リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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この恋に気づいて

燃える頬

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 あの日、ルーカスの胸元でおもいっきり泣いた私は、これまでずっと抱えていた苦しい胸のうちが昇華された気がしてすっきりした。
 ずっと仕方ないと諦めていた私だったけど、本当は誰かに頑張ったね、と言葉をかけてほしかったのかもしれない。
 ルーカスって本当に不思議な人。いつだって私を助けてくれる。彼の言葉一つでこんなにも心が軽くなるのだもの。……私の知らない白呪術でも使って癒してくれているのかしら?

 泣きすぎて腫れた目元は治癒魔法で治したので、私が泣いたことを知っているのはルーカスだけだ。……いや、もしかしたら護衛さんが影から見ていたかも知れないけど、数には数えていない。

 翌日の朝、これから別荘へ向かうというルーカスが宿泊した宿まで見送りに行った。「新学期にまた会おう」と声を掛け合ってしばしの別れを惜しんだ後、家に帰ろうと私はいつも通る道を歩いていた。
 ひと月の長期休暇。以前はあっという間に過ぎると残念に思っていたけど、今は休み明けが待ち遠しい。
 イルゼやニーナに会いたいのはもちろんだけど……ルーカスにも早く会いたい。

 変なの、少し前までおしゃべりした相手なのに、もう会いたくなるなんて。くすぐったい気持ちに浮かれながら歩いていた。今夜伝書鳩を彼に送ってみようかななんて考えたりして。
 ──目の前にぬっと大きな人影が現れるまでは。

 待ち伏せしていたかのように角から現れた人物を前に私は固まってしまった。いつもの意地悪を言う幼馴染達かと思ったらそうじゃなかったからだ。
 その人は近所の男性だった。私とはあまり接点はなく、会話したこともなかった。そして──その人自体素行がよろしくなくて評判だったので、この港町でも私とは別の理由で浮いていた。

 私に何か用だろうかと身構えるも、相手は口よりも先に行動してみせた。
 乱暴に身体を持ち上げられたときは何事かと思った。

「ちょっ! なにす、むぐっ」

 まるで小麦粉が入った大袋を担ぐかのように私は肩に抱き抱えられ、叫ぼうとした口はがさがさの手の平に抑え込まれたのだ。相手の手から生臭い臭いがして私は吐き気に襲われる。
 突然の拉致行為に戸惑っていた私だったが、流石の私もこれはまずいと理解していた。

 誰かに助けを求めようにも、こんな時に限って人通りがない。
 動物の友達も側にいなかった。
 なんとか身体を動かして拘束から逃れようとしたけど、男の手はびくともしない。

「うー! う゛ぅーっ!!」

 足をじたばたして相手を蹴りつけるも、それも効いていないようだった。そのまま男は鼻息荒くのしのしと今は空き家になっている建物の敷地内に足を踏み入れた。
 その家には数年前までは人が住んでいたが、今では無人でそのまま放置されている。生い茂った草木のせいで昼までも薄暗く、近所の子供達はお化け屋敷と呼んでいた。
 ──何故なら昼間からこの家から泣き叫ぶ声が聞こえるからだという。

 それを思い出した私はまさか、と思った。
 慣れた様子でこの家に入り込んだ男は、勝手知ったるとばかりにずんずん家の奥へ進んでいく。埃臭い室内は蜘蛛の巣が張られており、お化け屋敷さながら。色落ちしたカーテンはカーテンリールから剥がれており、これまた不気味さを増す。

 リビング部分であろう場所に置かれたソファ。それはもともと黄色だったのだろうが、いろんな汚れが着いている。

「うぐっ!」

 どさりと荷物を放り投げるように私をソファに投げ出した男。
 私は背中に来た衝撃にむせた。咳込むと室内の埃まで吸ってしまい、余計に咳が止まらなくなった。

 口元を抑えてむせていた私は、ぎしり…とソファが軋む音にギクッとした。
 男が、私の身体を跨がるように覆いかぶさって着ていたからだ。

「いやっ!」

 私は両手を突き出して男をはねのけようとした。しかし手首を抑え込まれてしまう。それでも諦めずにじたばたするも、男は私の足に体重をかけて抵抗を抑え込んだ。顔が近づき、首筋をべろりと舐めあげられた私は悪寒に襲われた。全身に鳥肌が立つ。

「やだ! やめてよ! 気持ち悪い!!」

 かろうじて動く首を動かして叫んだ。
 もしかしたら、近所の子どもが言っていた泣き叫ぶ声というのは、この男が女の子を引きずり込んで暴行した時に助けを求めていた声なんじゃないだろうか。

 なんて男だ。噂以上の素行の悪さじゃないか!
 
「我に従う土の元素達よ!」

 こんな奴、魔法でぼこぼこにのしてやる! 正当防衛だ!
 そう思った私は呪文を唱えようとした。

 バシッ

 しかし、頬に走った痛みにそれを中断してしまう。
 頬が燃えるように熱かった。
 私が呆然としている間に、叩かれていない反対側の頬もバシリと叩かれ、もう片方も更に叩かれた。何度も何度も叩かれた。数えている暇もなかった。

 手加減もなくバシバシと叩かれた私は強い目眩を起こしていた。叩かれた際に頭を強く揺さぶられたからであろう。
 打たれた拍子に口の中を切ってしまい、血の味でいっぱいになる。

 ブチッビリビリッと着ていたブラウスが引き裂かれた音が遠くで聞こえた。

 顔が痛い。燃えるように熱い。
 目の前がチカチカして頭がぐるぐるする。
 今じゃ恐怖で声が出ない。
 ──怖い。

 ぎゅむっと力いっぱい胸を握り締められた私は痛みに呻いた。シュミーズ越しのそれに私は引き攣った声を漏らす。
 そこに私の意思は関係ない。
 私は親しくもない、よく知りもしない男に乱暴されている。

 嫌だ、嫌だと頭の中で叫んでいるのに、どうしても声が出ない。
 涙が流れ落ちて行く。

 ふぅふぅと息を荒くしている男は、私のスカートをめくってドロワーズに手をかけた。脱がそうとしているんだ……!
 私はガチガチと歯を鳴らして震え上がる。

 ──嫌だ……!
 ギュッと目を閉じる。
 ドクン、ドクンドクンと心臓が脈打つ。
 私の心の限界を迎えたとき、それは溢れ出してしまったのだ。

「いや、イヤァァァーッ!!!」

 目の前が真っ赤になった。
 自分の身体から溢れ出すその力は辺り一面を破壊した。
 私を守るかのように家の中へ突如出現した竜巻は、廃屋となった家を粉々に破壊し尽くした。私の上に乗っかっていた男は竜巻の渦に飲み込まれ、吹っ飛ばされる。

 私以外のすべてがその場から吹き飛ばされたのだ。

 骨組みすらなくなった廃屋跡地に寝転がった私は、そこで意識を失い、そのまま気絶したのである。
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