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六章

明かされる過去③

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 肌を裂くような冷気が漂う夜―――俺は夕飯を済ませると、暖房の効いた自室のベッドに寝ころがりながら考えを巡らせていた。
 みらいのことだ。
 今日一日、俺の頭の中は、彼女のことでいっぱいだった。
 ……今朝、一応ではあるが対策を講じることはできた。
 しかしそれでも、今の彼女が置かれている現状に変わりはない。もっと根本的な部分を解決する必要があるのだ。
 彼女の両親だ。あいつらをどうにかする必要がある。
 しかし、俺たちと離れたくないというみらいの意思を尊重するとなると、児童相談所や警察には頼ることはできない。離れ離れになることなく、彼女を今の状況から救うためには、何か別の方法を考えなければならなかった。
 一体どうしたら良いのか―――
 そのことについて、俺は今日の授業中もずっと考えていたのだが、中々妙案は浮かんでこなかった。
 ガリガリと頭を掻き毟った。
 と、その時、
 バタバタと、廊下を走る音が近づいてきたかと思うと、
 バンと勢いよく部屋の扉が開かれた。
「お、お兄ちゃん、大変!」
 初音がつんのめりながら、俺の部屋に飛び込んできた。
 膝に手を付き、はあはあ、と小さな肩を上下に揺らしている。
「ど、どうした」
 彼女の切迫した様子を見て、俺はただ事ではないことを悟った。
「い、今、みらいのお母さんが来たんだけど、み、みらいが―――みらいが、まだ家に帰ってないんだって!」
「はあ⁉」
 部屋の掛け時計に目をやる。時刻はちょうど九時になろうとしていた。
「お兄ちゃん、いつもみたいに一緒に帰ってきたんじゃないの?」
「あ、いや、今日は……」
 実は今日の放課後、俺はいつも通り彼女と一緒に下校しようとしたのだが、彼女の方から、
「ちょっと用事があるから」
 と断られ、仕方なく一人で帰ってきたのだ。
 その用事とやらを、俺は深くは追求しなかった。
「ど、どうしようお兄ちゃん。何とかしてみらいと連絡取れないの?」
「い、いや無理だろ。あいつ携帯とか持ってないし」
 彼女は携帯を持っていなかった。
「そ、そっか。そうだよね……。でも、それじゃあどうしたら……みらいのお母さん、すっごく怒ってたよ。これじゃあ、もしみらいが無事に帰って来たとしても……」
 初音の言いたいことはわかった。彼女もみらいの家庭のことについては承知していた。
 もし、みらいが何食わぬ顔で帰宅しようものなら、あの母親はいつも通り―――いや、これまで以上に怒り狂い、執拗にみらいを痛めつけるだろう。そうなればいよいよ彼女の命が危ない。
 それに外はこの寒さだ。どこかで凍えているのだとしたら、それこそ彼女の身が危なかった。
 ばっと、俺はベッドから飛び降りる。
「あいつを探してくる。初音は家で待っててくれ」
「えっ―――、わ、私も行くよ。二人で手分けした方が早いでしょ」
「いや、お前は家にいてくれ。もし、みらいが俺と入れ違いに帰って来たら、俺に連絡してほしいんだ。携帯の番号はわかるな?」
「う、うん……それは、知ってるけど」
「よし。もし、本当に入れ違いでみらいが帰ってきたら、俺が帰るまで、あいつをこの家に匿ってやっててくれ」
「……わかった」
 もしもの時の布石だった。
 みらいが俺と入れ違いに帰ってきたとしても、初音が連絡さえしてくれれば、せめて俺が仲介役となり、あいつの親に謝ってやることができる。
 人でなしなあいつらでも、他人が見ている前では、下手なことはできないだろう。
「じゃあ頼んだぞ」
 部屋の隅に掛けてあった厚手のコートをひったくると、俺は転がるように階段を駆け下りた。
「き、気を付けてね」
 背中に初音の不安そうな声を受けながら、俺は外へと飛び出した。


 玄関を出でた途端、肌を刺すような冷たい外気が俺を襲う。
 日が暮れてから既に十分に時間が経っており、気温は氷点下を優に下回っているようだった。吐息が俺の目の前で瞬時に凍り付き、大気中に霧散していく。
 人っ子一人見えない道を、俺は全速力で駆けた。
 無い脳みそをフル活用し、俺は彼女が行きそうな場所を考える。
 誘拐という文字も一瞬浮かんできたが、それよりも俺の頭には、今日の別れ際に彼女が言っていた〝用事〟とやらが妙に引っかかっていた。
 くそっ! どこに言ったんだよ―――‼
 学校、空き地、近所のスーパー。
 思い当たる場所は全て探し回った。しかしどの場所でも彼女の姿を見つけることはできなかった。
 俺は一度立ち止まり、乱れ切った息を整える。
 三十分ほど全力疾走したことで、肺と足が悲鳴を上げていた。真冬だというのに凄まじい量の汗が身体から噴き出している。
「くそっ、ほんとに……どこ行ったんだよ」
 苛立ちを含んだ声が、冬の闇夜に溶けていく。
 他に彼女が行きそうな場所に俺は心当たりがなかった。
 ポケットから携帯を取り出し、初音からの連絡が入ってないか確認する。しかしディスプレイには、彼女からの電話やメールを知らせる通知は、一件も表示されていなかった。
 大きく嘆息し、俺はどうしたものかと冬の夜空を仰ぎ見る。
 晴れ渡った夜空には、無数の光源が散りばめられていた。大小様々な光が、降るように俺の目に流れ込んでくる。
 綺麗だな―――
 こんな時にも関わらず、俺は素直にそう思った。
 だが、その瞬間、
『流れ星にはね、どんな願い事でも聞き届けてくれるっていう言い伝えがあるの』
 今朝のみらいの言葉が、不意に俺の脳裏に蘇ってきた。
 まさか―――
 俺は戦慄する。冷え始めていた身体が再び熱を持ち始める。
『願い事をするときは、なるべく高い場所で言わなきゃダメなんだよ』
「そんな、まさか―――」
 再び汗が噴き出す。
 今日の今日だぞ―――?
 しかも今夜はいつも以上に冷え込んでいる。あり得ない。
 俺はすぐに、その可能性を否定しようとしたが、なくはないと思い直した。
 今の憔悴しきった彼女なら、やりかねない。藁にもすがる思いであの言葉を実行してもおかしくはないと思った。
 小さかった可能性がむくむくと大きくなり現実のものへと変化していく。
「くそっ―――‼」
 ばっと、俺は辺りを見渡す。
 甘かった。考えが浅かった。まさかみらいがそこまで追い込まれていたなんて―――
 彼女は限界なんて生ぬるい状態だったんじゃない。限界などとうに超えていたのだ。
 今の彼女には恐らく、まともな判断力すら残っていないのだろう。
 俺は彼女の言葉を思い出す。
 高い所。山。空に近い場所―――
 彼女はそんなことを言っていた。
 恐らく彼女は高い場所にいるはずだ。
 だがこの町に、目立った高層ビルやタワーなどはない。
 他に、目に付くような高い場所があるとすれば―――
「あれか」
 俺たちの中学校の裏手に位置する山―――裏山だった。
 大きさは富士山の十分の一にも満たないが、周囲にある住宅等と比較すればそれは突出して巨躯で、そして不気味な存在感を放っている。そこに望みを賭けるしかなかった。
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