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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
私は慎悟の友人を奪いたいわけじゃない。だけど相手は私と慎悟を引き裂きたくて仕方がないらしい。
しおりを挟むあの後程なくして慎悟と三浦君は二階堂家を後にしたそうだが、どんな会話をしたのかを慎悟は教えてくれなかった。夜にかかってきた電話でも私に対する謝罪と、三浦君の放った暴言は忘れて良いと言われただけ。
小学生時代からの仲いい友達との決別のきっかけが自分であることに、私は微妙な気分に陥っていた。
エリカちゃんを知っている人なら尚更、死んだはずの亡霊が憑依していることを不気味に思うのは当然のことだ。
…それはわかっていたけど、面と向かってああ言われるとちょっとやっぱり辛いよね…
『笑さん? どうかしたか?』
私が沈黙したことを不審に思った慎悟が電話の向こうから問いかけてきた。
「んー…自分でもわかっていたけど、私って幽霊扱いなんだなって。周りの人が優しいから気づかなかったけど、実際にはあんな目で見られちゃうのが当然のことなんだなって思ったんだ」
今の気持ちを吐露した。
これは私の課題であって、慎悟に話した所でどうしようもないのはわかっていたのだが、今回のことはかなりぐさっと来たのだ。
『…笑さん』
「いや、ごめん。ちょっと愚痴った。大丈夫」
言った後にすぐに後悔した。
慎悟を困らせてどうするんだって。慎悟も友達と微妙になってしまって落ち込んでいるだろうに、私が今更なことをブチブチ言ったら余計に悩ませてしまうじゃないか。
「…慎悟は、三浦君とはどうするの?」
『……三浦はやりすぎた。…俺のためと言いながら、実際は自分の思い通りにしたいだけのような気がする。…あいつのやっていることを、俺は理解出来ない。また元通りというのは…いくら友人でも難しい』
慎悟の声は沈んでいた。
それもそうだ。長年の友人であり、信頼していた友人だったのだ。簡単に切り捨てられる相手ではないだろう。慎悟は心を鬼にして切り捨てようとしているんだ。
「…私はさ、三浦君と仲良くなることは不可能だけど……慎悟は三浦君と今まで通り友達でいても良いんだよ?」
正直あまり三浦君と関わりたくないけど、慎悟の友人を奪うような真似はしたくないのだ。
なので、私の預かり知らぬ所で交友を続けたら良いと慎悟に提案してみた。
『…いや、いいんだ。……俺があいつを許せそうにないだけなんだ』
だけど慎悟はそれを却下した。
そう言われてしまえば私も何も言えなくなったのだった。
■□■
「やぁ、大分待たされたよ。話があるんだけど、ちょっといいかな?」
英学院の正門前で待ち伏せしていた三浦君の姿を目にした私は渋い表情を隠せなかった。部活後で疲れ切った所で苦手な三浦君の顔を見るのは余計にどっと疲れが増す。
なんたって昨日の今日だ。今日はまだ夏休み期間中で、学校にいるのは部活生と一部の教師、守衛さん達だけである。
つまりここには慎悟がいないのだ。そこを狙ってやってきたのだろうが……
私はすかさずスマホを取り出した。
「ちょっと待った。…これ以上慎悟の不興を買いたくないんだ。電話だけはやめて」
不興を買いたくないというのであればなぜここにいるんだ。私が慎悟に何も報告しないとでも思っているのか?
「ならば簡潔に用件だけを話して」
「いいの? あんたの正体をここでばらしても」
上杉もそんな事を言っていたことがあるが、実際にそんな事をしたらおかしな目で見られるのはどっちか…わかるよね。
「いいよ、言ってご覧よ。私はあそこの守衛室に駆け込んで被害を訴えるから」
「…少しは動揺しろよ」
「残念だったね。こちとら修羅場を乗り越えてきた神経図太い女なんでね」
私が脅されて怯えるキャラに見えたか? エリカちゃんの可憐な容姿だけならそう見えるだろうが、あいにく私はそうはならない。
ほれ、叫んでみろと促したが、三浦君は私を渋い顔で睨んでくるのみ。なので私も睨み返しておいた。
「…慎悟は騙されているんじゃないのか? …こんな気の強い、可愛げのない女なんか…」
「聞こえてますけど」
はるばる私を貶しに来たのかこいつ。
暇なのか、受験生のくせに。英学院は偏差値高いんだ。いくら中等部の時に通っていたからと言っても、外部入学扱いになるだろうに……まさか、裏口入学をするからこんなにも余裕なのであろうか。
こいつが裏口入学しようがどうでもいいけど、早く用件を言ってくれないかな。早く家に帰りたいのだが。
「いくら私を責めても詰っても、私は慎悟と別れないから。あんたに指図される謂われはないよ」
慎悟の目のない所で話をしようとしているんだ。どうせ目的はそれだろう。
反対されたからハイわかりましたと素直に頷くわけがないだろう。その辺のことはだいぶ前にすごく悩んだことだし、自分の中でもう答えは決まってしまっている。
ここで三浦君がどう騒ごうと、私は慎悟の手を離さない。そう決めたんだ。
「松戸笑、享年17歳。死因は背中から複数回刺されたことによる失血死」
「……」
「犯人は現在少年刑務所にて服役。懲役15年の刑を執行中」
突然語りだした三浦君。急になんだと思った私の視線が胡乱になるのは仕方のないことだと思う。
「被害者の松戸笑は当時誠心高校2年でバレー部に所属。在籍中、春の高校バレー大会にて華々しい活躍を見せる。インターハイ出場も確実視されており…今後の活躍を期待されていた選手だった」
私の情報は未だにネットに残っているもんね。死人にはプライバシー保護法が適用されないから、好き勝手に報道され、インターネットによって拡散されている。それを見たのであろうか? それとも探偵の調査情報なのかな?
「4人家族の長女で両親と弟が1人」
「ちがう、ペロも入れて5人家族」
「え、ペロ…?」
「可愛い可愛いペロのことはさすがの探偵も調べきれなかったんだね。ペロは松戸家の大切な家族なんだよ。そこの所忘れないで」
三浦君は「ペロってなんだよ…」とボヤいている。ペロはペロだよ、わかれ。
それで? 調査した結果なにがわかったんだ?
「松戸笑の好物は? 初恋の人の名前は? 親友の名前は? 知っているの?」
どんなに調べ尽くしても私が亡霊であることは変わりない。
そしてその情報は2年以上前の情報で、今の私はその頃とちょっと違う。エリカちゃんに憑依した私は前とは違うのだ。
「松戸笑の将来の夢は知っている? 目標の人は知っているのかな?」
「…そこまでは、調査報告されていない」
「そう。それで? そんな情報はインターネットやメディアで出し尽くされたから、今更私は動揺しないよ?」
今は8月下旬。まだまだ暑い。駐車場には運転手さんを待たせているし、私は早く帰って、家庭教師の井上さんに出された宿題を片付けなければならない。
まどろっこしいのは嫌いだ。簡潔に話してくれないか。私は腕を組むと、フンと鼻を鳴らした。
「何の目的で待ち伏せしていたのかな?」
「…体を張って二階堂さんを救ったことや、活躍をしていたことは知っているが、どうにも納得できない。…慎悟なら、もっと従順でお淑やか、才色兼備な女性を選ぶはず…いや、お似合いのはずなのに」
「そうね、私もそう思うわ」
その辺りは私も納得できる。そもそも生まれも育ちも異なる私達は正反対なのだ。それなのに惹かれ合ったのは本能だから仕方ないと思うよ。
「…なんでよりによって事故物件を掴むんだ…彼女の皮を被ったガサツ女じゃないか。松戸笑という女は取り柄のない、なんの魅力のないつまらない女じゃないか…!」
つまらない、ねぇ…
眉間にシワが寄って、険しい顔になってしまうのが抑えられなかった。
…強豪高校の部活でレギュラーとなって全国大会準優勝することがどれだけ大変か知らないのかな。
私は自他ともに認めるバレー馬鹿だけど、それなりにプライドはあるし、それ以上に努力してきた。それがどれだけ大変なことかを知らないのか。仮にもあんたはテニス強豪校に在籍しているのだ。そのくらい分かるだろうが。
それとも女は従順、才色兼備、お淑やかで価値が決まると三浦君は言いたいのか? そんなのあんたの好みの問題だろ。私に押し付けないで欲しい。
取り柄ない、魅力のない、つまらないと好き勝手言ってくれちゃって…私の何を知っているというのだ…!
その発言は、受け入れられないぞ…! 確かに私はガサツなバレー馬鹿だけど、それで私の価値が下がるわけじゃない! 勝手に私の価値を決めつけるな!!
「…はぁ?」
──抑えていた短気な私がご機嫌麗しゅうしそうになった、その時であった。
「…今なんて言った? …松戸さんが“バレーくらいしか取り柄のない、魅力のないつまらない女”ぁ…? ちょっとそこのあんた…何ふざけたこと抜かしてんの…?」
だが私が短気を起こす前に、今の三浦君の発言を聞いてしまった後輩の珠ちゃんが先にキレてしまったのだ。
いつから話を聞いていたの珠ちゃん。私が後ろを振り返ると、珠ちゃんは三浦君を今にも殴り飛ばしそうな形相で睨みつけていた。
松戸笑にあこがれてバレーを始めたこの後輩には聞き捨てならない発言だったようである。
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