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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
セカンドフラッシュ? ウバ? ルフナ? 紅茶なんて皆同じだと思っていました。
しおりを挟む何処からか流れてくる音楽はしっとりしたジャズ。座り心地の良いカウチソファはお昼寝するにも気持ちいいに違いない。あちこちに飾られたインテリアは自己主張することもなく、この空間に馴染んでおり、どこか居心地の良さを感じさせた。
ゆったりとしたこの空間は都会の喧騒を忘れさせてくれそうだ。
「ここね、チーズケーキが美味しいのよ。エリカさんダイエット中とかではないわよね?」
「あ、大丈夫です」
夫人に質問された私はにっこり微笑んで返事した。こういう高級そうなお店は未だに慣れない。メニュー表見ても暗号みたいで、なにがなんだかさっぱりわからん。
「飲み物は……紅茶…ダージリンのセカンドフラッシュは入荷しているかしら?」
夫人が店員さんに紅茶の在庫を確認していた。紅茶にも、合う合わないが存在するらしい。例えばその茶葉はミルクティーには向かないとか、この紅茶を飲む時のお供はこれがいいとか……
「はい、他にもウバとルフナの茶葉も入荷しておりますが…」
「あら、そうなの。エリカさん、お好きな茶葉はなにかしら」
「えっ……」
聞いたことのあるようなないような単語が出てきた為、私はサァッと冷や汗をかいた。
二階堂家で出される紅茶の説明をもうちょっとちゃんと聞いておけばよかったなと後悔した。全部同じお茶じゃないかと何も考えずに飲んでいた私はなんて馬鹿なのだろう…
「では…ウバ…を」
「このケーキがこってりしているから、すっきり爽やかなウバが合うかもしれないわね。アイスティーでいいかしら? …ウバをお願い」
私の回答は無難だったようだ。
彼氏のお母さんからお茶に誘われた私は朝から緊張状態だ。なんたってお母様と2人きりなんだ。連絡があったのは昨晩土曜の夜。茶道教室のお稽古から帰ってきた私宛に電話があったとお手伝いさんに言われたのが始まりだ。
折返しの電話をしたら、日曜にお茶しに行かないかと誘われたというわけだ。用事もないし、慎悟のお母さんからのお誘いだから断れないと思って了承したのだけど…。
慎悟のお母さんが何故私に? と疑問に思ったが、お花の展示会で「日を改めてお茶しましょう」と言われてたな。社交辞令だと思っていたのに。
…これはまさか、私の品定めなのか? と朝から戦々恐々としている。
しかし目の前の加納夫人は、貴婦人然としていらっしゃる。なんたって慎悟によく似た美貌が眩しい。慎悟が女の子だったらきっと数多もの男を虜にしたんだろうなぁと簡単に想像つく。
彼女から微笑まれた私はにっこり笑い返したが、2人きりで話すとなると何を話せば良いのかわからなくて、自然と口数が少なくなってしまう。だってセレブな会話はまともに出来ないのだもの。どこでボロ出してしまうかわからないじゃない。
「2人でこうして会って話すのは初めてね。今まで挨拶を交わす程度だったものね」
「そう、ですね…」
二階堂パパママと加納夫妻は仕事関連で親しくはしているけど、エリカちゃんと加納家は縁戚であるだけで個人的な付き合いはなかったのだろう。それは運が良かったと言えば良いのか…どうなのか…
おばさんの問いかけや話題に当たり障りのない返事をしながら、私はお嬢様の皮を被ってこの2人きりのお茶会を乗り切ろうとしていた。
「エリカさんは慎悟のどこが好きなの?」
「ぐっ」
注文した紅茶が届いたので、気持ちを落ち着かせるために口に含んだタイミングでおばさんにその質問をされた。
それに驚いた瞬間、爽やかなメントールのような清涼感と、緑茶のような渋みが口いっぱいに広がった。頑張って紅茶を嚥下すると、咳払いをして平常心を保った。
慎悟のどこが好きかって?
そんな…彼氏のお母さんにそんな事語らなければいけないんですか? なにが好きって…ほら、訳ありな私を色々助けてくれて、支えてくれて、時にカッコよく庇ってくれて…。
私は別に面食いじゃないのに、好きになってからは外見も特別カッコいいなぁと感じるようになった。年齢は年下のはずなのに、慎悟はしっかりしていて、辛口だけど根は優しいし、頭いいし、頼りがいのある男だと思っている。
おばさんは私の正体を知らない。これからも知ることはない。だからおかしなことを言ってはいけないので、私は考えながらゆっくり話した。
ここで質問されたことに答えないのは、感じが悪いだろう。素直に回答することにした。
「…慎悟さんは…優しいんですよね。色々と私のことを助けてくれました。…私がつらい時にいつも支えてくれました。…こんな私を好きだって気持ちを真っ直ぐにぶつけてくれました。どうしてもっと早く自分の気持ちに気づいて、彼の想いに応えなかったのかなって後悔してます」
私は自分の気持ちに全く気づいていなかったので、いつから慎悟のことを気になっていたのかはわからない。
だけど慎悟がいなかったら…今の私はいないんじゃないかなって思うんだ。
「憎まれ口叩くし、辛口だけど…周りのことをちゃんとよく見ていて、評価してくれるんですよ。…“私”を見てくれたのは彼だった。それが私は嬉しかったんです。自分が気づかない内に好きになっていました」
世界の中心であるバレーボール以外に出来た大切な存在。いつだって私と正面から向き合ってくれた相手だ。
どこが好きかって…色々好きに決まっているじゃないの。いかんな、恋愛脳のつもりではないんだけど、私はまだ浮かれているな。
「あっ、もちろん顔立ちも美麗で素敵だと思いますよ! 最近イケメンに磨きがかかって眩しいですもん!」
「ふふ、そうなの? …エリカさんはあの子のことをそんな風に想ってくれているのね」
一応外見も褒めておいたほうが良いかなと思って後付けで褒めたら、おばさんは穏やかに微笑んでいた。
慎悟の好きなところを話し終わってから思ったけど、私の話し方は地が出てしまってお嬢様の化けの皮が剥がれている。
変に思われていないかなと思っておばさんの顔を窺ったが、おっとり微笑んでお茶を飲まれていた。
「さ、ケーキを頂きましょう。美味しいのよ、食べて?」
「はい、いただきます」
マナー教養のお稽古にて、私の立ち振舞は2年前に比べると大分お嬢様らしくなったように思える。きっとエレガントに食べられていると思う。うん。美味しゅうございます。
本当にこのチーズケーキ美味しいな。こってりしていて、この紅茶とぴったり合う。二階堂パパママとお手伝いさんご夫婦にお土産で買って帰ろうかなと考えていると、静かにケーキを食べていたおばさんが口を開いた。
「あの子のことは心配していたの。昔から真面目で将来を見据えている、しっかりした自慢の子だったけど、ワガママをあまり言わない子でね…実は女の子に全く興味がないんじゃないかって心配していたのよ」
それって……加納ガールズによって出会いの機会を潰されていたとかそういう理由があるんじゃないかと思ったけど、要らんことは言わないでおこう。
「お正月の集まりの場で、あの子がはっきりエリカさんを好きだって宣言した時も驚いたのだけど、更に驚いたのはあれね。ちょっと前に丸山家のご令嬢から是非にと縁談のお話を頂いた慎悟はそれをきっぱり断っていたわ」
当事者である慎悟と丸山さんに聞いたからそれは知ってる。…いや、ホントあの時のことを思い出すと、自分の鈍感加減に今更になって嫌気が差します…
「あなたに恋する前のあの子なら、その縁談のお話をすぐに受け入れたでしょう。きっと打算で。私達のような家庭出身の人間は恋愛結婚よりも、家同士の打算込みの結婚が多いもの。あの子もそれが普通だと思ってきたものだから…ちょっと心配だったけど…自分の気持ちを表に出してくれて本当に良かった」
…まぁ、結婚相手としても、人柄としても丸山さんはとても条件が良かった。きっと2人が縁を結んだらきっとそこには愛が生まれたとは思う。
特に将来大きな会社を背負う人間としては、惚れた腫れただけで結婚相手を決めるわけには行かないのだろう…どうしても家同士の関係や釣り合いを考えてしまうのだろう。
それ言ったら中身庶民の松戸笑だけど、大丈夫なのかな私達。外見のエリカちゃんは生粋のセレブなんだけどね?
「…本当なら、会社のことを考えるならば、打算で考えないといけないのはわかっているけど、親としては息子には心から想う人と結ばれて欲しかったのよ」
難しいところだよね。
おばさんの考え方が息子の気持ち第一なのは…加納家の事業が上手く行っていて、余裕があるからだろうか。
…セレブでも庶民でも子供を想う気持ちは変わらないと信じたいけど、必ずしもそうではないということを私は知っている。
だけど慎悟の両親は間違いなく慎悟を愛している。彼を大切に思っているんだなというのがこの話でよくわかった。
加納家はおじさんが息子を溺愛しすぎておばさんの愛が霞んで見える。ていうかおばさんの愛が通常であって、おじさんの息子への想いが異常なんだなきっと。
「…こうしてあなたのお話を聞けて安心できたわ。あの子が変わったのはエリカさんの影響なのね」
…まぁ、根っこが庶民なもんでセレブらしかぬ行動をしてきたんで、変な影響を与えている感はありますけど…なんかすみません…
「あの子が好きになった女の子があなたでよかったわ。これからも慎悟のことをよろしくね、エリカさん」
おばさんは私に頭を下げてきた。なので私も深々と頭を下げた。
「…こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いいたします」
私を大切にしてくれる慎悟を私も大切にします。…彼と一生懸命に生きるのでよろしくおねがいします。と心のなかで呟いた。
「いらっしゃいませ加納の奥様! 久方ぶりでございます!」
「お久しぶりね、今日は日傘を探しに来たのだけど…あと少しで梅雨明けして日差しがひどくなってくるでしょう?」
「えぇ、えぇ、そちらのお嬢様のものもお持ちしましょうか?」
お茶を終えた私達はこのまま解散かなと思っていたのだが、そのままおばさんとショッピングに繰り出すことになった。
だけど私には服も靴も化粧品も十分揃っているので、欲しいものは何一つない。だから付き合いとして黙って同行していたのだが、テンション高めの店員さんの言葉にギクッとした。
日傘はあるから今の所要らないです。と返事をしようとしたら、おばさんが私を見て首をかしげると、にっこり笑っていた。
「…そうね、私、娘とおそろいのものを持つのも憧れていたのよ」
「娘…?」
「将来慎悟のお嫁さんになってくれるのなら、私達は母娘になれるでしょう? 楽しみね」
…お、お嫁さん…慎悟ともそういう将来の話を軽く話したことはあるけど、姑の立場になるであろう人に言われると一気に現実味が湧いてきて、私はなんだかむず痒くなってきてしまったのだった。
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