攻略対象の影薄い姉になったけど、モブってなにしたらいいの?

スズキアカネ

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続編

冥土喫茶へようこそ。皆様に恐怖を提供いたします。

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「お帰りなさいませご主人様…」
「冥土喫茶へようこそ…」

 その場所に踏み入れた者は必ず、出迎えた異形の姿を目に映して息を呑む。そこにいる者達の顔は一様に青白く、唇は紫。とてもじゃないが生きた人間には見えない。その肌はひどく腐敗しており、血肉が露出状態。それを見ているだけで痛々しい。身に纏う白いエプロンドレスは血飛沫を浴びたように真っ赤に染まっていた。

 ある者は即座に踵を返し、またある者は生唾を飲み込んで一歩踏み出す。更にまたある者はオドオドしながらも意を決して入っていく……
 闇に蠢く彼らは死の世界の住人。この世界に踏み入れてしまった後は二度と元の世界には戻れないという……

「おかえりなさいませご主人様…当店オススメは冥土特製オムハヤシに血の池ミネストローネでございます…」
「写真撮影は一枚500円です。無断撮影はご遠慮くださいませ」
「万が一、迷惑行為を働くご主人様がいらっしゃいましたらこの冥土から追放処置をさせていただきますので、悪しからずご了承くださいませ…」

 金髪ポニーテールゾンビメイドと茶髪のセミロングゾンビメイドによってお出迎えをされた彼はオドオドしていた。彼女たちの一挙一動にいちいちビクつきながら接客を受けている。
 しかし、よく見てみればゾンビメイド達の元の姿は可愛いということに気づいたらしい。ご奉仕をされていくうちにゾンビメイドが段々可愛く見えてきて、最終的に写真撮影オプションを購入していた。彼は手でハートマークを作り、メイド達と楽しそうに写真を撮っていたのだ……
 その日彼の中にゾンデレという新たなジャンルの目覚めがあったとかなかったとか……。

 
☆★☆

 裏方である私が何故表に立っているかと言うと、接客担当の一人がドジをやって足を捻ったと言うからだ。
 幸い軽い捻挫らしいが、立ち仕事は厳しいので椅子に座って裏方のサポートをしてもらっている。
 怪我の原因はどっかの部活動のスポーツテストみたいな出し物に参加して、思いっきり足を捻ったとかなんとか。何やってんだか。
 
「あやめ先輩!」
「植草さん」
「あたしずっと待ってたんですよ~なんで来てくれないんですかぁ」

 植草さんはムウ、と不満そうに顔を歪めて、私を睨んできた。
 私はお腹の上辺りで両手を重ねて頭を下げる。
 私の着用しているメイド服は膝下丈だ。去年先輩が着用していたロングスカートのクラシカルメイド風も良かったけど、私のクラスの衣装はメイド喫茶の店員さんが着用しているようなメイド服になっている。
 まぁこれはこれで可愛い。ちょっと血飛沫かかってるけど。

「……お嬢様は殿方を侍らせておいででしたので、不肖メイド、お声掛けを控えさせていただきました…」
「えっ来てたんですか?」
「お嬢様こちらにどうぞ」

 来て早々に文句をつけてきた植草さんに少し嫌味を返してやると、彼女はハッとした顔をしていた。
 言っておくけどあなたのクラスに15分はいたよ。いたけどずっとあなた男子に囲まれていたじゃないの。だから遠慮して声掛けなかったのよ。
 何やら弁解をしている植草さんを席に案内するとメニューを渡した。
 弁解は良いけど、男侍らすなら自分の身は自分で守りなさいよと声を掛けておいた。前に一度は説教したからもう後の事は知りませんよ。

「あたし、スコーンと紅茶で」
「スコーンに挟むクリームはクロテッドクリームとラズベリーソースがございますが、どちらをお持ちいたしましょうか?」
「クロテッドクリームで!」

 植草さんはゾンビたちにノーリアクションだった。ちょっとつまらないと思ったのはここだけの話だ。メイクに力入れたんだから、もっと怖がってもいいと思うの。

「そういえば明日ママとお兄ちゃんが来るんですよ!」
「知ってる。エレナさんからメッセージ来てたから」
「あやめ先輩のクラスにも来るそうですから来たらよろしくお願いしますね!」

 植草さんがこれだから、植草ママンと植草兄も全然怖がってくれなさそうな予感。つまんないの。
 紅茶とスコーンを食べ終えた植草さんは「和真先輩のクラスに行ってきます!」と元気よく退店していった。そう言えば早番だった林道さんも和真のクラスに行くと言ってたけど、鉢合わせにならなきゃ良いな。あの二人は和真を巡って、あちこちで恋のバトルを繰り広げているからね。



 文化祭初日は大きなトラブルもなく、無事に終わった。
 私はその日の夜、明日分の仕込みを他の人に頼んでおいて、自分は明日のイベントのためのバケツプリンの準備をしていた。
 バケツサイズなので一晩冷やす必要があるのだ。

 消毒した新品のバケツにプリン液を流し込むと、しっかり蓋をして「3-A触るな」と張り紙を貼っておく。そして調理室の大きな冷蔵庫にしまった。カラメルソースやホイップは明日にでも作ればいいだろう。
 楽しみだ。明日ちゃんと綺麗に大皿にひっくり返せるだろうか。さっきバケツを持ち上げたら、かなり重かったので一人でひっくり返すのは難しいかも。

 子供の頃からの夢だったバケツプリンの成功を祈る。
 裏方担当である私達は準備を終えると、鍵を掛けて調理室を後にした。



★☆★



「お帰りなさいませ…ご主人様…」
「………」
「どうぞ…ご主人様…相席でもよろしいでしょうか…?」

 昨日同様ドジして捻挫したクラスメイトのせいで接客側の人手が足りないということで、表で接客していた私の元に弟がやって来た。和真は私や私のクラスメイトの姿を見て、少し顔色を悪くしている。
 そう、弟はグロ耐性がない子なのだ。ていうかうちの家族は私以外ホラー・スプラッタが苦手なんだ。

 本当は昨日の空き時間に弟のクラスに行く予定だったけど、山ぴょんガールズのキャットファイト阻止や久松の劇でタイムロスしてしまって、行けずじまいだったのだ。だから弟が私のこのゾンビ姿を見るのは初めてなのだ。
 今にも逃げたそうな顔をしている弟の腕をがっしり捕獲…掴んで店内に引きずり込むと、既に人が座っている席に座らせた。
 店内が混雑し始めたから、一人客には相席OKの席に座ってもらうようにしてるの。

「あっ田端君! お姉さんに会いに来たの?」
「…室戸…お前も来てたんだ」
「うん! あやめ先輩がゾンビメイドになるって聞いてたから。後で写真も撮ってもらうの!」

 室戸さんはゾンビが平気な質らしい。
 ニコニコしながら注文を頼まれたので私はゾンビらしく応対した。ギクシャクと目が笑ってない笑みでね。ていうかゾンビメイクのせいで表情筋が働かないの。

 我がクラスの冥土喫茶は盛況である。
 一粒で二度美味しいというのか、評判が評判を呼び、お客さんがひっきりなしにやってくる。
 そんでもってみんな不気味なゾンビなので、メイドに向かっていたずらしてくるアホがいないのが儲けものだった。

 和真にも注文を確認した私は二人分のオムライスをこさえるためバックヤードに声を掛けた。


「お待たせいたしました……冥土特製オムハヤシに血の池ミネストローネでございます…」
「食欲無くすんだけど」
「わぁ美味しそう! いただきまーす!」

 室戸さんは美味しそうに頬張っているというのに、和真ときたらネーミングに不満があるらしい。いいから食べてみなさいって。
 弟のクレームはキレイに無視した私は他の仕事に回った。
 カフェというものは回転率が悪いので、うちのクラスでは時間制限を設けており、混雑時は45分までということにしている。これからお昼の時間に入るから、待ち時間が発生するかもしれないな……
 この後の人の流れを想定しながら店内を見渡していると、教室の入口に知り合いが現れたので、私は2人を出迎えた。

「お帰りなさいませご主人様、奥様」
「イリス! まぁなんて可愛らしいゾンビなの!」
「むぐっ」
「母さん、あやめちゃんが圧死しちゃうよ」

 植草ママンの熱烈ハグに私は息が止まりそうだった。これは男の夢である女性の豊満な胸による窒息か…? でもあまり嬉しくはないな! 苦しいし!
 植草ママンとともにやって来た植草兄の声掛けによって私は無事生還した。いかん本当に冥土に行くところだったわ…

 二人を席に案内してメニューを紹介すると、早速写真リクエストを受けたので、バックヤードに食事とドリンクの注文をした後、撮影ブースで植草ママン、それとなぜか植草兄のスリーショットでポラロイド撮影を行った。

「はい撮りますよ~…アヤもうちょっと笑えない?」
「頬がこれ以上動かない」

 撮影してくれたリンに注意されたが、気合い入れて口裂けメイクしたから頬が動かないんだよ。
 そのままでいいと植草ママンが言ってくれたので良かった。やりすぎは良くないよね。今度から気をつける。

「よく撮れてるわぁ。クレアに自慢しないと!」

 植草ママンは笑えていない私とのスリーショットでもご満悦のようである。
 二人に出来上がったオムハヤシやサンドイッチ、ミネストローネや飲み物を提供していると、「お帰りなさいませご主人様、奥様!」とクラスメイトが新規のお客様に声を掛けているのが聞こえてきたので、私もオウム返しで挨拶をしようと振り返った。

「!?」

 私はぎょっとした。
 何故かそこには英恵さんがいたのだ。彼女の息子は既に卒業している。だから今年来る理由はないはずなのに。
 ……それに彼女の隣には、橘兄弟の面影が色濃く残る中年男性の姿があった。あの方は…もしかしなくとも……

 英恵さんは何かを探すかのようにキョロキョロと教室を見渡していたが、私に目が留まると目を丸くしていた。
 金髪に驚いたのか、それともゾンビーなメイドにびっくりしたのか……

「……あやめさん…かしら?」
「お…お久しぶりです…」
 
 私はフラフラしながら彼女に近づいていく。顔色が悪く見えるファンデーションなんて必要としないくらい、私の顔色は悪くなっていると思う。
 何故ここにいるのかと尋ねたい気持ちを抑え込み、私は英恵さんに会釈した。
 …そして、隣にいる男性…間違いなく英恵さんの旦那さん、そして橘兄弟のお父さんに目を向けると私は絶望した。

 なぜなら彼は私を見て、すごく顔を顰めていたからだ。
 
 その顰めた表情が息子さん達とそっくりですねなんてふざけた事…とても言える空気ではなかった。

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