お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

フラグが立った。気遣いがとてもつらい。

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 去年西園寺さんがバレンタインに贈ってくれたエリカの鉢は、二階堂家家政婦の登紀子さんに世話をしてもらっており、健在だ。今年も綺麗な花を咲かせている。その隣にお祝いでもらった寄植えを飾った。
 ぽつんとひとつだけ鉢植えがあるよりも、賑やかになっていいね。窓際で太陽の光を浴びる白色のエリカはなんだか気持ちよさそうに見えた。


 英学院の3年生たちの進路が大方決まり、後は卒業を待つことになるのだが、エスカレーター式のこの学校では卒業式まで普通に登校して授業を受けることになる。
 とはいえ授業と言っても、3年間の総復習で各々自習して、巡回する先生に質問する個別塾みたいな感じなのだが。

 幹さんと家庭教師の井上さんのおかげで、学力底辺脱却できた私は随分賢くなった。3年前と比べるとすごい進歩である。
 以前はわからないことがわからなかったけど、今でははっきりわからないことがわかるようになったぞ! 胸張って言うことじゃないが、私の中ではすごい成長なのだ。
 まだ勉強が楽しいとは思わない。生け花も首をかしげる出来映えだし、英会話能力も赤ん坊が幼児に変わった状態である。…ホント、ポンコツですみませんだよ。
 それでも着々と私は前進している。それを自画自賛しても許されると思うんだ!


■□■


 下級生たちの学期末テスト前なので今日から部活休止になった。3年だけ部活というわけには行かないのかと顧問に聞いたけど、駄目らしい。
 卒業まであと僅かなのにひどい。大学部のバレー部に入れるのもだいぶ先なのに、その間私はどうしたらいいんだ! バレー不足で干からびてしまうよ!!
 必死に訴えたけど顧問に早く帰れってあしらわれてしまった。
 
「経営学部受かったから4月からよろしくー」

 終始受験をナメているのかという態度でいた三浦君だが、何の憂いもなく大学部外部受験の合格報告にやってきた。
 わざわざ、下校時の私達を待ち伏せして。

「…え、わざわざ学校にまで来て報告するの?」
「あんたにじゃなくて慎悟に報告しに来たんだよ」

 左様か。
 慎悟の連絡先知っているんだから、別に会いに来なくてもいいんじゃないのか? 慎悟のこと好きすぎだろ三浦君は……
 三浦君の学校は自由登校に入ったらしい。暇だったので、報告がてら会いに来たそうだ。でもそういうのって自由に出歩いても許されるのだろうか。自由登校期間は家で自主学習してろって期間なのでは…

「……三浦君? 久しぶりだね、元気にしてた?」

 慎悟と三浦君が会話をしているそこに割って入ってきたのは…奴だ。今は帰宅時間だものね、ここにいてもおかしくないよ。
 同じクラスだもの、帰る時間が被っても何らおかしくない……だけど相手が奴と言うだけで、私をストーカーしているんじゃと疑ってしまう。

「上杉か、久しぶりだな。元気元気」
「相変わらず仲がいいね君たち」
「だろぉー!」

 上杉がにこやかに笑うと、三浦君が慎悟の肩に腕を回して自慢気にドヤっていた。
 そういえば三浦君と上杉も同じ小・中出身なんだったっけ?……となると三浦君は、上杉のことをどういう印象で見ていたんだろう。

「4月から俺も英学院の大学部に入学することになったんだ。上杉も経営学部なんだろ? またよろしくな」
「そうなんだ? 外部入学していったから大学も他の大学に行くのかと思っていたよ」
「いやー慎悟いないからつまんなくてな~」

 見た感じ、普通だ。
 三浦君も癖があるから上杉と合わないだろうと思ったけど、普通だ。彼は上杉の本性を知らないのかな。…まぁ知っても我関せずを貫くかもしれないけどさ。
 三浦君と慎悟の仲良しアピールに、上杉は興味なさげにふーん…とうなずいている。そういえば上杉は特別仲のいい友達がいないよね。彼らを見て羨ましいと思わないのであろうか。

「そうだ」

 なにか思いついた様子で、突然クルッと首を回した上杉が私の方を向いてきた。
 思考を読まれたのかとヒヤッとした私はビクリと肩を揺らしてしまった。
 
「ねぇ、バレンタインには何を贈るの?」
「はっ!? …なんであんたにそんな事教えなきゃいけないの」

 今の会話からの流れで何故バレンタインの話題になるのだ。ていうかバレンタインに私が何をあげるかとかあんたには関係ないでしょうが。

「だって阿南さんとお菓子作る約束をしていたでしょ? 君は何を作るのかなと思って」
「さらっとネタバレするのやめてくれる? 私サプライズのつもりで計画してたんだけど」

 去年のバレンタインでは慎悟にカレーを振る舞ったので、今年はカレーに加えて手作りのお菓子も贈ろうと考えていた。 
 私はお菓子作りをしたことがないので、阿南さんに指南を受けようとそのお願いをしていたのだが、それを上杉に聞かれていたらしい。どこで聞き耳立てていたんだこいつ……それとも教室に潜むスパイか…? 本当誰なんだよスパイ。

 慎悟に秘密で進行中だったのに、この上杉は本人の前で…! ガッツリ聞かれてしまったじゃないか。私がちらりとサプライズ予定の相手を見上げると、慎悟は少し驚いた顔をしていた。
 あれ、これフライングサプライズになるのかな?

「へぇ、意外。あんたお菓子とか作るんだ?」

 三浦君が眉をヒョコッと動かして、何やら感心していた。私からお菓子作りが連想できないのであろう。でも私も自分がお菓子作りに挑戦するとは思わなかったよ。

「ううん、お菓子は作ったことがない。だから阿南さんに教えてもらうの。……当日まで慎悟には内緒にしておきたかったのに」

 バレンタイン当日に驚いた慎悟の顔が見たかったのに…! 恨みを込めて上杉を睨みつけると、上杉は悪びれもせずにニコニコと笑っていた。

「僕にもちょうだいよ。切れ端でもいいよ。君の作ったものならどんなにまずくても喜んで食べるよ」
「嫌ですけど!? それと勝手に人のこと料理下手設定にしないでくれる!?」

 何言ってるのこいつ、何を言っているの本当に。何故私がストーカーに餌を与えねばならないんだ! それで私はなにか得しますかね!?
 確かにお菓子作りの経験はないが、下手とはまだわからないんだぞ! 失礼だその言い方は!! 腹立たしいな!
 私が警戒して構えている姿がおかしいのか、上杉はニコニコと楽しそうに観察してくる。止めろ…こっちを見ないでくれ。気力を吸い取られそうになる……
 私だって奴を無視したいんだよ。だけど、無視できないように声かけてくるんだ……。ああ怖い怖い。

「…なんだか随分と愉快な奴になったな上杉」
「あれはもう執着だ」

 三浦君の呆けた声の後に慎悟が注釈を入れた。執着か……確かに上杉の行動は恋とか愛とかそういう感情ではない。なので怖い。
 しかし上杉の本性を知らない三浦君にはピンとこないのであろう。慎悟の言葉に不思議そうな顔をしていた。

「ほら、帰るぞ笑さん」

 慎悟に手を引っ張られて私は正門を後にした。三浦君と上杉を残したままで大丈夫かな? …三浦君も癖が強いから混ぜたら危険な気が…。
 そのまま専用駐車場で待っていた二階堂家の車の前まで送ってもらった。上杉の奴、最近人前でも堂々と声を掛けてくるから、こうして送ってくれるのは有り難い。

「慎悟…」
「あんた以外の贈り物は受け取らない。…だから楽しみにしてる」

 また明日ね、と言おうとしたら、彼はとある宣言をしてきた。……私以外の贈り物、といえば先程のバレンタインの話題のことか?

「でも…」

 慎悟を慕う女の子たちは絶対に手段を選ばずにバレンタインの贈り物を渡そうとするんだけどな……去年だって下駄箱や机の上に置かれていたじゃない。紙袋いっぱいに贈られていたじゃない…。
 受け取らないというのは可能なのか? いちいちお断りするの大変じゃないか?

「あんたに不誠実な真似はしたくないんだ。俺がしたいことなんだ、気にしないでくれ。…じゃ、また明日な」

 照れくさそうな顔をして私の頭をクシャ、と撫でると慎悟は踵を返していった。加納家のお迎えの車に向かっていく彼の姿を私は見送る。
 ……慎悟の気持ちはとっても嬉しいが、それってフラグじゃない? 私のリンチ被害拡大しない?
 過激派たちはそう簡単に納得しないと思うけどな……初めてのお菓子作りを計画したバレンタインが楽しみだったのに、一気に恐ろしくなったんですが……えぇ。


■□■


「初心者ですのにとてもお上手に出来ましたね、二階堂様」
「阿南先生のお陰だよ。教えてくれてありがとうね」

 阿南さんを二階堂家に招き、彼女からお菓子作りをレクチャーしてもらった。お菓子は分量が命と言われるが、分量なら任せてほしい。好物のカレーを作る時にその法則はしっかり守っているんだ。
 後はレシピと阿南さんの指示を聞きながら一つ一つ丁寧にやれば出来たよ。まぁ、慣れないことしたから少しもたついたけど、無事に出来上がった。

 慎悟は舌が肥えているだろうから、これで満足してくれるかな……
 彼の大好きなチョコレート(ベルギー産)を取り寄せて、頑張って濃厚チョコレートケーキを作った。味見をした阿南さんも太鼓判を押してくれたのでとりあえずひと安心だ。明日のバレンタインデーにこのケーキと、辛さ控えめのカレーを作って持っていこう。


 お高いカップに琥珀色の紅茶を注ぎ入れると湯気がムワッと広がり、花のように甘い香りが漂った。
 お茶を阿南さんに出すと彼女はお礼を言ってそれを受け取るなり、エレガントな仕草で飲んでいた。煎れたてだけど火傷とか大丈夫かな。

「それにしても…櫻木様達に限らず、他の女性の贈り物を受け取らないとは…加納様も随分思い切りましたね」

 それだ。私はそれが怖くて戦々恐々としている。私は決してか弱くないけど、それでも加納ガールズは怖いんだ。だって過激派なんだもの。彼女たちを前にすると、猛獣に囲まれたレンジャーな気分になる。
 私が表情を曇らせたことに気がついた阿南さんが元気づけるように両手を握って声を掛けてきた。

「大丈夫ですよ、私達もついておりますわ」

 もう完全にフラグが立ってるよね。
 阿南さんも絶対に加納ガールズの暴動が起きるって予想しているんでしょ。

 初めて自分の意志でバレンタインに好きな人へ贈り物をすると決めて、気合い入れて頑張った。
 楽しみな半面、加納ガールズたちの反応を想像すると憂鬱という、複雑すぎる気持ちのまま、私はバレンタインデーを迎えるのであった。
 
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