はありません。道が広がり可能性になりますからこのまま頑張ってください」

 優秀だったはずのエリカちゃんの成績が、あの事件をきっかけにして奈落の底へと叩き落された。
 当初は事件のショックのせいだと先生たちも静観していたみたいだが、いつまで経っても底辺な成績。先生方は密かに危機感を覚えていたらしい。
 ここに来てじわじわ上昇を見せ始めたことに安心しているのだろうか。まぁ…学年50位以内が最下位の250位付近まで下がるとそりゃあねぇ……でも私悪くないと思うな。

「そういえば今度大学部の見学に行かれるんでしたよね?」
「はい。下見のつもりで。志望の経営学部がどんな勉強しているかも詳しく知りたいんです」

 私は進学予定の学部をおおよそ決めているけど、幹さんが参考程度に学部見学へ行きたいと言っていたので、6月のインターハイ予選後にでも彼女とともに大学部に見学に行ってこようと思うんだ。
 人に言われたから経営学部を目指すんじゃなくて、もうちょっと知る努力をしなきゃなと思ったんだ。留学についても慎悟が行くから、じゃなくて自分でちゃんと決めようと思っている。

「英学院の大学部も教育に力を入れておりますから、きっとあなたの興味もそそると思いますよ」

 今年の担任であるこの先生は物腰が柔らかでおっとりしている。英学院のOGで元一般生だったそうな。皆に平等に接してくれるから、多分学生時代の先生は中立派だったんじゃないかなと予想している。
 私が先生の話を聞いていると、その横を暗い顔をした噂の彼が通り過ぎていた。目の下は酷いクマが出来ており、疲れ切っているように見えた。

「さ、二階堂さんHRを始めますので教室に入ってください」
「はい…」

 先生に促されるまま教室に入ったけど、宝生氏は一体どうしたのであろうか。
 



「お、美味しいぃ~」
「そうだろう、そうだろう」

 瑞沢嬢は私お手製のカレーを食べて瞳を輝かせていた。
 今日は珍しく瑞沢嬢との昼食タイムである。カレーをあげるために一緒に食堂に向かったので、その流れで一緒に食べているだけなのだけど。
 仲いいわけじゃないよ。カレーを与えているだけだ。

 私達はただ食事をしているだけ。そうだ。ここは食堂。食事をするために生徒たちが集う場所。だから奴がここにいてもおかしくない。……ただ、他にも席が空いているんだ。私の隣に座らないで欲しい。
 奴の視線をビシビシ感じるが、私は何も見えてないふりをしていた。

「いいなぁ。ねぇ二階堂さん」
「やだ」
「…まだ何も言ってないじゃないの…加納君にはあげないんだね?」

 隣には誰もいない風を装って無視していたが、奴には効果がなかったらしい。上杉が馴れ馴れしく話しかけてきたので冷たく突き放して差し上げた。嫌な予感しかしないんだもん。

「今週慎悟とのデートでカレーを食べに行くからいいの」
「ふぅん…随分色気がないデートだね」
「私達は清く正しい交際を目指しているからね。まだ色気は必要ないんです」

 上杉は笑っているけど、やっぱり目が笑っていなくて不気味だ。
 美味しく出来たカレーがどんどん味気なくなっていくぞ。上杉うるさいな。カレーあげたら静かに…いや、それがコイツの手口なのかもしれない。引っ掛かってはならない。

「でも…沢山材料が必要なのね…分量も細かくて…わたしに作れるかなぁ…」
 
 私が家から持ってきた自作のカレーレシピの一部を瑞沢嬢に渡すと、彼女はそれを眺めながらしみじみ呟いていた。
 一応簡単なレシピを持ってきたけど、それでも本格カレーとなると色々手を加えるからなぁ。

「あ」
「ん?」

 レシピのコピーから視線を外して顔を上げた瑞沢嬢が目を丸くして私を…私の後ろを見ていた。私がそれにつられて首を動かすと、やはり顔色の悪い宝生氏がそこにいた。
 宝生氏は瑞沢嬢の顔を見るなり表情をこわばらせ、サッと目をそらすと踵を返してしまった。それに瑞沢嬢は泣きそうな顔をして固まっている。
 …この二人の間になにがあったのかは知らんが…なんか…なんだかなぁ…

「…瑞沢さん、ちょっと宝生氏をとっ捕まえて話を聞いてくる。もしも15分経っても私が戻ってこなかったら代わりにこれ返却しておいて」
「え、でも二階堂さん」

 食事の途中だけど私はスプーンを置くと、早歩きで宝生氏の後を追いかけたのである。
 瑞沢嬢は引き留めようとしていたが、その声は弱々しく、涙声だった。


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