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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
最後尽くしの夏休み。去年とも一昨年とも違う夏休みだ。
しおりを挟む「こちらが宿題です。学校の宿題と合わせてやってください。合宿先でもお忘れなく」
「ですよねー」
夏休み前の家庭教師の日に大量のプリントを渡された私はゲンナリした。大量の宿題を出す井上さん容赦ない。私が言うのは何だけど、もうすぐ前期試験なんでしょ? 家庭教師なんてしてて大丈夫?
インターハイ目前だろうと、家庭教師の井上さんには関係ないらしい。いつもと同じ量の宿題を出された。
わかっているんだよ。塵積だよね。塵積大事。
「インターハイに出場すると聞いていますので、大会直前の授業と宿題は免除します。ただし他の日のノルマをサボれば、その分大変になることをお忘れなく」
「井上さん…!」
ただし彼も鬼ではないらしい。大事な大事な試合前の宿題は免除してくれるそうだ。ありがたい!
「僕は大学での試験があるため、これからしばらくお休みをいただきますが、その間もご自身で頑張って勉強されてください」
「わかりました」
奨学生である井上さんは成績を落とすわけには行かない。掛け持ちでバイトもして、勉強も頑張って…とにかくまぁ忙しそうである。教師志望の彼は来年になれば、英学院高等部に教育実習に行く予定らしい。自分が青春を過ごした高校への思い入れが深いのであろうか。
来年…予定では大学生になっているはずであろう私。そもそも前の身体のときはバレーのことしか考えていなかったので、大学進学は全く念頭になかったんだよなぁ。依里みたいに高卒で実業団に入りたかったんだ。その為、自分が大学生になるという想像がつかない…
慎悟も幹さんも、勉強がわかるようになれば楽しくなると異次元なことを言ってくるけど…私はまだ楽しいとは思えないでいる。秀才の感覚は理解できんわ。
「それと、エリカさんは留学を考えているとお話されていたじゃないですか」
「あ、はい」
「僕はいいと思いますよ? エリカさんは体感して覚えるタイプなので、英語の変な癖が出来ていない今の状態で向こうに行けば、吸収するのは早いと思います」
大学入学後に1年単位のアメリカ留学を考えていると慎悟から聞かされた後、私がポロッと漏らした話を井上さんは覚えていたようだ。
「いきなり大学へ、と言うのは厳しいので、語学学校や専門学校へ留学するのがいいかもしれません」
まぁそうね、語学以前の問題だ。多分慎悟は進学予定の学部と繋がりのあるものをアメリカで学んでくるのであろう…流石に学校は別々になっちゃうだろうな。
……授業や英会話教室でダメダメな私が、果たしてアメリカでやっていけるのであろうか…
「日本で座学するより、現場に飛び込んでコミュニケーションを取りながら会得するほうがエリカさんにあっているかもしれないですよ。一対一の英会話教室と違って、向こうでは多国籍の人と話せますしね」
井上さんのアドバイスに私は考え込んだ。私なりに英語取得を目指してはいるが、中々上手く行かないのが現状である。
だけどパパママの仕事を手伝うなら絶対に英語は話せておいたほうがいい。せめて英語は取得しておいたほうがいいと言うのはわかっているのだ。
経験が力になるとわかっていたが、踏ん切りがつかないでいた。
■□■
1学期の終業式を迎え、高校生活最後の夏休みがやってきた。…個人的には高校生として4回目の夏休みだけど。
今年は最後づくしだ。大学生になれば新しいものと出会えるが、高校生である今のうちでしか出来ないこともたくさんある。
悔いなく、この夏休みを過ごしたいと考えていた。
学校や家庭教師の宿題をこなしながらも、私は最後のインターハイに燃えていた。予選で途中棄権をした事もあり、念には念を入れている。
来週から毎年恒例の3泊4日の強化合宿が行われるので、今からどきどきわくわくしていた。
「合宿2日めの肝試しではお化け役をするんだ~。私は髪をボサボサにさせて白ワンピ姿で暗闇の中、たたずむだけなんだけどね?」
夏休みに入ってすぐに、慎悟とのデートに出かけた。運転手さんオススメの図書館に行く予定なのだ。
「…裏方でいいのか? 去年も裏方をやったと聞いた気がするんだけど」
この間の事件のこともあるので今日は車移動である。その車内で私が合宿で行われる肝試しの話をしていると、慎悟が首を傾げていた。
そういや去年も肝試しの裏方をしたんだと話したっけ?
「んー、でも去年は裏方メンバーで肝試しルートをぐるっと回ったし、それはそれで楽しかったよ?」
その時あの世からのお迎えがあって、心霊写真というホラーな体験をしたんだけどね。ホントあの時お迎えされてたら私ここにはいなかったかも……
はは、と笑って誤魔化した。1年の時の転落事件の犯人は卒業しているし、もうそんな事をしてくるやつはいないとは思うけど…肝試しにはいい思い出がないから嫌なんだよなぁ。
慎悟は首を傾げて「そうか?」と言った。肝試しは男女ペアなんだぞ。2人きりになるんだぞ。私が裏方なら、慎悟も嫉妬せずに済むだろう。それでいいんだよ。
「それとね、ぴかりんが私の作ったカレーの話をしてさ、1年の子たちが食べたいと言い出したから合宿中に作ることになったんだ」
「…女子の分だけだよな?」
「そりゃそうだよ。私はマネージャーではないんだよ? 練習の合間に調理するから男子の分まで作る余裕ないよ」
そこはちゃんと男子部にもマネージャーがいるので問題ない。慎悟ったらこんなところでヤキモチ焼くなんて可愛いなぁ。
私がニヤニヤ笑っていると、慎悟に目を逸らされてしまった。いじけたのかな? と思っていたが、慎悟は別のことを考えていたらしい。
「…部活か…したことがなかったから一度入っておけばよかったな」
「慎悟は体育会系じゃないから、文化系の部活希望かな?」
慎悟は熱血という言葉とは無縁なので、運動部のイメージがない。運動神経はいいけど、運動系部活のノリには合わせられない気がするんだ。
慎悟がテンション高く、大声出して運動している姿とか想像できない……
「…中等部の頃、友人からテニス部に誘われたけど…雰囲気が合いそうになかったから断ったことがある」
「へぇ、そうなんだ」
「そいつ今はテニスの強い高校に通っているんだ」
あぁ、例の三浦君か。英学院の中等部にいたのに、高校は別の学校に進学したという話を聞いていたが…スポーツの強い高校に進んだのね。
英は運動系の部活にかなり力を入れているが、それでも強豪校に押されている。頑張ってはいるが、やはり強豪は手強い。バレー部が誠心高校を超えられないように、他の強豪校も強いのだ。
「あ、じゃあ大会に出場したことある人なのかな?」
「中学の時は出場していたけど、高校では無かったはず。プロを目指しているわけじゃないから、趣味程度に抑えているとあいつが言っていた」
プロを目指しているわけじゃないというのは、慎悟のように家の会社を継ぐ必要があるからプロを目指せないのであろうか。それとも私のように才能の限界を感じているのか、はたまたお坊ちゃんの道楽なのか……
うーん、その人それぞれだもんね。
プロを目指しているわけじゃないのにテニスの強豪校に進学…。例の三浦君もお坊ちゃんだ。将来的な事を考えたら、偏差値の高い英学院にいたほうが色々と都合もいいだろうに……ますます謎が深まったな、三浦くんの人物像。
私の偏見だが、強豪と呼ばれる高校の部活動は本当に厳しくて苦しいと思うんだ。誠心高校がそうだったように。…お坊ちゃんお嬢ちゃん学校の部活に慣れた状態で、強豪校に進んだら…その厳しさに心折れそうな気がするんだけど。
これはセレブ育ちの人を馬鹿にしているわけじゃなくて、強豪校の厳しさに心折れる人が沢山いるんだよ。もしかしたら三浦君は特別メンタル強い人なのかもしれないけどさ。
「謎だね、なんで進学したんだろう」
「さぁ…あんたみたいにスポーツ愛を全面に出すような感じではなかったし、体育会系というわけでもなかった。…あいつの考えはよくわからない」
高校が別々になってから、会う回数も減ったけど、時折慎悟を遊びに誘ってくるらしい三浦君。実は今日も誘われたそうだが、私との先約があったので断ったそうだ。タイミングが悪かったね。私も部活と習い事があるから、デートするなら今日が都合良かったんだ。
慎悟には学校に親しくしている友達が何人かいるけども、深く心を許しているかと言われたら首をひねってしまう。一方、三浦君の話はスラスラ出てくるので、慎悟が彼を信用しているのだと見て取れる。
三浦君と慎悟は小・中学校が一緒だったらしいから、私と依里の関係性に似ているのであろうか?
…慎悟は、心を許す友達とどんな会話するのだろう。どんな風に笑うのかな。男子高生っぽくふざけ合ったりするのだろうか?
機会があったらその姿を見てみたいな。
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