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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
私こそ生け花界のピカソだ! 嘘です、調子に乗りました。
しおりを挟む私の通う華道教室のお師匠さんとお弟子さん達はみんな優しい。
初心者である私にわかりやすく優しく色々教えてくれるし、活けられた花の評価ポイントなどを詳しく解説してくれる。生け花にもいろいろな形式があって、伝統的な技法を守りつつも、自由な花の活け方も伝授してくれる。つまり初心者もお稽古に入りやすいように指導してくれているということだ。
…だけど私は、花と意思疎通することが出来ないでいる。
「まぁ、素敵。一段と上達しましたね、エリカさん」
「えへへ…先生のご指導のお陰ですわぁ」
私が「~ですわ」と話すと何故か関西にいるおっさんの語尾みたいな響きになるんだ。この間慎悟にも「その話し方はマナーではないから、無理にマスターしなくても大丈夫」と言われたが、上品なお師匠さんとお弟子さんを前にするとつられちゃうんだよね…
「エリカさんの生ける花は荒削りですけど、先進的でどこか力強さを感じますわね」
「青の紫陽花にブルーベリーの枝、そしてティアレラの葉で緑を添える…テーマの梅雨という題材といい、素直な作品で私とても好きよ」
褒められるのは悪い気はしない。
だけど二階堂の力が働いて、おだてるために褒め殺されている気もしなくもない。ニコニコと作品を眺めているおばさま方が皮肉や社交辞令を言っているとは思いたくないな…
「あらぁいらっしゃい! 珍しいわね、あなたが来るなんて」
「お久しぶり。息子がお付き合いしている女の子がここで作品を出品していると聞いて、ちょっと寄ってみたの」
「あっらぁ息子さん? 大きくなったわねぇ。すっかりいい男になって!」
私がおばさま方に褒められていると、受付のところがなんだか騒がしくなっていた。お花の展覧会はそんなに大規模な会場ではない。出品者の身内や友人だったり、業界の関係者、お花に興味がある人だけが鑑賞にやってくるのみ。
ちなみに私は誰も呼んでいない。二階堂パパママはお仕事だと言っていたし、自分の両親や弟に自分の芸術を見せびらかしたい年齢でもないので呼んでいない。
友人や彼氏にさえ、日時や場所を教えていないのだ。知り合いに見られたくないのだ。私の芸術を……
そのはずだったのに。
「……なんで」
「知世さんに聞いたの。せっかくだから慎悟とのお買い物の帰りに立ち寄ってみたのよ。お久しぶりねエリカさん」
「……ご機嫌麗しゅうございます、おばさま」
慎悟によく似た美しい御婦人がわかりやすい説明をしてくれた。知世さんというのは二階堂ママのお名前……
…二階堂ママ! 何してくれちゃってんの!?
何故、よりによって加納夫人がやってくるのだ! おい、そこに突っ立っている息子よ! どういうことだ。私がバッと慎悟に視線を移すと慎悟は肩を竦めていた。
散々人の絵をコケにして、私の華道の腕には期待していないとボヤいていたくせに何故、自分の母親をここに連れてくる! 私のえげつない芸術センスにおばさんがドン引きしたら私達のお付き合いに亀裂が入るとか考えなかったのか!
かくなる上は…私の作品を避けて、作品案内をすることにしよう…
「おばさま、よろしければ私がご案内いたします」
彼氏の母親の前なので私はお嬢様の皮をかぶった。慎悟のお母さんと会うのはこれが3回目かな? …せめて彼女として及第点は取りたい。
なので慎悟ではなく、加納夫人にそう声を掛けてみると、彼女はおっとりと微笑んでいた。
「そう? じゃあお願いしてもいいかしら」
こうして生け花展覧会の案内を買って出た私は入口側から順に案内していった。余計なことを言ってボロを出すのは目に見えていたので必要以上に話すことは避けておいた。
ここではお花たちが主役。それが良かったのか、おばさんも鑑賞に集中していた。彼女も教養として華道を習っているのだろうか。興味深そうにまじまじと作品を観察していらっしゃる。
加納父であるおじさんは瑞沢嬢の件で色々とお世話になったので多少は親しみを持っているが、加納母であるおばさんはそこまで接点がないため、まだどんな人柄かつかめずにいる。どっちにせよ私の実母とは全くタイプが異なるし、二階堂ママとも違う。…なので今はグイグイ行かないで、彼女がどんな性格かを探るのが先決である。
慎悟はと言うと私達の後ろから黙ってついて来ているが、彼には華道の良し悪しが理解できるのであろうか…
おっと、案内していたら魔の芸術ゾーンに差し掛かったではないか。私はうまいこと自分の作品を背中に隠して、対面のブースに飾られた他の人の作品を紹介する。
自分の通っている華道教室のお弟子さんの作品でウンタラカンタラと説明をしていると「あら…」とおばさんが何かに気づいた様子で声を漏らした。
「エリカさんの後ろにある紫陽花は…?」
「はっ!」
うまいこと意識を別の作品に持っていって誤魔化していたのに、何故かおばさんはこっちを見てしまった。なんでよ、私あっちの作品を紹介していたのに!
私は体を使って作品を隠そうとしたが、無駄に長いブルーベリーの枝がきっと頭からはみ出ているはずだ。もっと短く切っておけばよかった。
「あぁこれか。思ったよりうまく出来ているじゃないか」
「まぁ素敵。丁度梅雨の時期だものね。この時期に咲く植物を使って、季節を表現したのね。とても良い作品だわ」
万事休すかと思ったら、2人の反応は好感触であった。だが、その言葉に私は耳を疑った。
私の絵をボロクソに貶していた慎悟が褒めている……母親の前だから空気を読んで褒めたのか、本心なのかどっちだ。
おばさんは色んな方向から私の作品を観察していらっしゃる。その間私の精神状態は普通ではなく、冷や汗をかきまくりだ。どこでボロを出すか、私にも想定できなかったからだ。
「み、身に余る光栄で至極恐悦にございます」
「私もお花を習っていた時期があったけれど……個性って大事だと思うわ。皆が凝り固まった型で花を生けても、せっかくのお花が死んでしまうもの」
…これは良かったのか? おばさんも華道経験あるみたいだけど、これで合格点をもらえたのか? …いや、もしかして私のセンスが本当に認められて…
私はハッとした。
「…生け花界のピカソ的な才能の持ち主なん私」
「そこまでは言っていないからな」
私が自分の才能にうぬぼれていると、隣から慎悟に冷静なツッコミを入れられた。何だよ少し位酔わせてくれよ。
一通り作品を見て回った後におばさんが他の人に声を掛けられておしゃべりを始めていたので、私は慎悟と一緒にそれを見守っていた。
「エリカさん、立ちっぱなしはつらいでしょう。あちらに席をご用意したから2人で休んでいらっしゃい」
「すみません、ありがとうございます」
捻挫は快方に向かい、昨日病院で松葉杖なしでOKと言われたが、まだ完治はしていない。バレーは出来ないし、激しい運動も勿論出来ない。今も治療継続中だ。
それを気遣ってくれたおばさま方が席を用意してくれたのでありがたく座ることにする。無意識で捻挫してない足に体重かけていたからちょっときつかったんだ。助かる。
展覧会の隅っこの方にパイプ椅子が用意されていたので、私と慎悟はそこに腰を下ろした。
「習い事渋っていた割にはなんだかんだ上手くやっているじゃないか」
「ほぼ勘で花を生けてるけどね。私に花のこころがわかる日が来るのかな…」
一生来ない気がするのは私だけかな…
視界の端に映る私の作品を遠い目で眺めた。
わからないまんま花を生けて何の役に立つのか…これお嬢様として理解しなきゃいけないの? 花の事なんか全くわかんないんだけど……
まぁ及第点は取れたみたいだからいいか。
「それより慎悟はお母さんとデートしてたの? 仲いいじゃない」
私がニヤニヤ笑いながら冷やかしていると、慎悟は何故か疲れた顔をしていた。
「…朝からあちこち買い物に付き合わされただけだよ。…こんなことなら家で読書していたほうが余程有意義だ」
そう言ってうんざりした顔をしていたが、お母さんの買い物に付き合ってあげるなんて優しいじゃないか。
私もインターハイが終わった後に実家に帰って、お母さんと2人でどこかに遠出する予定だ。私も親孝行せねば。
「どこに行ってきたの?」
「…その辺りの百貨店巡って、母さん行きつけの店をまわっただけ」
その割に手荷物がないのは、自宅まで配送してもらったみたい。このあとはまっすぐ家に帰るとかで、おばさんの気分が変わる前に帰りたいとボヤいていた。
私は談笑中のおばさんに目を向けたが、おばさま方の間で話が盛り上がっている様に見える。この流れでお茶会の流れに行き着く気がするよ。セレブでも庶民でもその辺りは共通な気がするんだ。
話すと長くなる、それが女性というもの。
そうなると同行していた慎悟も連れ回される可能性が出てくる。……おばさま方に混じってのお茶会はさぞかし居心地悪いだろう。だって男子高生だもの。例えセレブ男子でもそれはしんどいだろう。さぞかし退屈だろう。
もう既に嫌な予感を察知しているらしい慎悟に「頑張れ負けるな」と応援すると、渋い顔をされてしまった。応援してあげたのに何だその顔は。
「慎悟、そろそろお暇しましょう。田丸さんたちとお茶に行くわよ」
予想どおりである。おばさんの中では慎悟もお茶会に参加することが決定しているようだ。
「いえ、俺は遠慮しておきます」
てっきり黙ってついていくと思われた慎悟が不参加表明すると、誘いを断られたおばさんの目が細められる。
「…さてはエリカさんと離れたくないのね? 仕方のない子ね…そしたらエリカさんも…」
いや、そうじゃないと思う。ただ単に行きたくないだけだと思う。慎悟が拒否るから私にまでお誘いがかかったじゃないか。
とはいえ、私だって知らない人の集うお茶会に入っていくほど余裕はない。なんたってハリボテお嬢様だからだ。
「いえ、私はここで接客がございますので…」
「あぁ、それもそうね。ここを離れるわけには行かないわね…残念だけどエリカさんは日を改めてお茶に行きましょう」
「はい、楽しみにしています」
私がにこやかにお嬢様の仮面を被って、丁重にお断りしていると、慎悟が裏切り者を見るかのような目でこちらを見てきた。
なんだよその目は。私は何も間違ったことは言ってないよ?
ほらだって、私は今日展覧会に参加してるからさ。抜けるわけには行かないじゃない?
「俺は先に帰ってますから…」
「そんな冷たいこと言って! 普段お母様に付き合ってくれないじゃないの。たまにはお茶に付き合ってくれてもいいでしょう? ねぇエリカさんもそう思うわよね?」
「ウフフ…」
おばさんに同意を求められたので、お上品に笑って返事を誤魔化しておいた。
慎悟はおばさま達に囲まれて展示会場を後にしたので、私は彼らを会場の外まで見送って差し上げた。
おばさま方に腕を絡められ、両手に熟女。慎悟は相変わらずモテモテである。幼女だけでなく、熟女までトリコにしたのか。流石リアルハーレム野郎である。
その日の晩、慎悟から電話がかかってきて文句言われたけど、私は何も悪くないよね?
なにはともあれ、生け花の初出品・初展覧会参加は無事終えたので良かった良かった。
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