呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~

ひろ

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二章

蠱惑的な提案

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「人を、生き返らせる……?」
 俺は男の言葉を復唱した。
「そうだ。その儀式の完成のためには、お前の協力が必要不可欠なんだ」
 はっきりとした口調で男が言った。
「具体的には、俺が作った儀式の実験体になってもらいたいというわけだ」
 人を生き返らせる? 生き返る? 生き返るということはつまり、死んだ人間が蘇るということなのか……?
「ふざけるな。そんなことができるわけがないだろ」
 あまりに荒唐無稽な話であったため、今度は落ち着いた声で男の言葉を一蹴できた。
「人を弄ぶのも大概にしろ。お前の目的は何なんだ」
 胃の奥からまた、ふつふつと怒りが込み上げてくるのがわかった。馬鹿げた話で俺を翻弄して、一体何が楽しいのか。
 男がはあとため息を吐いた。
「別にふざけてもいないし弄んでもいない。俺はいたって真面目に話をしている」
「信じられるわけないだろ」
「信じてもらわなくても構わない。信じられるとも思っていないからな。だが、俺に協力する価値はあると思うぞ?」
「……どういう意味だ?」
「儀式が成功すれば、お前の大切な二人を生き返らせることができるかもしれない」
「―――ッ⁉」
 その言葉に、俺の心臓がドクンッと大きく跳ねた。
 脳裏に、二人の笑顔が映し出される。
 初音とみらいを生き返らせることができる? そんなことはもちろん、今まで考えたことがなかった。
 死んだ人間を生き返らせる方法など、この世に存在するわけがない。死んだらそこで終わり。死人はこちら側の世界に戻ってくることはできない。そんな現実は小学生でもわかるはずだ。
 それなのに―――
 俺の心は大きく揺れていた。
 男の戯言に魅かれそうになっている自分がいる。
 馬鹿馬鹿しいとわかっているのに。そんなことはあり得ないと理解しているのに―――
 男の言葉に耳を傾けてしまう。あるはずのない未来を想像してしまう。
 もしも二人が生き返るのなら、もしもまた彼女たちと暮らすことができるのなら、
 俺は―――
「いい加減なことを言わないでください!」
 しかし、俺が口を開くよりも前に、さよが吼えた。そこで俺ははっと我に返る。
「そんな適当な話で彼を惑わせて、一体何のつもりですか⁉」
 これまでに見たこともないくらいに、彼女は激昂していた。
「適当などではない。俺はただ彼に協力してもらいたいだけだ」
「ふざけないでください! 人を生き返らせる儀式など、あるはずがないでしょう!」
「あるさ。言っただろう。俺が作ったと」
「…………ッ⁉」
「この六年間、俺が何もしていなかったと思うのか? あの日、お前の前から姿を消して、その辺をぶらぶらと散歩でもしていたと思うのか?」
「…………」
「ずっと、準備をしてきたんだ」
 そこで男の声音が少し変化する。
「長かった。辛かった。血の滲む、なんて表現じゃとても足りない。俺は今日まで、全てを犠牲にして生きてきたんだ」
 目の前の闇が、さらに深くなっていく。
「そして、ようやくあと一歩のところにまで来た。あと少しで全てが終わる。全てが変わる。俺は、やっとこの生き地獄から解放されるんだ」
 そう言う男の言葉は、これまでのモノとは違った。確かな感情がそこには宿っていた。本心から出た言葉なのだろう。思わず俺は聞き入ってしまっていた。
「……本当に、できると思ってるんですか?」
 さよが、わなわなと肩を震わせている。
「愚問だな。何度も言わせるな」
「たとえ可能だとしても、それが、何の代償も払わずにできることなんですか?」
「……さあな」
 低く嗤って、男は答えをはぐらかした。
「それ相応の代償が必要なのでしょう?」
「…………」
「そんな危険な儀式を、行わせるわけにはいきません」
「……ならどうする?」
 男がさよに問うた。
「止めます」
「あ?」
 さよが力強い声で言った。
「止めて、兄さんを連れ戻します」
「連れ戻すだと? 俺を?」
 彼女の言葉に顔を歪め、男がこれ以上ないくらいの嫌悪感を露にする。
「そうです。そのために、私はずっと兄さんを探してきたんです」
「はっ、虫唾が走る。お前ごときが俺を連れ戻せると思うのか? そんな権利が自分にあると、本気で思っているのか?」
「…………」
「話にならないな。お前と話していると疲れる」
 男が呆れたようにため息を吐いた。
「兄さん、私は―――」
「さよ」
 男がひときわ低い声で、彼女の名を呼んだ。
 殺気の籠ったその声に、彼女の身体が大きく跳ねた。
「俺はな、こんな下らない話をしに来たわけじゃないんだ。お前に用はない。俺はな、彼と話がしたいんだよ」
 男が冷たくあしらうと、彼女は悔しそうに奥歯を鳴らした。
「さて、お前はどうする?」
 闇の奥から、男が再び俺に訊ねてきた。
「俺に協力する気はあるのか?」
「……俺は……」
 言葉に窮してしまう。
 何と答えればいいのか。何と答えるべきなのか。
 協力すべきなのか。拒否するべきなのか。そもそも人を生き返らせることなど、本当に可能なのか。
 わからなかった。
 わからなかったが―――
 彼女たち二人を生き返らせたいという想いだけは、確かに俺の中に存在していた。
「いい加減にしてくださいっ!」
 さよがまた声を張り上げた。
「これ以上、彼を巻き込まないでください!」
 男がため息を吐く音が聞こえてきた。
「……巻き込んだのはお前も同じだろう?」
「……ッ、それでも、彼の日常をこれ以上壊さないであげてください!」
「キンキンとうるさい奴だな」
 男の声に苛立ちが籠った。
「少し黙っていてくれるか」
 闇の向こうで男が動く気配があった。
 パチンッ。
 指を鳴らす音が聞こえた。
 刹那、
 カチンッ―――!
 堅い物同士がぶつかり合う音と共に、さよが細い悲鳴を上げた。彼女が自分の口元に手を当てる。小さいうめき声のようなものを漏らしていた。
 今のはまさか―――
「言霊の応用だ」
 男が静かな声で言った。
「それで、答えは決まったか?」
 余裕のある声で、男が再度俺に問うてきた。
「俺は……」
 だが、俺はまだ答えを出せずにいた。どうすることが正しいのか、まるで判断がつかなかった。
 呆然と立ち尽くす俺を見かねて、男が小さく息を吐いた。
「まあ、今すぐに決断しろとは言わない。少しだけ時間をやる」
 そう言うと男は闇の中からこちらに近づいて来て、俺の肩に手を乗せた。
 暗く濁った男の双眸が俺を覗き込んでくる。
「だが考えるまでもなく、すでに答えは出ていると思うがな」
 次の瞬間、
 ゴウッ―――!
 一陣の風が吹いた。
 凍てついた風が路地裏に吹き荒れ、砂と落ち葉が舞い上がる。
 思わず目を閉じ、そして次に目を開けた時には、
 男の姿はどこにもなく、目の前にはドロリと濃い闇が広がっているだけだった。



# # #



「全部、説明してもらうぞ」
 テーブルを挟んで俺は彼女に詰め寄っていた。
 場所は俺の家のリビング。男が去った後、俺は強制的にさよを家に連れてきた。
「あの男は、本当にお前の兄なのか?」
 向かいに座る彼女に訊ねると、さよは俯いた状態で小さく頷いた。
「目的は何だ? 人を生き返らせるなんてことが、本当に可能なのか?」
「…………」
 彼女は黙っている。下を向いたまま、小さく口を結んでいる。
 俺は質問を変えた。
「男が言っていたことは本当なのか?」
 そこで彼女の肩がピクリと動いた。
「お前は本当に、途中から全部わかってたのか? 知ってて、俺に言わなかったのか?」
「…………」
 さよは何も答えない。下から彼女の顔を覗き込むようにしたが、すぐに目を逸らされてしまった。
 その態度に腹が立って、俺はバンッと机を叩いた。
「黙ってないで何とか言えよ!」
 彼女の身体がビクンと跳ねる。怒りを剥き出しにした俺に彼女はますます首を垂らし、小動物のように身体を小さくしてしまった。
 俺がよく知る彼女の姿はそこにはなかった。幾度となく俺を助け、頼もしく見えた彼女の姿が、今はとても弱弱しい存在に見えた。
 大きく息を吐き、俺はテーブルに突っ伏す。
 額に当たるテーブルの冷たさが、少しだけ心地よかった。
 色々な事実を一度に突き付けられて、頭の中がぐちゃぐちゃだった。こうして彼女と対峙しているが、さよを責めるべきなのかどうかも、正直言ってよくわかっていない。
 あの事件の背景に、一体何があったのか。俺の知らないところで、何が起こっていたというのか。初音とみらいは何故死ななければならなかったのか。
 何一つ、はっきりとした答えがわからない。
 俺も当事者のはずなのに、一人だけ置き去りにされているような気がして、ひどい孤独感に苛まれていた。
 ……重たい静寂がリビングに落ちる。
 針のように鋭く冷たい空気が、シンと部屋の中に張り詰めた。
 壁に掛けられた時計の秒針音が、ねっとりと鼓膜に纏わりついてくる。
 ……どれくらいした頃だろうか。
 不意に、すぅと空気が吸い込まれる音がした。
 そして、
「あなたには、全てをお話します」
 凛としたさよの声が、部屋に響いた。
 おもむろに額をテーブルから離して顔を上げると、こちらを真っ直ぐに見つめる彼女と目が合った。その瞳の奥に、怯えや恐怖の色はなかった。代わりに確かな決意のような想いが伝わってきた。
「……どういう意味だ?」
 俺が訊ねると、彼女は一度大きく深呼吸をしてから、その小さな口を開いた。
「全ての始まりは、六年前のある夜のことでした」
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