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番外編
執着は自分本位で相手に対する配慮を忘れていることである。
しおりを挟む花恋ちゃんのサークルの店にたどり着くと、店は大盛況だった。
早速ピザを注文すると待ち時間が発生すると言われた。丁度お昼時だったこともあり、商品提供に時間がかかっているのだという。ピザ焼き職人な蓮司兄ちゃんはとても忙しそうで声をかけられなかった。
先輩が「出来たら持っていくから外の噴水広場でふたりで待ってろ」と言ってくれたのでその言葉に甘えて私と花恋ちゃんは指定された噴水広場のベンチに腰掛けておしゃべりしていた。
「ピザ焼く蓮司さん見た? あぁ、すごくカッコよかった…」
頬を赤らめて悩ましげにため息をつくその姿に、通りすがりの男性がつられて顔を赤くしていた。花恋ちゃんはそれに気づくこともなく、私の従兄がピザを焼く姿を思い出してうっとりしていた。
「そっか…」
私には別に…従兄弟の兄ちゃんが汗流しながらピザ焼いてんな、という感想しかない。私と雰囲気似てるしね。
「もしも他の女の人に逆ナンとかされたらどうしよう…」
「いや、ないでしょ」
私と花恋ちゃんの間には温度差があった。自分の血縁のことだからだろうか。花恋ちゃんの言葉に何一つ頷けない。
不安に思う必要なんか無さそうに思えるんだけど。何をそんなに不安がるのか。
「あやめちゃん、真面目に聞いて。私本当に不安なんだよ!」
「あぁうん、ごめんね…」
私の返事がやる気がなさそうに聞こえたらしく、花恋ちゃんがムッと頬を膨らませていた。
ごめんごめん。でもあのフツメン顔じゃ、逆ナンとかされないと思うんだ。花恋ちゃんにとっては素敵な彼氏なんだろうけどね…
「この間も同じ学部の女の子に…」
「本橋? 本橋花恋?」
花恋ちゃんが何かを言おうとしたとき、会話を遮ってきた人物がいた。フルネームで呼ばれた花恋ちゃんは顔を動かした。私も一緒になって視線を向けると、そこには髪を茶色に染め、サイドに剃り込みを入れた男性が立っていた。サッカーやってます! って感じのスポーツマンっぽい雰囲気。こんがり焼けた肌が未だに夏気分を引きずっているように見えた。
…はて、誰だろう。花恋ちゃんの知り合い?
彼の側にはたくさんの友達が集まっており、なんかすごくパリピな空気を感じた。男性は嬉しそうに頬をほころばせると、馴れ馴れしく話しかけていた。
「うわ、マジかよ、お前ここの大学だったんだ?」
「……どなたですか?」
花恋ちゃんが怪訝な視線を送り返すと、相手は目を丸くして「マジかよ! 元カレの名前忘れちゃう!?」と大げさに騒いでいた。
元カレ。見覚えがないので私と同じ高校出身というわけでない。大学に入ってからは花恋ちゃんは蓮司兄ちゃんとしか付き合っていない。…つまり、転校してくる前の学校で付き合っていたという人か……
花恋ちゃんは初恋を忘れようと他の男性とお付き合いをしてみた経験があるそうだが、そのどれもうまく行かなかったのだと話してくれたことがあった。
「薄情だなー…でもま、そっか。お前ヤラせてくんなかったもんな!」
真っ昼間から公衆の面前で吐き出された言葉に花恋ちゃんの表情がこわばる。
…この男は何を言っているんだ。
仮にそうだとしてもその他大勢がいる場所で見せしめのようにして言う言葉ではないはずだ。
「ちょっとやめたげなよぉ」
「だってこいつキス一つにも躊躇うんだぜ?」
「身持ち固いな」
「それいつの話なの? 中学生の時?」
お仲間と一緒になって過去の暴露話をし始めた元カレ君(推定)。お仲間は花恋ちゃんを観察して、二人の過去の交際について根掘り葉掘り聞き出そうとしている。
花恋ちゃんは困惑と嫌悪が入り混じったそんな表情だった。そもそも相手が誰かわからないのは、元カレ君の姿形が変貌したせいじゃないのか。せめて名前を名乗ってくれたらすぐに思い出せただろうに…
「転校を理由にお前から振られた俺が、クラスでどんな目で見られてたか知ってるか?」
ずずいと無遠慮に顔近づけてきた元カレ君は、びくりと怯えた花恋ちゃんをじっとりした目で睨みつけると顔を歪めた。
「それなのに俺のことを忘れただぁ? …ぶってんじゃねーよ。この、」
「いきなりなんなの、あんたは! セクハラも大概にしなよ!」
これはまずいと思った私は花恋ちゃんの元カレ君が全てを言い終える前に2人の間に割って入った。
「…誰だお前」
誰だと言われたが、向こうから名乗られてないので私も名乗りません!
「振られたことを未だに根に持ってるあんたは未練たらたらなだけじゃない! 自分のプライドが傷つけられたから花恋ちゃんを謗って満足しようとしてるの!?」
振られたことを認めず、過去のことをズルズル引きずってるところはあの間先輩と同類の匂いがするぞ! 間先輩に至っては交際にもこぎつけてないけどね!!
この2人の間で実際に何が起きたかは知らないし、私は無関係だけど、このやり方はだめだ!
「進展しなかったのはあんたに魅力がなかっただけのことでしょ!」
「なっ…!」
「あんたはひとりよがり過ぎた! だから花恋ちゃんはついていけずに拒んだんだ!」
それの何が悪いんだ。そういう行為が出来ないから振った。それだけのことだろう。花恋ちゃんにだって感情があるんだ。交際しているのに心を殺して相手の思うままになるのは違うと思う。拒む権利だってあるはずなんだ!
もう済んでしまったことなのに、それを認めずに逆恨みなんかして誰が得をするというのか!
私は元カレ君を睨みつけた。花恋ちゃんに恥をかかせてただで済むと思うなよ…!
「うるっせぇ! 部外者がしゃしゃってんじゃねぇよ! そこどけよ!」
「わっ!」
カッとなった相手から肩を突き飛ばされた。力加減を無視したそれに身構えていなかった私はそのまま転倒して、どしゃっと地面に尻餅をついた。
「あやめちゃん!」
花恋ちゃんが叫んだ。
打ち付けたお尻はとても痛いけど、大丈夫。私には引けない理由があるのだ。花恋ちゃんを守らなければ。
すぐに立ち上がると、花恋ちゃんの元カレ君に再度立ちはだかった。
「元カノがいつまでも元カレのことを覚えていると思ったら大間違いだよ! 現在とこれから先の未来を見なさい!!」
女は上書き保存っていうでしょ! 残念ながら花恋ちゃんの中にはあんたの存在はもうないんだよ!
さっき伊達先輩が間先輩を宥めるために言った言葉に少し似ているのが癪だけど、目の前の男にはこれがぴったりだろう。過去だけを見つめたところでどうにもならない。振り返ってもいいけど囚われたら駄目だ!
あんたは花恋ちゃんの心ではなく、体が欲しかっただけ。
もしくは美少女で評判だった花恋ちゃんの彼氏という称号が欲しかっただけなんじゃないのか?
自分で思い通りになる愛は一方的で暴力的なものなだけだよ。
その考え方はすぐさま改めたほうがいい。
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