リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

文字の大きさ
55 / 137
この恋に気づいて

溢れる涙

しおりを挟む
 学年末試験を終えて私は3年生を無事修了した。
 修了式を迎えると自動的に長期休暇が訪れ、私は故郷のモナートへと里帰りしていた。
 お休みだとついつい怠けがちになってしまうが、そんな自分を叱咤して暇な時間は自分の部屋の勉強机に向かい、次の学年の予習をしていた。

「リナリアー! お客様がいらしてるわよー」

 来年度の教科書とにらめっこしてうんうん唸っていると、お母さんが下から私を呼んだ。
 私にお客さんだと言うので誰だろうと首を傾げながら階下に降りると、むさ苦しい港町には不釣り合いな美少年がいた。

「ルーカス!? どうしたの。また近くを通ったの?」
「別荘に移動する途中の道なんだ。今夜は馬車の点検でこの町に宿泊することになったから寄ってみたんだ」

 別荘。
 これまたお坊ちゃんな単語が出てきた。だけど私はいちいち突っ込まない。ルーカスは普通の平民とは違うのだから。
 彼が乗ってきたであろう馬車は点検のために別の場所に移動しているそうで、ここまでは徒歩で来たそうだ。彼の背後には強そうな男の人が3人くらい控えている。……ご家族では……ないよね?

「えぇと、ご両親は? もしかしてひとり?」
「もうこの年になったら親が不在でも問題ないよ。信頼できる護衛や使用人が側にいるから心配ないさ」

 使用人という言葉に格差を感じた。うちにも通いの家政婦さんがいるけどさ、それとは違うんでしょ。

「リナリア、彼氏君とお出かけしてきたら? ここのところずっと引きこもったままだからたまには外出した方がいいわ」
「違うよ、ただの同級生だよ。ルーカスに失礼でしょ!」

 お母さんが誤解していたのですかさず否定する。友達だと紹介したのに、何故恋人に変わっているのか。

 お茶でも出そうかと思ったけど、仕事そっちのけでこっちを監視するお父さんの鋭い目があったので、私はルーカスにこの町を案内することにした。
 ルーカスについて来た護衛さん達は姿を隠すのが得意らしく、存在感なく私たちの後を着いてきた。一体何者なんだろう。

 案内するといってもただの港町だ。面白いものがある訳じゃない。自分が幼い頃よく立ち寄っていた場所に案内がてらふたりで散歩した。
 時折動物のお友達に遭遇しては、『番を連れてきたの?』と尋ねられて否定したり、一緒に海を見に行ったりといつもとは違う休日を過ごしていた。

 なんか変な感じだ。
 この町には人の友達がおらず私はいつもひとりだったし、ルーカスが隣にいると見慣れたものが新鮮に見える。太陽の光が反射した水面がチカチカしているせいなのかな。外の世界で見るルーカスが眩しく見えた。
 海の向こうの水平線を見つめるルーカスは今なにを考えているんだろうか。気になるけど声をかけられなかった。私は彼に見惚れていたのだ。

「おい見ろよ、嘘つきリナリアが男と一緒だぜ!」

 私の楽しい時間はその声に邪魔された。なんで今、彼らと遭遇しなくてはならないのか。
 彼らとできるだけ会いたくないから外出せずに避けていたのについていない。

 だけどここで相手にするのはよくない。
 私はなにも聞こえなかった振りをした。

「おい無視すんなよなー」
「虚言癖と妄想癖は治ったのかよー。そいつも頭おかしい学校の仲間なんだろ」

 ぴきぴきとこめかみが引き攣るようだった。
 いまだに私が精神病だと思い込む幼馴染達は、一緒にいるルーカスまでも侮辱してきたからだ。
 それに隣にいたルーカスが動く気配がした。流石のルーカスも気分が悪くなっただろう。私がここで謝るのもおかしいし……なんであの人たちは進歩しないんだろう。情けなく感じるよ。

 振り返って顔を見せたルーカスの美麗な顔を直視した幼馴染達は一斉に息を忘れたかのように固まっていた。
 この町にはルーカスのように顔が整った美形、なかなかお目にかかれないものね。私も初めて彼を見たときは衝撃だったから今ばかりは幼馴染達の心境を理解できる。
 幼馴染達は次にいう言葉を忘れたのか、餌を求める魚みたいに口をぱくぱくするだけだった。

「魔法魔術学校をそういう風に言うのは流石に無知が過ぎるんじゃないのか?」

 ルーカスは相手を小馬鹿にするように鼻で笑った。

「リナリアは魔術師の中でも特に珍しい才能を持っているんだ。君達は魔法や魔術を理解していない。──だから彼女の能力を恐れている。魔女狩りの歴史にもあったことさ。自分とは違う人間を恐れて迫害するそれと同じだ」

 目の前の私の幼馴染達の心理をズバッと突いたルーカス。
 それが当たっていたのか外れていたのかはわからないが、彼らはカチンと来たらしい。

「あぁ!? お前はそこのリナリアが頭おかしい女だと知らないから騙されてんだろ! 顔だけで選んだら後で後悔するぞ!」 

 またそれ。
 彼らは進歩しない。だから私たちは歩み寄れない。
 それならば私の存在を無視して近づかないで話しかけないで欲しいのに、私を見つけるなり悪意のある言葉を投げかけて来る。

 仮にここで私が魔法を使っても彼らは私を傷つける言葉を吐き続けるだろう。
 自分たちとは違う私を同じ人間ではなく、異端として見るんだ。

 こんな場面に彼を立ち会わせたくなかった。自分の恥部を見せているような気分にさせられる。
 ルーカスも流石に気分悪くなっただろうなと彼の顔色を伺う。するとぱっちりと視線が合う。私はきっと情けない顔をしていたに違いない。
 それを見兼ねたのか、ルーカスは腕をこちらへと伸ばしてきて、私の腰を抱き寄せてきた。

 ぐいっと抱き寄せられた私は一瞬頭が真っ白になった。
 ルーカスの腕は力強く、接近したときにふわりと香ったほのかな香りに酩酊しそうになった。

「君たちにはリナリアの素晴らしさを理解できないだろうな。とても魅力的な人なのに」

 間近に聞こえるルーカスの低い声。
 み、魅力? 私が魅力的だって言った……? は、恥ずかしい……
 それに合わせて体温が急上昇した。顔が燃えるように熱い。心臓も落ち着きなく脈打って、そのうち破裂してしまいそうだ。

「彼女に構うな。次にリナリアを傷つけるようなことを言ったら僕も容赦しない」

 ルーカスは、幼馴染達を鋭く睨みつけて圧をかけていた。
 それだけなのだけど、恐れ慄いた幼馴染達は引波のようにさーっと離れて行った。



「ルーカス、ごめんなさい」

 浜辺に私とルーカス以外の人影が無くなったときに、私は謝罪した。
 せっかく遊びに来てくれたのに嫌な気分にさせてしまったから。

「どうして謝るんだい? 君は悪くないだろう。ただ単に君がこれ以上謂れのない悪意に苛まれないように言い返しただけだよ」
「あの人たちが私に対して意地悪なのは昔からだから今更よ?」

 彼らは誰かに注意されても止めない。あぁいうことも言われ慣れてると遠回しに言うと、ルーカスはなんだか悲しそうな表情を浮かべていた。
 もしかして私が可哀相に見えているのかな。

「あんなひどい言葉に萎縮している君を見ていられなかったんだよ」

 私の手を取ったルーカスは目を伏せた。
 ……私は萎縮していただろうか。
 いつも彼らが満足するまで我慢して耐えていただけなんだけど、ルーカスには私が怯えているように見えたのかな。

「悲しそうな表情をしているのが自分ではわからなかっただろう? 僕はあんな顔を君にさせたくないんだ」
「ルーカス……」
「リナリアは幼い頃からずっと一人で耐えて来たんだろう。君はすごい……よく頑張ってきたね」

 彼の言葉に、私の中の何かが決壊した。
 なぜだろう。認めてもらって嬉しいはずなのに、涙が溢れて止まらなくなった。

 不思議な力を理解してくれる大人は少数いた。
 両親も私の力を拒絶せずに受け入れてくれた。
 だけどこの故郷で実際に、私の心境を理解できた人はいただろうか。

 魔法魔術学校に入学して出会った友人達。あの学校でようやく理解者ができたのだ。私はもう一人じゃないって実感できた。

 言葉にできないぐちゃぐちゃした感情でいっぱいになった私は、言葉もなく泣きじゃくった。
 ルーカスは私の頬を流れる涙を指で拭い、そして泣き顔を隠すように私を優しく抱き寄せた。
 私が泣き止むまでずっと、私を腕の中に隠してくれたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。 そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。 あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。 あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ! 猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。 ※全30話です。

お兄ちゃんは、ヒロイン様のモノ!!……だよね?

夕立悠理
恋愛
もうすぐ高校一年生になる朱里には、大好きな人がいる。義兄の小鳥遊優(たかなしゆう)だ。優くん、優くん、と呼んで、いつも後ろをついて回っていた。  けれど、楽しみにしていた高校に入学する日、思い出す。ここは、前世ではまっていた少女漫画の世界だと。ヒーローは、もちろん、かっこよくて、スポーツ万能な優。ヒロインは、朱里と同じく新入生だ。朱里は、二人の仲を邪魔する悪役だった。  思い出したのをきっかけに、朱里は優を好きでいるのをやめた。優くん呼びは、封印し、お兄ちゃんに。中学では一緒だった登下校も別々だ。だって、だって、愛しの「お兄ちゃん」は、ヒロイン様のものだから。  ──それなのに。お兄ちゃん、ちょっと、距離近くない……? ※お兄ちゃんは、彼氏様!!……だよね? は二人がいちゃついてるだけです。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...