お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

文字の大きさ
309 / 328
番外編・大学生活編

中の人は可憐でも気弱でもない。それは錯覚だ。

しおりを挟む
「元気そうだな二階堂」
「お久しぶりですコーチ!」

 大学祭開催中に行われた他校とのバレー試合に、高等部時代の女子バレー部コーチが遊びに来た。コーチにとって丁度いい位置にあるらしい私は頭をワシャワシャ撫でられる。彼はそのままぴかりんや他の学生らに声を掛けていた。
 まるで空いた手でペットを撫でるかのような仕草である…。前から思っていたが、コーチにとって私は犬猫なのだろうか。

 ──ゴスッ
「!?」
「コーチッ! 来てくださったんですか?」
「おぉ平井も元気そうで良かった」

 体当たりをされた。誰にって……コーチに好意を抱く先輩である、平井さんにだ。
 思いっきり突き飛ばされた私はたたらを踏んだ。楽しそうにコーチと話す平井さんは、コーチの視線が一瞬外れたそのタイミングで私をキッと睨みつけると、手であしらうようにシッシッと払ってきた。
 ……ひどくない? 私何も悪いことしてないのに何この仕打ち…

 私はてっきり、彼女の好意は『女子高生が大人の男性に憧れる時期特有のほのかな恋心』かと思っていたのだが、平井さんは大学生になってもコーチに好意を抱き続けていた。…コーチにはまだその想いは伝わっていないがな。
 こんな乱暴な所見せたらコーチが引くぞ。全くもう。

「大丈夫か?」
「あ、慎悟。観に来てくれたの?」

 今回私は待機で出番はなかったのに。
 試合には出場しない事を事前に話しておいたから、てっきり友達と大学祭エンジョイしているのかと思った。
 慎悟の側に近づくと、大きな紙袋を渡された。

「これ差し入れ」
「わぁ、ありがとう!」

 わざわざ差し入れを持参してくれるとは、出来た婚約者である。気遣いの化身か。
 差し入れの中身は大学の外にある洋菓子店のミニシューだった。軽く食べられるものをチョイスしてくれたみたいだ。私はそれを女子バレー部員に配っていく。
 すると、それを受け取った先輩が慎悟をまじまじと見つめて言った。

「いいなぁ、エリカには優しい婚約者がいて」
「ほんっと愛されてるわよねー」
「セレブで成績優秀、美形で優しい婚約者とか……なんなの?」

 はぁーとため息をつく彼女らは私を羨望の眼差しで見つめてきた。
 慎悟を褒められた私は鼻高々である。
 
「でしょー! ファビュラス&マーベラスな慎悟は私にはもったいない婚約者なんですよー」
「うわリア充うざっ」
「ひっこめエリカー!」

 ドヤ顔で自慢してやると、ブーイングが飛んできたが、これは愛のあるブーイングなので心配しないでほしい。好きなだけ野次ればいい。私は痛くも痒くもないぞ。

「その呼び名やめろ。…悪化してるじゃないか」
「なんでー?」

 慎悟は恥ずかしがり屋だなぁ。本当のことを言っているんだからいいじゃん。褒めてるんだし。
 だけど慎悟は口をへの字にさせてムスッとしている。気に入らないようだ。

「加納君、誰か紹介してぇぇ」
「セレブとは言わん、誰かいい人をぉぉ…」
「誰でもいいからぁ」

 ゾンビのように唸る先輩方。大変だ。「彼氏がほしい病(誰でもいいver)」に罹ってるぞこの人達。
 ゾンビたちの懇願に慎悟は困った顔をしていたので、私が代わりに返事をしてあげる。

「手頃なサイコパスで良ければ、同級生紹介しますけど」

 私が提案すると、先輩方は神妙な顔をして一斉に私を凝視してきた。

「……それって、エリカにつきまとってる男の子でしょ?」
「いくらセレブでも、他の女の尻追っかけてる男はちょっとねぇ…」

 おい、今さっき誰でもいいと言っただろうが。
 …だめか。あいつも彼女が出来たら狂気から目覚めるかもと思ったのに。他の女に目を向けるまたとない機会だと思ったのになぁ。

「おい、先輩に変なの押し付けようとするなよ」
「だって!」

 慎悟だってあいつには手を焼いているじゃないか。私達の心の平穏のためにも、なんとか私から興味をなくさせたいんだよ!

「僕の話をしているの?」

 ねっとりとした声に私は寒気を憶えた。奴は背後に迫っていた。
 全然気配を感じなかった…!

「ほらぁー! 噂をすれば影ー!」

 なんでいるかな! あんたは!
 私が素早く距離を取ると、サイコパスは眉を八の字にして困った風に首を傾げていた。

「変なのだなんて失礼だな……それに僕は彼女だから狙ってるんだよ?」
「それが迷惑だと言ってるだろ」

 慎悟の指摘に対して、上杉は目を細めた。
 男2人の間で火花が散っているようにも思えた。

「三角関係のはずなのに、エリカが間に入るとコメディになるよね」
「見た目はお嬢様なのに、中身はお嬢様っぽくないもん」

 先輩の指摘にちょっぴりギクッとしたが、彼女の見立てはだいたい合っている。
 見た目は薄幸系美女、中身は脳筋。二階堂エリカの中の人である松戸笑は口の中にプチシューを詰めて笑ってごまかしたのである。

 いいじゃないの、脳筋でも!
 私はお嬢様なんて柄じゃないんだから!


■□■


 交流試合を終えた私は着替えた後に慎悟と合流したのだが、そこには奴もいた。
 待たせていた慎悟とずっと口撃し合っていたみたいだ。ふたりとも口がよく回るからなぁ……飽きないのだろうか。
 慎悟と同じ学部に入れてよかったと思う一方で、上杉までもれなくついて来るので私の心は穏やかとはいえない。

「どこに行くの?」
「あんたのいない所」

 私は慎悟と大学祭デートに行くんだよ。サイコパスはお呼びじゃないの。慎悟の手を握って引っ張っていると、誘ってもないのに上杉が横にくっついてくる。
 どっかいけと言ってもつきまとってくるので、いないモノ扱いすることにした。



 大学祭は盛況であった。ワイワイガヤガヤと賑わうキャンパス内。この大学、こんなに人がいたのかと改めて感心したわ。
 特設会場ではなにかのイベントが行われ、テンションノリノリの司会者の声が響いてくる。…が、あまり興味ない私は出店で食べ物を購入していた。おなか空いたんだ。お昼は軽くしか食べてなかったから。
 農学部が畜産農家とコラボしたというソーセージを使ったアメリカンドックはなかなか大きかった。コンビニとかで売ってるものって年々サイズが小さくなっているのに、この大きさはありがたい。きっとお腹も満足すること間違いなしである。
 購入したアメリカンドックに好きなだけケチャップとマスタードをかける。ちょっとケチャップかけすぎたけどまぁ大丈夫だろう。

「いただきまーす」

 あーんと大口開けて食べようとすると、上杉がその顔をじっと見てニヤニヤしていたので、私は食べるのを中断して上杉を睨みつけた。
 何見てんだよ。あげないぞ。

「なんか…いやらしいよね」

 ……?
 サイコパスがなにか言っているが、私は理解できずにぽかんとする。隣にいた慎悟が「セクハラだぞ」と上杉を注意していたので、それでなんとなくどういう意味で言った言葉なのか理解した。

 上杉が気持ち悪いので、思いっきり歯を立てて噛み付く。あーアメリカンドック美味しいなぁ。
 口周りにケチャップが付いたが知るもんか。はしたない? 食べ方が汚い? そんなお説教は後である。このサイコパスの思い通りになるわけにはならん。
 恐らくこいつは恥じらうエリカちゃんの顔が見たかったのだ。そんな不埒者の妄想なんぞぶち壊してやる。お前の考えていることはすべて幻想だ!
 アメリカンドックにがぶがぶと歯を立てて食べてやると、痛そうな顔をする上杉。その顔を見た私は勝利を確信した。咀嚼しながらニヤニヤ笑ってやる。
 
『加納慎悟さん!』

 変態上杉に対抗して、口の周りケチャップでスプラッターにさせた私は呼ばれた名前に固まる。視線がこちら…隣にいる慎悟に集まったからだ。
 慎悟の名を呼んだのは、特設会場のステージの上にいる女子学生。ちょっとしたパーティードレス姿の彼女は何やら王冠とマントみたいなのをつけている。…後ろの垂れ幕には“英学院大学部第〇回ミスコンテスト”と書かれていた。
 あぁミスコンだったんだ。
 私は武隈嬢や瑞沢嬢、加納ガールズなど数多くの美女を多く知っているが、その中の誰も参加してないのか。彼女たちならいいとこまで進めそうだけどなぁ。

『2年家政科の槙島美月です! 好きです、私とお付き合いしてください!』

 その告白におぉぉ、とギャラリーが声を漏らしていた。
 上級生からの告白、しかも隣に婚約者がいる男に対しての交際へのお誘いである。よほど自分に自信があるのだろう。
 …おい、私はここにいるんだぞ。すごい度胸だな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。 敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。 エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。 敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。

処理中です...