リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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乱れる乙女心

受け入れられない彼の言葉

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「リナリア、どうして」
「ふざけないでよ、ドロテアさんと婚約したくせに、私を弄んだだけじゃ飽き足らず愛人にするつもり?! どこまで人を馬鹿にすれば気が済むの!?」

 ルーカスが何かを言いかけようとしていたので、私はずっと言えなかったことを相手に吹っかけた。
 私を日陰者にして、この子を利用するつもりなの!? 信じらんない!
 そうよね、この子はもうすでに魔力の兆候が見られる。クライネルト家で利用できる子どもなのは間違いないものね。

 悔しくてたまらなかった。一時期とはいえ、なんでこんな人を好きになったんだろうって自分を詰りたくなる。

「婚約はしていない! そもそも愛人なんて人聞き悪い! 僕は君を妻として」
「う゛ぇぁぁぁああ!! ぎゃああああん!」

 私達の口論が激しくなるにつれてフェリクスが泣きわめく声も大きくなってきた。
 ピシ、パチパチっと静電気というには強すぎる力が放出されて身体が痛い。フェリクスが魔力暴走を起こしかけているんだ。

 ごめんね、フェリクス。
 お母さん逃げたいけど、この人に捕縛されて逃げられないんだ。
 子ども一人を満足に守れない自分の弱さになんだか泣きたくなってきた。

 彼は誤解だと訴えてくるけど、今の私は彼の言うことなんか信じられなかった。

「嘘! 本人から聞かされたわ! 社交誌にあなたたちの婚約を祝った記事が書かれていたじゃないの! 学校中の人が知ってて噂していた! ドロテアさんに指輪を贈ったのでしょう? 大きな青い宝石の婚約指輪を!」

 あなたの瞳の色に似た指輪を彼女から自慢されたのだ。
 皆が話題にしていた。卒業パーティのときだって貴族様たちの話題はそればかり。ダンスフロアで踊る2人をみた私がどれだけ複雑な思いだったかあなたは知らないんでしょう。

「結局は良いところのお嬢様と結婚するんじゃない! 私のことは一晩の遊び相手としか見ていなかったんでしょう!」
「……あれか。あれはドロテアが出版社に金を握らせて、嘘の情報を書かせたんだ。噂だって故意に流されたでまかせだ。指輪のことは知らない」

 そんなことを言われても今更あなたのことを信じられない。それこそ嘘かもしれないじゃない。皆がそれを知っていて、噂していた。それが答えなのではないの?
 私が信じていないと察したルーカスは眉をひそめていた。どこか悲しそうな顔をしているのは気のせいだろうか。

「僕はドロテアとは結婚しない、そう何度も君の前で発言したと思うけど、それを忘れてしまったのか? 僕よりもドロテアの言うことを信じるというの?」
「私を裏切ったのはあなたじゃない! あなたの言うことなんか信用できないわ!」

 その言葉に反発した私はキッとルーカスを睨みつけた。
 だからなんだというの。あなたは私を傷つけた。私は絶望して1人抱え続けてきたのに。
 私が語気荒めに噛み付いて来たものだからルーカスは驚いて後ずさっていた。そして困惑を隠さずに、首を横に振る。

「裏切るって、僕は君を裏切ったことなんか」

 捕縛されて身体は動かないけど、もしも動いていたら彼の顔をグーで思いっきりぶん殴っていたに違いない。

「ひとりぼっちで起きたあの日の朝、私がどれだけ絶望したと思っているの……! 私の純潔を奪っておいて逃げた卑怯者が何を言うのよ!」

 知らない部屋に、冷たいシーツ。置き手紙もなにもない。産まれたままの姿で起きた私は利用されただけなのだと悟ったのだ。
 あの悲しみを今でも覚えている。

「それは違う、あの時すぐに戻って来るつもりだった。実際に戻ってみると君がいなくなっていたんだ」
「嘘つき! 言い訳しないで! 私は一人にしないで欲しかったのに! 側にいて欲しかったのに、あなたはいなかった!」

 感情が荒ぶった私の目から熱いものが溢れてきた。
 それを見たルーカスは反論するのを躊躇ったように見えた。

「あなたは最低よ。私の恋心を利用したのだものね。私の想いを知っていたから、私の身体で発散したのよね? 私を抱きながら言った愛しているという言葉も真っ赤なウソ! 私を弄んでさぞかし楽しかったでしょうね!」

 もうヤケだ。今まで抱えていた負の感情を本人にぶつけてぶつけてスッキリしてやる。そして隙を見つけて逃げるんだ。今度は絶対に捕まらない。

「リナリア、お願いだから話を聞いてくれ」

 ルーカスは困った顔で私を落ち着かせようと浮遊術で浮いたままの私に触れようとしたけど、私は「触らないで!」と叫んだ。

「この子を身に宿した私が、誰にも言えない秘密を抱えてどれだけ孤独を味わったか理解してるの? 私はこの子を殺されまいと一人で守って来たのよ。誰かに言えば堕胎させられると知っていたから。…ドロテアさんにバレたら、ただじゃ済まないとわかっていたから私は隠していたの!」

 そのことをあなたにあれこれ言われる筋合いはない。
 なにも私は、堕胎したくないだけで1人出帆したのではない。自分の身と自分の子を守るために逃げたのだ。
 仮にあの時堕胎したとして、それがあの人にバレたら間違いなく私は消される。彼女のルーカスへの執着心はそれだけのものだから。

「私からこの子を奪わせないわ! 話は以上よ! わかったらこの家から出ていって、そして2度と私の前に顔を出さないで頂戴!」

 ついでに拘束魔法を解いてから出ていってほしい。同居人は魔力抑制で魔法が使えないんだ。
 鼻息荒くお帰り願うと、ルーカスは困った顔をしていた。眉尻を下げてなんだかとても情けない顔である。

「君は誤解している、頼むから落ち着いて話を聞いてくれ」
「あなたの話なんか聞かない! 聞きたくない!」

 怒り狂った私は手負いの獣状態だった。身体の自由が効かないから尚更、口で相手を威嚇していた。
 私の怒りに怯えたフェリクスがさっきからぎゃわぎゃわ泣いていて本当に申し訳ないが、あなたを守るために私も必死なんだ。もうしばらく辛抱してほしい。


「──誰です。女性に乱暴な行いをするのは…そこなる慮外者を捕らえなさい」
「はっ」

 突如部屋に現れたその人物は、そばにいた護衛の神殿騎士に言葉少なめに命令した。彼女の命令に従った騎士たちはどかどかと室内に入ってくると、私の前にいたルーカスを羽交い締めにして拘束した。

「ちょっ何を」

 目を丸くして驚いた様子のルーカスは、暴れて拘束から逃れようとしていたが、冷たい目で睨みつけてくる女性の視線に気圧されて大人しくなった。
 女性の後ろには苦しそうに息を整えているウルスラさんの姿。彼女が大巫女様に助けを求めたのだ。

「ここは大神殿の管轄内です。好き勝手にはさせませんよ」
「大巫女猊下、僕は」
「どんな理由があるにせよ、若い女性を身重にさせておいてこれまで責任を果たさずにいた男に引き渡すわけには参りません!」

 大巫女様は嫌悪の眼差しでルーカスを睨みつけていた。
 若干潔癖のきらいのある彼女は不誠実な男性を嫌悪しているみたいで、それはルーカスにも適応しているようだ。

「違います! 彼女は誤解をしていて…僕はずっと彼女を探していたのです!」
「姉上、一応こちらの方の話を聞いたほうがいいのでは」

 彼の訴えがあまりにも真に迫っているように見えたのだろう。この中で比較的冷静な人物が、恐る恐る提案をしているが、大巫女様の表情は依然として鋭く険しいものだった。

「レナード、よくご覧なさい。女性側が拒絶しているのです。こういうずるい男は女を所有物かのように扱う浅ましい生き物なのです。引き渡すわけには参りません」
「姉上…彼らと一緒にしては失礼ですよ?」

 彼らって……誰と比べているんだろう。
 大巫女様は俗世におられたころに男性に嫌な思いをさせられたのかな。彼女を姉上と呼ぶ神殿騎士は大巫女様の実の弟さんだと聞くけど、姉弟揃って神殿入りするって…なんかあったんだろうなぁ…

「そこまで言いますか…?」

 ルーカスは羽交い締めにされたままがくりとうなだれていた。大巫女様の言葉に傷ついたらしい。

「当然です。か弱い女性と幼き赤子を拘束して浮かせておくなんて、なんて乱暴な。紳士の風上にも置けません」

 大巫女様は私の前に立つと、小さく呪文を唱えて私を拘束から解放してくれた。
 あ、大巫女様も魔力持っているんだ…。

「弁解がしたいなら、まずは私が聞きましょうか」

 彼女は私を背中に庇うと、ルーカスに立ちはだかる。
 当然ながら女性である彼女はルーカスよりも小柄だ。それなのに大きく頼りがいのある背中をしているように見えるのは、彼女が放つ空気感のせいだろうか。

「彼女はここのウルスラと手を取り合って必死に赤子を守り育ててきたのですよ。それを知らずにのうのうとこれまで生きてきたあなたに今更、自分が父親だ、夫になる権利があると言える立場だとお思いなのですか? …せいぜい、納得の行く弁解をしてごらんなさい」

 大巫女様から厳しい目を向けられたルーカスはぐっと口ごもりそうになった。
 ここには私達だけでなく、ウルスラさんや神殿騎士もいる。この場で話すのには少し躊躇う様子を見せたが、ルーカスは意を決してゆっくりと口を開いて語り始めた。
 彼の話は、あの日の晩の前から始まることになる。
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