リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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この恋に気づいて

私のハグが嫌なのか、ハグ自体が嫌なのか。

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 長期休暇前の試験が行われた。
 実技の試験ではルーカスとの訓練のおかげで難無くクリア出来たのだが、他の教科が軒並み残念な結果になってしまった。これまで実技に没頭しすぎて他の教科に時間を割く余裕がなかったせいである。
 いくつか不合格点を取った私は再試験を受けることが決定した。

 順位表1位にルーカスの名前が輝いているのを見上げた私は、歴然の差を思い知らされた。
 満点だよ、満点。流石だ。
 現実に打ちのめされたって私が追試なのは変わらない。気持ちを切り替えて行かなくては。

 実技以外の教科は大体暗記だ。算術にしても古代語学にしても、結局暗記と応用なところがある。時間さえあれば及第点を取れるとは思う。
 だが、私にはどうにも魔法薬学が苦手に思えてくるのだ。

「薬学は得手不得手があるからね」

 失敗作の課題薬をルーカスに見てもらうと、彼は苦笑いを浮かべていた。
 私は彼の反応が不満で頬を膨らました。
 何でもかんでも器用にできるルーカスからしたら朝飯前なんだろうけど、私にはそうじゃないのに笑わないで欲しい。この科目に関してはクラスでも落第生が多く、イルゼもギリギリ合格で得意科目というわけじゃないそうなのだ。

 見ていてあげるから一から順に作ってみてと言われたので、渋々材料を切り刻んで秤にかけてから鍋に投入すると、ルーカスが制止をかけてきた。

「待った。ちゃんと分量を守るんだ。みてご覧、目盛りが合っていないだろう」
「はい」
「それは最後に入れる奴だろう。教科書に書かれた作り方を守るんだ」
「仰る通りで」
「火加減が間違ってる。それじゃ薬の効能が劣ってしまう」
「ごめんなさい」

 注意される度に自分の大雑把さを指摘されているような気分にさせられる。しかも当たり前のことを言われてなんだか自分が情けなくなってきた。
 初心に戻ったつもりで真面目に作ると、透明に透き通った火傷薬が完成した。何度作っても変な色に変わった薬が、やっとうまく作れた。

「ほら、落ち着いて作ったら出来ただろう?」
「やった! やったわ、これで完璧よ! ありがとうルーカス!」

 私は大喜びで、その気持ちを表現するために目の前のルーカスに抱き着いた。ルーカスは小柄なのですっぽり私の腕の中に収まる。
 これまでの遅れを取り戻すために必死になっていた私はいっぱいいっぱいになっていた。だから一つ一つをクリアできるとそれだけで有頂天になってしまう。小さなことでも私の自信となって糧になっていく。それが純粋に嬉しい。
 なるほどね、薬はお菓子作りと同じものと考えるべきなのか。分量や方法を間違えるとうまく作れない、繊細なものなのだ。

 ぐりぐりと頬擦りしていると、腕の中のルーカスが「りっリナリア!」と上擦った声を出した。
 どうしたんだろうと腕の力を緩めると、ガッと肩を捕まれて引き離されてしまった。

「君はレディだろう、男に気安く抱きついちゃいけない!」

 親愛を込めてハグしたのだが、ルーカスにとってははしたないことに映ったみたいである。
 彼は怒った顔をしていたが、顔が赤いのでそこまで迫力はなかった。

「ごめんなさい、イルゼのハグ癖が感染ったのかも」

 イルゼの友情スキンシップに感化されてついつい。
 彼は自分の前髪を片手でくしゃっと握ると、深々とため息を吐き出して冷静さを取り戻していた。
 赤さを残した頬はそのままに、傍らに置いてあったかばんに手を伸ばしたので、あ、先に帰るのかなと思っていると、ルーカスは中から数枚の紙を取り出した。

「あとこれ。追試試験に出てきそうな問題をまとめてみたから」
「わざわざ用意してくれたの?」

 なんと私のために試験対策を作ってくれたらしい。この人はどこまでいい人なんだろう、感激で目がうるうるしてしまった。
 私が指を組んで彼を見つめていると、ルーカスはなんだか拗ねたように目線をそらしてしまった。

 片付けを済ませると学校を後にする。途中まで方向が一緒なので共に帰宅していたのだけど、ルーカスは口数少なく、なんだか気まずかった。それでもきっちり紳士らしく女子寮まで送ってくれたルーカスに、恐る恐る「怒ってるの?」と尋ねると、彼は「別に怒っていない」と返してきた。
 その割には私の顔を見てくれなかった。

 抱き着いたのがそんなに不快だったのだろうか。
 それはそれでショックだ。



 再試験はすべて合格点を獲得し、私は憂いなく長期休暇に入れることになった。学年末ではこのようなことが起きないようにしっかりしたいと思う。

 それはそうと魔法魔術学校に入学してから初めての長期休暇だ。久々に両親と再会できて私は嬉しかった。
 両親からは背が伸びたね、とかしっかりしたねと褒められた。前半期だけでいろいろあったから、自分が成長した自覚はある。

『リナリア』
『帰ってきたの、おかえり』
「ただいま、みんな」

 近所に住んでいた友達も私の帰りを知ると出迎えてくれた。私は嬉しくて心からの笑顔を彼らに向けた。

「足を引きずっているけど大丈夫?」

 ぴょこぴょこと右後ろ足を引きずる犬がいたので、私は以前のように動物達へおまじないをかけた。

「痛いの痛いの飛んでゆけ」

 私の周りの空気が揺らめく。手の平にあたたかい力が集まり、悪い部分を治癒していく。

『あれぇ、リナリア、治す速度はやくなったね』
「え、そう?」

 私が治癒魔法をかける姿を観察していた小鳥の指摘に私は首を傾げた。
 今まで意識してなかったけど、学校での特訓は私の魔法の質を向上させたみたいだ。


◇◆◇


「リナリアー! 学校ぶりね!」
「イルゼ!」

 長期休暇中は学校の友達に会えないことが寂しかったが、イルゼが会いに来てくれた。乗合馬車から飛び出したイルゼは変わらず、熱いハグで私への親愛を表現してくれた。

「両親がイルゼに会ってみたいと言っているの。町を案内する前に商会に立ち寄ってもらってもいい?」
「えぇいいわよ! 任せてちょうだい!」

 私に人間の友達が出来たということが信じられないのか、両親は朝からそわそわしっぱなしだった。お父さんなんか店を臨時休業にしようかとか言い出していたし。
 彼女をお父さんの店であるブルーム商店へと案内すると、イルゼは物珍しそうに店を観察していた。

「わぁ……いいとこのお嬢さんだろうなと思っていたけど、リナリアってお金持ちなのね、すごいわ」
「そんなことないよ。すごいのはお父さんだよ」

 うちの店はこの領地の中でも5本の指に入る大商会。海外と国内を結ぶ貿易も取り扱っている。なので規模は大きいけど、それはお父さんがすごいだけなのだ。
 商会では大人たちが働いていた。忙しいであろう時間を避けておいたけどそれでも忙しそうである。

 イルゼを連れて店の中に入ると、大人たちが会釈してきたので私もそれに返す。そのまま店の奥に入ると階段を上がって2階の商会長室の扉を叩いた。
 中から応答があったので、ドアノブを回しながら「友達を連れてきた」と告げると、書類仕事をしていたお父さんがばっと立ち上がり、隣の部屋につながる扉越しに「リナリアが友達を連れてきたぞ!」と訴えていた。多分そっちにお母さんがいるんだろう。
 二人はどたばたしながら出迎えの準備をしていた。
 
「リナリアに初めて人間の友達が!」
「ようこそモナートへ! お菓子はお好き? これは商会が地元の工房と協力して作っているお菓子なのだけど…あ、お茶を用意しなきゃね!」

 感動する両親はイルゼを歓待していた。ふたりから期待に満ちたキラキラ視線を送られたイルゼは苦笑いを浮かべていた。

「はじめまして、イルゼ・ヘルマンと申します」
「えぇ、えぇ! 存じておりますよ。リナリアがいつも手紙にあなたのことを書いて送ってくれていたから!」
「ずっと人間の友達ができずに、同年代の子達と馴染めずにいたリナリアにもやっと友達が出来て嬉しくてねぇ」

 大袈裟に見えるかもしれないが、真実なので私はなにも言えない。
 だって仕方ないじゃない。こっちの同級生、仲間外れして来るんだからさ。

「市井から生まれた魔力持ちの子どもは、不思議な力を持っているが故にどうしても浮いてしまうんですよね。そういう経験をした子は魔法魔術学校に大勢います」

 両親は口には出さないけど、自分たちが魔力の存在に気づいてあげたら良かったのにと後悔しているっぽいのだ。
 両親は魔法とは無縁の生活をしてきたからわからなくて当然なのに、私に人間の友達がいなかったのは自分たちのせいだって責めているように見える。そんなことないのに。

「だからうちの学校はちょっと捻くれた生徒ばかりで、学校生活でいろいろありますけど……その中でもリナリアは折れても曲がってももう一度奮起して戦う勇気がある子だから大丈夫です」

 私の両親の心境がなんとなくイルゼにも伝わったのだろう。イルゼは安心させるように言ってくれた。なんか「学校でいろいろありました」とあっさり暴露された感があるけど……
 それにお父さんもお母さんも心配そうにしていた。

「大丈夫。今の私には心強い友達がいるから」

 両親を安心させようと私は拳を握って言った。今は一人じゃない。動物だけじゃなく、人間の友達もいる。私は頑張れるよって。
 だから見守っていてほしいのだ。私が成長する姿をね。

「秀才のクライネルト君も側にいるもんねー?」
「……? うん、ルーカスには力になってもらってるね?」

 ニヤニヤ顔のイルゼに肘で突かれたので私は訝しんだ。何故ここに彼の名が出てくるんだろう。

「ルーカス……? それはどこの男の子なのかな?」
「クラスメイトだよ?」

 さっきまで不安そうな顔をしていたお父さんの声が不機嫌に変わった。顔を見れば今にも怒りそうな顔をしている。なんかまずい話したかなと困惑していると、イルゼがずずいと体を前に乗り出した。

「リナリアってばクライネルト君に沢山助けてもらってるんです。クライネルト君は旧家の魔法家系出身のお坊ちゃんなんですけど、お高く止まっていそうに見えてすごく面倒見がいいんですよ。秀才で美少年で……」

 イルゼはぺらぺらとルーカスのことを語っていた。なんか……私よりも詳しくない?
 話を要約すれば成績トップのクラスメイトが遅れ気味の私の面倒を見てくれているって話だったんだけど、お父さんの機嫌は直らなかった。

「リナリア、お父さんのことは放置しておいていいから、イルゼさんを町に案内してあげなさい」

 挙げ句の果てにお母さんに商会長室から追い出された。
 何だったのよ一体。
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