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三章
想定外の事態
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―――翌週。
昼食を済ませた後、彼女は先週の約束通りに私の小屋にまでやってきた。
「兄にはなんと?」
彼女を小屋の中に入れて静かに扉を閉めると、私は彼女に訊ねた。
彼女が帰る際、兄は決まって彼女を家にまで送っていたので、そのことが少し気になっていたのだ。
「はい。今日は少し用事があるからと断っておきました。多分、バレてはいないと思います」
「そうですか」
私は、ほっと息を吐く。
兄を騙しているようであまり気分はよくなかったが、彼女のためならば仕方ないだろう。
私は彼女を机の前に座らせると、彼女の正面に腰を下ろした。巫女装束姿の私と、制服に身を包んだ彼女が向かい合う。傍から見れば少し奇妙な光景に映るだろう。
「では、これから、霊力の基本的な扱い方について教えていきます。ですがその前に、一つだけ覚えておいてほしいことがあります」
「はい。なんでしょう?」
「霊力と呪力は表裏一体です。扱い方を間違えれば、霊力は容易に呪力へと変化してしまいます」
「……じゅりょく、とは何ですか?」
「平たく言えば、呪いの力ということです」
呪い、という単語を聞いた瞬間、彼女の顔に少し緊張の色が走った。
「呪力を使えば自分の身を滅ぼすことになります。ですので、霊力の扱いには十分に注意して下さい。私の前以外では、決して力を使わないようにしてください。約束、できますか?」
彼女の目を見つめながら、私が真剣な表情でそう言うと、彼女は、
「わかりました」
と、こくりと首を縦に振った。
彼女の意志をはっきりと確認すると、私はふうと息を吐いた。
「……では、まず基礎的なところから始めてみましょう」
「はい。お願いします」
彼女が居住まいを正す。
「最初は、言霊を練習してみましょうか」
「……言霊、ですか?」
彼女が小さく首を傾げる。
「言霊とは言葉に宿る霊力のことです。その霊力によって、さまざまな現象を引き起こすことができます」
「……はあ」
曖昧に返事をする彼女の頭上には、はてなマークが浮かんでいるようだった。
当然だろう。突然こんなことを言われても理解できるはずがない。
「百聞は一見に如かず。まずは私が実演しますので、よく見ていてください」
私は床に置いてあったティッシュ箱からティッシュペーパーを一枚抜き取ると、彼女の前に右掌を出し、その上にそれを静かに乗せた。
意識を右手に集中させ、そして、
「爆ぜろ」
一言。
―――パンッ!
風船が割れるような音と共に、掌に乗っていたティッシュペーパーが粉々に破け散った。破片が宙を舞い、彼女の頭上に小さな欠片が一つふわりと舞い落ちる。
目の前で起こった怪奇な現象に、彼女はぽかんと口を開けて固まっていた。
「これが言霊です」
彼女の栗色の髪に付いた欠片をそっと取り、散らかった破片を拾い集める。
「……すごいですね」
数秒の沈黙の後、ため息を吐くように彼女が感嘆の言葉を口にした。
「こんなことが、できるんですか……」
「ええ。今のはほんの一例ですが」
私は集めた欠片を手の中で丸めて、机の隅に置いた。
「この際に意識して頂きたいのは、霊力の流れです」
「霊力の流れ?」
「身体の中を巡らせる霊力の動きことです。霊力を引き出すためには、身体の中で霊力の流れを作り出し、循環させ、それを上手くコントロールできるようにならなければなりません」
「……なるほど」
「と言ってもすぐにできるようなことではないので、まずは、霊力の流れを作り出すことから始めてみましょうか」
「……わかりました。具体的には、どのようにすればいいんでしょうか?」
「自分の内に宿る、霊力の根源を意識してみてください」
「霊力の根源?」
「美鈴さんの言っていた、あの碧い炎のことです」
私が言うと、彼女はああと頷いて自分の胸に視線を落とした。
「この炎のことですか」
彼女の目にはきっと、自分の炎がはっきりと視えているのだろう。私にはまだ、ぼんやりとしか捉えられていないが……。
「目を閉じ、その炎に意識を集中させてください」
「はい」
彼女は目を閉じると、おもむろに自分の胸の真ん中に両手を重ねた。
「なんとなく、意識できたと思います」
「では次に、その炎から少しずつ霊力を抜き取ってみて下さい。抜き取った霊力は身体中の血管を通して流し、頭から足先まで全身に巡らせるイメージを持つんです」
「はい」
彼女の眉間に深い皺が寄せられる。額にはうっすらと汗が滲んでいるようだった。
私は、息を呑んで彼女の様子を見守った。
すると次の瞬間、
「…………ッ⁉」
不意に彼女の髪先が、ふうわりと宙に浮かび始めた。柔らかそうな栗色の髪が、まるで見えない糸で持ち上げられるみたいにして、空中をゆらゆらと泳ぎ始めたのだ。
私は目を瞠った。
彼女の身体から、霊力が滲み出ていた。まだ制御はできていないようだが、これはつまり、彼女が身体の中で霊力を循環させられているという何よりの証拠だ。
指示しておいてなんだが、まさか初端からできるとは思っていなかった。霊力の流れを作り出すことは基礎中の基礎ではあるが、それができるようになるまでにはある程度の鍛錬期間が必要だ。それを、説明を聞いただけで成してしまうとは―――
私は改めて彼女の才能の高さに感服した。
「……あの、これからどうすればいいんでしょうか」
私が感心していると、目を閉じたままの彼女が訊ねてきた。
「あ、そう、ですね……では、循環させた霊力を、身体のどこか一点に集め、外部へ放出してみてください」
これも容易なことではない。だが彼女ならば―――高い潜在能力と並外れた才能を併せ持つ彼女ならば、もしかするとやってのけるのではないかという期待があった。
私の言葉に彼女は小さく頷くと、先ほどの私がしたように右手を前に出し掌を上に向けた。眉間に寄せられていた皺がさらに深くなり、浮いていた汗粒が彼女の滑らかな頬を伝う。
揺れる彼女の髪の動きが一層大きくなった。
彼女はすうと息を吸い込むと、一言、
「爆ぜろ」
凛とした声で言った。
直後、
―――ゴウッ!
「――――――ッ⁉」
部屋の中に突風が吹き荒れた。私は反射的に腕で顔を庇う。
竜巻のように吹き荒れる暴風は、小屋の中の物を激しくかき乱した。
壁に掛けてあった制服はバタバタとはためき、窓はガタガタと揺れ、古びた柱はミシミシと嫌な音を立てた。
「キャッ!」
突然の現象に彼女は短い悲鳴を上げ、倒れるようにして床に身を伏せた。
吹き荒れる突風はしばらくその猛威を振るっていたが、やがてその規模は徐々に縮小していき、数分後には静寂が戻ってきた。
私は腕を下ろし、荒れ果てた部屋の中を見回す。ハンガーに掛けていた制服がばさりと床に落下した。
恐る恐る身体を起こす彼女と目が合った。
互いに無言になる。
起こった現象に、私も頭が追い付いていなかった。
「……今のが、言霊……なんですか……?」
先に口を開いたのは彼女の方だった。
「……はい」
「私、一体……何なんでしょうか……」
自分の右手を凝視しながら言う彼女の声は震えていた。
「こんな得体の知れない力が、私の中に眠っていたんでしょうか」
助けを求めるような目で彼女が私を見てきた。
怖かったのだろう。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
無理もない。いきなり自分の中から、あんな訳のわからない力が湧いて出てきたのだから。
「……安心してください。今のは霊力を引き出し過ぎたことによる、一時的な力の暴走です」
彼女をこれ以上怯えさせないよう、私はなるべく穏やかな声音を意識してそう言った。
「力の暴走? 私は……普通の人間、なんでしょうか……?」
「大丈夫です。美鈴さんは普通の人間です」
「でも……」
「気にしないでください。私も過去に、似たような失敗をしたことがあります」
「そ、そうですか……」
そこでようやく彼女は安心したようで、ほっと胸を撫でおろした。私は優しく微笑みかける。
だがそんな張り付けた笑顔とは反対に、内心で私は焦っていた。先ほどの現象―――ぼんやりとだが、私は彼女の掌から出てきた霊力をこの目で捉えていた。大した量には見えなかった彼女の霊力が、外界に放たれた瞬間に、まるで内部から爆発するみたいに膨張したのだ。それがあの突風の正体である。
これはあくまで推測だが、彼女が常人より逸脱しているのは、霊力の〝量〟ではなくその〝質〟なのではないだろうか。つまり、霊力の密度が異常に高いということだ。
……甘かった。
私は彼女にばれないように、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
前から違和感はあった。霊力が多いと言ってもそれほどの量には見えない彼女が、何故こうも頻繁に霊に憑りつかれるのか。ずっと引っ掛かっていたのだ。
しかしそれも、彼女の霊力の密度が極めて高いことを考えると納得がいく。もしかすると、彼女の驚異的な素質と才能も、その高密度な霊力に起因しているのかもしれない。
もっと早くに気付くべきであった。なぜ今まで見抜けなかったのか。
私は自分の浅慮と不甲斐なさを呪った。
……兄はこのことに気付いているのだろうか。
いや、当然気付いているであろう。気付いていたからこそ、兄は彼女の申し出を断ったのだ。
早計だった。
私は舌打ちしたい気分になった。
このまま続けるのは危険だ。最悪の場合、お互いに怪我だけでは済まない可能性もある。
どうするべきか……。私はおとがいに手を当てて対応策を巡らせる。
やはりここで止めてしまうのが賢明か……。
いや、それでは彼女が納得しないだろう。必ずその理由を訊いてくるはずだ。それにさっきの今で私がそんなこと言い出せば、彼女に妙な勘繰りをさせ、余計に不安にさせかねない。
私はちらりと彼女を見る。
彼女はまだ少し怯えた表情で、私に視線を送っていた。
中途半端な嘘は吐けない。彼女を完璧に説得する材料が必要だ。
そこで、私は考え方を変えた。
下手に霊力の引き出し方を教えてしまった以上、このまま彼女を放置しておく方がより危険なのではないだろうか。
先ほどのような被害だけならまだしも、無関係な人を巻き込んでしまってからでは遅い。何か事故を起こし、人を傷つけるようなことでもあれば、彼女の性格から考えて、一生癒えない心の傷を抱えていくことになるだろう。
しばらく熟考してから、私は、
「続けましょう。次からはもっと慎重にお願いします」
彼女の鍛錬を続行することにした。
目の前の危険を案じてここで止めてしまうよりも、霊力の制御方法を完全に習得してもらう方が、結果的に安全だろうと考えての結果だった。
私の言葉に小さく頷き、恐る恐るといったように彼女が再び目を閉じる。霊力が循環し、外部へ放出され、小屋の柱が悲鳴を上げる。
窓の外では暗雲が空を覆い始め、じきに雨になりそうだった。
昼食を済ませた後、彼女は先週の約束通りに私の小屋にまでやってきた。
「兄にはなんと?」
彼女を小屋の中に入れて静かに扉を閉めると、私は彼女に訊ねた。
彼女が帰る際、兄は決まって彼女を家にまで送っていたので、そのことが少し気になっていたのだ。
「はい。今日は少し用事があるからと断っておきました。多分、バレてはいないと思います」
「そうですか」
私は、ほっと息を吐く。
兄を騙しているようであまり気分はよくなかったが、彼女のためならば仕方ないだろう。
私は彼女を机の前に座らせると、彼女の正面に腰を下ろした。巫女装束姿の私と、制服に身を包んだ彼女が向かい合う。傍から見れば少し奇妙な光景に映るだろう。
「では、これから、霊力の基本的な扱い方について教えていきます。ですがその前に、一つだけ覚えておいてほしいことがあります」
「はい。なんでしょう?」
「霊力と呪力は表裏一体です。扱い方を間違えれば、霊力は容易に呪力へと変化してしまいます」
「……じゅりょく、とは何ですか?」
「平たく言えば、呪いの力ということです」
呪い、という単語を聞いた瞬間、彼女の顔に少し緊張の色が走った。
「呪力を使えば自分の身を滅ぼすことになります。ですので、霊力の扱いには十分に注意して下さい。私の前以外では、決して力を使わないようにしてください。約束、できますか?」
彼女の目を見つめながら、私が真剣な表情でそう言うと、彼女は、
「わかりました」
と、こくりと首を縦に振った。
彼女の意志をはっきりと確認すると、私はふうと息を吐いた。
「……では、まず基礎的なところから始めてみましょう」
「はい。お願いします」
彼女が居住まいを正す。
「最初は、言霊を練習してみましょうか」
「……言霊、ですか?」
彼女が小さく首を傾げる。
「言霊とは言葉に宿る霊力のことです。その霊力によって、さまざまな現象を引き起こすことができます」
「……はあ」
曖昧に返事をする彼女の頭上には、はてなマークが浮かんでいるようだった。
当然だろう。突然こんなことを言われても理解できるはずがない。
「百聞は一見に如かず。まずは私が実演しますので、よく見ていてください」
私は床に置いてあったティッシュ箱からティッシュペーパーを一枚抜き取ると、彼女の前に右掌を出し、その上にそれを静かに乗せた。
意識を右手に集中させ、そして、
「爆ぜろ」
一言。
―――パンッ!
風船が割れるような音と共に、掌に乗っていたティッシュペーパーが粉々に破け散った。破片が宙を舞い、彼女の頭上に小さな欠片が一つふわりと舞い落ちる。
目の前で起こった怪奇な現象に、彼女はぽかんと口を開けて固まっていた。
「これが言霊です」
彼女の栗色の髪に付いた欠片をそっと取り、散らかった破片を拾い集める。
「……すごいですね」
数秒の沈黙の後、ため息を吐くように彼女が感嘆の言葉を口にした。
「こんなことが、できるんですか……」
「ええ。今のはほんの一例ですが」
私は集めた欠片を手の中で丸めて、机の隅に置いた。
「この際に意識して頂きたいのは、霊力の流れです」
「霊力の流れ?」
「身体の中を巡らせる霊力の動きことです。霊力を引き出すためには、身体の中で霊力の流れを作り出し、循環させ、それを上手くコントロールできるようにならなければなりません」
「……なるほど」
「と言ってもすぐにできるようなことではないので、まずは、霊力の流れを作り出すことから始めてみましょうか」
「……わかりました。具体的には、どのようにすればいいんでしょうか?」
「自分の内に宿る、霊力の根源を意識してみてください」
「霊力の根源?」
「美鈴さんの言っていた、あの碧い炎のことです」
私が言うと、彼女はああと頷いて自分の胸に視線を落とした。
「この炎のことですか」
彼女の目にはきっと、自分の炎がはっきりと視えているのだろう。私にはまだ、ぼんやりとしか捉えられていないが……。
「目を閉じ、その炎に意識を集中させてください」
「はい」
彼女は目を閉じると、おもむろに自分の胸の真ん中に両手を重ねた。
「なんとなく、意識できたと思います」
「では次に、その炎から少しずつ霊力を抜き取ってみて下さい。抜き取った霊力は身体中の血管を通して流し、頭から足先まで全身に巡らせるイメージを持つんです」
「はい」
彼女の眉間に深い皺が寄せられる。額にはうっすらと汗が滲んでいるようだった。
私は、息を呑んで彼女の様子を見守った。
すると次の瞬間、
「…………ッ⁉」
不意に彼女の髪先が、ふうわりと宙に浮かび始めた。柔らかそうな栗色の髪が、まるで見えない糸で持ち上げられるみたいにして、空中をゆらゆらと泳ぎ始めたのだ。
私は目を瞠った。
彼女の身体から、霊力が滲み出ていた。まだ制御はできていないようだが、これはつまり、彼女が身体の中で霊力を循環させられているという何よりの証拠だ。
指示しておいてなんだが、まさか初端からできるとは思っていなかった。霊力の流れを作り出すことは基礎中の基礎ではあるが、それができるようになるまでにはある程度の鍛錬期間が必要だ。それを、説明を聞いただけで成してしまうとは―――
私は改めて彼女の才能の高さに感服した。
「……あの、これからどうすればいいんでしょうか」
私が感心していると、目を閉じたままの彼女が訊ねてきた。
「あ、そう、ですね……では、循環させた霊力を、身体のどこか一点に集め、外部へ放出してみてください」
これも容易なことではない。だが彼女ならば―――高い潜在能力と並外れた才能を併せ持つ彼女ならば、もしかするとやってのけるのではないかという期待があった。
私の言葉に彼女は小さく頷くと、先ほどの私がしたように右手を前に出し掌を上に向けた。眉間に寄せられていた皺がさらに深くなり、浮いていた汗粒が彼女の滑らかな頬を伝う。
揺れる彼女の髪の動きが一層大きくなった。
彼女はすうと息を吸い込むと、一言、
「爆ぜろ」
凛とした声で言った。
直後、
―――ゴウッ!
「――――――ッ⁉」
部屋の中に突風が吹き荒れた。私は反射的に腕で顔を庇う。
竜巻のように吹き荒れる暴風は、小屋の中の物を激しくかき乱した。
壁に掛けてあった制服はバタバタとはためき、窓はガタガタと揺れ、古びた柱はミシミシと嫌な音を立てた。
「キャッ!」
突然の現象に彼女は短い悲鳴を上げ、倒れるようにして床に身を伏せた。
吹き荒れる突風はしばらくその猛威を振るっていたが、やがてその規模は徐々に縮小していき、数分後には静寂が戻ってきた。
私は腕を下ろし、荒れ果てた部屋の中を見回す。ハンガーに掛けていた制服がばさりと床に落下した。
恐る恐る身体を起こす彼女と目が合った。
互いに無言になる。
起こった現象に、私も頭が追い付いていなかった。
「……今のが、言霊……なんですか……?」
先に口を開いたのは彼女の方だった。
「……はい」
「私、一体……何なんでしょうか……」
自分の右手を凝視しながら言う彼女の声は震えていた。
「こんな得体の知れない力が、私の中に眠っていたんでしょうか」
助けを求めるような目で彼女が私を見てきた。
怖かったのだろう。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
無理もない。いきなり自分の中から、あんな訳のわからない力が湧いて出てきたのだから。
「……安心してください。今のは霊力を引き出し過ぎたことによる、一時的な力の暴走です」
彼女をこれ以上怯えさせないよう、私はなるべく穏やかな声音を意識してそう言った。
「力の暴走? 私は……普通の人間、なんでしょうか……?」
「大丈夫です。美鈴さんは普通の人間です」
「でも……」
「気にしないでください。私も過去に、似たような失敗をしたことがあります」
「そ、そうですか……」
そこでようやく彼女は安心したようで、ほっと胸を撫でおろした。私は優しく微笑みかける。
だがそんな張り付けた笑顔とは反対に、内心で私は焦っていた。先ほどの現象―――ぼんやりとだが、私は彼女の掌から出てきた霊力をこの目で捉えていた。大した量には見えなかった彼女の霊力が、外界に放たれた瞬間に、まるで内部から爆発するみたいに膨張したのだ。それがあの突風の正体である。
これはあくまで推測だが、彼女が常人より逸脱しているのは、霊力の〝量〟ではなくその〝質〟なのではないだろうか。つまり、霊力の密度が異常に高いということだ。
……甘かった。
私は彼女にばれないように、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
前から違和感はあった。霊力が多いと言ってもそれほどの量には見えない彼女が、何故こうも頻繁に霊に憑りつかれるのか。ずっと引っ掛かっていたのだ。
しかしそれも、彼女の霊力の密度が極めて高いことを考えると納得がいく。もしかすると、彼女の驚異的な素質と才能も、その高密度な霊力に起因しているのかもしれない。
もっと早くに気付くべきであった。なぜ今まで見抜けなかったのか。
私は自分の浅慮と不甲斐なさを呪った。
……兄はこのことに気付いているのだろうか。
いや、当然気付いているであろう。気付いていたからこそ、兄は彼女の申し出を断ったのだ。
早計だった。
私は舌打ちしたい気分になった。
このまま続けるのは危険だ。最悪の場合、お互いに怪我だけでは済まない可能性もある。
どうするべきか……。私はおとがいに手を当てて対応策を巡らせる。
やはりここで止めてしまうのが賢明か……。
いや、それでは彼女が納得しないだろう。必ずその理由を訊いてくるはずだ。それにさっきの今で私がそんなこと言い出せば、彼女に妙な勘繰りをさせ、余計に不安にさせかねない。
私はちらりと彼女を見る。
彼女はまだ少し怯えた表情で、私に視線を送っていた。
中途半端な嘘は吐けない。彼女を完璧に説得する材料が必要だ。
そこで、私は考え方を変えた。
下手に霊力の引き出し方を教えてしまった以上、このまま彼女を放置しておく方がより危険なのではないだろうか。
先ほどのような被害だけならまだしも、無関係な人を巻き込んでしまってからでは遅い。何か事故を起こし、人を傷つけるようなことでもあれば、彼女の性格から考えて、一生癒えない心の傷を抱えていくことになるだろう。
しばらく熟考してから、私は、
「続けましょう。次からはもっと慎重にお願いします」
彼女の鍛錬を続行することにした。
目の前の危険を案じてここで止めてしまうよりも、霊力の制御方法を完全に習得してもらう方が、結果的に安全だろうと考えての結果だった。
私の言葉に小さく頷き、恐る恐るといったように彼女が再び目を閉じる。霊力が循環し、外部へ放出され、小屋の柱が悲鳴を上げる。
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