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六章
彼女の訪問②
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「ユウ君、大丈夫?」
再起不能となってリビングの床に転がっていた俺の頭を、みらいがツンツンと突いてくる。
「……死ぬかと思った」
「自業自得ですね」
ソファに腰を下ろしたさよが、冷たく突き放すように言った。
「ユウ君。何したか知らないけど、あんまり先輩を怒らせるようなことをしちゃダメだよ」
「……はい、すいません」
変に追及されても困るので、俺は素直に謝っておく。
わざとではないにしろ、お風呂上がりの女の子を覗いてしまったなんてことが彼女にばれたら、今度こそ確実に晩御飯抜きだ。いや、その程度では済まないだろう。
「じゃあ、ユウ君も早くお風呂入ってきて。私は最後でいいから」
突くのをやめて、みらいがスッと立ち上がる。
「ああ……わかった」
強打した腰をさすりながら、俺は立ち上がった。
風呂から上がると、俺は負傷した指先に新しい包帯を巻き直していった。
本当に大した怪我ではなかったようで、お湯につけても痛みはほとんど走らなかった。
爪先がふわふわと浮いているような感覚には未だ慣れないが、この様子だと本当に一週間ほどで完治しそうだと思った。
包帯を巻き終えると、俺は階段を上がり、二階の自室へと向かった。
ガチャリと扉を開ける―――が、そこには先客がいた。
……さよだった。
ピンクのパジャマに身を包んだ彼女が俺のベッドに腰かけて、足をぶらぶらとさせていた。
俺が入ってきたことに気が付くと、彼女はベッドの弾みを利用してひょいと立ち上がった。
「……何やってんだよ」
俺は扉を開けた格好のまま呆気にとられていた。
「あなたのことを待っていました」
澄ました顔で彼女が言った。
「待ってたって……なに平然と、人の部屋に入り込んでんだよ」
俺は後ろ手に扉を閉める。
「すみません。ですが、あなたにどうしても、教えてほしいことがあったのです」
「教えてほしいこと?」
「はい―――二年前のことです」
「二年前?」
突然の彼女の言葉に、俺は眉根を寄せる。
二年前―――
それは俺にとって間違いなく忌のある単語だった。
親の暴力が原因でみらいがこちらの家に移ってきた年でもあるし、何より初音が殺された年でもある。
そんな年のことを訊きたいなんて、彼女は一体何を企んでいるのだろうか。
「二年前の……一体何を訊きたいんだよ……?」
「何を……ですか。それは難しいですね」
「は……?」
「私が知りたいのは、真実です」
「真実? ………一体何の?」
「もちろん、今回の事件についてのです」
「……意味がわからない。二年前のことが今回の事件の真相にどう関係してくるって言うんだよ?」
「……わかりません。そもそも私も何から訊いたら良いのかよくわかっていないんです」
「……お前、大丈夫か……?」
ますます、俺の頭の中にはてなマークが浮かぶ。
彼女の意図がわからなかった。
「質問もわからないのに答えようがないだろ。それに二年前のことは俺自身、あまり思い出したくないんだ」
俺が顔をしかめると、さよは残念そうに首を振った。
「申し訳ありませんが、あなたにはもう一度思い出していただく必要があります」
「だから―――」
「これはまだ私の推測ですが、今回の事件には二年前の出来事が大きく関わっているはずなのです」
彼女が耳を疑うようなことを言ってきた。
「何?」
俺は反射的に訊き返す。
「どういうことだ?」
だがさよはその質問には答えず、代わりにゆっくりと右足を前に出すと、そのまま俺の方へ近づいてきた。
三メートル、二メートル―――……
俺との距離が一メートルほどに縮まっても、彼女はその足を止めようとしなかった。
「ちょっ、さよ―――⁉」
俺は慌てて後ずさる。
しかし、すぐに後ろの扉に阻まれてしまい、俺は行き場をなくしてしまった。
だがそうしている間にも、彼女の姿はどんどんと近づいてくる。止まってくれない。
自分の前髪が俺の唇に触れそうになったところで、さよはようやく足を止めた。
ゆっくりと顔を上げる。
……互いの鼻先が、くっつきそうな距離。
彼女の吐息が俺の顔にかかった。微かな甘い香りが、俺の鼻孔を優しく刺激してくる。
……そして、さよはやけにゆっくりと口を開いた。
「どういうことか―――それを、今からあなたに教えていただきたいのです」
「いや、だから意味がわからないんだって」
弓のように身体を後ろに反らしながら、俺はそう返した。
だが彼女は、
「あなたが話す必要はありません。あなたの記憶に直接訊きますから、あなたはそこでじっとしていてください」
さらに訳のわからないことを言ってきた。
「記憶に訊くって、どういうことだよ」
「そのままの意味ですよ」
そう答える彼女の指の間には、どこから取り出したのか、一枚の霊符が挟まれていた。
その霊符を、彼女はゆっくりと俺の顔へと近づけてくる。
「お、おい。何を―――」
俺は咄嗟に身構える。
「悪いようにはしません。じっとしていてください」
「じっとしろって―――せめて何か説明を―――」
「わからない人ですね。いいですから―――黙って目を瞑りなさい」
少し低めの声音で彼女がそう言うと、俺の口と瞼が、自分の意志には関係なく強制的に閉じられた。
なっ、こいつまた―――⁉
俺は指で瞼をこじ開けようとしたが、無駄だった。全く開かない。
彼女の手が、眼前にまで迫っているのが気配でわかる。
まさかさっきのことをまだ根に持って、俺のことを殺すつもりなんじゃ―――⁉
そんな不吉な予感が脳裏をよぎった。
しかし、次の瞬間―――
そんな俺の予想を、はるかに上回る現象が起こった。
額に、何かが触れる。
それが彼女の持っていた霊符だと理解する前に、
バチバチバチバチバチッ―――!
突然、俺の脳内に激しい電流が流れた。
「―――ッ⁉」
頭の中で電気が爆ぜる。身体中の神経が麻痺する。
俺の身体は、まさに雷に打たれたように硬直した。
世界が揺らぐ……。
底知れぬ穴に落ちていくように、俺はそのまま意識を失った。
再起不能となってリビングの床に転がっていた俺の頭を、みらいがツンツンと突いてくる。
「……死ぬかと思った」
「自業自得ですね」
ソファに腰を下ろしたさよが、冷たく突き放すように言った。
「ユウ君。何したか知らないけど、あんまり先輩を怒らせるようなことをしちゃダメだよ」
「……はい、すいません」
変に追及されても困るので、俺は素直に謝っておく。
わざとではないにしろ、お風呂上がりの女の子を覗いてしまったなんてことが彼女にばれたら、今度こそ確実に晩御飯抜きだ。いや、その程度では済まないだろう。
「じゃあ、ユウ君も早くお風呂入ってきて。私は最後でいいから」
突くのをやめて、みらいがスッと立ち上がる。
「ああ……わかった」
強打した腰をさすりながら、俺は立ち上がった。
風呂から上がると、俺は負傷した指先に新しい包帯を巻き直していった。
本当に大した怪我ではなかったようで、お湯につけても痛みはほとんど走らなかった。
爪先がふわふわと浮いているような感覚には未だ慣れないが、この様子だと本当に一週間ほどで完治しそうだと思った。
包帯を巻き終えると、俺は階段を上がり、二階の自室へと向かった。
ガチャリと扉を開ける―――が、そこには先客がいた。
……さよだった。
ピンクのパジャマに身を包んだ彼女が俺のベッドに腰かけて、足をぶらぶらとさせていた。
俺が入ってきたことに気が付くと、彼女はベッドの弾みを利用してひょいと立ち上がった。
「……何やってんだよ」
俺は扉を開けた格好のまま呆気にとられていた。
「あなたのことを待っていました」
澄ました顔で彼女が言った。
「待ってたって……なに平然と、人の部屋に入り込んでんだよ」
俺は後ろ手に扉を閉める。
「すみません。ですが、あなたにどうしても、教えてほしいことがあったのです」
「教えてほしいこと?」
「はい―――二年前のことです」
「二年前?」
突然の彼女の言葉に、俺は眉根を寄せる。
二年前―――
それは俺にとって間違いなく忌のある単語だった。
親の暴力が原因でみらいがこちらの家に移ってきた年でもあるし、何より初音が殺された年でもある。
そんな年のことを訊きたいなんて、彼女は一体何を企んでいるのだろうか。
「二年前の……一体何を訊きたいんだよ……?」
「何を……ですか。それは難しいですね」
「は……?」
「私が知りたいのは、真実です」
「真実? ………一体何の?」
「もちろん、今回の事件についてのです」
「……意味がわからない。二年前のことが今回の事件の真相にどう関係してくるって言うんだよ?」
「……わかりません。そもそも私も何から訊いたら良いのかよくわかっていないんです」
「……お前、大丈夫か……?」
ますます、俺の頭の中にはてなマークが浮かぶ。
彼女の意図がわからなかった。
「質問もわからないのに答えようがないだろ。それに二年前のことは俺自身、あまり思い出したくないんだ」
俺が顔をしかめると、さよは残念そうに首を振った。
「申し訳ありませんが、あなたにはもう一度思い出していただく必要があります」
「だから―――」
「これはまだ私の推測ですが、今回の事件には二年前の出来事が大きく関わっているはずなのです」
彼女が耳を疑うようなことを言ってきた。
「何?」
俺は反射的に訊き返す。
「どういうことだ?」
だがさよはその質問には答えず、代わりにゆっくりと右足を前に出すと、そのまま俺の方へ近づいてきた。
三メートル、二メートル―――……
俺との距離が一メートルほどに縮まっても、彼女はその足を止めようとしなかった。
「ちょっ、さよ―――⁉」
俺は慌てて後ずさる。
しかし、すぐに後ろの扉に阻まれてしまい、俺は行き場をなくしてしまった。
だがそうしている間にも、彼女の姿はどんどんと近づいてくる。止まってくれない。
自分の前髪が俺の唇に触れそうになったところで、さよはようやく足を止めた。
ゆっくりと顔を上げる。
……互いの鼻先が、くっつきそうな距離。
彼女の吐息が俺の顔にかかった。微かな甘い香りが、俺の鼻孔を優しく刺激してくる。
……そして、さよはやけにゆっくりと口を開いた。
「どういうことか―――それを、今からあなたに教えていただきたいのです」
「いや、だから意味がわからないんだって」
弓のように身体を後ろに反らしながら、俺はそう返した。
だが彼女は、
「あなたが話す必要はありません。あなたの記憶に直接訊きますから、あなたはそこでじっとしていてください」
さらに訳のわからないことを言ってきた。
「記憶に訊くって、どういうことだよ」
「そのままの意味ですよ」
そう答える彼女の指の間には、どこから取り出したのか、一枚の霊符が挟まれていた。
その霊符を、彼女はゆっくりと俺の顔へと近づけてくる。
「お、おい。何を―――」
俺は咄嗟に身構える。
「悪いようにはしません。じっとしていてください」
「じっとしろって―――せめて何か説明を―――」
「わからない人ですね。いいですから―――黙って目を瞑りなさい」
少し低めの声音で彼女がそう言うと、俺の口と瞼が、自分の意志には関係なく強制的に閉じられた。
なっ、こいつまた―――⁉
俺は指で瞼をこじ開けようとしたが、無駄だった。全く開かない。
彼女の手が、眼前にまで迫っているのが気配でわかる。
まさかさっきのことをまだ根に持って、俺のことを殺すつもりなんじゃ―――⁉
そんな不吉な予感が脳裏をよぎった。
しかし、次の瞬間―――
そんな俺の予想を、はるかに上回る現象が起こった。
額に、何かが触れる。
それが彼女の持っていた霊符だと理解する前に、
バチバチバチバチバチッ―――!
突然、俺の脳内に激しい電流が流れた。
「―――ッ⁉」
頭の中で電気が爆ぜる。身体中の神経が麻痺する。
俺の身体は、まさに雷に打たれたように硬直した。
世界が揺らぐ……。
底知れぬ穴に落ちていくように、俺はそのまま意識を失った。
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