リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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乱れる乙女心

目の前に現れた通心術士【ルーカス視点】

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 ドロテアに仕組まれて、社交雑誌に大々的に嘘八百を発表されてしまい、なぜか婚約する流れになったときは焦った。
 すぐに両親が異議申し立てしてくれたので良かったが、しばらくは噂に振り回されることとなった。

 時を同じくして、フロイデンタール家からは身に覚えのない冤罪を押し付けられそうになり、こっちは被害者だと激怒したのは記憶に新しい。
 だれがドロテアと既成事実を作ったって? 僕が既成事実を作ったのはリナリアだけだ。
 元はと言えばドロテアの凶行のせいで僕は理性を失ってリナリアを傷つけてしまい、逃げられているのに、何を考えてるんだドロテアは!

 話し合いじゃ解決しなかったので、大神殿で女神の裁きを受けた。

【ドロテアが嘘をついている、純潔のままである】

 と大巫女猊下に憑依した女神から真実を下されると、フロイデンタール侯爵もあっさり引いたが、ドロテアは諦めた様子もなく追い縋ってきた。
 そしていろんな人達に広まってしまった事実無根の噂はなかなか消えてくれなかった。

 その噂をリナリアもどこかで聞いていると思うと泣きたくなってきたが、彼女は姿を隠したまま。僕は弁解の機会すら与えられなかった。


 頼んでもないのに、特別塔の教師が気を回して卒業パーティのパートナーとしてドロテアを宛てがってきた。

 本来なら首席として誇らしい気持ちで踊るファーストダンスを最悪な気分で踊った。
 僕が踊りたかったのはリナリアだと突っぱねたくて仕方なかったが、本人の姿は依然として行方不明なのでどうしようもない。

 そもそも1人ではダンスは踊れないし、だからといって他の女子生徒を誘うと新たな誤解が生まれるので渋々である。
 踊り終われば、僕にくっついてこようとするドロテアをあしらって足早にダンスホールを抜け出した。ドロテアが後ろで癇癪を起こしていたけど無視した。
 いい加減に大人になってほしい。

 卒業パーティ会場でもリナリアを探し回ったが見つからず、彼女はそのまま姿を消した。
 彼女は自らの意思で失踪するのだと手紙を両親宛に送って文字通り雲隠れしたのだ。

 それにはご両親も困ってる様子だった。
 親しい友達も彼女の行方を知らないという。リナリアは王都で馬車を降りたというヘルマンさんの証言を元に捜索依頼を出したが、めぼしい情報は見つからなかった。
 
 せめて彼女に謝罪したかった。だけどずっと避けられつづけて、完全に嫌われてしまった。
 今じゃ僕の顔すら見たくないのだろう。
 ──それならそれでいい。僕の気持ちなんかどうでもいいんだ。
 せめて無事でいてくれ。

 リナリア、君はどこに行ってしまったんだ?


◆◆◆◆◆


 時間を見つけては各地へ足を運んで彼女を探した。
 しかし有力な手がかりは得られず、彼女が行方をくらまして早くも1年の月日が流れようとしていた。


『リナリア!』

 街で見かけた女性に既視感を覚え、声を掛けたら違う人だった。
 茶色の髪に暗い深緑の瞳の女性。顔立ちだってよく見なくても全然違うのになぜ彼女に見えたのだろうか。
 彼女は驚いた顔をしていた。知らない男に呼び止められたんだ。当然のことだ。

『失礼、気配が彼女と同じだったもので』

 すぐに掴んでいた腕から手を離すと非礼を詫びた。

『い、急いでいるので失礼します』

 だけど発せられた声に違和感を持つ。リナリアの声に似ているのだ。
 いや、彼女の声を最後に聞いたのはだいぶ前だったから、気のせいかもしれない。
 …だけど、僕から慌てて逃げる彼女の後ろ姿を見ているとどうにも気になった。

 

 その茶色の髪の彼女と再会したのは、父が定期的に依頼している王立生物保護検査機関でだった。
 彼女は臨時で契約職員として最近入職したのだというミモザ・ヘルツブラットさん。

 才能に恵まれた優秀な職員で、動物たちだけでなく、魔獣にも懐かれている彼女の能力はこの施設では重宝されていた。
 彼女の能力は通心術士と呼ばれるもので、呪文なしに使えるその能力は天賦の才能と呼ばれるもの。めったにいない選ばれた人間なのだ。
 ──その能力はリナリアが持つものと同じものだった。

 還らずの森へ魔獣の血液採集依頼のために同行してくれた彼女と一緒に活動していくと、もともと持っていた違和感はますます膨れ上がった。
 ふとした仕草や言動、ドジなところがリナリアを彷彿させるのだ。
 コケた彼女を受け止めたときの感触が似ていた。そしてリナリアはおまじないのように治癒魔法を使う癖があったので、治癒魔法の正式な呪文を扱うのが不得意なのだ。彼女…ミモザさんはそんなところまで一緒で、ますます怪しくなった。

 何かがおかしい。この女性は何かを隠している。
 妙な違和感を抱いたまま、僕は彼女から目を離せなくなった。

 彼女は秘密が多すぎた。彼女は自分のことを話そうとしないし、僕の前に壁を作ろうとする。そして施設の職員は彼女の事情を隠している。
 事情を話せない人物。そしてこれだけ有能なのに何故契約職員という不安定な身分のままなのだろうか。正規職員じゃなにか不都合があるからじゃないだろうか。

 僕は独自にミモザさんについて調べた。
 そう、自己紹介された当初から彼女の名字に引っかかっていたのだ。どこかで目にしたその名前。ヘルツブラットといえば、数年前に行方不明になった魔法魔術学校卒業生がいた。ウルスラ・ヘルツブラットという女性だ。

 その人は数年前に路地裏で瀕死状態で見つかって、現在は大巫女のお膝元で身を寄せている。
 結界に守られたそこには大巫女猊下の庇護を必要として救いを求めてくる人たちが身を寄せ合って暮らす街がある。ウルスラさんはそこで静かに守られて暮らしているのだという情報だった。

 当時の新聞に載っていたウルスラさん本人の姿。投影術を使った特殊な技術で紙面に印刷して載せたものは、ミモザさんと似ていた。
 でも、ウルスラさんとミモザさんは違う。似ているけど違う。そして姉妹でもない。彼女は一人っ子だと言っていた。赤の他人と言うには似すぎている。

 ミモザさんはエスメラルダの魔法魔術学校を卒業したというが、先方に問い合わせたところそんな生徒の卒業履歴はないと回答があった。
 じゃあ、彼女は一体何者なんだ?



 ミモザさんにつきまとう男がいると嫉妬する自分に気づいた。
 彼女に突き放されると、なんとも言えない悲しみに襲われた。

 その気持ちはリナリアを前にしたときと同様の気持ち。嫉妬、独占欲だ。
 リナリアのことを未だに未練がましく想っているくせに、他の女性に懸想したのかと思われても仕方ないが、そうじゃないのだ。

 僕の目には彼女がリナリアに見えるのだ。
 彼女はもしかしてリナリアなんじゃないかと僕の中で新たな疑惑が生まれた。


 僕は色々と理由を付けては彼女との接点を作った。
 通心術が得意な彼女は還らずの森で過ごすことが多く、そこで活動していれば自ずと関わることが増えると思ったから。

 実際に使うものだし、問屋で購入するより安いからと自身の足で還らずの森へひとり出向いたある日。黙々と薬草採集をしていた僕の目の前が陰った。

 雲が太陽を遮ったのかと思ったら違った。
 木々の上を魔獣が飛んでいるのだ。
 ドラゴンに似たそれらは仲良く平行飛行して、ゆっくり地上におりていく。

 あれはミモザさんに懐いている個体じゃなかったかな、そばにいる金色の鱗を持った個体は番かなと思った僕は、興味本位で彼らが着陸したであろう場所へと足を運んだ。

 そこで僕は見てしまったのだ。
 金色の鳥型魔獣が人間の姿に変わるのを。
 その人間は後ろ姿しか見えなかったけれど、金色の髪をした女性だったことを。
 それが茶色の髪をした人物に変化したことを。

 金色の魔獣ではなく人だった。
 彼女は変幻術も扱える人間なのだ。
 それも、リナリアと同じ。

 今やって来ましたと装って、彼女と接すると彼女は明らかに動揺していた。
 僕が来たから? それとも何か隠し事をしているから?

 彼女は自分の姿を偽っている。
 そう確信したのは、彼女がさっきまでいた場所に見覚えのある雫型のネックレスが落ちているのを発見した時。
 僕の色を彼女に身につけてほしくて、初めて彼女に贈った贈り物。

 今までもしかしてという疑いを抱えつつも、本人へ確認できなかった。
 だけどこれで確定した。彼女がリナリアだと。
 やっと見つけた。

 今度こそ君に謝罪して、僕の気持ちを伝える。
 君を愛しているんだと。大切にするから僕と一緒になってほしいと。
 
 その前にネックレスを探しに来た彼女に念のために確認しようとしたら断固否定され、彼女の秘密を暴けば目の前から逃げられた。
 聞き覚えのない男の名前を座標指定したのを聞いた時は、頭が真っ白になりかけた。

 自分で作り上げた追跡魔法で慌てて追った先に、まさか自分の子どもがいるとは思わなかった。
 彼女が呼んだ男の名前に一瞬でも嫉妬した自分が恥ずかしくなった。

 顔立ちを見ればわかる。どこからどう見ても僕の子どもである。 
 リナリアがあの日から僕を避けていたのは、僕を憎んでいた事はもちろんだが、一番はお腹の中に宿ってしまった命を守るためだったのだと理解した時は、鈍器で頭を殴られたような衝撃を味わった。

 フェリクス、その小さな赤子はあの日の晩に宿った命。僕たちの間に生まれた子ども。
 彼女は赤子と2人で生きていくから放っておいてというが、そうはいかない。

 リナリアはずっとその秘密を1人で抱えてきた。それは僕の責任である。僕が彼女を苦しめていたのだ。
 本当に自分が情けなくて嫌になる。

 このまま彼女だけに苦労させるわけにはいくまい。僕の人生をかけて彼女に償いたいし、幸せにしたい。

 もう逃がすわけにはいかないんだ。
 僕には君たちが必要なんだよ、リナリア。
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