リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

文字の大きさ
93 / 137
乱れる乙女心

アンチークの花

しおりを挟む
 クライネルト親子を引き連れた還らずの森同行調査依頼は、ルーカスに怪しまれる以外は順調だった。

 当初の依頼である、魔獣の血液採集も粗方進んだ。
 ルーカスのお父さんであるクラウスさんは現在、自然発生する魔素から出現する魔獣の身体から出る成分について調べている。
 一部の魔獣の血液から疾患の治療薬になる成分が発見されて以降、積極的に還らずの森へ足を踏み入れて魔獣の血液を拝借しては研究をしているのだという。

 これまでは1体か2体に協力いただけたら収穫ありといった感じの結果だったそうだが、今回は私がいるため予想以上の収穫だとクラウスさんはホクホク顔だった。

「いやぁ本当に助かるよ」

 私が間に入って魔獣に交渉し、クラウスさんが採血する。
 私は魔獣が怯えないようになだめる役目を果たしている。狼に翼が生えている生き物はぐるぐる喉を鳴らしながら大きな身体を私に委ねていた。

「…腕を噛まれてますけど大丈夫ですか?」

 私の腕をがぶーと噛んでいる魔獣を見たルーカスが恐る恐る声をかけてきた。
 問題ない。これは甘噛みであり、彼らの愛情表現なのだ。腕はべとべとのヨダレまみれになるけど、本気噛みされてないから平気だ。

「大丈夫です。甘えられているだけですから」

 この子は大きな体をしているけど、ワンちゃんみたいなところがあるんだ。もちろん知らない相手には警戒心を見せて歯をむき出しにすることもあるけれど、私には従順で忠実なので心配いらない。

『ミモザ、背中乗る?』
「うーん、今日はお客さんがいるから、また今度お願いね」
『残念』

 魅力的なお誘いだが、今はお仕事中なのでまた今度だ。
 私の手からご褒美の骨付肉を受け取ると、狼型魔獣は早々に飛び去った。
 ちなみに撫でようとしたクラウスさんに対してはどの魔獣も最初から最後まで素っ気ない態度を示しており、彼は魔獣に懐かれている私を羨ましそうに見てきた。野生動物はだいたいあんな感じですよ。人懐っこい生き物は淘汰されちゃうから、人間に冷たいくらいが丁度いいんです。


 この依頼に設けていた期間は約1週間。今日はその最終日である。
 魔獣の血液採集が目的だったのだが、予定よりも早くその用事が片付いたので、残りの日程は珍しい薬草探しをしていた。
 行く先々で珍しい希少薬草が見つかるものだから、根っからの研究者であるクラウスさんは興奮しっぱなし。私もその採集手伝いをしていたのだが、見覚えのある毒々しい花を見て笑ってしまった。
 何度か生やしたなぁ、この花。久々に見たかも。

「アンチークですね」
「そ、そうですね」

 私が花を見て一人で笑っていたのをどう思ったのか、ルーカスが横から話しかけてきた。それに私はぎょっとする。
 いつの間に私のそばに近づいていたんだ。心臓に悪いから気配を消すのはやめてほしい。

「ところでミモザさん、今晩お時間空いていますか?」
「…?」

 その問いかけに私は怪訝な顔をしてしまった。
 調査の時間延長依頼だろうか。それはちょっと急すぎて困るんだけど。

「王都に昔から通っている料理店があるのですが……今回は色々とお世話になったので今晩は食事をごちそうさせていただきたいと考えていて。あ、もちろん父も同席しますし、母も来ることになっています」

 突然のお食事のお誘いに私はギクッとした。
 クライネルト一家と食事…!? いやいやいやいや…

「す、すみません。折角のお誘いではありますが、急いで帰らなくてはならなくて」
「夜遅くまでお引き止めはしませんが」
「いえホント、厳しいです」

 ルーカスを前にしてどんな顔をして食事をつつけと言うのだ。
 それに、家では私の帰りを待っている子がいるんだ。行けるわけがないだろう。

「折角のお誘いを無下にして申し訳ありません」

 私が深々と頭を下げてお断りすると、ルーカスは「そうですか、残念です」と引き下がっていた。
 そのことを報告されたクラウスさんは又の機会にと残念そうにしていたが、又の機会なんてないです。クラウスさんは悪くないけど、私はこれ以上彼らと関わりたくなかった。

 最愛の我が子を守るため、秘密を守りたかった。
 私達がようやく掴みかけた平穏を奪わないでほしかった。

 やっと、この緊張感から解放されるんだ。このまま何事もなく依頼が終わってほしい。
 ルーカスが近くにいると、どこかで“リナリア”が飛び出して来そうになる。

 封印したはずの恋心がひょこっと顔を出して心を乱していくから、早く彼から離れたかった。

 
◆◇◆


「ねぇねぇミモザちゃん、日曜日のお昼にご飯いこうよ」
「すみません、日曜日は大神殿で開かれるバザーのお手伝いがあるので」
「えぇ…先週も似たようなお断り文句だった気がする」
「気のせいですよ」

 今日もモーリッツさんに言い寄られ、私はきっぱり断る。
 なんか自分もあしらい方がだんだん雑になってきたなぁと感じるけど、彼も大概しつこいので仕方がない。
 口から出てきそうなため息を堪えて、適当に逃げようと考えていると、誰かに手を掴まれて後ろに身体を引かれた。

「彼女は嫌がっていますよ、やめてあげてください」

 その声、後ろ姿。顔を見なくても嫌でも誰かわかる。
 私が男性職員に言い寄られているところを見かねて割って入ってきたのはルーカスだった。

 この間ようやく依頼が終わったと思ったのだけど、クライネルト一家は再び依頼を申し込んできた。
 もともとお得意様らしく、以前から季節ごとに依頼を持ちかけられて来たそうだが……ここ最近は間を開けずに依頼に来るので、上司も不思議そうに首を傾げていた。

 ルーカスが私を背中に隠すように間に入ってきたので、モーリッツさんが目を丸くして固まっている。

「大丈夫ですから、いつものことです」

 ナンパなモーリッツさんではあるが、同じ職場の人なので気まずくなるのは避けたい。大げさにしたくなかったので、いつものことだから事を荒げないでほしいと言おうとしたら、ルーカスは信じられないと言わんばかりの表情で私とモーリッツさんを見比べてきた。

「いつも!? 女性に言い寄る男性職員を野放しにしているんですか、ここでは! あなたは未婚の女性なのに無防備が過ぎないか!?」

 その言葉にカチンと来た私は「あなたに言われたくない」と怒鳴り返しそうになった。
 えぇ、未婚ですとも。だけど私が結婚できないのはあなたのせいだから!

 言い返したいけどそんなことしたら秘密がバレてしまう。
 腹の底から煮え立ってきた怒りを無理やり抑え込むと、私は彼に掴まれた手を振り払った。

「依頼者様には関係のないことですので、構わないでくれませんか」

 私の返し方が冷たく聞こえたのだろう。ルーカスは変な顔をしていた。
 そうだよね、あなたは良かれと思って私を庇ったのに当の本人から余計なお世話だと態度に出されて拒絶されたのだもの。困惑するのは当然のことだ。

 だけど私だってルーカスを許せない。冷静に、心を無にして接するにも限界があるんだ。頼むから私に関わらないでほしい。

「そうですよ、ミモザちゃんと俺は親密な間柄なんでー」

 モーリッツさんは何を思ったのか、私の肩に腕を回してきた。肩を抱かれた私は渋い気分になりながら、モーリッツさんが首から下げている職員証の紐をくいっと下に引っ張って、屈み込んだ彼の耳元で囁いた。

「言わないでくださいよ、あのことは」

 私の行動に驚いた様子のモーリッツさんは瞬きをパチパチした後、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべた。

「もちろん。俺らは仲間だからミモザちゃんの事情を把握しているけど、外部の人間に漏らすなんて真似はしないさ。ミモザちゃんが辞めちゃったら大損害だってみんなわかっているからね」

 ヒソヒソ声で返ってきた言葉に私は憮然とする。
 彼のことなので少し信用できないんだけど、そこまで言うなら多分大丈夫、なのかな?

「それに言おうとしても、外部の人間には聞こえないようになっているから」

 そうだったんだ。私が子持ちであること云々は箝口令が敷かれていると聞いてホッとする。なんかそのことについて話せないように、施設の全職員に口止めの術が施されているんだって。
 人の噂は怖い。だからこそ大巫女様がそういう対策を取ってくれていたのだと知って心のなかで彼女に改めて感謝した。

「──いつまでくっついているつもりですか?」

 内緒話をしていた私達が密着しているように見えたのだろうか。
 刺々しい声でルーカスに指摘された私は、モーリッツさんの首元から手を離した。
 そして何事もなかったように作り笑顔を作る。

「ご依頼についていらしたんですよね? 客室に案内いたします」

 その後は上司に丸投げだ。
 いっそ私を担当から外してくれと後でお願いしてみようか。
 この職場にとって私の能力は必要不可欠らしいから、そのくらいのお願いは聞いてくれるかもしれない。

 モーリッツさんとはその場で分かれて、客室へと案内する。
 歩いている間は特に会話もなくお互いの靴音が廊下に反響する音だけが響いていた。

「ミモザさんは」
「はい?」
「いつもあんなふうに密着しているんですか?」

 私についてくる形で歩いていたルーカスからチクチクした言い方で問われたので、私はムッとして言い返した。

「そうだとして、あなたになにか関係ありますか?」

 作っていた笑顔は消え去り、私は彼を睨みあげていた。
 私からの質問返しにルーカスは口を開きかけ、その唇を閉ざしていた。

 私はリナリアじゃない。ミモザなの。今の私のことはあなたには関係ないでしょう。
 お願いだからこれ以上私の心を乱さないでよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。 そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。 あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。 あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ! 猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。 ※全30話です。

お兄ちゃんは、ヒロイン様のモノ!!……だよね?

夕立悠理
恋愛
もうすぐ高校一年生になる朱里には、大好きな人がいる。義兄の小鳥遊優(たかなしゆう)だ。優くん、優くん、と呼んで、いつも後ろをついて回っていた。  けれど、楽しみにしていた高校に入学する日、思い出す。ここは、前世ではまっていた少女漫画の世界だと。ヒーローは、もちろん、かっこよくて、スポーツ万能な優。ヒロインは、朱里と同じく新入生だ。朱里は、二人の仲を邪魔する悪役だった。  思い出したのをきっかけに、朱里は優を好きでいるのをやめた。優くん呼びは、封印し、お兄ちゃんに。中学では一緒だった登下校も別々だ。だって、だって、愛しの「お兄ちゃん」は、ヒロイン様のものだから。  ──それなのに。お兄ちゃん、ちょっと、距離近くない……? ※お兄ちゃんは、彼氏様!!……だよね? は二人がいちゃついてるだけです。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

Catch hold of your Love

天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。 決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。 当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。 なぜだ!? あの美しいオジョーサマは、どーするの!? ※2016年01月08日 完結済。

処理中です...