お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

眠れる獅子ならぬ冬眠中の熊。

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「…あなた、二階堂エリカさん…慎悟様とご交際なされているそうね?」

 その言葉に私はゆっくり振り返った。
 私の後ろにはいつの間にか、ハーレムの面々がズラッと横一列に並んでいた。その中には巻き毛の姿もあり、私を威圧的に睨みつけている。……お嬢様方が友好的ではないのが窺える。
 これから何を言われるのかが想像ついた。私にはこういうシチュエーション不向きなんだけどなぁ。

「…如何にも。何かご用向でしょうか?」

 慎悟を狙う肉食系女子たちが、慎悟の交際相手である私に用だとしたら、一つしかない。何言われるかとか想像付くんだけどさ、こう大人数で来られると…フェアじゃない気がするんだよなぁ。
 先程まで巻き毛と口喧嘩していた三浦君はちょっと離れた位置から傍観しており、私を助ける気は一切ないらしい。まぁ三浦君はそういう奴だよね。知ってた。

 私は居住まいを正すと、彼女たち一人ひとりに視線を送った。
 巻き毛以外は見事に知らない人ばかりだ。学校が違う人もいるだろう、中学生や大学生、下手したら社会人なりたてくらいの年齢の人もいるかも知れない…
 年齢層が幅広い。慎悟、魔性すぎるだろ。

「…宝生様に捨てられたあなたが、慎悟様に触手を伸ばすとは思いませんでしたわ」
「あなたは害のないタイプだと思っておりましたけど…まさか二階堂の力を使って彼を脅しているのではなくて?」
「傷物のくせに、随分と厚顔無恥でいらっしゃいますのね」
「言ったでしょう? この女は女狐だと。婚約破棄をして傷心であると見せかけて慎悟様を誑し込むしたたかな女なのです!」

 おい、最後。
 巻き毛、あんた誇張して話してないか。婚約破棄に関して私は傷ついてないし、その件で慎悟に泣きついたこともないぞ。
 全く失礼な巻き毛だな。
 
「嫌味を言いに来ただけなら、聞くだけ時間の無駄だからもういいかな?」

 聞いても何の得にもならない。損しかしない。だいたい慎悟はモノじゃないんだ。誰と交際すると決めるのは慎悟の勝手で、反対するのは本人たちの親兄弟のする仕事だ。
 恋敵の意見をいちいち聞いていたら交際も結婚もできないってものである。よって彼女たちの意見を聞いても何の益にもならないと判断させてもらった。

「お待ちなさいな。私達はね、警告してあげているのよ。ありがたく聞くというのが礼儀というものでしょう?」
「…警告、ねぇ……ただ自分が狙っているハイスペックな男子に彼女がいることが気に食わないから蹴落とそうとしているだけじゃないの?」

 今までの流れからして、ありがたいお言葉を拝聴できるとは思えないんだけど。私の自信を削いで別れさせようとしているようにしか見えないわ。
 エリカちゃん本人ならこういう状況苦手そうだなぁ。気が弱いエリカちゃんもパーティでこういう場面に出くわしたことがあるのかな。だから彼女は人付き合いが苦手だったの?

 彼女たちのお話を受け止めない姿勢を取る私の態度が気に入らないのか、お嬢様方は苛立ってきたようだ。だけど表情に出すのは一部だけだ。その中心人物らしいお嬢様(顔も名前も知らない)はにこやかな表情を維持したままである。
 ピンク色のIラインドレスを身に着けた彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。そして…

 バシャッ
「あら、ごめんなさい。手元が狂ってしまったわ」
「………」

 あろうことか私に飲み物をひっかけてきた。シャーベットオレンジのドレスにかけられたブドウ色の液体は…ジュース? それともワイン?
 なんてことをしてくれるんだこの女。飲み物を故意にかけるとか…どんな教育を受けたらこんな無礼な真似ができるんだ。
 彼女たちは私を見てクスクスと面白い見世物を眺めているように笑っている。…これが、社交界の洗礼なのか?
 …これが、お嬢様のやり方か……!
 
 私は巻き毛のことを裏でコソコソしない、正々堂々とした人間であると評価していた。だけどこんな人間とつるむなんて…巻き毛にはがっかりした。
 巻き毛がしたことではないけど、一緒にいるお友達(?)の行動はここにいる女性陣、そして巻き毛の総意であると私は認識した。

 私は俯く。
 このドレスまだ2回しか着用していないのに。気に入っていたのに……これ、クリーニングして落ちるのかな…ブドウ色だよ…
 何で初めての社交パーティでこんな……

 俯いた私が悲しんでいると思ったのか、目の前のお嬢様方は「嫌だわ、かわいそう」と心にないことを囁きながら嘲笑していた。
 ドレスを汚してしまえばパーティどころでなく、途中不参加することになる。私を慎悟から引き離そうとしているのか、ただの嫌がらせなのか…

 あーあ、お嬢様の仮面をかぶって、二階堂の娘として恥じない振る舞いをしようと思ったのに……もう短気な私がご機嫌麗しゅうだよ。
 私はゆっくりと顔を上げると、静かな声で言った。

「……ピンクドレスのあなた、名前は?」
「…え?」
「親はどこ?」

 私の問いに、ジュース引っかけ犯のピンクドレスは訝しげな顔をしていた。
 まず最初にこのピンクドレスはどこのどいつだ。会ったことのないお嬢様方の名前なんか知らないんだ。きっちり責任をとってもらうべくこの女の親にも落とし前をつけてもらわねば、二階堂の名が廃るではないか。それに今後の付き合いについても考えなきゃならないな。

「ドレスの弁償のこともだけど、娘の教育、社交界の洗礼について、あなたのご両親に色々お伺いしたいんだけどな?」

 私は培ってきたお嬢様スマイルを相手に向けた。
 なのに何故かピンクドレスとお嬢様一同はざっと後ずさった。中には「ヒッ」と引き攣った声を出す人間もいた。
 …おい、さっきの勢いはどうした? ありがたいお言葉をくれるって高飛車に言ってくれたじゃないのよ。

「聞こえなかった? …親を出せと言っているの。ありがたいありがたいお言葉をかけてくれるあなたのご両親なら、それはそれは素晴らしいお話をしてくださるんでしょうね…?」

 私がジュースひっかけられて悲しむ女だとでも思ってるのか? そんな小鳥の心臓してないわ! この体の心臓エリカちゃんのだけど!
 仮にも今の私は二階堂の娘だ。その娘に喧嘩を売ったのだ。
 親を、家を巻き込むことは覚悟の上なのだろう?

 私が笑顔のまま、じりじりと慎悟ハーレム(増量版)に近づくと、彼女たちはまるで猛獣に出会ったかの様な反応をする。どいつもこいつも青ざめ狼狽えている様子が窺える。
 失礼な。私はにっこり笑ってあげているでしょう? 何をそんなに怯えているんだ。

「はやく、あなたの親のところに連れて行ってよ。これからのことお話しなくちゃね?」
「こ、来ないで…!」

 ピンクドレスはまるで被害者のような口ぶりで後ずさりしているが、ここでの被害者は私である。親をまじえて、じっくりネッチョリお話しようよ。

「それとも、私が飲み物をかけ返してそれで手打ちにする? …好きな方を選ばせてあげるよ」 

 喧嘩両成敗という手段もあるな。お互い様ということでおさめてあげてもいい。
 泣き寝入りはしてやらないよ。私はエリカちゃんと違って優しくないからね。グラスになみなみ入ったジュースを頭上から浴びせてやるわ…! 浴びせた後にはお嬢様らしく高笑いしてやろうか…!

 先程の勢いはどこへ行ったのか、慎悟ハーレムの彼女たちは大人しくなってしまった。
 何だ、あんた達の慎悟への想いはその程度なのか? がっかりだわ。


「あらあら…手助けは必要なかったかしらね?」

 私が手慣らしに両手を握ったり開いたりしていると、何処からともなく武隈嬢が現れた。彼女は、顔色の悪い婚約者の賀上氏の腕に手を絡め、もう片方の手にはドリンクを持って、いつもの自信満々な様子で笑んでいた。
 年頃のお嬢様は色鮮やかなドレスを着用しているが、武隈嬢は黒のロングドレスでシンプルに仕上げている。それでも彼女が華やかな美人なだけあって、会場ではひときわ目立っていた。
 こんな美人に腕を抱かれているのに何故、メガネの賀上はこんなに死にそうな顔をしているんだろう…。

 武隈嬢はお嬢様方を見渡して、笑いがこらえきれない様子で笑っていた。ちょっと小馬鹿にしている感じの意地悪な笑い方である。

「ふふっ、エリカさんに喧嘩を売るだなんて、馬鹿なことして……冬眠中の熊を起こす真似なんかするから」
「私そんな大層なものじゃないよ」

 武隈嬢が変なことを言うから、誤解が生まれないように否定したが、誰も聞いちゃいない。
 お嬢様方は嘲笑されたことにムッとしたらしく、私ではなくて武隈嬢を睨みつけていた。

「あなた方が加納君に選ばれなかったのはそういうところよ。まぁ若くてそれなりの美貌があれば、誰かに選んでもらえるでしょうけど……嫌がらせに精を出すのではなくて、もう少し中身を磨いたほうがよろしいんじゃないかしら」

 まぁ…そうね、武隈嬢の言っていることは一理ある。慎悟は沢山の女の子からアプローチを受けてきたはずだ。だからその分、目も肥えているだろうから、単純に美人という理由だけでは選ばないだろうな……残酷な話、下手したら慎悟のほうが美人である可能性だってある…
 だけど今の彼女たちには武隈嬢のアドバイスを素直に受け止められなかったようだ。

「あなたには関係ないでしょう!?」
「知っているのよ、あなたの婚約者もこの二階堂エリカの婚約者を奪った女に首ったけだってこと!」
「婚約者を引き留めておく事ができない、そんな女に上から目線で言われたくないわ!」
「女として魅力がないってことじゃないの! あなただって選ばれなかった女ってことじゃないの!」
 
 私は聞いてしまった。
 お嬢様方が発した禁句を。

 私は見てはいけないものを見てしまった。
 武隈嬢の美貌が一瞬にして般若に変わり、その隣にいた賀上氏の顔色が土気色に変わった瞬間を。


 どうやら彼女たちは、冬眠中の熊をもう一頭起こしてしまったようである。


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