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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
自分で自分が許せない。珠ちゃんの気持ちを素直に受け取れる気がしない。
しおりを挟む1日目の試合は無事に勝ち進み、大会2日目を迎えた。
昨晩は会場近くのホテルに宿泊したが、しっかり膝のケアもしたし、早めに休んだ。体調はいいし、きっと膝は大丈夫なはずだ。
相変わらず梅雨特有のジメジメが鬱陶しいが、今日の決勝戦まで乗り切れば、次は8月のインターハイ。大丈夫だきっと。
そう思っていた。
それは準々決勝の時のことだった。
スパイカーということで他校にマークされるのは予想していた。私の打点が低いのが災いして先程からスパイクボールをことごとくブロックされている。
身長が低いことによる弱点は理解していた。だからこそ悔しい。ジャンプ力で補おうにも限界がある。
だけど自分をスパイカーとして認めてくれた仲間たちの足を引っ張るわけには行かない。
セッターにボールが行き渡る。2年のスパイカーがアタック地点まで助走して、最後の1歩を力強く踏み込んだ。そして高い打点からのスパイクを敵コートに叩きつける。
だが、その攻撃も相手のブロックによって阻まれ、ボールがこちらに跳ね返ってきた。そのボールが私の頭上に飛んできたので、私はそれをレシーブしようとした。
──ドンッ
「えっ」
「わっ」
私の不注意だった。
後ろを確認せずに、ボールを拾おうと後退していたので、同じくボールを拾おうと後ろにいたチームメイトにぶつかった。調子の悪い膝がカクンとなった上に、後ろにいたメンバーの足に乗り上げてしまった私は、バランスを崩してドテッと床に転倒してしまった。
ボールは仲間が拾い上げて繋いでくれた。ボールは無事だった。
だけど…
「…いっ…!」
「大丈夫ですか!? 二階堂先輩!」
「エリカ…!? 大丈夫!?」
多分、仲間の足を踏んでバランスを崩してしまった時に体勢を整えようとした時だろう。
変な方向に負荷がかかってしまった足首に激しい痛みが走る。私が足首を抱えて唸っていると、異変を感じたチームメイトが審判にタイムを申し込んでいた。
試合は一旦中断。私はチームメイトによって支えられてコートを出た。
「二階堂どうした、膝か?」
「足首が…」
「ちょっと診るからな」
嘘でしょ、どうしてこんな時に限って転倒とか…
コーチが私の靴と靴下を脱がすと、患部を見て顔をしかめていた。
「…ダメだ。捻挫してるな」
「大丈夫です、私まだ」
「すぐに病院に行ったほうがいい。靭帯断裂している可能性だってあるんだ」
コーチに言われた言葉が私には死刑宣告に聞こえてしまって、目の前が真っ暗になった。その間に簡単な応急処置をマネージャーが施してくれていた。私はただ、されるがままである。
「加納、丁度いいところに! 二階堂を病院まで連れていってやってくれ。ここの近くに救急病院がある。当直の整形外科医がいるって確認取れたから」
試合の応援に来てくれていた慎悟が血相変えてすっ飛んできた。顧問の工藤先生に病院に連れて行くように頼まれている彼を、私は呆然と見つめていた。
予選試合大会2日目の今日は日曜日。救急患者を取り扱う総合病院は当直の先生しかいないのだが、今日はその中に整形外科の先生がいるらしい。
「膝ですか?」
「いや、足首だ。多分捻挫」
「…わかりました」
慎悟が近くに置いていた私の荷物を持つと、その中に入れていたジャージを私の肩にかけてきた。おんぶしてやるって声を掛けてくれたけど、私は身体が石になったかのように動けなかった。
端ではメンバーたちがコーチによって集められていた。試合はいつまでも中断するわけには行かない。補欠メンバーを入れて戦うしかないのだ。
「神崎お前、二階堂の代わりに出られるな?」
「えっ!? 私ですか!?」
「頼むぞ」
急に回ってきた補欠としての出場枠に、スパイカー志望の珠ちゃんはひどく驚いた様子であった。私をちらりと見て動揺している様子が窺えた。別のタイミングであれば嬉しいはずなのに、代役での出場。私への遠慮もあるのだろう。
珠ちゃんは沈んだままである私の元へ近づいてくると、あの真っ直ぐな瞳でこういった。
「二階堂先輩、任せてください! インターハイの切符を必ず手に入れて、先輩にお返ししますから!」
「…珠ちゃん」
「私頑張ります。めちゃめちゃ頑張ります! ですから二階堂先輩は怪我を治すことに専念してください!」
彼女の言葉はとても心強い。
その気持ちはとても嬉しい。
だけど私は自分がやり遂げたかったんだ。
チームメイト達と共に珠ちゃんがコートに入っていった。ゲーム再開した試合を私は呆然と見ていた。私がいなくても、試合はできる。私がいなくても、英学院女子バレー部は……大丈夫なんだ。
今まで頑張ってきたものが、私の中で簡単に崩れてしまった気がした。
「ほら笑さん、いつまでもここにいても怪我は悪化するだけだぞ」
「うん…」
「…あの後輩が言っていただろ。8月までに治して調子戻さないと」
「……」
「高校最後のインターハイに出場するんだろう? 今は彼女に全てを託すしかない」
そう言い聞かせられた私は促されるまま、慎悟におんぶしてもらってそのまま会場を後にした。慎悟の背中の上でも、タクシーの中でも、病院の待合室でも私はずっと泣いていた。
お医者さんに診察してもらった時に「そんなに痛かったの?」と聞かれたけど、そうじゃないんだ。
自分が情けなくて、うまく行かないことが悔しくて泣けてくるんだ。自分に嫌気が差す。
「部分的な靭帯断裂が考えられるね。そうだなぁ…3週間くらいは激しい運動は禁止だね」
「…8月にバレーの試合があるんですけど、それまでにリハビリして復帰は間に合いますか?」
「要観察だけど可能だよ」
私の代わりにお医者さんに質問してくれる慎悟。捻挫した足は時間を追うにつれてどんどん腫れ上がって、内出血が目立ってきた。私の目にも軽度の捻挫じゃないというのはわかっていた。
「大丈夫だよ。手術の必要もないし、正しい治療をすればちゃんと治る」
慎悟はずっと私を元気づけてくれていたけど、私はどうしても涙を止めることが出来なかった。
膝蓋腱炎の不調ではなく、不注意で転倒して捻挫。
ちゃんとストレッチも筋トレもこなしてきたのにまたもや大事な時期に怪我をしてしまった。
私がいなくとも、英学院の女子バレー部は大丈夫だ。珠ちゃんは上手だもの。背も生前の私くらいあって、腕力や脚力だって……きっと彼女なら決勝でも活躍してくれるはず。
…仕方のないことだってわかっている。
だけど私は、私があの場所で活躍したかったんだ。
その後、決勝戦まで進んだ英学院は準優勝という形でインターハイへの出場を決めた。とても喜ばしいことである。
珠ちゃんはインターハイへの切符を手に入れて返すと言ってくれた。だけどそれは珠ちゃんが出場したお陰で得たもの。それを私が受け取るというのはどうなんだろう。
珠ちゃんだって活躍したいはずなのに、なのに……私は複雑な気持ちでいた。
表向きでは明るくお祝いしたし、珠ちゃんにもおめでとうとありがとうの気持ちを伝えた。嬉しい気持ちは変わらないんだ。
だけど自分が成したことではないのに、そのままインターハイ出場するということに躊躇いが生まれてしまった。
靭帯の部分断裂が見られる中度の捻挫。3週間の安静が必要で、松葉杖での歩行になる。幸い、私は車での通学であるし、二階堂家は平屋建てなので階段はない。学校はバリアフリー設計なので、許可を取れば職員専用のエレベーターの使用が可能だ。だから日常生活に何の支障もない。
運動ができずに、大事な試合でドジして自爆してしまった私は部活に参加する事もできずに、授業が終われば真っ直ぐ帰る日々が続いた。
まるで胸にぽっかり穴が空いてしまったような気分である。
「あーら二階堂さんたらどうしましたのぉ? そんな幽霊みたいな暗い顔して…湿ったらしい人ねぇ」
「んー…」
巻き毛の挨拶代わりの言葉も素通りだ。なんかもうどうでもいい。
いつもの私らしくないのはわかっているが、今回のはかなりキた。なので慎悟にもぴかりんにも阿南さんにも幹さんにもしばらくそっとしておいてくれと頼んだ。
わかっているんだ。怪我が治ればまたバレーが出来るって。でもそうじゃないんだ。自分で自分が許せなくて苦しいんだ。
だから周りからの慰めの言葉は余計に自分を苦しめる言葉になってしまう。
「二階堂さぁん、大丈夫? 困ったことがあったらヒメが手助けしてあげるね」
「…大丈夫ありがと」
私はため息をひとつ吐く。
エリカちゃんと自分の身体の違いが大きすぎる。生前の自分がどれほど恵まれた身体を持っていたのだろうって悲しくなるんだ。身体が違うだけでこうも違うのかと…身長だけでなく骨格も、筋肉量も、身体のしなやかさもぜんぜん違う。
前の私ならこんな事で怪我することなかったはずなのにな…
私はまたひとつため息を吐くと、学校のカバンから雑誌をひとつ取り出した。
「それなぁに? スポーツ雑誌?」
「んー」
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4月に実業団入りした依里は、補欠待機ばかりでまだ一度も試合出場はできていないけども、秋口の大会ではもしかしたら出場するかもという話を聞かされていた。
依里は期待されているのだ。プロへの道をしっかり歩んでいっている。
……我が親友ながら大したものだ。
普段なら嬉しいと素直に喜べて、私のことを知っている人たちに依里のことを自分のことのように自慢できたはずなのに、今の私は心が狭くなっているようだった。
前はこんな差はなかった。
なのに今の私と依里は全く違う場所に立っている。
同じジュニアクラブから、中高と一緒にバレーをしてきた依里は、私から遠く離れた場所に立っているのだ。
ずっと一緒にいたのに。
私のためにチームのために戦ってくれた珠ちゃんも、期待される依里も…今の私は妬ましくてしょうがなかった。
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