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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
さぁ、私の背中に乗って!
しおりを挟む上杉に六条御息所がぴったりって言われたので、改めてネットで調べたけど……なんだよこのホラーなキャラクター! 憑依のこと言ってんのか。私は自分から取り憑いたんじゃないやい!
私の反応を楽しむために言ったんだきっと。相手にしないぞ、あいつの思うままになってたまるか! …という愚痴を慎悟に話したら、慎悟は死にそうな顔をしていた。
「…文化祭に二階堂の当主様がいらっしゃるって言ってたよな」
どうやら今の慎悟は上杉どころじゃないらしい。くじで強制的にとはいえ、まだ二階堂のお祖父さんが婚約を認めてくれた訳ではないこの状況で女装姿を見られるのが不味いと考えているらしい。
…お祖父さんなら事情を話せば理解してくれそうだけど、その辺は慎悟のプライドの問題なのかな。
「大丈夫、きっと慎悟は絶世の美女になれるはず」
「嬉しくない」
もしかしたらファビュラスな絶世の美女になった慎悟を見たお祖父さんがその美しさに感動するかもしれないよ?
慎悟の役どころの藤壺の宮は光源氏の継母で、早くに亡くなった生母・桐壺に生き写しだと言われている。光源氏が生涯で最も愛した女性とされる。
光源氏は藤壺を慕い、父の妻と知りながら無理やり事に及ぶ。その後不義の子が生まれるが、藤壺はその子を夫である帝の子として育てたとか。
源氏物語をちょっとだけ読んでみたけど、長いし途中でうんざりしちゃったから、各あらすじをざっとネットで調べただけだ。源氏物語が好きな人には悪いが……私には光源氏が素敵だとは思えなかった。
巻き毛は慎悟には光の君しかいないと言い切っていたが……褒め言葉のように聞こえて、ある意味失礼じゃないかなって。慎悟はイケメンだし、リアルハーレム野郎だが、あんな最低男じゃないぞ!
慎悟は女装するのがすごく嫌そうだけど、彼の役柄が女性である藤壺の宮で良かったと私は安心している。慎悟が光源氏コスをして更に女の子にモテられたら、私がリアル六条御息所になってしまうかもしれないじゃない。
…いや、生霊とか死霊の飛ばし方わかんないけどさ。
「放課後に衣装の採寸がありますので、皆さん残ってくださいねー!」
クラス委員長の言葉に、慎悟は深いため息を吐いていた。
衣装類は例に漏れず、業者からのレンタルである。一部男女逆転しているので、服のサイズは大丈夫かと思ったけど、その辺りは大丈夫みたいだ。プロの衣装屋さんでは何でも揃うんだって。
着物は何度か着たことあるけど、平安時代の着物は更に動きにくいだろうな。
今年もクラスの中で内部分解があるかなと思ったけど、業者による接客指導を受けなくても出来るという人はそのまま好きに放置している。当日恥かくのは自分だから好きにしろってことらしい。
その方が精神的にも楽なのかもね。コミュニケーションとか団結的には問題あるけど、英学院は特殊な環境だ。私もその辺りのことはもう何も言わない。
さて、文化祭の出しものである源氏物語カフェ。お店で出すお菓子なども平安時代風なのかと言われたらそうではない。
平安時代はそんなに食べ物が豊富だったわけではない。美味しいお菓子も少なかったので、その辺りは現代の和菓子を外注している。お茶は日本のお茶を何種類か選べるようになっている。裏方班は接客の他に美味しいお茶の入れ方を練習していた。
私達接客担当は如何に優雅に食べ物・飲み物を運べるかを練習させられた。私達はいわばホスト。お茶や菓子を運んだ後はお客さんと同じ席について接客しなければならない。色恋含めないキャバ嬢やホストみたいなものであろうか。
この辺りは一昨年のコスプレ喫茶とちょっと異なるな。
「加納様、そこはもう少し女性らしくお願いします」
「……」
仮の衣装を羽織る形で女装を強いられている慎悟は、接客指導の業者さんに女性らしい仕草をするように指摘されて苦悶の表情を浮かべている。だけど大人しく言う事聞いている辺り慎悟の真面目ぶりが窺える。
でもね、慎悟。男性の方が女性らしくするのは得意なんだよ。ほら女形だって女性より女らしいでしょ? …極めたら君はきっと…。まぁ極めるつもりはないだろうけどさ。
しかし一昨年のコスプレ喫茶でも接客指導を受けたけど、今年はそれより指導が厳し目だな。平安時代がテーマだからであろうか? 私もさんざんダメ出しを食らって、ちょっとだけ凹んだ。
「よろしいですよ。今の感覚を忘れないでください」
接客指導を終えた生徒たちは皆一様にフラフラしながら帰宅していた。クラスメイトたちが教室を退出していく中で慎悟は喉を押さえて顔を顰めていた。喉が痛いのであろうか。
「お疲れ」
「うん…ケホッ」
少し疲れた様子の慎悟にねぎらいの言葉をかけると、彼は軽く咳をしていた。
「喋りすぎて喉乾いた? お茶買う?」
「大丈夫。空気が埃っぽいせいだ」
慣れない接客用語を繰り返し発声したせいで喉痛めたのかな? 明日コンビニでのど飴買って持ってきてあげよう。
文化祭前ではあるが、バレー部員は2日目に招待試合があるので私はこの後部活がある。慎悟とは下駄箱前で別れて、ひとり部室へと向かった。
「へっぷしょん!」
「ちょっと神崎大丈夫? あんた風邪じゃないでしょうね。招待試合まで1週間とちょっとなのよ?」
「大丈夫です! 気合で治します!」
どうやら珠ちゃんが風邪気味のようだ。珠ちゃんは元気よく「気合で治す」と言い切っていたが、こじらせない内に対処したほうがいいと思うんだ。ここ最近、寒暖差が激しくて風邪を引く人が増えてきたな。
……そういえば慎悟もさっき咳をしていた。薬飲んで早めに休めって連絡しておこうかな。風邪悪化して文化祭不参加とかになったら寂しいし。いや、女装免れるから逆に慎悟にとっては嬉しいことなのか?
風邪気味なら早く治せとぴかりんに命じられた珠ちゃんは一足先に帰っていった。私も風邪ひかないようにしなきゃ。
そういえばエリカちゃんの身体に憑依してから一度も風邪をひいていないな。エリカちゃんの身体の免疫力強いんでない? その代わり怪我は多いけどさ。
…馬鹿は風邪引かないとかそんなんじゃないよ。私だって風邪くらいひいたことあるんだからね。
■□■
翌朝、朝練を終えて教室に入った私は、コンビニで購入したのど飴を慎悟に渡そうと思って、席に座っている慎悟の肩をぽんと叩いた。
「しーんご、おーはよ」
「…おはよう」
振り返った慎悟は見るからに具合が悪そうであった。目はうるうると潤み、その頬は赤く色づく。見る人が見ればその色香に酔うところだぞ。……全く、朝っぱらからなに色気を発しているのだこの男は。
私は彼のおでこに手を伸ばして熱を測る。手のひらの温度が気持ちいいのか、慎悟は目をつぶっている。
…熱い。今しがた部活をしていた私よりも体温が高いのが手の平越しにわかった。
「…ちょっとあんた、体調悪いんじゃないの? 熱あるよ」
「大丈夫」
「体調悪いなら休みなさいよ。お迎えの車呼んであげるから…」
慎悟は大丈夫と入っているが、目がうつろだし、喋り方もぼんやりとしていて…間違いなく無理をしている。
私は二階堂家の運転手さんに電話をかけて事情を話して、迎えに来てもらうことにした。今日は通いの家政婦さんは加納家に来ているのであろうか……とりあえず途中で薬局に寄ろう。
「ほら、家まで送ってあげるから…」
「…ちょっとダルいだけだ。大丈夫」
「どうでもいい場面で強がってんじゃないよ。荷物はこれだけね?」
慎悟がなにやら渋っているが、病人の言うことは聞いてやらない。
「ほら、おんぶしてあげるから乗って」
「普通に無理だろ…」
「大丈夫! 部活で鍛えてるんだよ私は!」
椅子に座っている慎悟が背中に乗れるようにしゃがんだが、慎悟はぼんやりした顔で無理だろと一蹴してくる。格好つけている場合ではない。体調悪いのに男も女もないんだよ!
抵抗する気力もないのか簡単に腕を引っ張ることが出来た。それを肩に回して、私は立ち上がろうとしたが……
お・重い……嘘やろ…。
生前の私と慎悟の身長はそんなに変わらないのにこんな重い? いや、エリカちゃんの身体だから重く感じるだけなのかもしれない。筋肉隆々なわけじゃないのに重いな慎悟は!
今の私では慎悟をおんぶしてあげられなかった。鍛えているのに、彼氏ひとりおんぶできない役立たずなのか私は…!
思わず悔しさで顔を歪めた。
「…ふふ、無理だよ。体格差を考えなよ」
「うるさいな! さっきからニヤニヤこっち見て! 人が体調悪いってのに何笑ってんだよサイコパス!」
私は気づいていたぞ。こちらをじっと観察しているサイコパスの視線にな! なにを愉快そうに見ているんだ。慎悟が体調悪そうにしているのに……!
上杉はニコニコ笑いながら慎悟に手を伸ばしてきた。こいつ何をするつもりだ! 私はその手を叩き落として奴を睨みつける。
「慎悟にさわるな!」
「痛いなぁ…」
手を擦りながら私を非難するような目で見てくるが、私は悪くない。こいつの普段の行いが悪すぎるのだ。
慎悟は私が守ってみせるぞ!
私が慎悟の背中を支えてフラフラよたよたしていると、「仕方ないなぁ」と上杉が呟いた。奴は懲りずに再度手を伸ばすと、慎悟の腕を引っ張って自分の肩にもたれ掛けさせ、軽々とおんぶしていた。
流れるような動作に私はそれをあんぐりと見上げていたが、すぐにハッとして…歯噛みした。
こいつに借りなんて作りたくないのに…! 私が非力なばかりに…。悔しい…!
だが私には自分のちゃちなプライドよりも優先すべきことがあるのだ。
「あんたね、慎悟に手を出したら許さないからね! もしものことがあればタダじゃ置かないよ!」
「…こういう時くらい素直にお礼を言ったらどうなの」
慎悟の身体のことが第一である。慎悟のためなら悪魔に魂を売ることすら辞さない!
私は上杉が慎悟に無体な真似をしないように目を光らせながら、そのまま迎えに来た車に乗せるまでを手伝ってもらった。
慎悟を車に乗せ終わると、上杉から「僕もついていこうか?」と聞かれたが、そこは運転手さんに手助けしてもらうからと固くお断りさせていただいた。
慎悟はもう口を開くのさえしんどいようで、私達のこのやり取りの間ずっと黙り込んでいた。ずっと目を閉じてぐったりしていた。
彼のおでこに触ると先程よりも更に熱くなっている。
慎悟のことだ。文化祭の準備を心配して登校してきたんだろうけど、こんな時くらい休めばいいのに。
多分ただの風邪だと思うけど……
隣の座席に座っている慎悟の手を握ってみたけど、意識が朦朧としているせいで握り返してくれなかった。
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