お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

多分これが最後になる母校との戦い。せめて一矢報いたい。

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「…二階堂あんた、彼氏ができたんだってね」
「…はい、今日も応援に来てくれてます…」

 春高予選大会にOGである卒業生の先輩方が応援に来てくれたと思ったら、だいぶ前からコーチに恋している平井さんに捕まって尋問された。
 久々に会ったのに挨拶を抜かしてこれである。前にも言ったけど私はコーチのこと狙ってないから。私には最愛の彼氏がいるんですよ。
 
「平井も応援に来てくれたのか」
「はいっ、お久しぶりですコーチ!」

 そこへコーチが声をかけると、先程より2トーン高くなった平井さんの声。私に対する態度とは大違いである。何故私の周りはこうして敵対心を向けてくる女子が多いのであろうか……私は争いたくなどないのに。
 平井さんは以前よりも伸びた髪の毛をしきりに触りながら落ち着かない様子で、背の高いコーチをうるうるの上目遣いで見上げていた。大学に入ってお化粧を覚えたのか、今日は着飾って綺麗にしている。
 平井さんはミエミエな態度で話しかけているが、コーチは彼女の好意に気づかない。…私は周りから鈍感だと言われるが、コーチも負けていないと思うんだ。

「二階堂、ちゃんとストレッチは済ませたか?」
「あっハイ! バッチリですよ!!」
「まずは予選突破だが、来月の春高大会にも出場したいだろう? 何か異変があったらすぐに言うんだぞ」
「ハイ!」

 私が元気よく返事をするとコーチは頭をワシャワシャ撫でてきた。
 …多分これは背の低い私を犬猫のように撫でているだけだと思うんだけど、平井さんはそうは思わなかったようだ。視線が横からグサグサ刺さってくる。
 あれだよ、幼い子供の頭撫でるノリでナデナデされているだけ…私には彼氏がいますから…。コーチはただ、出場選手の体調をチェックしていただけ。珠ちゃんとかもよく撫でられてるし、私が特別なわけじゃないよ。
 コーチは他のメンバーの調子を確認すべく、私達から離れていくと、他の人にも同じように声を掛けていた。それを見送った平井さんは「調子に乗らないでよ」と私を威圧すると、コーチのもとに駆け寄っていった。

 こわい。
 大学部に入ったらまた同じバレー部になるから仲良くしておきたいのに、私は相変わらず平井さんに嫌われているようだ。


 今日から春高大会出場をかけた地区予選大会が行われる。一番の難関は強豪・誠心高校。いつも決勝戦でしかかち合わない、超えられない壁。
 いつも予選準優勝の英女子バレー部だが、それでも近年成長を見せている。…誠心高校を撃破するのは、そう遠くない未来かもしれない。……もしかしたら今回の予選かもしれない。

 新しい監督に変わった誠心高校はどんな戦いを見せてくれるのか。私はそれが楽しみでならなかった。



 試合は順調に勝ち進んでいた。
 スパイクを防御されるのはいつものこと。こっちも団結して、いろんな攻撃方法にてポイントを奪っていく。
 応援組の部員たちの声援がコートの中にまで届いてきた。中でも大きな声で応援するのは珠ちゃん。彼女は今回補欠待機である。文化祭の招待試合では出場をさせてもらっていたが、今回はレギュラーではない。
 ……多分、試合途中で誰かと交代させるんじゃないかなと予想している。変わり種をここぞというときに投入するのも戦略のひとつだもんね。──それを考えると、私が途中で交代させられる可能性があるので、気を抜かないように頑張らねば。
 出来ることなら最後まで戦いたい。


■□■


 決勝試合まで勝ち進んだ私達は現在、宿敵・誠心高校女子バレー部の面々と対峙していた。私の母校のはずなのに、宿敵になってしまった誠心高校の選手らは気を抜くことなく、私達の動向を注視していた。
 私はその日も調子がよく、慎悟に贈ってもらったサポーターを付けて、元気よくスパイクを放っていた。

「3番だ! 3番の動きに気をつけろ!」

 誠心の新しい監督は人のことをチビチビ罵倒することはないようだ。
 “3番”
 私は背番号で呼ばれた。試合1セット目から相手に目をつけられてしまったのだ。これまでに私も何度か試合に出場したので、背が低いってだけで油断させられないようである。
 ……最初に出場した時はそれが通用したんだけどねぇ…

 私はブロックに適さない背丈なので、相手チームのアタックがあった際はブロッカーに任せる。その際、レシーブに回ってしまうと、どうしてもタイミングが合わずに攻撃ができなくなるのだが……どうやら先程から私は標的にされているようだ。
 相手選手を潰すための、よくある集中攻撃である。仕方ないけど、悔しいな。
 でもとりあえずボールを拾わねば。相手チームにポイントを奪われてばかりじゃ悔しいじゃないか!

 私はリベロの子に負けない働きを見せた。怪我をしないように周りを見ながら必死に守った。チームメイトたちも必死に頑張った。声を掛け合ってお互いを励まし合って頑張った。
 だけど強豪相手だ。相手の方が実力は上だ。どんどん追い詰められていく。誠心高校の勢いに押され、攻撃に力が入らない。
 コーチが落ち着けと声を張り上げているのが聞こえるが、メンバー全員が焦っていた。

「あっ!」

 相手側からのスパイクボール。味方側のブロッカーが妨害しようと腕を伸ばしたはいいが、当たりどころが悪かったボールが明後日の方向に飛んでいく。
 ちょうど後方にいた私はそのボールを追いかけてコートの外へ出た。
 ボールは思ったよりも高く跳び上がり、フリーゾーン外へボールが流れそうになった。それを追いかけると、味方に向けてレシーブした。ボールが壁とか床にぶつかってないからこの場合もセーフなのだ。
 ボールはコート内に戻り、それをぴかりんがトスして相手コートに流した。私はすぐさまコート内に戻ると、迎撃体勢を整えた。

 2セット目の段階で、私達は1回も勝てなかった。次セットを奪われたら試合は終了。いつもの準優勝で終わる。だが、ここで諦めたくはない。
 英学院側がタイムを要求した。コーチの作戦指示を聞きながらタオルで汗を拭い、水分補給をする。私は深くため息を吐き出した。
 ──誠心高校はやっぱり強い。私達も強くなったつもりだが……壁が高すぎる。

「橋本、お前ふくらはぎ痛めているだろ」

 だが私の調子はすこぶる好調。諦めずに頑張るぞ! 私が拳を握って気合を入れ直していると、コーチが2年のスパイカー橋本さんに声を掛けていた。
 試合に集中していたから気づかなかった。橋本さん怪我したのか。 

「…! 大丈夫です! 私はまだ戦えます」
「だめだ。今それを無視して続けたら余計に悪化する。神崎と代われ」

 橋本さんは交代指示にショックを受けていた。怪我だもの仕方ないよね。……だけど彼女の気持ちもめちゃくちゃ良くわかる。
 ガクリと脱力した橋本さんは私よりも頭一つ分大きい。私よりも高身長でバレーに恵まれた体格を持つ彼女は、頑張って頑張ってようやく今回レギュラー入り出来てすごく喜んでいた。
 その矢先の交代命令である。凹むに決まっている。

「…橋本さん、落ち着いて。2年のあなたにはまだチャンスが残ってる。今は怪我を治すことに集中!」
「二階堂先輩」
「私も怪我で途中棄権してボロ泣きしてたでしょ? だけど怪我をしっかり治したらこうして出場できるようになったんだよ」

 それにこのまま怪我したまま彼女を出場させても、チームの足を引っ張ることになるのだ。
 彼女の気持ちもわかるが、試合のことを考えるとどうしようもない。悔しい気持ちで一杯になったのか橋本さんは手で顔を覆って泣き出してしまった。

「橋本、泣くんじゃない。大丈夫だよ! …私達が相手に一泡吹かせてみせるから…!」

 私が後輩を宥めていると、闘心に燃えたぴかりんが私の肩をがっちり掴んできた。ちょっと力入りすぎかな。「ねぇ、エリカ?」と同意を求められたのだが、その迫力に私は頷かざるを得ない。
 ……ぴかりんの目が言っているのだ。【アレ】をやるぞと。
 まって、今さっきの誠心高校の勢い忘れたの? こっち防戦一方だったじゃないの。失敗したらどうするのよ。そもそもぴかりんはセッターポジじゃないでしょうが。

 目の前の誠心高校に勝たずとも、決勝戦を戦う私達は二組に託される春高大会の切符を手にしている。だけどここで諦めて負け戦を行うというのはプライドが許さないのであろう。
 私も同じだ。なんたって最後なのだ。最後の予選試合。すべての力を出し切りたいのが本音である。

 3セット目が開始された。英学院側がサーブ権を取ったので、笛の合図とともに珠ちゃんが勢いよくジャンプサーブを放った。
 そのボールは飛距離があった。やっぱり体格に恵まれると、その分筋肉も多くつく。私はそれが羨ましい。頑張って筋肉つけたけど限界があるんだよなぁ。

 そのサーブボールを誠心高校側が拾い、先程と同じく私を狙ったスパイクを放ってきた。珠ちゃんもインターハイの予選に出場していたから、あちら側も彼女の実力を軽く知っているはずだけど、先に私を潰すために攻撃してきたのであろう。
 私はレシーブでそのボールを拾うと、セッターが珠ちゃんに打ちやすいようにボールをトスした。

 生前の私のフォームを取り入れたオープン攻撃を珠ちゃんが放つと、ボールが相手のブロックの手をすり抜けていく。しかし残念ながらあちらのリベロが拾ってしまったのでポイントにはならなかった。すぐさま次に切り替える。
 その時タイミングよく、ぴかりんがトス体勢に入った。だけど彼女はトスと見せかけて、ネット前にいる私の頭上めがけてスパイクを放つ気満々である。
 バシッと痛々しい音を立てて叩かれたボールが勢いよくこちらに向かってきた。

「エリカ! 打てぇぇ!!」

 ぴかりんが吠える。
 打てと言われたら打つしかない。
 私は力強く床を蹴り上げると、宙を舞った。
 打たねば…! 
 私の中の燃えたぎる闘志に、更に火が付いた。

「うらぁぁぁっ!」

 大きく利き腕を振りかぶって、ぴかりんのスパイクボールを更にスパイクする。絶対に取らせない! このボールは取らせんぞ!!
 力強く打ったダブルスパイクボール。だけど相手チームも見逃さずにブロック体勢をとった。相手ブロッカーの右手首に思いっきりぶち当たり、そのボールが跳ね返ってきた。
 威力の上がったボールはものすごい勢いで戻ってきた。しかし、勢いが良すぎてサービスエリアに吹っ飛んで行って着地したので、こちらにポイントが入る。
 
 私はホーッとため息を吐き出す。
 うまく行ってよかった。この攻撃は下手したら自爆しちゃうからね…いざというときの奥義なんだよ。
 ヒヤヒヤしていた私の気持ちなんか気づかないのか、ぴかりんがメンバーの士気を上げるべく、拳を突き上げて大声で叫んでいた。

「この調子で打ってくよー!! 目指せ、打倒誠心ー!」
『はいっ!』

 メンバー全員元気よく返事をしていたので、士気は上がったらしい。
 ……私の手の平は保つであろうか。
 どうしよう、グローブみたいに腫れ上がったら。そんな事を考えながら、私はポジションに戻ったのである。
 
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