呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~

ひろ

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三章

お買い物デート①

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 ―――翌日の昼過ぎ。
 鳥居の前まで続く長い石段の下で私が待っていると、予定よりも少し早い時刻に彼女はやってきた。私の姿を認めると、彼女は小走りでこちらに近づいてきた。
「すみません。お待たせしましたか?」
「いえ、私も今来たところですので……」
 私がそう言うと、彼女は安心したように頬を緩ませた。
 だが今来たところ、というのは嘘だ。本当は三十分ほど前から、私はこの場所で彼女を待っていた。別にせっかちな性格というわけではないが、これから体験する初めての経験に、私の気持ちは少なからず高ぶっていたのかもしれない。気が付いた時には、私は随分と早くにこの待ち合わせ場所に到着していた。
「では行きましょうか」
 私と彼女は並んで歩き始めた。
 私は横目で彼女を見る。
 いつも制服姿の彼女は、今日は水色のワンピースをその身に纏っていた。肩口から少し開いた胸元にかけて、可愛らしいフリルが付いており、彼女の動きに合わせてひらひらと揺れている。お腹の少し上あたりにはゴムが付いているようで、それが彼女の持つ身体のラインを綺麗に浮き出していた。腕からは小さなバックを提げており、両耳にはいつものイヤリングを付けている。
 とても可愛らしい格好だと思った。
 だがそんな彼女を見て、私は軽い焦燥感に駆られた。
 制服姿の彼女が頭に張り付いていたため、今日も当然、彼女は制服を着て来るものだと思い込んでいたのだ。しかし、もう少し深く考えるべきだった。いくら何でも、休日に、それも友達と出掛けるというのに制服で来るような人間はいない。それくらいは、少し考えれば理解できただろう。
 だが、これまで友人と遊びに行くというような経験をしたことがなかった私は、そんな当たり前の考えがすっぽりと抜け落ちていた。休日は自宅で過ごすことがほとんどだったため、オシャレや服装というものには全くの無頓着だったのだ。動きやすく、そこまでみすぼらしくない格好ならば何でも良いと思っていた。
 だから今日も、この服装で出かけることに、何ら違和感を覚えなかった。
 私は、白のセーラー服に黒のプリーツスカート、靴には茶色のローファーという出で立ちだった。唯一の装飾品といえば、頭の両端に結ばれた純白のリボンのみである。どこからどう見ても制服姿。これから登校するか、もしくは帰宅途中の生徒にしか見えない。
 頭の中で、私と彼女と歩いている光景を想像すると、顔面がカアッと熱くなっていくのがわかった。あまりにも格好が非対称すぎる。私だけならまだいいが、彼女まで好奇の目に晒されるのはさすがに申し訳ない。まだそれほど歩いていない。一度神社に戻って着替えてきた方が良いかも知れない。彼女のようなオシャレな服はないが、さすがに制服よりマシなものはあるだろう。
「あの―――」
 しかし、私が口を開いたちょうどそのタイミングで、
「今日は私の我儘に付き合ってくれてありがとうございます。道案内は任せてくださいね」
 張りきった口調で彼女がそう言ってきた。その声に、私の小さな声は掻き消されてしまう。
「えっ、あ、いえ……こちらこそ、今日は誘っていただいてありがとうございました」
 彼女に流されて、私は思わず適当な相槌を打ってしまった。
「さよさんは普段、お買い物などには行かれないんですか?」
「そう……ですね。あまり私用でそういったことは……近所のスーパーには行きますけど……」
 私のその返答が面白かったのか、彼女はふふっと笑い声を漏らした。
「そうでしたか。では今日は私がエスコートしますから、たくさん楽しんでくださいね」
「はい……ありがとうございます」
 私は彼女に小さく頭を下げた。
 今日、私は彼女と一緒に、隣町の商店街にまで買い物に行くことになっていた。昨日、突然彼女からその提案を持ち出された際には正直少し戸惑ったが、友達と行く商店街というものに興味を覚えた私は、彼女のその誘いを受けることにした。
 道がわからないだろうからと気を遣ってくれた彼女は、わざわざ一度私の神社にまで迎えに来てくれたのだ。そして今に至るのだが―――
 まずい。完全に発言をするタイミングを見失ってしまった。今言い出すのは会話の流れ的に少し不自然のような気がするし、そもそも何と切り出して良いかわからない。いきなり、「着替えてきます」と言って引き返してしまえば、間違いなく彼女を困惑させてしまうだろう。しかしだからと言って、着替えに戻る理由を詳細に彼女に説明するのも、どうにも恥ずかしい気がする。ここはなるべく自然な流れで、私が着替えに帰らなければならない状況を作り出さなければならないのだが―――
 というより、私と彼女のこの組み合わせは、本当にそこまで恥じるべきものなのだろうか。
 私は今一度考えを改めてみた。
 ワンピースとセーラー服。もしかすると、このような取り合わせで友達と出掛けることは、巷では当たり前のことなのかもしれない。いや、それどころかちょっとしたブームにすらなっているのではないか。一見正反対の性質を持つそれらだが、実は互いに相乗効果のようなものをもたらすことがわかっており、かえって二人の親密度が高いことを表す指標として認められているとしたらどうだろう。
 そう仮定するならば、彼女が私の服装を指摘しないことにも納得がいく。実は私の知識が遅れているだけで、このような格好の組み合わせで出掛けることは、時代の最先端を行っているのかもしれない。
 ……そんなことを考えているうちに、境内へと続く石段は遠ざかっていき、やがて角を曲がったタイミングで全く見えなくなってしまった。
 私はため息を吐き、その馬鹿げた発想を頭の中から振り落とす。
 今一度冷静になり、自分がとるべき行動について考えた。
 その結果、もうどうしようもないことだとわかったので、せめて彼女に謝っておこうと思った。
「すみません美鈴さん。私、このような経験がほとんどなくて……」
「……えっ?」
 いきなり謝られた彼女は、何のことかと驚いた目で私を見てきた。
「何も考えず、今日はこのような格好で来てしまいました。もしかしたら、周りの人から変な目で見られてしまうかもしれませんが……本当にすみません」
 歩きながら、私は彼女に頭を下げた。
 二人しか歩いていない細い道に、小さな静寂が落ちる。
 柔らかな風が吹き、頭のリボンをひらひらと揺らした。その風に乗り、隣を歩く彼女の息遣いが聞こえてくるようだった。
 羞恥心と申し訳なさで、顔面が徐々に熱くなっていくのがわかった。
 しかしやがて沈黙を破ったのは、いつかと同じ、彼女の押し殺したような笑い声だった。
 顔を上げると、彼女は手を口元に当て、私のいる方とは反対方向に顔を背けていた。よく見ると、彼女の肩は小刻みに震えていた。
「……美鈴さん?」
 恐る恐る私が声を掛けると、彼女は目だけでちらりと私の方を見て、
「す、すみません。私、今他人に見せられるような顔をしていないと思いますので、少しだけ待ってもらっていいですか」
「あ、はい……」
 他人に見せられない顔とはどんな顔だろうか。私は彼女の変な顔を想像してみたが、上手く思い浮かべることはできなかった。
 やがて彼女は深呼吸を一つすると、ゆっくりと私の方に振り返った。
「すみません。お待たせしました」
「い、いえ……」
 彼女の顔はいつも通りだった。
「あの……私また、何か変なことでも言ってしまったでしょうか?」
「いえ、そんなことは決して。ただ、さよさんはやはり面白い人だなと思ってしまっただけです」
「面白い……ですか」
 コミュニケーション能力の欠片もない私に笑いのセンスがあるとは到底思えないが……彼女の言う面白いには、また何か別の意味が含まれているのだろうか。
「格好なんて気にしなくても大丈夫ですよ。それに、私はとても素敵だと思います」
「……ただの制服ですよ?」
「いいじゃないですか。さよさんに似合っていて、とても可愛らしいと思います」
「……そう、ですか……」
 昨日に引き続き、また可愛いと言われてしまい、私は反応に困ってしまった。
「さよさんは、服装やオシャレなどにはあまり興味がないんですか?」
「……興味がないというより、これまで必要になる機会がなかったんだと思います。これから行く商店街にも、一度も行ったことがありませんので……」
 事実だった。そもそも私は、隣町に行ったことがない。
「そうなんですね。でも、可愛い服とかは着てみたいと思いますよね?」
 彼女が少し喰い気味に訊ねてきた。
「……可愛い服、ですか……」
 正直、彼女の言う可愛い服が、一体どういう種類のものなのかはわからない。しかし、仮に今彼女が着ているような服を指しているとするならば、確かに一度は着てみたいと思った。
「そうですね……少し興味があるかもしれません」
 私がそう答えると、彼女の顔にパァと笑顔が咲いた。
「ですよね! じゃあ今日は、私が色々と教えてあげますね!」
 珍しく彼女は興奮しているようだった。
「……美鈴さんは、その……やはりオシャレやファッションのことについては詳しいんですか?」
「そうですね。色んな服を買ってオシャレすることは好きなので、自然とそちら方面の知識は身に付きました」
「そう、ですか。……ところで、今日はどういったお店に行くんですか?」
 色々と教えてあげます、と言っていた彼女の言葉が気になって私は訊ねた。
「行きたいお店は色々とあったのですが、さよさんの答えを聞いて決まりました。まずは、私おすすめのファッション店に行ってみましょう」
「……ファッション店、ですか……でも私、本当にそちら方面の知識はないので、頓珍漢なことを訊いてしまうかもしれませんよ?」
「全然大丈夫です。そこは先輩である私に任せてください」
 そう言うと彼女は自信ありげに、自分の胸を拳でとんと叩いて見せた。
 そんな彼女の仕草がなんだか可笑しくて、私は思わずクスリと笑ってしまった。
「えっ、今何か笑うような要素ありましたか?」
「いえ、すみません。何でもありません」
「教えてくださいよ。何なんですか」
 彼女が私の肩を揺すってくる。それが可笑しくて、私はまた笑ってしまう。
 青空の下。初めて行く友達との買い物。
 楽しい一日になりそうだ。
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