お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

タンデムしようぜ!  私が前で君は後ろね!

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「黒い馬なんだけどね、すごい賢いんだよ。私も武隈さんのように駈歩ギャロップしたいなぁ」
「そうは言っても笑さんはまだ50鞍も行ってないだろ?」
「だぁって…月に2回くらいしか行けてないもん…」

 鞍というのはわかりやすく言えば乗馬レッスンの回数のことだ。まだまだ初心者レベルの私はお馬さんを速歩きさせること、方向転換させる程度しか出来ない。そのうち乗馬のライセンス取得にも挑戦したいのだが……

「あんたはバレーもしているんだ、程々にしたほうがいい。乗馬で怪我したら敵わないだろ」
「そうなんだよねー…悩ましいところだよね」

 乗馬クラブのお馬さんとも信頼関係が出来始め、楽しくなり始めたが、無茶をして怪我をするのは論外だ。しかも他にも習い事、部活がある自分は乗馬だけに情熱を注ぐことは出来ない。

「いつかライセンスとれたら慎悟を後ろに乗せてあげたいんだ。お尻が痛くないようにお馬さんを操作してあげるから、その時は乗ってね?」
「…俺だって乗馬くらいはできるぞ」
「でも苦手なんでしょ? 大丈夫、私に任せておけば楽しくなるはずだよ」 

 乗馬が苦手なのはわかっているんだ。だけど私は慎悟を後ろに乗せて一緒に風を感じたいのだ。
 なんだろう…バイクの免許を取った彼氏が彼女をタンデムさせたい気持ちと一緒なのかな?


■□■ 


「焦りは禁物よ、私は5歳の頃から乗馬をしているのだもの。私と比べてはダメ。エリカさんはまだまだ経験が足りないの」
「障害物越える姿や駈歩がカッコいいんだもの…」
「私とリジーは一心同体なのよ」

 そう言って白馬を慣れた手付きで撫でている武隈嬢の表情はいつもの高飛車さが身を潜めており、愛情深い瞳で馬を見つめていた。
 学校では、取り巻きを引き連れて女王のように堂々としている彼女のそういう表情を見ないので、私はこのギャップに毎度驚かされている。

 この白馬は武隈嬢の私物だそうだ。名前はエリザベス……お嬢様が付けそうな名前である。私だったらそんな洒落た名前を付けないだろうな。
 武隈嬢の言葉は自信過剰に聞こえるが、その通りだと私は思う。私が乗馬クラブに行くと高い確率で武隈嬢と遭遇するが、そのどのタイミングでも彼女たちは一緒にいる。その度に見事な乗馬テクニックを見せつけられてきたのだ。
 その手腕とコンビネーションに感動した私が拍手喝采したことも何度かある。

 私もあんな風にカッコよくお馬さんに乗りたいな…武隈嬢とエリザベスコンビが羨ましい。
 例えば私がお馬さんを購入してもそんなに乗ってあげられないし、レベルが追いついていない。…武隈さんくらい極めないとダメだな。ていうか今習い事でかなり出費させているから馬が欲しいとかワガママ言っちゃダメだな、うん。

「君、馬に上手に乗れないの?」
「…え?」

 突然何の前触れもなく、横から掛けられた声に私は呆けた声を出してしまった。
 見上げた先に、20代の大学生から社会人くらいの男性2人の姿。……誰だろうか。武隈さんの知り合いかな? と思っていたら、武隈嬢が「あらごきげんよう」とにこやかに挨拶を交わしていた。 
 彼女は常連な上に目立つので、よく知らない人達から声を掛けられている。武隈嬢の知り合いかなと思ってそのまま会話をしていたら、始めに声を掛けてきた男性がこんな提案をしてきた。

「さっき君、馬に乗りたいって言っていただろ? 俺が乗せてあげるよ」
「あ、いえ、自分で乗ることは出来ますんで、大丈夫です」

 馬に乗りたいと言うか、自分で駈歩したいだけです。それにインストラクターの先生が1から教えてくれるので、受講生の手を借りる必要はないのだ。

「いいから、いいから。遠慮しないで」
「ちょっと…」
 
 遠慮しているんじゃないのに、腕を引っ張ってきた。振り払おうと腕を振っても相手はお構いなしである。

「馬には自分で乗れます、結構ですから」
「まぁまぁ、そんなのただの口実だから気にしなくていいよ。君可愛いよね~たまに見掛けてたけど、声かけるチャンスがなくてさぁ」
「…はぁ?」

 口実…? 
 まさかこれはナンパなのか? 道理で強引なわけだ。

「すみません、私には彼氏がいますので困ります」
「いいじゃない一緒に馬に乗るくらい。あっちの子も美人だったなぁ。だけどプライドが高そうだし…おとなしそうな君のほうが俺はタイプかな」

 だから彼氏がいると言うとるやろうが。何なのこの人頭大丈夫?
 しかも何? その…より好み発言。モデルさんばりな美女である武隈嬢に超失礼だよ。自分が選ぶ立場であると上から目線なのが鼻につくな。
 因みに私は元気と脳筋という言葉がぴったりな人間だと自負しております。おとなしそうに見えるのは幻覚だよ。

 強引に腕を引かれて、乗馬クラブの厩舎にたどり着いた。馬を借りようとする男性の手が緩んだその隙を狙って、私は逃走を図った。

 何故私が知らない男と相乗りしなきゃならないんだ。お断りだ!

「ちょっと待ってよ、そんな逃げなくてもいいじゃない」
「困ると言っているじゃないですか!」

 私は速歩きでその場を立ち去る。インストラクターの先生に言ってなんとかしてもらおうと思ったのだ。強引なナンパ行為はこのクラブ内で禁止されていたはずなのに、なんて失礼な男なんだ。

「あっ、エリカさん!」

 私がキョロキョロとあちこちを見渡して、乗馬クラブの職員を捜していると、武隈嬢に呼ばれた。距離が離れているのに、武隈嬢の声はよく通るな。
 武隈嬢の隣には男性がいた。だけど先程いたナンパ男の片割れではない。乗馬服でもなんでもない、私服姿の慎悟がそこにいた。

「慎悟!」

 どうしたんだろう、来るとは聞いていないのに。暇が出来たから見に来たのかな。ここに遊びに来てくれたのが嬉しくて、私は彼の元へ駆け出そうとした。
 だがそこで私は足止めを食らったのだ。背後からお腹に腕が回ってきたその反動で「ぐぇっ」と私はうめいた。

「捕まえた~。細いと思ったけど腹筋しっかりあるんだね」
「なにすんの、離して!」

 何この人! 接触過多!!
 乗馬クラブをナンパの場所と勘違いしていないか!? 私彼氏いるって言ってるよね? 思わせぶりな態度とってないよね!?
 腕から逃れようとしたが、なかなか剥がれない…!

「…彼女からその手を離してくれませんか」
「……誰?」

 この危機的状況を見兼ねた慎悟が助けに来てくれた。だがその視線はブリザード。まさか私に浮気疑惑かかってないよね? 私は拒否してるのよ。疚しい気持ちは一片たりともないのよ? 

「私の彼氏ですっ! いい加減に離してよ!」
「イッテェ!」

 いつまで経っても離さないあんたが悪い!
 私は相手に肘鉄して、拘束から逃れた。

「違うんだよ慎悟! 私は付きまとわれていただけで、浮気心なんてこれっぽっちもなかったんだよ!」
「……」
「その目は信じていないのか!? だってこいつ私が馬に乗れないとか勝手に決めつけてタンデムさせようとするんだよ! 私は慎悟と一緒に乗るって決めてんのにさ!」

 私は身の潔白を必死に訴えたが、慎悟は怖い顔をしている。怖い顔そのままに私の後ろを睨みつけていた。
 私から肘鉄を食らった男を睨んでいるのか? 私が視線をそちらに移すと、職員の人に捕まってなにやら騒いでいた。

「大丈夫よ、職員さんに報告しているから。本当に困ったものよね。ごめんなさいね、まさかああいう手段に出る人とは思ってなくて出遅れたわ」

 どうやら武隈嬢が「迷惑行為をしている」と職員さんに通報してくれたようだ。助かった。多分彼は退会処分の刑に処されるであろう。全く、不埒な奴め…悔い改めなさい。

「怪我は?」
「ない! 大丈夫だよ!」
「いつもあんなのに絡まれているのか?」
「今日はじめてだよ!? 毎回あんなのに絡まれてたらこのクラブ退会してると思う」

 慎悟の表情は不機嫌そのものだ。
 あれかな。慎悟にまとわりつく加納ガールズを見ている時の私の気持ちと同じかな。付き合うようになってからは積極的に彼女たちを妨害するようにはなったが…それは独占欲というものだろう。
 私は慎悟の手をぎゅうと握った。

「…慎悟、私は慎悟のもの。安心していいんだよ?」

 安心させるために言った言葉なのだが、慎悟の表情は驚いた顔に変化した。そんなに驚くような言葉ではないと思うんだけど…

「…別にあんたを疑ったわけじゃないよ…他の男に触られているのが嫌だったんだ」
「うんうん、わかるよ。でもね、私が好きなのは慎悟だからね。この身は慎悟にしか許さない。…大丈夫だよ」

 慎悟の顔を覗き込んで、そう訴えると、慎悟の頬が次第に赤くなり始めた。
 どうした。嫉妬心を露わにしたことが恥ずかしくなったのか? 慎悟は意外と嫉妬するよね。出会った当初はドライなやつだなぁと思っていたのに。
 でも嬉しいな。こうして感情を表に出してくれるのが嬉しいよ。

「そうだ! 常歩で操作するから一緒にお馬さんに乗ろう! 走らなければお尻もそんなに痛くならないよ!」
「お、おい」
 
 私は厩舎に向かってお馬さんを借りると、意気揚々と馬にまたがろうとした。…なのに何故か先に慎悟が乗ってしまった。補助無しで簡単に乗馬してしまったのだ。
 えぇ~…と思ってると、慎悟に手を差し伸べられて、身体を持ち上げられるように乗る形に。
 手綱は慎悟が握り、パッカパッカとゆっくりお馬さんに乗っての散歩が始まった。

「…違う、そうじゃない。私が操作するの…」
「どっちが操作しようと変わらないだろ。それにこっちのほうがバランス取りやすい」

 違う! 私が華麗に馬を操作する姿をすごーいって言って欲しかったの!
 なんだかんだ言って私よりも操作うまいぞこの男。苦手と言っていたじゃないのよ。すぐに乗馬辞めたんじゃないのあんた。この黒毛の可愛子ちゃんとあんたは今日、初対面のはずなのにどうしてそんなに扱いが慣れているの? 
 あんたの中で“苦手”という言葉の定義はどうなっているの?

「…私が後ろ側に座れば操作できる?」
「前が見えないと思うぞ」

 そうね、端から見ても滑稽な姿になること間違いなしだ。

「私のかっこいい姿を見せたかったのに、あんたがかっこいい姿を見せても仕方がないのよ」
「また笑さんは調子に乗ろうとして」

 慎悟は呆れた様子だったけど、私は諦めないぞ。
 今度こそ私のカッコいい乗馬姿を見せてやるんだ。
 
 リベンジを誓った私はしばしの間、慎悟との馬上でのデートを楽しんだのであった。
 
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