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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
奨学生同士の遭遇。私と幹さんに対する態度が違うのは何故なんだ。
しおりを挟む今日は英学院の中等部と高等部の開校記念日のため、学校はお休みだ。
だが、大学部だけは通常通り講義が行われている。英学院は元々中高一貫校として開校したが、よりよい教育を安心できる環境でとの要望で大学部が設立されたそうだ。そのため創立記念日が異なるのだ。
基本的に内部生はエスカレーター式だが、大学に上がった途端に出席率が悪くなったり、学力が追いつかなかったり、学費の未納で退校する人も少なくはない大学部。
真面目にやっていれば脱落しないと家庭教師の井上さん(秀才の奨学生・大学3年生)が言っていたが、頭のいい人に言われても「そっか!」と納得できないのが悲しい。
「ここが大学部…」
「大分雰囲気が違いますね」
私と幹さんは開校記念日のお休みを利用して、大学部への下見見学をしに来た。私は二階堂パパママの役に立てたらいいなと考えているので、経営学部や商学部辺りを見学しようと考えていた。
「幹さんは経済学部だったっけ? 教えるの上手だから学校の先生も出来そうだけどね」
「いえ…私は生徒をまとめるような器ではないので」
彼女はそう言うと苦笑いしていた。
幹さんはおとなしい子だもんな。いじめ常習者・玉井のターゲットとなりいじめられていたこともあるし、気が強いわけじゃないから教師は合わないかな。
学生たち皆が素直なわけじゃない。最近は困った親もいると聞く。それを考えると、避けたほうが無難なのかもしれない。一生懸命で真面目な先生達は病んで退職していくとも聞くし…余程メンタルが強くないと教師なんてやっていけないのかもしれない。
それを考えると教師志望の井上さんは大丈夫だろうか。
話は変わるが、幹さんの志望は経済学部。公務員とかではなく民間の企業への就職を考えているのであろうか。幹さんなら大学でもトップクラスの成績で独走しそうな気がする。
とりあえずお互いのお目当ての学部見学しに行こうかと私達は大学構内に入っていった。
……実際に経営学部と商学部の講義を受けた感想は、私留年しちゃうんじゃないかなである。この他にも科目があるんでしょ……
私はくらくらする頭を抱えた。幹さんに心配されたので、笑顔で頷いておいた。お次は幹さん志望の経済学部の講義にお邪魔するために、私達は移動していた。
「…エリカさん?」
「ん? あ、井上さん」
すると何処からか声を掛けられたので、私が振り返ると、いつものシンプルなファストファッションな姿の井上さんがいた。昨日の家庭教師の時間ぶりである。
「大学見学に来たんですか?」
「そうです、志望学部がどんな感じか下見がてら…しかし内容が難しそうで…」
「知らない学問は何でも小難しく見えるものですよ。お隣の方はお友達ですか?」
秀才らしい発言を返して来た井上さんが幹さんをちらっと見てきたので、幹さんは軽く会釈していた。
そうだ、2人は同じ奨学生同士なんだよ。仲良くなれるかも。
「そうです。私がよく話している、毎回学年トップの才女幹さんです」
「に、二階堂様そんな」
「噂はかねがね。入学して以来ずっと主席とか。すごいですね」
「いえ、それほどでも」
井上さんはそこまで愛想が良いタイプではない。基本的に淡々としている。その雰囲気に緊張しているのか、幹さんの反応は硬かった。
幹さんは私の家庭教師にライバル意識を持っているようだが、井上さんは奨学生としても先輩である。秀才で同じ境遇だ。きっと役に立つ情報を教えてくれると思うのだ。しかも2人共メガネっ子だ。気が合うかもしれない…
「あなたは何処の学部を目指しているんですか?」
「…? 一応経済学部を」
おぉ? 井上さんから質問してる。幹さんに興味が湧いたのかな。
てっきり同じ立場の先輩としてアドバイスをくれるのかと思ったんだけど、私の予想とは違った。
「何故経済学部を目指しているのですか? 将来どんな職業に就こうとお考えで?」
「え…っと」
幹さんは返事に窮していた。
それは急な問いかけに戸惑っているのもあるが、自分の中で答えが見つかっておらずに困っているようにも見えた。
急にどうした井上さん。私の時はそんなにズバッと聞いてこなかったじゃないか。「二階堂パパママの仕事の役に立ちたい、経営学部で学んだことがきっと役立つと聞いたから」と答えたら「そうですか」とアッサリうなずいていたじゃないの、なんで幹さんには追及すんの? あれか? 私がアホだから聞いても仕方がないと思われてるの?
私が勝手に想像して勝手に傷ついている間、幹さんは彼からの問いかけに返答できないままでいた。
「…学部はたくさんあります。そんな中で就職に幅広く柔軟に対応できる経済学部を狙うのは、無難ともいえます。…ですがそれはあなたのしたいことですか? …何のためにこの英学院に入学したんですか?」
「……」
「専門性の高い学部で優秀な成績を残せば、就職でも有利になるんですよ。…あなたは奨学金を頂けているから、この学校に通えていることをよく考えるべきです」
井上さんの厳し目の言葉に幹さんは目を見開いて固まっていた。
そして私は1人でオロオロしていた。2人は喧嘩をしているわけでもない。井上さんは意地悪を言っているわけじゃない。奨学生だからこそ言える言葉を幹さんに投げかけたのだ。彼女の為を思って言った言葉だったので、私は口出しが出来なかったのだ。
「本当にしたいことが経済学部の中にあるのならそれでいいんです。ですけど僕の目にはそうは見えません。…余計なお世話かもしれませんが…」
幹さんは俯いていた。泣いているのだろうかと心配になったが、彼女は泣いてはいなかった。だけど、その表情は沈んでいた。
「…いいえ、仰るとおりです。…私は女手一つで育ててくれた母の負担にならないために奨学生となって、恩返しをするべく出来るだけ良い企業に就職したいと考えていただけですから」
だからひたすら勉強してきたと。
したいことよりも、いい会社に入って稼ぎたいと考えてきたと。したいことなんてなにもないと幹さんは小さく呟いていた。
井上さんは無表情でそれを黙って聞いていた。
説教モードに切り替わった彼は一体どうしたんだろう。
似た境遇だから、幹さんに厳しいことを言っているのか、中途半端なのがムカつくのか。
「…社会学部でしたら、多くの学問を横断するように学べます。色々と学びながら専門性を高めることが可能です。進路に困っている人はそこでじっくり将来を見据えることが出来ます」
井上さんの言葉に幹さんは眼鏡の向こうのつぶらな瞳をパチパチと瞬きさせていた。
「士業や公務員を目指すなら法学部、言語、思想、歴史、行動を学びたいなら文学部、海外と関わる仕事をしたいなら外国語学科もあります。モノづくりが好きなら理学部や工学部だってあるんです。…奨学金のもとになる資金は寄付金から捻出されているんです。これはあなたの将来のことなのですから、もう少し良く考えてみてください」
「…はい…」
幹さんは凹んでしまった。
初対面の人に厳しいこと言われて凹んでいると言うより、もしかしたら幹さんが前から悩んでいたことなのかもしれない。
…確かに奨学金で色々免除されて、支給も受けているから、他の学生とは意識が違うよね。もらえて当たり前じゃない。彼らが秀でているから、英学院で学ぶチャンスが与えられたのだ。
…奨学生にしか出来ないことで活躍してほしいと井上さんは考えているのかな。
「それでは、僕はこれからバイトの時間なので失礼します」
「えっ!? あ、はい、ごきげんよう」
言いたいことを全て言えて満足したらしい井上さんは、掛け持ちのバイト先に向かうべく、小走りで去っていった。
塾の講師はあまり稼げないので、更に掛け持ちバイトを増やしたという井上さん。この間うどん屋さんのバイトが決まったと聞いたので、最近はまかない飯でお腹を膨らませているようだ。彼にはまかない飯をたくさん食べて、もっと太ってほしいところである。
私は沈黙して立ちすくんでいる幹さんになんと言えばいいかわからなくて一緒に黙っていた。
今の私は二階堂グループのお嬢様で、奨学生ではなく親のお金で教育を受けている立場だ。そんな私が彼女に偉そうに言えるわけがない。だからといって放置することも出来ない。さてどうしたものか。
…だが、いつまでもここで銅像状態になっていても仕方がない。
「えぇと…さっきの社会学部の講義に行ってみる? ていうか時間が許す限り、いろんな学部の講義受けに行こう?」
「…ですが」
「いいのいいの、私も勉強になるしさ、行こう!」
私は沈んだ様子の幹さんの手を取ると半ば強制的に講義見学に向かった。はしご講義である。
本当はお互いの希望学部の講義をさっと見たらさっさと帰るつもりだったのだけど、こんな状態の幹さんを放置できなかったので、最終講義の時間まで私達は見学をし続けたのである。
沢山講義を覗き見した私は、またひとつ賢くなった気がした。
お迎えに来てくれた二階堂家の車で幹さんを乗せて送って帰ることにしたのだが、帰りの車の中で彼女は大学のパンフレットを眺めて考え事をしているようだった。
大学の講義を受けている時はどの講義も興味深そうにして、いつもの知識に貪欲な幹さんの顔を覗かせていたけども、こうして勉強から離れると、現実に戻ったように真剣に考え込んでいた。
進路か。
…私と幹さんは立場が違う。
私は多分どの学部を目指すことになっても二階堂パパママは快諾してくれるに違いない。経営学部を目指すのは私が役に立ちたいからである。
幹さんの場合はちょっと違う。
その迷いに気づいた井上さんは、後悔のないようにという意味でああ言ったのであろう。
私はアホだし、幹さんのその迷いや悩みをふっとばすような気の利いた一言を思いつけない。…なにを言えば良いのだろう。
幹さんならどの学部に進んでもきっとうまくいくと思っていたけど……でも、彼女のやりたいと思った分野で輝いてほしいなとも思うよ。せっかく恵まれた頭脳に、粘り強さを持っているのだから、それを好きなことで活用してほしいよ。
「…うちの学校はエスカレーター式だし、まだ学部決めるのに猶予があるよ。その辺りラッキーだよね」
元気づけようと思って発した言葉だった。
だけど言ってしまった私は後悔した。なにがラッキーだというのか。先延ばしになっただけじゃないか。何の解決にもなっていない。パッと思いついた言葉だったが考えなしであった。
案の定幹さんがぽかんとした顔で私を見ているじゃないか。
「あ、ごめん、今の言葉キャンセルで」
英学院は私立のエスカレーター式というのもあってか、高校から大学に進学する私達の進路決定はゆっくり目だ。
志望学部の最終決定まではまだ数ヶ月の猶予がある。来年1月末に行われる予定の内部進学試験で合格不合格が決まるといった形だが、余程のひどい成績じゃなければ大体の生徒が希望の学部へ進学出来るそうだ。学部によって偏差値が異なるからね。
外部進学との違いはそこである。
「…ふふ、ありがとうございます。…そうですね、まだ時間がありますから、もう少し良く考えてみます」
私の失言に幹さんは笑っていた。
いつもよりも元気のない彼女は、横に座っている私に顔を向けてなにかを言おうと口を開閉させていた。
どうしたんだろうと私が首を傾げて彼女の顔を見返していると、幹さんは私から視線を反らしていた。
「……あの、二階堂様、質問してもいいですか?」
「ん? なに?」
「…二階堂様はバレーがお好きじゃないですか。…体育学部を目指そうとは思われなかったんですか?」
その質問に私はハハハ、と苦笑いを漏らした。まぁ私が経営学部を目指すのは意外に見えるのかもしれない。
「私は体育教師になりたいわけでも、トレーナーになりたいわけでもないからね。…本当になりたかったのはオリンピックの選手…だけどそれはきっと無理だもの」
それでもバレーを愛しているから、学校の試合には出続けたいし、社会人になっても趣味でバレーを続けるつもりではいるが、私の本当の夢は来世に期待。
今世では依里や弟に夢を見させてもらうのが私の夢なのだ。
「それに孝行として二階堂の事業を手伝いたいんだ。もしかしたら慎悟と結婚した時にあっちの事業のお手伝いをすることもあるだろうし…アホはアホなりになにか役に立ちたいんだよ」
「…二階堂様はアホではありませんよ。今とても努力していらっしゃるじゃないですか。成績もかなり上昇されて……よく頑張っていらっしゃいます。彼はとてもいい家庭教師の先生ですね」
そう言った幹さんはどこか晴れやかだった。まだ悩んでいるのには変わりないようだが、自分の進路に迷っていたのを他の人から指摘されたことで、考える切っ掛けが生まれたからだろうか。
…彼女はもう大丈夫な気がする。
数時間とは打って変わって、進路をどうするべきか真剣に悩んでいる表情に変わっていたから。
どんな選択でも私は応援するぞ。頑張れ幹さん。
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