お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

誓いの言葉

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 2月の下旬になると下級生たちのテスト期間に入った。私達3年生は彼らの邪魔にならぬよう静かに過ごしている。
 この頃になると3年生全員の進路は大方確定した。

「4月から同じ学部なのね。よろしく、エリカさん」
「あ、うん……よろしくね」

 今日も絶好調の武隈嬢は、顔色を土気色にさせた婚約者の賀上氏の腕を掴んでニッコリと笑っていた。

「あの女は別の学部だそうよ。これまで彼を放し飼いにしてきたけど、これで年貢の納めどきだわ」

 そう言って笑う武隈嬢の顔は、鏡の前で笑う白雪姫の継母のようであった。端的に言えば、怖い。賀上氏はやはり彼女に逆らえない様子で沈黙を守っていた。

 瑞沢嬢はてっきり家政学部に進むと思っていたが、彼女には学びたい学問があるそうで文系学部に進学すると言っていた。宝生氏が頼りないから自分がしっかり支えると宣言していたので、てっきり役に立ちそうな学部で学ぶと思っていたが……まさか心理学部を選ぶとは。
 だけど彼女自身のトラウマと向き合ういい機会になるかも。宝生氏から離れて広い世界を見たら彼女も大きく変わるだろう。2人が別れるとかそういう意味じゃなくて、別の場所で違うものに触れて学ぶことによって、瑞沢嬢が人間的に成長する機会だと思うんだな。宝生氏は知らん。
 大学部には外部入学生もいる。瑞沢嬢を理解する新たな友人ができるかもしれないじゃない。心理学にも色々種類があるので大学入学してからコースを選ぶとか彼女は言っていた。それらが瑞沢嬢にとってプラスになればいいよね。


 残すところ、高校生生活もあと僅か。初めて英学院にやってきた時の印象は最悪そのものだったけど、今では卒業するのが惜しい気持ちでいっぱいである。
 大体の生徒はそのまま大学部に進むけど学部も異なるし、やっぱりちょっとさみしくなるよね。


■□■


 2月も終わりに差し掛かるある日曜日のことだ。私は慎悟とのデートの締めくくりで、海にやってきた。
 もうすぐ3月といえど、気温は低く寒い。だけど今日は風も弱く、波も穏やか。強い風が吹かないだけマシである。
 私がこれから海に行きたいと提案したら、慎悟は「えぇ?」と言いたげな顔をしていたが、私がどうしても海がいいと押しきったのだ。


 駐車場に車を待たせると、私は慎悟の手を引いて砂浜に足を踏み入れた。
 時刻は夕方。夕焼け空が海に反射して橙色に染めている。慎悟と海に来たのはこれが2回め。1回目は異国だった。台湾のデートスポットで一緒に夕焼け空と海を眺めたんだ。

「…寒くないか?」
「着込んできたもん。寒いならマフラー貸してあげるよ」

 私のマフラーを貸してあげようと慎悟の首に巻こうとしたら、逆に巻き返された。女が体を冷やすなだってさ。紳士か。
 
 流石にこの時期にサーフィンする命知らずはいない。遠い遠い海岸線の向こうに犬の散歩をしている人影が見えるが、どうやら追いかけっこしているようだ。巻き毛が慎悟としたかった砂浜で追いかけっこ遊びしてるぞ、飼い主とペットが。

「私達も…追いかけっこでもしようか」
「しない」

 追いかけっこのお誘いを拒否られてしまった。冷たいな。ここに実家のペロを連れてきたら喜んだだろうな。ペロなら喜んで追いかけてくれるのにな…

 その後私達は海を見つめながらポツリポツリ話をしていた。何故この時期に海に行きたかったのかは特に理由はない。ただ前に約束していたなと思って急に行きたくなったのだ。
 隣に並ぶ慎悟の手が冷たいので、手を繋いだまま、私の着用しているコートポケットに入れようと思ったけど、身長差で慎悟が屈まないといけなくなるから断念した。

 ザザァ…ンと波の引く音が耳に響く。
 ……私は彼にどうしても伝えたいことがあった。伝えようと思えばいつでも出来たけど、できれば二人きりの時に伝えたかった事。
 改めて伝えるのは恥ずかしいし照れるけど、卒業という節目の前に彼へ伝えたい。

「今日はね、慎悟に伝えたいことがあったんだ」
「……伝えたいこと…?」

 私の言葉に慎悟は不思議そうな顔をした。
 もうすぐ付き合い始めて1年になる私達。付き合うきっかけとなったのは私の自爆だ。勢いで気持ちを伝えたようなもの。
 自分から好きだよって気持ちを日頃から伝えるようにはしているが、これは私にとってのけじめなのだ。

 私と向き合う慎悟は今から何を言われるのか想像できずに困惑している様子。その表情に少し不安が含まれているような気がする。
 情けない顔をしてどうしたんだ。思わず笑ってしまったじゃないか。私が笑い声を漏らすと、慎悟は眉をひそめてしまった。
 いかんいかん、真剣な告白なのに笑ったら駄目だぞ私。私はすぐに表情を切り替えて真面目なものにすると、深呼吸をして落ち着かせる。

 可愛らしい告白の仕方とか私にはわかんないや。だって脳筋だもん。どストレートに気持ちを伝えるやり方しか思いつかないや。

「宣誓! 良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います!」

 宣誓のセリフを大声で叫ぶと、慎悟がビクッと肩を揺らしていた。思ったより声が大きくなった。びっくりさせてごめん。
 
「……私は、慎悟も御存知の通りバレー馬鹿の脳筋女でしかない。私はエリカちゃんにはなれないし、お淑やかな令嬢にもなれない。だって私は私でしかないから」

 私はたくさん考えた。
 お嬢様ぶるのに誰かの真似をしたこともある。そうすると自分で自分がわからなくなって迷いが生まれた。
 …考えて悩んでいた私に、慎悟は答えをくれたんだ。それは私が欲しかった答えだったのだろう。言われた瞬間肩の荷がフッと降りて軽くなったもの。
 慎悟に相応しい令嬢にならなきゃと焦っていたけど、だからといって誰かの真似をする必要はなく、“私”という令嬢になれば良いんだと言われた気がしたんだ。

 目の前にいる彼は私の大好きな人であり、理解者だ。…私はきっと君の手を手放せないであろう。

「こんな面倒な私を大切にしてくれて、支えてくれる慎悟が好きだよ、大好きだよ。心から愛している!」

 慎悟は私の大部分を占める重要な存在なのだ。君なしの人生はもう考えられない。
 これからも私は頑張る。慎悟の隣にいたいから。与えられた生を全うしたいから。
 私を笑と呼んでくれる慎悟と共に歩いていきたいから。

 思いの丈をぶつけていたら熱が入ってまた声が大きくなった気がした。
 だって心臓の音が大きく聞こえてきて、自分の声がかき消されちゃうのだもの。慎悟に伝わらないと意味がないから、はっきりしっかり伝えたくて声が大きくなってしまう。

「だから誓う。私はあんたの一番の理解者となり、どんな事があっても隣で支え続ける!」

 例えこの先どんな苦難が待ち構えようと、私は離れない。慎悟の心が折れることがあれば、私が支柱となって支えてあげるんだ!
 ……どちらかの命が尽きるその瞬間まで、一緒にいてほしいなんて言ったら引かれてしまうであろうか。2度死んだくせに今更? と笑われてしまうであろうか?

「寿命で命尽きるその瞬間まで、私のそばにいてください! お願いします!」

 私は手を差し出して頭を下げた。
 うわぁあ、プロポーズってこんなに緊張するのか。いや私からだと逆プロポーズになるのかな?
 婚約した私達は将来を約束された間柄だけど、個人でプロポーズをしたわけではない。
 私達の場合は特殊だ。慎悟も私も葛藤しながらも自分の心に嘘をつかないことを選んだ。…生半可な気持ちではない。
 私の覚悟を慎悟に知っておいてほしかった。

 彼は私の手を掴むと、強く引っ張ってきた。勢い余って私は慎悟の胸に飛び込む。
 慎悟はギュウッと力強く私を抱きしめると、私の頭を抱え込み「はぁぁ…」とふかーいため息を吐いていた。

「本当、あんたには敵わないよ」

 どうやら逆プロポーズを受け取ってくれたらしい。私は嬉しくなって、彼の背中に腕を回した。

「…言われなくとも、もう離してやらない」

 慎悟の口説き文句に、私は胸が苦しくなり、なんだか泣けてきそうになった。お互いに言っている内容は重いが、私達にとっては特別なことなんだ。
 …あぁ幸せだ。
 きつく絡められていた腕が少し緩められると、慎悟は軽く身体を離した。顔を覗き込むように身を屈め、目元に口づけを落としてきた。
 くすぐったくて、ふふと笑い声を漏らしながらギュッと目をつぶると、おでこや鼻、頬にも口づけが降りてきた。

「…あんたは笑った顔が一番綺麗だ」

 至近距離から目を見つめ、ささやき声でそう言うと彼は唇を重ねてきた。
 外はまだ冬だ。風はなくても寒い。海から流れてくる冷気は容赦なく肌に突き刺さり、痛みを感じるくらいだ。

 だけど今は体が熱い。慎悟の体温を分けてもらっているからか、それとも私が発熱しているからかはわからない……

「……そうだ、これ」

 キスの余韻でぼんやりしていた私に向けて、慎悟がとある箱を差し出してきた。

「……これは……」

 それはドラマや映画でよく見る、指輪ケースのようなものだ。
 ちょっと待てよ慎悟君、私は親の金で購入したアクセサリーは嬉しくないと言ったはずだよね? 普通はここで贈り物に感激するべきなのだろうが、私は素直に喜べなかった。
 慎悟は私の反応を想定済みだったのか、首を横に振り「違う」と否定してきた。なにが違うというのか。

「自分で稼いだ資産で購入した。親の金ではない」
「……いや、高校生が手を出せる代物じゃないと思うなこれ……そもそも稼いだってなに?」

 その言い方だとお小遣いじゃないんでしょ? 
 アクセサリーに疎い私でもこのブランドのロゴを知っているぞ。老舗のジュエリーブランドでしょ。…お母さんがCMを観ながら「欲しいけど高い」とぼやいていたことあるもの……
 ていうか慎悟はアルバイトでもしていたの? お父さんの会社のお手伝いでお給料もらったとか?

 失礼に当たるかもしれないが、カネの出所が気になって問いかけると、慎悟は平然とした顔で「株だよ」とのたまった。

「…株…高校生が? 株できるの?」
「株の売買方法は中学の時に祖父から習った。親権者の許可とかその他諸々条件クリアすれば未成年でも売買できるんだ。経済の勉強にもなるよ」

 値上がり益と配当金が貯まったから、その分で購入した。数年前から投資してた株がせり上がったんだ。と説明する慎悟が別次元の人間に見えた。
 これだから頭のいいやつは…セレブってやつは…

 慎悟は株の説明しながら箱を開ける。中には細身のシルバーリングが収まっていた。デザインは華奢である。わぁー…高そう……え、これ私がつけるん?

「指輪はバレーの邪魔になるだろ? バレー選手はネックレスを付けてる人が多い。これなら邪魔にならないと思うんだ」
 
 そう言って、慎悟はコートのポケットから新たに細長い箱を取り出して、中から細いネックレスチェーンを出してきた。

 ……これもお高いんでしょ?
 誕生日でもなんでもないのに、高価なプレゼントを貰った私が動揺しているとわかると、慎悟は苦笑いしていた。

「婚約指輪だよ。プロポーズはあんたに先越されちゃったけどな」
「…なんか、悪いよ…私あんたにお返しで指輪買ってあげるほどお金ないし……」
「俺のはいいよ。これは俺のけじめなんだ。普段はネックレスにしてつけてくれてもいいけど、たまには指にもつけてくれよ」

 彼はそう言うと、左手を取って薬指に婚約指輪をはめた。
 結婚はまだ先の話だと思っていたのに、こうして左手薬指に指輪をはめられると、慎悟のお嫁さんとして予約されているとアピールしているようである。
 既に婚約しているけど、指輪を贈られたことで一気に自覚がね?

「…ありがとう……ふふ、なんだかもう結婚したみたいだね」

 指輪をはめている薬指を撫でると、実感が湧いてきた。私が照れ笑いを浮かべながらお礼を言えば、慎悟は優しく微笑み返してくれた。
 私の一世一代の逆プロポーズ作戦のはずが、相手から婚約指輪を贈られてすごく驚いたけども……指輪が光る左手を見ているとむず痒くてくすぐったくて、とても幸せな気持ちになった。

「…私も株始めようかな」
「今度教えてやるよ。…そろそろ帰るか。卒業式を風邪で欠席とかになったら締まらないしな」

 私が株売買をはじめて、お金が貯まるかは定かではないが……運よく貯れば、慎悟にも指輪を贈ろう。…女性から男性に婚約指輪を贈るってアリなのかな? 

 体を冷やしすぎるのは良くないから帰ろうと左手を取られて引っ張られた。
 私はその手に指を絡めてしっかり握り返した。二度と離れないように。


 この手は離さない。

 君の優しさを知ってしまった今はもう、君から離れられないんだ。

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