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七章
予想外の事態
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―――放課後。
俺は彼女からできるだけ目を離さないようにするために、今日からしばらくの間は、彼女と一緒に下校しようと考えていた。
できれば、さよとみらいも誘いたい―――
さよによれば、相手は蟲毒という呪法―――百足を使役して彼女を殺しにくるようなので、監視の目は多いに越したことはないだろう。さすがに四六時中彼女のことを見張っておくことは難しいが、可能な限り俺たちが彼女の近くにいれば犯人も手が出し難くなるに違いない。
朝のやり取りを思い出し、俺は一瞬、彼女に声を掛けることを躊躇ったが、そんな子供のような壁に阻まれている場合ではないと自らを叱咤し、背後から彼女に声を掛けた。
「あのさ……さっきは、その……色々悪かった。それでなんだけど、よかったら今日―――」
一緒に帰らないか、と続けようとした。
が、その時、
―――トン。
小さな音が、窓の方から聞こえてきて、俺はその言葉を止めた。
見ると窓には、一粒の水滴が付いていた。
見上げると、いつの間にか黒い雨雲が空いっぱいに広がっている。
「……雨、か。お前―――」
傘持ってるか―――と訊こうとして俺は息を呑んだ。
彼女が凍り付いたような顔で、窓の外を見つめていたからだ。
そこには、はっきりとした恐怖の色が広がっていた。
「……大丈夫か?」
俺は恐る恐る、彼女に声を掛けた。
すると、
「―――ッ、いやいやいやっ‼ 何で! 何でっ⁉ 死にたくない! 死にたくないよおっ‼」
それが引き金となったかのように、彼女がいきなりわけのわからないことを叫び始めた。
身を守るように両手で身体を抱え、彼女はその場にしゃがみ込んでしまう。
「おい、どうしたんだ⁉」
俺は彼女の肩を掴む。
雨脚はあっという間に強まり、本降りとなる。バシバシと大粒の雨粒が窓を叩き始め、日が落ちるように、外は薄暗くなっていった。霧のようなものも立ち始めている。
蛍光灯に照らされた俺たちの教室だけが、闇の中にぼうっと浮かび上がっているようだった。
気が付くと、いつの間にか教室には、俺と彼女の二人だけになっていた。
「おい! どうしたっ⁉ 何があったんだっ⁉」
俺は必死に呼びかけたが、彼女は身体を蹲らせたまま、全く反応してくれない。
くそっ! 何なんだよ一体―――
このままでは埒が明かない。
俺は強引にでも立ち上がらせようと彼女の腕を掴んだ―――が、その時、
カッ―――バリバリバリッ―――‼
網膜を焼かんばかりの眩しい閃光と共に、脳が震えそうなほどの雷鳴が鼓膜を貫いた。
刹那、
「いやあああああああああああああっ‼」
弾かれたように彼女が駆け出した。
身体を机や椅子に激しくぶち当てながら、彼女は何かから逃げるように教室から飛び出して行った。
「……ま、待て‼ 一人になるな!」
俺は慌てて彼女の後を追う。
だが駆け出した途端に、右膝を思い切り机の角にぶつけてしまい、俺はその場に派手に素っ転んでしまった。
「ぐっ……くそ―――!」
激痛に顔を顰めながらも、俺はなんとか立ち上がり廊下に出る。
だが、その時にはもう彼女の姿はどこにもなかった。
焦燥が足元から這い上がってくる。
「―――くそっ!」
ガンッと、俺は廊下の壁を拳で殴りつけた。
ヤバイ―――ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ―――
よくわからないが、この状況で彼女を一人にすることは、非常にまずいような気がした。
最後の標的である彼女を殺されたら、もう取り返しがつかない。それこそ、犯人を一生捕まえられなくなるかもしれない。
「とにかく、さよに知らせないと―――」
まだ痛む膝を押さえながら、俺は三階の教室へと走った。
………だが俺はこの時、グラウンドに佇む一人の少女の存在に気付いていなかった。華奢な身体に水色のワンピースを纏ったその少女は、土砂降りの雨にも関わらず傘をさしていなかった。
ただひっそりと、誰もいないグラウンドの真ん中に佇んでいた。
………少女の視線は、闇の中に浮かび上がる一つの教室に注がれていた。
その目には光が宿っていない。どこまでも深く濃くどす黒い憎悪―――それだけが、少女の瞳を満たしていた。
「……もうすぐ終わる」
ぽそりと呟くように、少女が言う。そして、
―――ピシャ。
水音を鳴らして、少女が小さな足を一歩踏み出した。
「さよ! いるか⁉」
三階へ駆け上がるや否や、俺は手前の教室の扉を勢いよく開けた。彼女のクラスを俺は知らなかったので、とりあえずは手前の教室から探そうと思っていたのだが、
―――いた。
明りの点いていない薄暗い教室の中で一人、さよは、窓際の一番後ろの席に静かに腰を下ろしていた。頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を眺めている。
電気も点けずに何やってんだ、と言ってやりたかったが、今はそんなことに突っ込んでいる場合ではない。
「やばい、さよ! あいつを見失った! よくわかんねーけど、すごく嫌な予感がする。探すの手伝ってくれ!」
叫ぶように訴えた。しかし、
「………今、闇雲に探しても意味はありませんよ」
慌てる俺とは対照的に、彼女はとても落ち着いた声でそう言ってきた。
「は? 意味がないって、どういうことだよ!」
焦りと苛立ちを露わにしながら、俺は彼女に詰め寄る。だがそんな俺に、彼女は無言で何かを差し出してきた。それは、一枚の茶封筒だった。
「つい先ほど、私の机の中に入れられていました」
視線は外へ向けたまま、彼女は俺に向けてそれをひらひらと揺らす。
……受け取れ、ということだろうか……?
焦る気持ちを抑え、俺はその封筒を彼女から受け取った。
封はすでに切られており、中にはB五サイズの小さな紙が一枚、三つ折りにされて入れられていた。
広げて、見ると、
『時坂優を連れて、今日の午後六時に屋上にまで来い』
極太の文字でそう書かれていた。マジックのようなもので殴り書きにしたのか、字の端々が所々掠れてしまっている。
「これは―――」
なんだ、これは―――⁉
今日の六時にさよと一緒に屋上に来いって―――一体、誰がこんなものを―――
―――いや、それはもうわかっていた。
吐き気を誘われるようなこの感覚。心臓を鷲掴みにされるような不快感。掠れた文字から伝わってくるのねっとりとした憎悪―――
―――間違いない。
この手紙の送り主は、十中八九一連の事件の真犯人だ。
しかし、一体どうしてこんなものを―――
「それは、犯人からの挑戦状です」
俺の疑問に答えるように、さよがそう言った。彼女がゆっくりとこちらを振り向く。
「どうやらその方は、何が何でも、私たちのことを始末したいようですね」
少々うんざりしたような顔だった。
「挑戦状……? でも、午後六時って―――⁉」
バッと、俺は教室の時計を見る。
時刻は間もなく、午後四時になろうとしていた。指定の時刻まではあと二時間ほどしかない。
「だとしたら、一刻も早くあいつを見つけないと! あと二時間しかないんだぞ⁉」
ぐしゃりと封筒を握りつぶしながら、俺は声を荒げた。
恐らく犯人は、彼女を殺した後、事件を嗅ぎ回っていた俺たちのことを、まとめて始末するつもりなのだろう。
まさか、本当に今日動いてくるとは―――!
しかし、さよは、
「……いえ、彼女の捜索はあなたに任せます」
と、少し俯き加減にそう言った。
「は? なんでだよ……一緒に探してくれないのかよ!」
「私は、少しやることがありますので」
「何だよやることって!」
「秘密です」
「お前な―――」
「犯人からの要求については、私が上手く応えておきます。なのであなたは、彼女を見つけることに全力を注いでください」
俺の言葉を強引に遮り、静かな声音でそう言ってきた。
「……上手くやるって、どうやるんだよ」
「今ここでそれを説明している暇はありません」
冷たく突き放すように言うと、彼女はガタリと席を立ち上がった。
そして真っ直ぐに俺の目を見て、
「いいですね。あなたは彼女を見つけ出すことだけに集中してください」
いつになく、険の籠った声だった。
「……でも、もし手遅れだったら……」
不吉な予感が頭をよぎる。
「……そのときは……仕方がありません。諦めるしかないでしょう……」
「そんな―――」
「とにかく、あなたは彼女がまだ生きていることにすべてを賭け、無事に保護することを第一目標としてください」
「……わかったよ」
妙に圧迫感のある彼女の雰囲気に圧され、俺はしぶしぶ頷く。今は彼女の言うことを信じて行動するしかないと思った。
万が一、犯人と鉢合わせしてしまった場合には覚悟を決めるしかないだろう。
「でも、探すって言っても、一体どこを探せばいいんだ?」
冷静に考えれば、一体どこから探せばいいのかよくわからない。
俺は彼女に訊ねた。
しかし、さよはそれには答えずに、
「それでは、最後にこれを」
先ほどと同じような封筒を、俺に渡してきた。
「これは……?」
「私からのお手紙と、贈り物です」
「贈り物?」
中を見ると、二つ折りにされた紙が一枚と、霊符が一枚入っていた。
「おいさよ。何なんだよ、これ?」
だが彼女はその問いには答えず、代わりにどこか不敵な笑みを浮かべた。
「それでは、お願いしますね」
そしてそれだけを言うと、彼女は俺の横を通り過ぎていった。
「えっ、さよ⁉ これどうしろって―――」
しかし振り向いた時には、彼女の姿はもうどこにもなかった。
# # #
終わる。もうすぐ全てが終わる。長かった私の役目も終わり、ついに終わりの時を迎える。
私の最後の仕事は、目の前の彼女をここに監禁しておくこと。ただそれだけだ。
こんな私にでも、まだそれくらいのことはできる。
………。
ふと、彼のことを考えてしまう。
先ほど彼女から、彼が一連の事件を調べているということを聞かされた。
でも、あまり驚かなかった。何となくそうなんじゃないかと思っていたから。
……彼は、どうするだろうか。
彼女を助けに来るだろうか。愚かな私を激しく叱咤し、目の前の彼女を助けようとするだろうか。
……だがそれでも構わない。彼がそうしたいのならば、私はそれを拒まないし止めもしない。私にそんな資格はないし権利もない。全ては彼次第だ。
ふう、とため息を吐く。
それに呼応するように、ヒューっと生ぬるい風が吹いた。
顔を上げる。雨上がりの空の向こう―――黒い雲の隙間から、山の陰に沈みゆく真っ赤な夕日が顔を覗かせている。
鋭い朱色の光が、無情に私の頬を通り抜けていく。
そこで私は、あの日のことを思い出した。
私が罪を犯した日。取り返しのつかない罪を犯したあの日のことを―――
あの日から、私は彼女と運命を共にし始めた。
……何故だろう。いつもなら、あの日のことを思い出すだけで身体がばらばらになってしまいそうな罪悪感に襲われるのに、今の私は、とても落ち着いている。こんなにも心が穏やで凪いでいるのは久しぶりだ。きっと今なら、どんな結末も受け入れられるだろう。
でも―――
でもどうか、彼女たちにとって良い結果が訪れますように―――。
両手を結んで、私はいつかのように空に祈りを捧げた。
俺は彼女からできるだけ目を離さないようにするために、今日からしばらくの間は、彼女と一緒に下校しようと考えていた。
できれば、さよとみらいも誘いたい―――
さよによれば、相手は蟲毒という呪法―――百足を使役して彼女を殺しにくるようなので、監視の目は多いに越したことはないだろう。さすがに四六時中彼女のことを見張っておくことは難しいが、可能な限り俺たちが彼女の近くにいれば犯人も手が出し難くなるに違いない。
朝のやり取りを思い出し、俺は一瞬、彼女に声を掛けることを躊躇ったが、そんな子供のような壁に阻まれている場合ではないと自らを叱咤し、背後から彼女に声を掛けた。
「あのさ……さっきは、その……色々悪かった。それでなんだけど、よかったら今日―――」
一緒に帰らないか、と続けようとした。
が、その時、
―――トン。
小さな音が、窓の方から聞こえてきて、俺はその言葉を止めた。
見ると窓には、一粒の水滴が付いていた。
見上げると、いつの間にか黒い雨雲が空いっぱいに広がっている。
「……雨、か。お前―――」
傘持ってるか―――と訊こうとして俺は息を呑んだ。
彼女が凍り付いたような顔で、窓の外を見つめていたからだ。
そこには、はっきりとした恐怖の色が広がっていた。
「……大丈夫か?」
俺は恐る恐る、彼女に声を掛けた。
すると、
「―――ッ、いやいやいやっ‼ 何で! 何でっ⁉ 死にたくない! 死にたくないよおっ‼」
それが引き金となったかのように、彼女がいきなりわけのわからないことを叫び始めた。
身を守るように両手で身体を抱え、彼女はその場にしゃがみ込んでしまう。
「おい、どうしたんだ⁉」
俺は彼女の肩を掴む。
雨脚はあっという間に強まり、本降りとなる。バシバシと大粒の雨粒が窓を叩き始め、日が落ちるように、外は薄暗くなっていった。霧のようなものも立ち始めている。
蛍光灯に照らされた俺たちの教室だけが、闇の中にぼうっと浮かび上がっているようだった。
気が付くと、いつの間にか教室には、俺と彼女の二人だけになっていた。
「おい! どうしたっ⁉ 何があったんだっ⁉」
俺は必死に呼びかけたが、彼女は身体を蹲らせたまま、全く反応してくれない。
くそっ! 何なんだよ一体―――
このままでは埒が明かない。
俺は強引にでも立ち上がらせようと彼女の腕を掴んだ―――が、その時、
カッ―――バリバリバリッ―――‼
網膜を焼かんばかりの眩しい閃光と共に、脳が震えそうなほどの雷鳴が鼓膜を貫いた。
刹那、
「いやあああああああああああああっ‼」
弾かれたように彼女が駆け出した。
身体を机や椅子に激しくぶち当てながら、彼女は何かから逃げるように教室から飛び出して行った。
「……ま、待て‼ 一人になるな!」
俺は慌てて彼女の後を追う。
だが駆け出した途端に、右膝を思い切り机の角にぶつけてしまい、俺はその場に派手に素っ転んでしまった。
「ぐっ……くそ―――!」
激痛に顔を顰めながらも、俺はなんとか立ち上がり廊下に出る。
だが、その時にはもう彼女の姿はどこにもなかった。
焦燥が足元から這い上がってくる。
「―――くそっ!」
ガンッと、俺は廊下の壁を拳で殴りつけた。
ヤバイ―――ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ―――
よくわからないが、この状況で彼女を一人にすることは、非常にまずいような気がした。
最後の標的である彼女を殺されたら、もう取り返しがつかない。それこそ、犯人を一生捕まえられなくなるかもしれない。
「とにかく、さよに知らせないと―――」
まだ痛む膝を押さえながら、俺は三階の教室へと走った。
………だが俺はこの時、グラウンドに佇む一人の少女の存在に気付いていなかった。華奢な身体に水色のワンピースを纏ったその少女は、土砂降りの雨にも関わらず傘をさしていなかった。
ただひっそりと、誰もいないグラウンドの真ん中に佇んでいた。
………少女の視線は、闇の中に浮かび上がる一つの教室に注がれていた。
その目には光が宿っていない。どこまでも深く濃くどす黒い憎悪―――それだけが、少女の瞳を満たしていた。
「……もうすぐ終わる」
ぽそりと呟くように、少女が言う。そして、
―――ピシャ。
水音を鳴らして、少女が小さな足を一歩踏み出した。
「さよ! いるか⁉」
三階へ駆け上がるや否や、俺は手前の教室の扉を勢いよく開けた。彼女のクラスを俺は知らなかったので、とりあえずは手前の教室から探そうと思っていたのだが、
―――いた。
明りの点いていない薄暗い教室の中で一人、さよは、窓際の一番後ろの席に静かに腰を下ろしていた。頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を眺めている。
電気も点けずに何やってんだ、と言ってやりたかったが、今はそんなことに突っ込んでいる場合ではない。
「やばい、さよ! あいつを見失った! よくわかんねーけど、すごく嫌な予感がする。探すの手伝ってくれ!」
叫ぶように訴えた。しかし、
「………今、闇雲に探しても意味はありませんよ」
慌てる俺とは対照的に、彼女はとても落ち着いた声でそう言ってきた。
「は? 意味がないって、どういうことだよ!」
焦りと苛立ちを露わにしながら、俺は彼女に詰め寄る。だがそんな俺に、彼女は無言で何かを差し出してきた。それは、一枚の茶封筒だった。
「つい先ほど、私の机の中に入れられていました」
視線は外へ向けたまま、彼女は俺に向けてそれをひらひらと揺らす。
……受け取れ、ということだろうか……?
焦る気持ちを抑え、俺はその封筒を彼女から受け取った。
封はすでに切られており、中にはB五サイズの小さな紙が一枚、三つ折りにされて入れられていた。
広げて、見ると、
『時坂優を連れて、今日の午後六時に屋上にまで来い』
極太の文字でそう書かれていた。マジックのようなもので殴り書きにしたのか、字の端々が所々掠れてしまっている。
「これは―――」
なんだ、これは―――⁉
今日の六時にさよと一緒に屋上に来いって―――一体、誰がこんなものを―――
―――いや、それはもうわかっていた。
吐き気を誘われるようなこの感覚。心臓を鷲掴みにされるような不快感。掠れた文字から伝わってくるのねっとりとした憎悪―――
―――間違いない。
この手紙の送り主は、十中八九一連の事件の真犯人だ。
しかし、一体どうしてこんなものを―――
「それは、犯人からの挑戦状です」
俺の疑問に答えるように、さよがそう言った。彼女がゆっくりとこちらを振り向く。
「どうやらその方は、何が何でも、私たちのことを始末したいようですね」
少々うんざりしたような顔だった。
「挑戦状……? でも、午後六時って―――⁉」
バッと、俺は教室の時計を見る。
時刻は間もなく、午後四時になろうとしていた。指定の時刻まではあと二時間ほどしかない。
「だとしたら、一刻も早くあいつを見つけないと! あと二時間しかないんだぞ⁉」
ぐしゃりと封筒を握りつぶしながら、俺は声を荒げた。
恐らく犯人は、彼女を殺した後、事件を嗅ぎ回っていた俺たちのことを、まとめて始末するつもりなのだろう。
まさか、本当に今日動いてくるとは―――!
しかし、さよは、
「……いえ、彼女の捜索はあなたに任せます」
と、少し俯き加減にそう言った。
「は? なんでだよ……一緒に探してくれないのかよ!」
「私は、少しやることがありますので」
「何だよやることって!」
「秘密です」
「お前な―――」
「犯人からの要求については、私が上手く応えておきます。なのであなたは、彼女を見つけることに全力を注いでください」
俺の言葉を強引に遮り、静かな声音でそう言ってきた。
「……上手くやるって、どうやるんだよ」
「今ここでそれを説明している暇はありません」
冷たく突き放すように言うと、彼女はガタリと席を立ち上がった。
そして真っ直ぐに俺の目を見て、
「いいですね。あなたは彼女を見つけ出すことだけに集中してください」
いつになく、険の籠った声だった。
「……でも、もし手遅れだったら……」
不吉な予感が頭をよぎる。
「……そのときは……仕方がありません。諦めるしかないでしょう……」
「そんな―――」
「とにかく、あなたは彼女がまだ生きていることにすべてを賭け、無事に保護することを第一目標としてください」
「……わかったよ」
妙に圧迫感のある彼女の雰囲気に圧され、俺はしぶしぶ頷く。今は彼女の言うことを信じて行動するしかないと思った。
万が一、犯人と鉢合わせしてしまった場合には覚悟を決めるしかないだろう。
「でも、探すって言っても、一体どこを探せばいいんだ?」
冷静に考えれば、一体どこから探せばいいのかよくわからない。
俺は彼女に訊ねた。
しかし、さよはそれには答えずに、
「それでは、最後にこれを」
先ほどと同じような封筒を、俺に渡してきた。
「これは……?」
「私からのお手紙と、贈り物です」
「贈り物?」
中を見ると、二つ折りにされた紙が一枚と、霊符が一枚入っていた。
「おいさよ。何なんだよ、これ?」
だが彼女はその問いには答えず、代わりにどこか不敵な笑みを浮かべた。
「それでは、お願いしますね」
そしてそれだけを言うと、彼女は俺の横を通り過ぎていった。
「えっ、さよ⁉ これどうしろって―――」
しかし振り向いた時には、彼女の姿はもうどこにもなかった。
# # #
終わる。もうすぐ全てが終わる。長かった私の役目も終わり、ついに終わりの時を迎える。
私の最後の仕事は、目の前の彼女をここに監禁しておくこと。ただそれだけだ。
こんな私にでも、まだそれくらいのことはできる。
………。
ふと、彼のことを考えてしまう。
先ほど彼女から、彼が一連の事件を調べているということを聞かされた。
でも、あまり驚かなかった。何となくそうなんじゃないかと思っていたから。
……彼は、どうするだろうか。
彼女を助けに来るだろうか。愚かな私を激しく叱咤し、目の前の彼女を助けようとするだろうか。
……だがそれでも構わない。彼がそうしたいのならば、私はそれを拒まないし止めもしない。私にそんな資格はないし権利もない。全ては彼次第だ。
ふう、とため息を吐く。
それに呼応するように、ヒューっと生ぬるい風が吹いた。
顔を上げる。雨上がりの空の向こう―――黒い雲の隙間から、山の陰に沈みゆく真っ赤な夕日が顔を覗かせている。
鋭い朱色の光が、無情に私の頬を通り抜けていく。
そこで私は、あの日のことを思い出した。
私が罪を犯した日。取り返しのつかない罪を犯したあの日のことを―――
あの日から、私は彼女と運命を共にし始めた。
……何故だろう。いつもなら、あの日のことを思い出すだけで身体がばらばらになってしまいそうな罪悪感に襲われるのに、今の私は、とても落ち着いている。こんなにも心が穏やで凪いでいるのは久しぶりだ。きっと今なら、どんな結末も受け入れられるだろう。
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