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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
私だけが置いてけぼりにされている気がして
しおりを挟む怪我をして1週間経過した。
捻挫箇所の腫れもちょっとずつ引いて、回復している。移動の際は松葉杖をついているが、周りが色々手助けしてくれるので不便はない。
「二階堂さん、良かったらこれからお茶しない? ごちそうするよ」
「やだ」
「上杉、今はそっとしておいてやってくれと言っただろ。見てわからないか」
今日も部活に出ずにまっすぐ家に帰ろうとする私をお茶に誘ってきたのは上杉だった。私の隣に彼氏がいるというのにいい度胸である。
身体は快方に向かっていても、私の精神状態は依然うつ状態のままだ。自分なりに考えをまとめて開き直ろうとしたのだけど、バレーに関しては根深すぎて気分は沈んだままである…
上杉の魔の手から慎悟が庇ってくれるが、ヤツはそれで退散するような男ではない。まるで地面にへばり付いたガムのようにしつこい男である。
……上杉の誘いは絶対に乗らないけどね。おいしいカレーをおごると言われてもついていかないよ。
「インターハイには出場できるんでしょう? 怪我だって治る。なのになんで君はそんなに落ち込んでいるの?」
上杉の問いに私は顔を上げた。そういう問題じゃないんだよ。しかしそれを訴えた所で何も解決しないし、コイツには関係ないことだ。
すべて私の気持ちの問題だからだ。
「…あ、その顔…彼女がよくしていた表情と一緒だね。その人形めいた無表情が一番好きなんだ僕」
「気持ち悪い」
上杉はうっとりとした顔で気持ち悪いことを呟いた。こんな時でも変態である。
エリカちゃんが普段どんな表情していたかは知らないけど、コイツの発言に私はドン引きしている。……気持ち悪いなぁ。
私が顔を思いっきりしかめると「二階堂さんの顔でそんな顔しないでよ」と上杉から文句つけられたけど、貞操を守るためならどんな変顔でもしてやる。
変顔なエリカちゃんもきっと可愛いから大丈夫。
「笑」
八つ当たりも兼ねて、私が頬を引っ張ってたり、潰したりして変顔披露していると、後ろから声を掛けられた。自分の名前に反応した私はぱっと振り返った。
──そこには、細身のスキニーデニムにマリンブルー色のVネックシャツを身に着けた長身の女性の姿。学校の入門ゲート外で私を待っていたようだ。
「…なにしてんのあんた」
「依里」
親友の依里が何故ここにいるんだろうと彼女を見上げると、依里は不思議そうな顔をして私を見下ろしていた。私は引っ張っていた頬から慌てて手を下ろすと、彼女の元へ松葉杖をつきながら近寄った。
「依里、仕事は?」
「今日は代休。この間の日曜に試合があったからその分のお休みもらったの。私は補欠待機だったけどね」
実業団に入団した依里。試合が毎日ある訳ではないので、普段は所属している企業で社会人としてお仕事している。土日祝が基本休みの企業なので平日の今日は仕事のはずなんだけど、代休と言われて納得した。
そうだった、先日まで依里は試合で遠征していたんだ。その試合番組はちゃんと録画して鑑賞した。
依里は、補欠でベンチ入りしているだけだったけど、私が夢見た場所に近い位置にいた。テレビの向こうにいる依里が遠い存在に見えてしまって、私は余計に悲しくなってしまった。
レギュラーとなって、いくつもの試合を重ねて華々しい活躍を見せると、そのうち全日本・オリンピック強化選手として抜擢されるであろう。だがその道は険しく狭き門だ。スポーツ選手の世界はかなりシビアだが、依里ならきっと……
私もそれを目指していたのだ……それを思い出すと余計に気分が落ち込む。…今の私には依里が眩しく見えて仕方がなかった。
「捻挫は状態どうなの? 渉とおばさんから電話での様子がおかしかったって聞いたんだけど…」
依里はそんな私を見て首を傾げている……あれ?
私は眼の前にいる依里と、隣にいる慎悟を見比べた。…なんかおかしいぞ?
4月に行われた学校での健康診断の項目である身体測定で、慎悟は身長が176cmになったと教えてくれた。……依里は177cmのはずだから同じくらいのはずなのに…
「なによ私の顔ジロジロ見ちゃって」
「…依里、なんか身長が…」
「え? …あぁ、伸びたよ。今181だもん」
「ファッ!?」
衝撃であった。衝撃が大きすぎて心臓が止まるかと思った。
成長期を終えているはずの依里の身長が更に伸び、エリカちゃんの身体はぜんぜん変化が見られない。何故なんだ。
怪我するわ、親友の背が伸びてるわ、上杉は相変わらず変態だわで私がショックを受けてふらっとよろけると、慎悟がすかさず支えてくれた。
心なしか視界が滲んできた…
「ちょっとあんたなに泣きそうになっているのよ」
「…なんで皆身長が伸びるの…私どんなに頑張っても156のまま伸びないのに…」
皆は諦めろって言うけど、私は悔しいんだ。
「大事な時に捻挫するし、やっぱり身長は伸びないし、バレーできないし…」
私は取り柄のバレーの前でもポンコツに成り下がったのか…
今の私はプロにはなれない。それでもバレーが好きなんだ。やるなら登れるところまで登り詰めたい。
しかし重要な場面で怪我をしてしまった事、後輩の活躍で手に入れたインターハイへの切符。自分を何より許せないし、他人の手柄を横取りすることも許せない。だけど試合には出場したいという矛盾した感情が私の中でせめぎ合っている。
「…何言ってんの、その身長の方が可愛い洋服や靴が似合うでしょ? 私の着てるこれメンズよ? 女物は日本じゃせいぜい170cm前後の人が着る服のサイズしかないから、ファストファッションか、外国メーカーの物を取り寄せるしか出来ないんだよ」
「依里は美人だから何でも似合うもん。可愛い服着れなくてもいいから、私は身長がほしい」
依里はメンズ服を着ていると言うが、よく似合っているし、顔も小さくてバランスがいいから、どこぞのパリコレモデルのようにカッコいい。スタイルが良いだけでなく、バレーで鍛えたバランスのいい健康的な体つきをしているのがわかる。それが羨ましい。
スパイカーとしての高身長も身体能力の高さも兼ね揃えた依里のことが羨ましくて妬ましくて、私は子供のように駄々をこねた。
わかっているんだ。自分がうまく行かないストレスを依里にぶつけているのであると。依里の顔を見たらついつい弱音を吐いてしまうんだ。私のことをよく知っている親友の顔を見ると泣きそうになってしまうんだ。
「…あんたは…バレーのことが関わるととことん感情の振り幅が大きくなるよね…」
依里は腕を組むとため息を吐いた。依里とは小学校のクラブ時代からの付き合いだ。私の性格は大体把握している。彼女は私の甘えた言葉に狼狽えることもなく、首を動かした。
「えーっと、確か…慎悟君、だったよね? この子の彼氏の」
依里に話しかけられた慎悟は少し驚いた顔をしていたが、軽くうなずくことで返事をしていた。
「悪いんだけど笑のこと借りてくね。知っていると思うけどバレーが関わると、この子面倒くさくなるんだ。扱いは慣れてるから私に任せてくれないかな?」
「はい、俺はいいですけど…」
慎悟は気遣わしげに私をちらりと見てきた。暗い気持ちになって落ち込んでいた私は慎悟の今の発言にハッとする。
「え、まって、依里には敬語使っちゃうわけ?」
「…気になるのはそこか?」
だって私がエリカちゃんに憑依した人間だとわかった時に一個年上って知ったはずなのに、私に敬語を使ったこと一度もなかったじゃないの。
「あんた達もう付き合ってるんだから敬語とかどうでもいいでしょうが。ほら行くよ」
「お手数ですがよろしくお願いします」
「任せて。帰りは私の車で送って帰るから」
慎悟が持ってくれていた私の学生鞄を依里が受け取り、その場から離れると先をスタスタ歩き始めた。
「えっちょっと依里」
「二階堂の運転手には伝えておく。行って来い」
慎悟に見送られる形で、私は慌てて依里の後をついて行った。
自分は松葉杖をついているが1週間経過したので、松葉杖さばきもだいぶ様になっている。だが、当然のことながら普通に2本足で歩行するより速度は落ちる。私が着いてこれていないと気づいた依里は、立ち止まって私の到着を待ってくれた。
依里と向かった先は、英学院のある敷地近くの有料駐車場だ。英学院の駐車場は関係者の車しか停められないので、外部の駐車場に駐車していたみたい。
依里はここまで自分の車で来たそうだ。今の職場までの通勤のために高校在学中に車の免許を取得して、車は親が乗っていた中古を社会人になったお祝いでもらったって。
車に乗り込んでエンジンを掛けるその動作。依里が急に大人になってしまったように見えた。
「どこ行こっか。…とは言っても、私この辺りの地理に詳しくないけど…」
「…依里、」
「あんたの考えていることはなんとなくわかってる。じゃ、車出すよ」
依里はこなれた動作でシフトレバーを動かすと、ゆっくりと車を動かした。目的地は特に決めていない。依里は適当にドライブするつもりみたいだ。
助手席のシートにしっかり背中を預けると、私はため息を吐いた。
……バレーが出来るだけで幸せなはずなのに、バレーを愛するがゆえに自分の不甲斐なさに腹が立つ。考えるとどんどんドツボにはまっていく…
私と依里は会話すること無く、無言のドライブを過ごしたのであった。
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