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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
君の気持ちはよく分かる。スポーツと怪我は切っても切り離せない関係だから。
しおりを挟む三浦君は痛みに顔を歪めながらも、その原因を教えてくれた。
「……違う…。前の怪我が痛むだけだよ」
「…怪我? それって…ちゃんと病院で治療したの?」
古傷が痛むのか。…前の怪我っていうのは部活の時に怪我をしたのかな。
「疲労骨折だったよ。その時は部活を休んで治療に専念した。今では治っている」
「あぁ…テニスは足を酷使しちゃうもんね」
私もスポーツしてるからよくわかるよ。
スポーツによって怪我の種類は異なるが、疲労骨折はポピュラーな怪我でもある。小さな力が繰り返し加わって、ゆっくり骨を苛んでいくのだ。
あまりにもひどい場合は手術も必要になる。一旦治ったとしても、状態によっては再発の恐れだってある。
「ちゃんとリハビリはしてる? 準備運動やストレッチもした? 普段から筋トレもしてるの?」
「あぁ」
「…カルシウムとかマグネシウム、骨に良い食品ちゃんととってる?」
「……少しは」
「…強くなりたいからって、無理な練習したりとかは?」
「……」
図星か。
最後に至っては私と同じじゃないか。まぁ…その気持ちはわかるぞ。スポーツと怪我は切っても切れない仲である。無理をしてしまうのは私も同じで、人のことをどうこう言えない。
だが…本調子じゃないなら、私が吹っかけた勝負を断ればいいのに。
「言ってくれたら、スカッシュ勝負以外のことで決着付けたのに。いくらなんでも爆弾抱えている人に強制させたりしないよ」
「…簡単に勝てると思ったんだよ。…ここまであんたが出来るとは思っていなかった」
なるほど、すぐに結果が出ると思ったから勝負に乗ったのか。それならいちいち古傷のことを話したりしないか。私だって膝の話はしていないもの。
「私ね、中学の時にピンチヒッターとしてテニスの地区大会に出たことあるんだよ? スカッシュはちょっと練習しただけの初心者だけど」
私は立ち上がって、外にいる職員さんに、足を冷やすものを貸してくれないかと頼んだ。ついでに自分の分も。アイシングは大事。
この調子だと続行は不可能であろう。三浦君の足の痛みが少し落ち着いたら病院に送ってあげよう。職員さんから受け取った、タオルに巻かれたアイスノン1つを彼に渡した。
彼は俯いており、表情は辛そうである。痛いのかなと思ったけど…それとは別のなにかがありそうだ。私はそのジレンマをよく知っている。
「…私もさ、早く上達したくて、無理してエリカちゃんの身体を酷使して膝を悪くしたことがあるよ。今も再燃しないようにしっかり対策とってるけど……身体が違うとこうも変わるんだなぁって今でも悩むことがある」
「…俺とあんたを一緒にするな」
三浦君に睨まれちゃった。
まぁ、憑依した人間と一緒ではないよね。それは失礼。
「私だってバレーボール強豪校にいたんだよ。三浦君みたいな人をたくさん見てきた……この間さぁ、三浦君は私と後輩を煽ってきたけど…やっぱり、自分の体が思い通りに行かないから、妬んでるんだよね?」
「…本当のことを言っただけだ」
まーたそんな事言って。
なんだか三浦君の考えていることがわかってきたぞ。彼は私の元チームメイト・江頭さんと同じタイプだ。しかも怪我が原因で上手く行かないことを、私や珠ちゃんにぶつけてきたんだ。
慎悟の恋人が気に入らないから文句をつけにきたついでに八つ当たりですか。
「本当のことでも、他人にいちいち口出す必要はないよね? 自分の心のうちで納得しておけばいいだけじゃない。あんな風に八つ当たりして来たのは、怪我の予後が良くなくて、大好きなテニスが思うように上手く行かないからじゃないの?」
「あんたになにがわかるんだよ」
再び苛立たしげに睨みつけられた。
うまく行かない焦りとか、周りに置いていかれる絶望とかは理解できるよ。
でも三浦君が得たいのは同情ではないんだろうな。思いっきりテニスがしたかっただけなんだと思う。だけどそれが出来ない苦しさに襲われているんだ。その気持ちは十分わかる。
多分、三浦君が怪我したことでテニスが思うようにできなくなったこと、それに悩んでいることを慎悟は知らされていないのだ。
2人は学校が違う、たまに会うだけなら気づけないことであろう。いくら親友でも言われなければ気づかないこともあるってものだ。サトリじゃあるまいし。
彼が今まで、テニスに関わることで本心を明かさなかったのは、情けない姿を親友に見せたくなかったのであろうか。
慎悟だったら、三浦君が悩んでいることをしっかり受け止めてくれそうだけど、その辺りは彼のプライドの問題かな。
「他人の身体で、自分の身体のように動けるとは限らないんだよ。…私だって本当は戻りたいけど戻れない。自分の身体は死んじゃったってわかっているから、エリカちゃんのこの身体で生きていくしかないって納得させているんだよ」
って、私の話はどうでもいいか。
三浦君はこっちを無表情で見てくるが、
今何を考えているかが窺えない。多分興味がないんだろうな。
私はアイスノンを膝においたまま、腕を組んでうんうんうなずいた。
「うん、でも三浦君の気持ちはよく分かるよ。ほら、エリカちゃんって小柄じゃない。私と19センチ身長差あってさ、圧倒的に身長が足りないの。…めっちゃ牛乳と魚とってるのに1センチしか伸びないの。だからジャンプで高さを補おうと自主練頑張ってたら、ジャンパー膝になっちゃってさぁ…。あの時は絶望だったね、マジ絶望」
あの時の絶望感はマジ半端ない。
だけどそれほど私は追い詰められた。あの時はレギュラーのチャンスをもらえて、浮かれて空回りしていたからそんな自分に自己嫌悪していたな。
「…バレー以外のことすりゃいいのに」
「私の世界の中心はバレーボールなんだよ。バレーが無くなったら私が私じゃなくなるの」
ふざけたことを抜かす三浦君をキッと睨んでおく。じゃああんたはどうなんだ。テニスが諦めきれないからやさぐれたことを言ってきたんだろうが。
「…バレーがなかったら、今の私はいなかったかもしれない。…三浦君だって、テニスが好きだから今の三浦君がいるんでしょ?」
「……」
三浦君は渋い顔をしていた。口を開くことなく黙り込んでいるのは、それを否定できないからであろうか。
「それに可能性が潰えたわけじゃないじゃない。三浦君がテニスをどの程度極めたいのかは知らないけど…怪我をしっかり治して、再発防止の対策を取っていけば前のように運動できるかもしれないじゃない」
選手生命が絶たれたわけじゃないんだろう。ならまだ挽回は出来る。むしろ今のうちに挽回するべきだ。受験のために部活を引退した今、テニスから離れなければならない今こそ、しっかり足を休ませて治療に専念できる時期だ。
「今の三浦君は、怪我した時の私と同じ負のループに入ってる。焦りだけが先行してやさぐれているんだ。…お医者さんにテニスはもう出来ないと言われたわけじゃないんでしょ? なら受験期間中にしっかり足を休ませて、大学でまたテニスを楽しめばいいじゃない」
「…そうだけどさ」
「スポーツは楽しむのが一番なんだよ。落ち込んだり悩んだりするのは、それほど三浦君がテニスを愛しているからだよ。焦らずとも大丈夫。頂点に立てずとも、テニスを楽しむことは十分に出来る」
私は三浦君の肩をバシバシ叩くと、ヨイショと腰を上げた。貴重品類を保管しているボックスに入れてあるスマホを取りに行こうと思ったのだ。
病院行くならタクシー呼ばなきゃ。流石に180近い男を運ぶほど私には腕力がないから職員さんに手を貸してもらわなきゃ。
スカッシュ専用コートの出入り口方向に足を向けた私は「あ」と声を漏らした。背面の出入り口も兼ねたクリアウォールの向こう側に、ここにはいないはずの慎悟の姿があったからだ。
今の今まで用事で出かけていたからか、慎悟はスーツ姿だった。ジャケットを脱いでそれを片腕に掛けている。涼しげなカッターシャツ姿でこちらを静かに見ていた。
勝負場所と時間は慎悟に伝えていたので、用事を済ませた後に駆けつけてくれたのであろうか。心配するなと言ったのに。
「…慎悟」
三浦君が気弱そうな声で慎悟を呼んだが、外にいる慎悟に声が届いているかは定かではない。
「ちょうどよかった慎悟!」
私は出入り口の扉を開けて、慎悟を呼び寄せた。
「慎悟、三浦君を病院につれてくの手伝って!」
「…え?」
「無理しすぎて、足が痛くなったんだって」
どの場面から慎悟が見ていたかは知らないが、靴を脱いだ三浦君が座り込んでアイスノンを足の甲に当てている姿を見た慎悟は眉をひそめていた。
「…外にうちの車を待たせているから、それに乗せていくよ」
「よろしくね」
後のことは慎悟に任せようと思った私は全て丸投げする気でいた。私がいてもあまり役に立たないし、ここは慎悟と三浦君だけで話し合いの場を作るべきだと思ったのだ。
「笑さんも来るんだよ」
だけど慎悟は私も同行することを命じてきた。
「えぇ? 私汗かいたからシャワー浴びたい。それにここスパもあるからゆっくりしたいんだけど」
「1人にさせておくほうが怖いから、あんたも一緒に来い」
なにそれ、私が1人でいたら何かをしでかすみたいな言い方して!
「そんな短いスカートを着て足を露出していたら変な男が寄ってくるだろうが」
「これスカートじゃない、キュロット…」
「似たようなものだろ……あんた本当周りからの視線に鈍感だよな」
慎悟はムッスリした顔で私を叱るように睨んできた。そして持っていたジャケットを私の腰回りに無理やり巻いてきたではないか。
意味がわからないのでそれを解こうとしたら更にギュッと縛られた。苦しい。慎悟は「すぐに着替えて戻ってこい、いいな?」と無表情で念押ししてくる始末である。
暑いよ、何なの、その辺に同じようなスポーツウェアのお姉さんがいるじゃないの。私だけじゃないよ。
まるで私が露出狂のような言い方して……
その一連の私達のやり取りを、三浦君がポカーンと、また間抜け顔で見ているのがちょっと気になったが、サッとでも良いのでシャワーが浴びたい私は小走りでその場から駆け出したのであった。
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