リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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番外編

言葉の足りない彼

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 ルーカスの部屋に押し込まれた私は、口縛りの術を解かれた。
 声を出せるようになったのだから言いたいことを言ってやろうと思いっきり息を吸うと、私はルーカスに抱きしめられた。私が転送術を使って脱走するのを防止するためだろうか。

「リナリア、一旦落ち着くんだ」
「いや! 抱きしめて誤魔化そうとしないで!」

 これで誤魔化そうとしても許さないんだから!!
 腕の中で暴れるも、暴れるだけ腕の力が増す。悔しさにぐっと唇を噛みしめて顔を上げた。
 見上げれば群青の瞳が近かった。…近くで見ると彼の美貌に疲労の色が色濃く残っていて、寝てなさそうな雰囲気を感じ取ったが、それとこれとは別である。

「私がどんな気持ちだったか理解していないでしょう」
「リナリア…?」

 言ってやりたい言葉はたくさんあるのに、頭の中いっぱいいっぱいでぐちゃぐちゃになりそうだ。
 言うよりも先に涙が出てしまって、ルーカスの表情がわからなくなってしまった。

「私を抱いてくれないのは、ハイドフェルトに触れられた私が汚く見えて触りたくないの?」
「そんなわけ無い! 君は綺麗だよ。どこも汚れていない」

 ルーカスはすかさず否定するが、彼の言葉には説得力がない。
 私は疑いの目をそのままに問いかけを続けた。
 
「私が子ども産んだから女として見れないとか?」
「なんでそうなるの? そんな訳ないじゃないか……なんでそんなことを思ったの」

 心底わかりませんといった顔をされても白々しいだけなのだが、わざとなのだろうか。私は敢えてわざと言ってやった。

「あなたの不倫相手に言われたから」
「はぁぁ? いないよそんなの!」

 目を剥いてきっぱり否定された。
 正直、あの女性がルーカスと親密かどうかは半信半疑だ。
 大学校にいるということは勉強ができる頭のいい人だろうから、彼とは話が合うだろう。しかし……私に突撃したその行動の稚拙さには首を傾げてしまう。正直あんまり賢い行動とは思えない。そんな人をルーカスが好きになるかなと疑問に思ったのだ。

 あと、ルーカスは旧家クライネルト家で生まれ育ったので魔力を重視している。魔なしを迫害するとかはありえないけど、自分たちの家や暮らしに魔力は必須と考えている節があるので、魔力を持たない人間とどうこうなるという方向にはあんまり考えつかないんだよね……
 ここでは差別とかじゃなくて、価値観の違いというか。

 しかしここで理解のある女のふりをしてやるつもりはない。
 私が不快に思ったのは間違いないので、八つ当たりがてらルーカスを追及してやることにした。

「あなた、同じ研究室の女性と親しいんですってね。この間日中堂々と押しかけてきてあなたとの親密さを暴露されたわ」
「誰、そんなふざけたこと抜かしたの!」
「昨晩は私と一緒でしたって解りやすく牽制してきてね、あなたの着替えを寄越せと言ってたけど追い返したの」
「はぁあ!?」

 驚くルーカスに私は皮肉交じりに嘲笑ってしまった。
 普通に家に帰っていれば使用人の誰かから報告を受けていただろうに。人目を避けるように帰っていたから彼は何も知らないのだ。

「それもそうよね、あなたは皆が寝静まった夜にお風呂と着替えを済ませて、黙っていなくなるの繰り返しだったもの」
「それは…」
「大学の試験のためだものね、わかってる。だけど、あまりにも私を無視しすぎでしょ? 私達これでも新婚なのよ?」

 学業を大切にしたいならなぜ私に求婚したのか。
 私はあなたのなんなのか。
 どこまで私を惨めに貶めたら気が済むのか。

「リナリア、僕は決して君を無視しているつもりは」

 ルーカスが言い訳をしようとしたが、今は彼のどんな言葉も信じられなかった。

「じゃあなんでよ! あなたはいつまで経っても、私を寝室に呼んでくれないじゃない! 私は毎晩あなたに誘いをかけていたのに、それを拒んだ! 旅行の時ですら手を出さなかった!」

 握りしめた拳でどんっとルーカスの胸板を叩くと、彼は苦しそうに顔を歪めた。
 軽く噎せて咳払いをしたルーカスはなぜか頬を赤らめていた。
 ……私は怒っているのだけど。あなたを責めているのになぜそこで恥じらうような顔をする……

「……君と一緒に寝たら、自制がきかない。まためちゃくちゃにしてしまうと思ったから」

 彼から返ってきた言葉に私は開いた口が塞がらなかった。
 め、めちゃくちゃ…?
 言葉の真意を深く探ろうとして、私の脳裏に初めて結ばれた晩のことを思い出した。熱くて激しい交わりを思い出した私までなんだか恥ずかしくなってしまった。

「君が僕を怖がってると思ったから手を出さなかったんだよ。……あぁいう目にも遭ったこともあるし、余計に夫婦の行為自体に恐怖心を持っているだろうと」
「……そんなこと」
「僕を見て怯える顔を見たくない。君を二度と傷付けたくない」

 申し訳無さそうに私から目をそらすルーカスに、私の感情は昂った。

「じゃあ抱いてよ! 私はあなたの妻でしょ? 私はあなたに抱かれるのを、あの晩のやり直しを望んでいるのに、私の気持ちを無視するの!?」

 ドンッとまた胸板を叩く。
 またルーカスが呻いていたが、加減なんかしてやらない。

 大体それならそうと最初の時点で確認してくれたら良いのに。私は何度もあなたの部屋に訪れたんだからその時に言えばここまでこじれることはなかったのに!

「なんのために私と結婚したのよ。私はお人形さんみたいに大事にされても嬉しくないわ。愛玩なだけでそこに夫婦の愛はないじゃないの」

 私はあなたと夫婦になるために結婚したのに、今の私たちは不完全だ。
 こんなのじゃ私もルーカスも不幸なままじゃない。

「ルーカスのバカ!」

 頭は良いくせに言葉が足りないの。間が悪いの!
 胸を叩いていた拳を彼の背中に回すと、私は彼の背骨を折る勢いで抱きついた。いっそバキバキに折ってしまって大学に行けないようにしてやりたいわ!
 ルーカスは私の背中を撫でて、ぎゅうと抱きしめる腕の力を込めた。

「大切にしたいがあまり、その態度が君を傷つけてしまった。本当にごめん」
「ルーカス…」

 ひょいと顎を持ち上げられると、彼の顔がゆっくり近づいてきた。
 久しぶりのキスに私は胸を弾ませ、彼の唇を受け入れた。触れるだけのキスが徐々にお互いの舌を求めるものに変わり、体の奥底から熱くなってきた。発散したい、物足りないようなそれに私は体を震わせた。

 ちゅう、と唇が吸われた音の後に唇が解放されると、私の体は浮いた。

「!?」

 浮いたのではない。
 ルーカスにお姫様抱っこされているのだ。
 ぎょっとした私はルーカスの顔を見上げる形でどういうことだと目で訴えると、彼の瞳の色が変わっていることに気づいた。情欲を隠さないそれは、初めて結ばれた夜に見た、彼の違う顔。
 男の顔をした彼はニッコリと私に笑いかけるが、色気ダダ漏れのそれは心臓にとても悪かった。

「リナリアからのおねだりをいただけたから早速」
「えっ!? 今から?」

 おねだり!? と私は声を裏返させたが、ルーカスから「抱いてとおねだりしたでしょう?」と指摘される。
 ……数分前の自分の問題発言を思い出して恥ずかしくなった。

「確かに言ったけど、今からはそれは流石に…外を見て、まだ明るいわ!」

 大体あなたは大学を抜け出してきたんでしょう? 戻らなくていいの!?
 そもそも痴話喧嘩に巻き込まれた使用人一同に何も言わずに部屋にこもるのはどうかと思う!

「駄目だよ。我慢してた分覚悟しておいて」

 わがままな子をなだめるかのようにちゅっとおでこにキスされた。

 あ、駄目だ。この目は本気である。
 どうやら私は彼の理性をバキバキに壊してしまったみたいだ。

 ベッドに降ろされた私は、覆いかぶさってきたルーカスの本気を見たのである。
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