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番外編・大学生活編
私のいない世界
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夕暮れ時、見慣れたバス停。帰路につく人々。懐かしい感じがする。ここはどこだろう……
停車したバスから下りてきた少女。あれは私…?
ちがう、エリカちゃんだ。
背中に突き刺さるナイフ。
腕の中でエリカちゃんが悲鳴を上げている。だけど私にはこうして庇ってあげるしか出来ない。
あぁ、またあの日の夢を見ているのか。
いつだって夢の中では自由に動けない。
いつも決まって最後は死ぬのだ。
地面に広がる赤、赤、赤。
私の血は地獄で見た曼珠沙華のように散らばっていた。
『──二階堂さん、君のせいじゃない。あまり気に病まないで』
その男は、棺の前で跪いて涙を流す少女にそっと話しかけた。
『…えっと』
『同じクラスになったことがあるのにひどいな。僕は上杉』
涙で濡れた彼女の頬を指で撫でて、苦笑いするその男……
そして泣いているのは……二階堂エリカご本人。私は物言わぬ躯となって棺の中に納められているのだ。これは私の葬儀。私が死んでこの世からいなくなってしまった世界。
それはそうとして……エリカちゃん。
なんで、上杉と一緒にいるの?
なぜ、私の葬儀に上杉がいるのかと突っ込みたいが、私は幽体のような存在となっており、声を掛けても誰も反応してくれないのだ。
私の葬儀に上杉が参列するとか嫌なんだけど。気持ち悪い。帰れ上杉。
婚約破棄で傷心中だったエリカちゃんは元々孤独な子だった。両親ともギクシャクしており、親しい友人はおらず、宝生氏だけでなく、学校中の人に避けられていた。
声を掛けてくれる絶世の美少年はいたが、元々二人はお互いを苦手に思っており、エリカちゃんは彼の言葉を受け入れなかった。反発されてしまったら相手もそれ以上何も言わなくなり、エリカちゃんは完全に孤立してしまった。
ただでさえ精神的に弱っているところに、あの事件に巻き込まれ、殺害シーンを目の前で目撃してしまったエリカちゃんは精神的に追い詰められていた。
そこに忍び寄ってきたのは蛇のような男・上杉だ。
当初エリカちゃんは、上杉の得体のしれなさにおびえていたが、まともに会話をしてくれる人、気を遣ってくれる人、彼女を否定せずに肯定してくれる人が上杉しかいなかったので、次第にヤツに依存するようになっていった。
……それが、上杉の狙いだったことに気づかずに。
エリカちゃん駄目だって! 逃げてと叫んでいるのに、彼女に私の声は届かない。
エリカちゃんを理解しているはずの慎悟は遠くから観察するだけだ。口を挟む気は一切ないらしい。
慎悟! 見てないでなんか言いなって! あんたなら上杉の思惑に気づけるはずでしょ!!
私が宙に浮いて騒いでいるとは知らない人々の時間は流れ、私の死は事件とともに風化して行った……
それは置いといてだ。
現世のエリカちゃんの状況は徐々に最悪のシナリオに近づいていっていた。
エリカちゃんは、上杉と交際を始めてしまったのだ。
婚約という話になった時、二階堂のおじいさんだけは違和感を覚えたのか難色を示していたが、上杉は手段を選ばずに彼女を妊娠させてしまう。そうなればなし崩し的に結婚への流れへと変わり……彼らは大学生で学生結婚するのだ。
残念ながら…お腹に宿った胎児は育たず、流れてしまうのだが……悲しむ彼女を縛るかのように、「子どもがいなくとも、君さえ居れば何も要らないよ」と囁きかけるのだ。
子の流産、それすら上杉の策略のように思えて私は抑えきれない気持ちを誤魔化すために頭をかきむしった。
とんだ悪夢だ。
私は自分があのバス停の事件現場で命を落とした後、そのまま順調に成仏してエリカちゃんに憑依してなければ、エリカちゃんは彼女の人生を歩めると信じていた。
私が憑依していなければ彼女の学校生活やキャラを好き勝手に改変していなかったのだもの。
だけど、こんなことは想像してない。
なんて恐ろしい……誰だこんな未来を作り上げたのは。私は認めないぞ、こんなサイコホラーな未来なんか…! エリカちゃんはもっと優しくて誠実な…ほら、西園寺さんみたいな人のほうが合うと思うな!!
悪いことが重なって、精神的に不安定になったエリカちゃんは身の置所も悪くて上杉の策略に引っかかってしまった。
これって私が目の前で死んだせいなの?
『いたいた、駄目だぞ。現世に未練があるからっていつまでもここに居ちゃ。あと一歩で悪霊になるところじゃないか』
空中でフヨフヨ浮きながら上杉に呪いをかけていると、業を煮やした地獄の鬼に見つかってそのまま地獄に連れて行かれ、閻魔庁へと直行させられた。
エリカちゃんを救うべく、呪い活動をしていた私は悪霊になりかけていたらしい。閻魔大王にメッされてしまった。
地獄では現世の人間への干渉は出来ないから、人間たちのことは彼らが選んだ道、君が責任を感じることではないんだよ。と諭され、宥めすかされてそのまま転生コースを歩まされた。
溢れる光で眩しい転生の扉の中に吸い込まれていき……私は新たに産まれ落ちた。
「永遠</rt>」
長く健やかに生きられますようにと両親がつけた【永遠】という名前。
私は転生して、弟の渉の娘として生を受けた。私は祖父母や両親から愛され、健やかにすくすく育った。幼少期からずっと、父である渉のようなプロバレー選手を目指してバレーに燃えていた。
転生した私は前世の姿と生き写しだった。
高校生になると、祖父母となってしまった前世の両親が泣きそうな目で私を見つめてくるようになった。泣きそうなのに、嬉しそうに笑うのだ。
親友だった依里も時折顔を出しては、バレー指導をしてくれるのだ。自分が意識せずに前世の私と同じ発言や動作をすると、決まって泣き笑いのような複雑な表情を浮かべる。
それがとても変な気分になるのだが、私は幸せだった。大好きな人達とこうして再び巡り会えたのだから。
私はバレーの強豪校に入り、ありがたいことにジュニアチーム選抜で世界大会への出場も決まった。
順調に夢への階段を駆け上がっていた。
そんなある日、私は“彼女”と再会する。
私は16歳。そして彼女はもう40をとうに過ぎていた。自分の父親である渉よりも年上の彼女なのだが…彼女は相変わらず美しかった。
常人離れしていると言うか、神秘的と言うか……
私は声をかけようとしたが、喉が張り付いているようで声が出なかった。
そんな私を彼女は感情を伺わせない沈んだ瞳で見つめている。
「──どうしたの? 知り合い?」
「…知らない子よ」
馴れ馴れしく彼女の肩を抱いたのは憎っくき上杉だ。奴は私の顔を見て目を細めた。何かに気づいている目だ。
エリカちゃんは上杉のお人形になってしまったのだ。
「…あの時の子が生きていたら、この子くらいの年令になっていたのかもね?」
その言葉にエリカちゃんはビクリと肩を揺らしていた。
……無神経なサイコパス、もとい上杉は女子高生である私を見て笑っている。その顔を見ていると胸焼けがしてきた。あぁイライラする!
何がおかしい。言ってみろ!!
声が出ないなら、足を動かせばいいと思ったけど、足が棒のように固まってしまって動けない。
「そろそろ行こうか」
「…えぇ」
最後にエリカちゃんはちらりと私を見たが、興味をなくした様子で上杉とどこかへ消えてしまった。
どうして、エリカちゃん。
どうしてそんな悲しい目をしているの。
死ぬ直前に初めて会ったときも、地獄で対面したときもエリカちゃんは悲しそうな表情を浮かべていた。
途中で死んだ私と違って、未来を得たはずのエリカちゃんはちっとも幸せそうじゃなかった。
■■■■■
「ウゥーッ…うう゛…」
「笑さん、笑さん!」
「!」
私は慎悟の呼ぶ声でハッと目覚めた。
目に映るのは慎悟の部屋の天井と、心配そうに私の顔を覗き込む慎悟の顔である。夢でみた慎悟は出会った頃の高校生だったので、大学生である慎悟を見ると違和感がある。
「うなされていた。…寝言でエリカの名前を何度も呼んでいたぞ」
私は全力疾走したかのように息を乱し、寝間着がびっしょりになるくらい汗をかいていた。…うなされていたのか。……夢か…良くはないけど良かった…。
どうせ夢だと言うなら、エリカちゃんが幸せになった夢が見たかったよ…
私はゆっくり身体を起こすと、手のひらで顔を覆った。
「…怖い夢を見たの」
発したのはものすごいカサカサした声だった。汗をかきすぎて喉がカラッカラになっていた。
慎悟は一旦私が寝ていたベッドから降りると、部屋に備え付いている小さな冷蔵庫から水のペットボトルを持ってきてキャップを開けて渡してくれた。
私はそれを呷ると、息を吐き出す。
……ただ寝ていただけなのに、めっちゃ疲れた。
「……私が死んだ後の世界の夢を見たの。事件で殺された後、私はエリカちゃんに憑依せずにそのまま死んで……宙に浮いたままエリカちゃんを見守っていたんだけど……」
私は今見た夢の内容を慎悟に話した。
夢の内容って目覚めたら記憶がおぼろげになるはずなのに、今回は鮮明すぎるほどに覚えていた。
私の話に相槌を打ちながら聞いていた慎悟は、口をへの字にして渋い表情を浮かべていた。そりゃそうだろう。サイコホラー過ぎる。誰得なんだあんな未来。上杉の一人勝ちじゃないか。
「今すごく上杉を殴りに行きたい気分…」
実際には行かないけど。
なにかしたら法外な見返りを求められそうだもの。触らぬ上杉に祟り無しである。
ぐったりした私を哀れに思ったのか、慎悟が腕を伸ばしてギュッとハグしてきた。私は汗でびっしょり、抱き心地最悪だと思うのに、彼は気にせず慰めるように頭をナデナデしてくれた。
「あんたはここに生きてる。…もうすぐ命日だからそんな夢を見ただけ。悪い夢を見ただけだ」
「……うん」
もうすぐ5月がやってくる。
月日が経ってもあの日の記憶を忘れたことは一度たりともない。エリカちゃんのことを忘れたことがないのと同様に。
「……また、一緒についてきてくれる?」
「あぁ。…あんたは放っておくと何しでかすかわからないからな」
「なにそれ、失礼…」
私は慎悟の首に顔を擦り付けて、そこから伝わる彼の心音に耳を澄ませた。トクンと脈打つ心臓の音色に安心して、こわばっていた肩の力が抜けた。
私は生きている。エリカちゃんの身体を頂いて未来へ歩んでいる。
……でももしも、夢の通りにエリカちゃんが生きていて、未来を歩んでいるとしたら……
夢の中で感じた寂しくて悲しい気持ちを思い出すと、鼻がツンと痺れた。慎悟が背中を撫でてきたので、気が抜けて泣いてしまった。
エリカちゃんの世界は、私のいない世界。
今となっては私と彼女は邂逅できない間柄。
──あれはただの夢ではなく、もしかしたら私がいなくなった世界だったのかもしれない。
停車したバスから下りてきた少女。あれは私…?
ちがう、エリカちゃんだ。
背中に突き刺さるナイフ。
腕の中でエリカちゃんが悲鳴を上げている。だけど私にはこうして庇ってあげるしか出来ない。
あぁ、またあの日の夢を見ているのか。
いつだって夢の中では自由に動けない。
いつも決まって最後は死ぬのだ。
地面に広がる赤、赤、赤。
私の血は地獄で見た曼珠沙華のように散らばっていた。
『──二階堂さん、君のせいじゃない。あまり気に病まないで』
その男は、棺の前で跪いて涙を流す少女にそっと話しかけた。
『…えっと』
『同じクラスになったことがあるのにひどいな。僕は上杉』
涙で濡れた彼女の頬を指で撫でて、苦笑いするその男……
そして泣いているのは……二階堂エリカご本人。私は物言わぬ躯となって棺の中に納められているのだ。これは私の葬儀。私が死んでこの世からいなくなってしまった世界。
それはそうとして……エリカちゃん。
なんで、上杉と一緒にいるの?
なぜ、私の葬儀に上杉がいるのかと突っ込みたいが、私は幽体のような存在となっており、声を掛けても誰も反応してくれないのだ。
私の葬儀に上杉が参列するとか嫌なんだけど。気持ち悪い。帰れ上杉。
婚約破棄で傷心中だったエリカちゃんは元々孤独な子だった。両親ともギクシャクしており、親しい友人はおらず、宝生氏だけでなく、学校中の人に避けられていた。
声を掛けてくれる絶世の美少年はいたが、元々二人はお互いを苦手に思っており、エリカちゃんは彼の言葉を受け入れなかった。反発されてしまったら相手もそれ以上何も言わなくなり、エリカちゃんは完全に孤立してしまった。
ただでさえ精神的に弱っているところに、あの事件に巻き込まれ、殺害シーンを目の前で目撃してしまったエリカちゃんは精神的に追い詰められていた。
そこに忍び寄ってきたのは蛇のような男・上杉だ。
当初エリカちゃんは、上杉の得体のしれなさにおびえていたが、まともに会話をしてくれる人、気を遣ってくれる人、彼女を否定せずに肯定してくれる人が上杉しかいなかったので、次第にヤツに依存するようになっていった。
……それが、上杉の狙いだったことに気づかずに。
エリカちゃん駄目だって! 逃げてと叫んでいるのに、彼女に私の声は届かない。
エリカちゃんを理解しているはずの慎悟は遠くから観察するだけだ。口を挟む気は一切ないらしい。
慎悟! 見てないでなんか言いなって! あんたなら上杉の思惑に気づけるはずでしょ!!
私が宙に浮いて騒いでいるとは知らない人々の時間は流れ、私の死は事件とともに風化して行った……
それは置いといてだ。
現世のエリカちゃんの状況は徐々に最悪のシナリオに近づいていっていた。
エリカちゃんは、上杉と交際を始めてしまったのだ。
婚約という話になった時、二階堂のおじいさんだけは違和感を覚えたのか難色を示していたが、上杉は手段を選ばずに彼女を妊娠させてしまう。そうなればなし崩し的に結婚への流れへと変わり……彼らは大学生で学生結婚するのだ。
残念ながら…お腹に宿った胎児は育たず、流れてしまうのだが……悲しむ彼女を縛るかのように、「子どもがいなくとも、君さえ居れば何も要らないよ」と囁きかけるのだ。
子の流産、それすら上杉の策略のように思えて私は抑えきれない気持ちを誤魔化すために頭をかきむしった。
とんだ悪夢だ。
私は自分があのバス停の事件現場で命を落とした後、そのまま順調に成仏してエリカちゃんに憑依してなければ、エリカちゃんは彼女の人生を歩めると信じていた。
私が憑依していなければ彼女の学校生活やキャラを好き勝手に改変していなかったのだもの。
だけど、こんなことは想像してない。
なんて恐ろしい……誰だこんな未来を作り上げたのは。私は認めないぞ、こんなサイコホラーな未来なんか…! エリカちゃんはもっと優しくて誠実な…ほら、西園寺さんみたいな人のほうが合うと思うな!!
悪いことが重なって、精神的に不安定になったエリカちゃんは身の置所も悪くて上杉の策略に引っかかってしまった。
これって私が目の前で死んだせいなの?
『いたいた、駄目だぞ。現世に未練があるからっていつまでもここに居ちゃ。あと一歩で悪霊になるところじゃないか』
空中でフヨフヨ浮きながら上杉に呪いをかけていると、業を煮やした地獄の鬼に見つかってそのまま地獄に連れて行かれ、閻魔庁へと直行させられた。
エリカちゃんを救うべく、呪い活動をしていた私は悪霊になりかけていたらしい。閻魔大王にメッされてしまった。
地獄では現世の人間への干渉は出来ないから、人間たちのことは彼らが選んだ道、君が責任を感じることではないんだよ。と諭され、宥めすかされてそのまま転生コースを歩まされた。
溢れる光で眩しい転生の扉の中に吸い込まれていき……私は新たに産まれ落ちた。
「永遠</rt>」
長く健やかに生きられますようにと両親がつけた【永遠】という名前。
私は転生して、弟の渉の娘として生を受けた。私は祖父母や両親から愛され、健やかにすくすく育った。幼少期からずっと、父である渉のようなプロバレー選手を目指してバレーに燃えていた。
転生した私は前世の姿と生き写しだった。
高校生になると、祖父母となってしまった前世の両親が泣きそうな目で私を見つめてくるようになった。泣きそうなのに、嬉しそうに笑うのだ。
親友だった依里も時折顔を出しては、バレー指導をしてくれるのだ。自分が意識せずに前世の私と同じ発言や動作をすると、決まって泣き笑いのような複雑な表情を浮かべる。
それがとても変な気分になるのだが、私は幸せだった。大好きな人達とこうして再び巡り会えたのだから。
私はバレーの強豪校に入り、ありがたいことにジュニアチーム選抜で世界大会への出場も決まった。
順調に夢への階段を駆け上がっていた。
そんなある日、私は“彼女”と再会する。
私は16歳。そして彼女はもう40をとうに過ぎていた。自分の父親である渉よりも年上の彼女なのだが…彼女は相変わらず美しかった。
常人離れしていると言うか、神秘的と言うか……
私は声をかけようとしたが、喉が張り付いているようで声が出なかった。
そんな私を彼女は感情を伺わせない沈んだ瞳で見つめている。
「──どうしたの? 知り合い?」
「…知らない子よ」
馴れ馴れしく彼女の肩を抱いたのは憎っくき上杉だ。奴は私の顔を見て目を細めた。何かに気づいている目だ。
エリカちゃんは上杉のお人形になってしまったのだ。
「…あの時の子が生きていたら、この子くらいの年令になっていたのかもね?」
その言葉にエリカちゃんはビクリと肩を揺らしていた。
……無神経なサイコパス、もとい上杉は女子高生である私を見て笑っている。その顔を見ていると胸焼けがしてきた。あぁイライラする!
何がおかしい。言ってみろ!!
声が出ないなら、足を動かせばいいと思ったけど、足が棒のように固まってしまって動けない。
「そろそろ行こうか」
「…えぇ」
最後にエリカちゃんはちらりと私を見たが、興味をなくした様子で上杉とどこかへ消えてしまった。
どうして、エリカちゃん。
どうしてそんな悲しい目をしているの。
死ぬ直前に初めて会ったときも、地獄で対面したときもエリカちゃんは悲しそうな表情を浮かべていた。
途中で死んだ私と違って、未来を得たはずのエリカちゃんはちっとも幸せそうじゃなかった。
■■■■■
「ウゥーッ…うう゛…」
「笑さん、笑さん!」
「!」
私は慎悟の呼ぶ声でハッと目覚めた。
目に映るのは慎悟の部屋の天井と、心配そうに私の顔を覗き込む慎悟の顔である。夢でみた慎悟は出会った頃の高校生だったので、大学生である慎悟を見ると違和感がある。
「うなされていた。…寝言でエリカの名前を何度も呼んでいたぞ」
私は全力疾走したかのように息を乱し、寝間着がびっしょりになるくらい汗をかいていた。…うなされていたのか。……夢か…良くはないけど良かった…。
どうせ夢だと言うなら、エリカちゃんが幸せになった夢が見たかったよ…
私はゆっくり身体を起こすと、手のひらで顔を覆った。
「…怖い夢を見たの」
発したのはものすごいカサカサした声だった。汗をかきすぎて喉がカラッカラになっていた。
慎悟は一旦私が寝ていたベッドから降りると、部屋に備え付いている小さな冷蔵庫から水のペットボトルを持ってきてキャップを開けて渡してくれた。
私はそれを呷ると、息を吐き出す。
……ただ寝ていただけなのに、めっちゃ疲れた。
「……私が死んだ後の世界の夢を見たの。事件で殺された後、私はエリカちゃんに憑依せずにそのまま死んで……宙に浮いたままエリカちゃんを見守っていたんだけど……」
私は今見た夢の内容を慎悟に話した。
夢の内容って目覚めたら記憶がおぼろげになるはずなのに、今回は鮮明すぎるほどに覚えていた。
私の話に相槌を打ちながら聞いていた慎悟は、口をへの字にして渋い表情を浮かべていた。そりゃそうだろう。サイコホラー過ぎる。誰得なんだあんな未来。上杉の一人勝ちじゃないか。
「今すごく上杉を殴りに行きたい気分…」
実際には行かないけど。
なにかしたら法外な見返りを求められそうだもの。触らぬ上杉に祟り無しである。
ぐったりした私を哀れに思ったのか、慎悟が腕を伸ばしてギュッとハグしてきた。私は汗でびっしょり、抱き心地最悪だと思うのに、彼は気にせず慰めるように頭をナデナデしてくれた。
「あんたはここに生きてる。…もうすぐ命日だからそんな夢を見ただけ。悪い夢を見ただけだ」
「……うん」
もうすぐ5月がやってくる。
月日が経ってもあの日の記憶を忘れたことは一度たりともない。エリカちゃんのことを忘れたことがないのと同様に。
「……また、一緒についてきてくれる?」
「あぁ。…あんたは放っておくと何しでかすかわからないからな」
「なにそれ、失礼…」
私は慎悟の首に顔を擦り付けて、そこから伝わる彼の心音に耳を澄ませた。トクンと脈打つ心臓の音色に安心して、こわばっていた肩の力が抜けた。
私は生きている。エリカちゃんの身体を頂いて未来へ歩んでいる。
……でももしも、夢の通りにエリカちゃんが生きていて、未来を歩んでいるとしたら……
夢の中で感じた寂しくて悲しい気持ちを思い出すと、鼻がツンと痺れた。慎悟が背中を撫でてきたので、気が抜けて泣いてしまった。
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